『私』の名前は…
そういえば。
綺麗だからと感激していたから聞く事を忘れていたが、気になる事があった。
(そういえば、エッセの提案で作ったってどういう事…?)
そうなのだ。
そもそも、この世界に本来、花火など存在しない筈なのである。
それをエスセナの提案で作ったというのはどういう事なのだろうか。
(…もしかして。いやでもまさか…でも、もしそう言う事なら、これは一体どういう事…?)
何となく、浮かぶ理由は無くはない。
でも…それだと腑に落ちないというか、納得出来ない点がある。
…とりあえず、これは調べたい事が出来た。
明日辺りにでも聞いてみる事にしよう…。
翌日。
私は実験中だった。
「うっし、一旦休憩なー。」
「ふう…そろそろ別の実験をするのも良いとは思うけど、まだこの実験は続けるのかしら?」
「ん?そうだねえ、そろそろ次の実験段階に移るのも確かにありだけど…。」
あれやこれやと話しながら、機会を窺う。
そして、意外と早く、あっさりとその機会はやってきた。
「…そういえば、昨日の魔法、二人共見事だったわ。」
「おお、そうだろうそうだろう!!」
「アタシ様の魔法の素晴らしさが分かるとは流石だなぁ!」
うんうん、と二人とも満足げに笑って頷く。
なんというか、意外とお調子者なのも二人は同じだ。
私以上に自己肯定感が高いのは、私との環境の違いなのか、それとも元々の性格の違いなのか、はたまた両方なのか。
まあ、どちらにしろ、私も見習うべき所だなとは私も思う。
「ええ、エッセの基本を突き詰めるという魔法理論も素晴らしいと思ったし、ウルティの魔法は素晴らしいものとしたいという気持ちが込められた美しい魔法も素晴らしかったわ。」
「はっはー、まあ、アタシ様はもっと実戦的な魔法もあるんだけどな。人に魅せる魔法ってんなら、ああいうのの方が良いと思ったからなぁ。」
「僕の魔法は確かに見栄えはあまりしないだろうね、ただ、もちろんちゃんと魅せ方を工夫すれば色々出来るとは思っているのだけれどね!」
ウルティハはもちろんだが、エスセナも別に大して落ち込んだりとか気にしてはいないようである。
ポジティブだな…と思いつつ、私は本題に移る事にした。
「特に…あの最後に見せたウルティの花火の魔法、あれは美しかったわ。」
「「…!?」」
私の言葉を聞いた瞬間に、明らかに、大きな反応を二人が見せる。
特にエスセナは驚いた表情が隠せていない。
いつもの二人とは思えないような反応である。
何か、聞いてはいけない事を聞いてしまったのだろうか…そう思いつつも、もう話を切り出したからには話を止めるわけにはいかない。
私は質問を続ける事にした。
「たしか、あの魔法…バイラリーナ・チスバだったかしら。あれって、確かエッセの提案で作ったって言ってたわよね。あれってどういう経緯で作ったのかしら?とても気になるわ。」
「「…………。」」
多分、今私は作ったにこやかな笑顔で聞いているだろう。
自分で言うのもあれだが、ある意味悪役令嬢らしい気がする。
それとも、トリックを犯人に披露する探偵だろうか。
そんな事を考えながら待っていると、二人はしばらく黙っていたが、やがて二人は目を合わせると、小さく頷いた。
二人の中で答えが決まったのだろう。
先にエスセナが口を開く。
「…その答えに対して答える事は出来るが、その前に、僕達に教えてほしい事がある。聞いてもいいかな?」
「…ええ、いいわよ。」
私は迷わず頷く。
逆にエスセナは迷いながら、意を決したように私に問う。
「…何故君が、『花火』という言葉を知っているのかな?」
「……。」
…ある意味、予想はしていた問いだった。
やはり、私の知識に間違いは無かったらしい。
そして、予想も当たっていたらしい。
だが、まだ予想が当たっていただけ、だ。
何故そうなったのか、がまだ答えになっていない。
「…あー、多分アタシ様は席外した方が良さげだな。ちょっと外行ってくるわ。」
そう言いながらウルティハは私達から離れる。
彼女なりに気を使ったのだろう。
つまりは、大体答えたい事はエスセナが話してくれる、という事だろう。
私とエスセナは見つめ合いながら少しずつ話し出す。
「…私には。」
「…僕には。」
「「前世の記憶がある。」」
それは、意外な形で訪れた、初めての告白であった。
「…私の前世の名前は、黒野心。前世では病気であまり運動とかも出来ずに、成人も出来ずに病死した日本の女子高生よ。」
「君も日本の女子高生だったのかい?同じじゃないか!僕の前世での名前は水嶋エンジェ王姫さ!名前くらいは知っているんじゃないかな?」
「み、水嶋エンジェ王姫って…あの売れっ子アイドル兼女優の!?」
私は驚いた。
エスセナの前世は、私の前世での有名人だったからだ。
水嶋エンジェ王姫。
アメリカと日本人のクォーターである彼女は、赤ちゃんモデルのころから芸能界入りし、そのまま子役として女優業でデビュー、そして小学生の高学年からはアイドルとしても活躍をし始めて、時にはセンターも務めたりと、女優としてもアイドルとしても活躍していた人である。
どう考えても私とは正反対というか、私から見たら雲の上の存在である。
「な、なんでそんな人がこの世界に転生して…というか、貴方が亡くなったなんて私知らなかったわよ…!?」
「ははは…まあ、僕の…私の死は君みたいな病死じゃなくて、急死だったからね。多分、君の後に死んだか、君がネットとかを見ている余裕が無い時に死んだんじゃないかな。」
「き、急死…?い、一体なにがあったの…?」
もはや令嬢モードで対応するのも半分忘れかけていた。
だってそうだろう。
テレビやネットで活躍を見ていた、きらきらした世界の人が、この世界に転生した理由が分からない。
だが、その答えは、あまりにも予想外の理由だった。
「何があった、か…恥ずかしながら、あまり自慢出来る理由じゃないんだ…要するに、私は過労によるショック死、が理由かな。」
「か、過労…ショック死?」
苦笑いしながら答える理由に私は啞然とする。
過労、までは理解出来る。
確かにドラマに舞台にと、様々な女優業をしながらアイドルとしての活動もしていたのだ、よほどのバイタリティーが無ければこなせないのは理解出来る。
でも、ショック死とは…?
…その疑問も、すぐに話してくれた。
まるで、過去の回想を語るかのように。
エスセナの…王姫劇場の開幕である。
「僕は、所謂憑依型と言われる演技の仕方だったんだ。まるで演技の対象が自分に乗り移ったかのように演技し、その瞬間はまるで僕では、私では無い存在のようになれた。…私にとって、その瞬間はまさに最高の快感であり、至高の瞬間だった。」
くるり、と私の前で舞うように回っていく。
「アイドルとしての僕もそうさ。あの観客と一体に、メンバーと一体になって一つの曲を、作品を作り上げるのは、まさに歓喜の頂点であった。」
「ああ、僕は、私は、この瞬間の為に生きているのだろうと。表現をする為に生まれてきたのだろう、とね。」
だが、その舞うように美しい動きがピタリ、と止まる。
それは、まるで生命がその終わりを迎える一瞬のように。
「でも、僕はその歓喜に酔いしれすぎたようだ…食事も睡眠も最低限に、それでも今以上の表現の為に、と。そうして自分自信を追い詰めていった、精神は満たされていても、身体が満たされていなかった。」
「ある日の事だ。僕は病弱な少女の役を受ける事になった。その為に、役作りの為に食事や睡眠を更に自ら制限していった。それくらい、女優として、プロとして当たり前のことだと思っていたし、当たり前のこと、むしろ一表現者として素晴らしい事をしていると思っていたんだ。」
…彼女は木や闇の属性の魔法は使えない。
そのはずだ。
だが、まるで彼女の周りには黒いバラが咲き誇り、そしてそれすらも灰となって消えていくかのように見えた。
「だが…僕の身体は…私の身体は、思っていたよりも負担に悲鳴を上げていたらしい。ある日私は、撮影中に、血を吐いて倒れた。」
「…!な、何で…!?」
「さて、ね…私も、そこからの記憶がほとんど無いんだ。うっすらとした意識の中で、病院で、何故か最近まで健康体だった筈の身体が急にボロボロになっている事を伝える医者の言葉が聞こえたのと、ぼんやりと、『ああ、私はこんな所で死ぬんだな…もっと表現したいのに…』と思っていた記憶が最後だ。」
「それは…やりきれない最期ね…。」
「やりきれない…ああ、そうだね。私としては、演技の中で死ねた事、細胞から全てを使って死んだ事。その二つに関してはやりきったから後悔は無い。…でも、もっともっと演技えをしたかった。大人になって、結婚して、お母さんになって、だんだんおばあちゃんになって。そうやって演技も歌も円熟味を増して、だんだん積み重ねて。そうやって、生涯現役として生きていくつもりだったからね。そういう意味では、私の中ではやりきれない後悔だ。」
「…だから、この世界に転生しても役者を続けているのね。」
「そう、私の、僕の前世での果たせなかった後悔。『家庭を持っても、おばあちゃんになっても生涯現役を貫く』!それを果たしたいからこうやってエスセナ・デ・ヌエ・アクトリスとして役者をやっているんだ!…お母様お父様には沢山迷惑掛けているけどね?」
最期にちろ、と舌を出して笑うエスセナ。
きっと、これこそこの人の魅力なのだろう。
魂から、身体の細胞から演技する演技派。
でも、彼女自信の全て『役』という仮面に塗りつぶされ、支配されるわけでは無い。
彼女の、彼女自身の魅力が可愛らしくて素敵だからこそ。
彼女の演技がよりその輝きを増すのであろう。
エスセナの演技を、表現をもっと見てみたい。
そう、思ってしまうくらいに。
彼女が話す事を躊躇う事を聞いた事に、意味はあった。
聞いて良かった。
そう、確かに思った。
我ながら驚きなのですが、これがエスセナ・ウルティハ編のクライマックスじゃないのですから驚きです。さてさて、クライマックスは果たしてどうなるか…まだあまり決まっていないんですよねぇ。非常に困りどころです。