マルニ、思い返して考える 1
マルニーニャ・オスクリダ。
「やがて光の君と共に」の登場人物である。
だが、登場人物と言ってもその存在は大した存在ではない。
庶民出身の主人公、ソルス・アマーブレントを幼少期から重税で苦しめたオスクリダ家の令嬢であり、貴族が主に通う学校、サンターリオ学園でもソルスに嫌がらせをするが、いずれその嫌がらせの結果ソルスの元々の資質であった光属性の力に覚醒、ソルスはその強い力と、珍しい光属性の力によりソルスは学園の注目の的になり、そのソルスをいじめていたマルニは周りから排斥されて、物語の本筋からもフェードアウトしていく、という、まさに因果応報の、序盤のやられ役といえるキャラクターである。
ゲームでは立ち絵も無い、文章だけしか出ない、そんな存在感があまり無い、あっても良い所の無いキャラクターを覚えていたのは何回もゲームを繰り返しクリアしていたからだろう。
まるで好きな本を読み返したり、好きな映画やアニメを見返したり、そしてある意味セリフを覚える役者のように、何度も何度もキャラクターのセリフも文章も繰り返し、噛み締めるように読み返していた。
基本的に善側を贔屓する私はもちろんマルニの事は嫌いだった。
ソルスを子供の時代から苦しめ、学園に入ったソルスを更にいじめるマルニが排斥される様子は、爽快感すら感じていた。
そこからソルス・アマーブレントのシンデレラストーリーが始まるのだから尚更だ。
「そんなわたしがマルニーニャ・オスクリダ、ねぇ…。」
はあ、とため息をつきながら小さい子供用のカップに入った紅茶を飲みながら、一人誰にも聞かれないように小さく呟く。
黒野心改めマルニーニャ・オスクリダ、4歳のある日の風景である。
赤ちゃんから4年経って、ようやく多少なりと歩いたり動けるようになった。
もちろんまだ子供なのであっちこっち行ったりは出来ないし、数回ほど試したらお付きのメイドに止められたり両親に怒られたりした。
だが、私からするとそもそも、病気で病院にずっと入ったままの生活から一気に何も病気も何も無い元気な身体が手に入ったのだ、それを謳歌するなと言う方が無理と言える。
それに、立ち絵…というか、容姿に関する言及が無かったのでどうなのか心配だったのけど、幸運なことにマルニの容姿も良かった。
紫っぽい黒色の髪はさらさらで、顔は母親に似たのだろう、目つきが少しきつめに見えるが、それでも間違いなく綺麗な顔立ちをしている…思う。
あまり人の顔の美醜にも詳しくは無いし、そこまで顔には頓着はしないつもりだけど、少なくとも自分は母親似の顔で良かったと思う。
母親は綺麗だがいじわるそうな顔だし、父親はいじわるそうな顔に、貴族でありながら少し良い印象を持てない髭面だ。
流石に私に髭が生える事は無いとは思うが、やはり父親に似たくはないと感じる。
…そして外見もだが、内面は尚更両親に似たくはない。
二人とも私にとっては親だけど、きっと二人なりに愛情を込めて育ててくれているんだろうけど。
メイド達への扱いは雑だし、すぐに怒って罵倒したりするし。
税金だとかそういう経済や政治は詳しくは無いけど、私を育て、飾り付け、生かしているお金の多くが、オスクリダが統治する街、コミエドールの街から取った重税によって集めた金なのだろう。
清貧だとか質素な生活のほうが良いとは言わないけど、大した不便が無ければ不満は特に無いのに、やれどこから取り寄せた貴重な食材だの、数少ないなにを使った装飾だのといった無駄に豪華さを感じる品々を赤ちゃんのころから見てきた身としては、なぜこんなに無駄に煌びやかにしたりするのだろうと感じる。
最初は綺麗と感じた金銀細工達も、その生活の裏に今もソルスが貧しい生活を送っているのを考えると、私はこの生活に浸るわけにはいかないと感じる。
「でもなぁ…。」
はあ、と息をつく。
この生活、ひいてはオスクリダ家を少しずつでも変えていかなきゃいけないのは分かってる。
でも、肝心の何をすれば良いか分からない。
重税で苦しめているというのは分かっていても、それをやめろと言っても両親は聞くわけが無い。
そもそも具体的に何をやめろと言えば良いのかも分からない。
せっかく元気な身体を手に入れたのに、記憶を引き継いで転生した利点になるはずの知識、知恵が私には無い。
「どうしようかな…。」
「あら、どうか致しましたか、お嬢様?」
「わっ…!?」
小さく呟いていた言葉を聞かれていたことと、完全に意識の外だった時に声をかけられたことに思わず驚いて声が出た。
周りをきょろきょろ見回す。
「えっと…あ、フレリス。」
後ろを見ると、紺色のクラシカルなメイド服を着た、茶髪を結んだ女性が目に入り名前を呼ぶ。
「はい、フレリスでございます。如何致しましたか?」
フレリスは表情を変えず、ずっと真顔のままメイド服の裾を軽く上げて挨拶する。
フレリスはメイドの中でも、少し不思議なメイドである。
両親に怒られたりしてものらりくらりと躱したり、真面目に聞いたと思いきや適当だったりと、あまり何を考えているのかわからないタイプの人である。
例えばこんなことが前にあった。
私が外に勝手に出ようとしていたのを父に見つかった時だ。
「マルニ、勝手に家から出てはだめだろう?」
と私に対してはニコリ、とどこか少し作ったような笑顔で言ったあと、偶然私の近くに居たフレリスに父の怒りの矛先が向かったらしく、すぐに顔を怒り一色にすぐに変えて怒鳴った。
「おい、フレリス!何で私の大事な娘を見ていない!この子が勝手に家を出て悪い人攫いにでもあったらどうするんだ!」
(そもそも人攫いが起きるような治安になった原因や、私が外で攫われそうな恨みを買っているのは私の父親のせいのような…)
と私は思いながら、父親を落ち着かせるべきかフレリスを庇うべきか考えてフレリスは少しだけ考えるような表情になり、すぐに仏頂面になると、その仏頂面が勿体ない綺麗な顔をほとんど変えずに言った。
「…わかりました、ご主人様。ではマルニーニャお嬢様は攫われないように私が攫っておきます。」
「「……はい?」」
思わず父親と声がシンクロしてしまった。
「というわけで、気をつけて、行ってまいります。」
表情を相変わらず変えずにそう言うと、私の脇の下に手を入れて、私をたかいたかいのように抱え上げた。
「ちょ、フレリス…!?」
「フレリス、貴様何を言って、待て!おい!」
「夕方には帰りますのでー。」
父親の制止も聞かず、慌てる私をそのまま抱えてフレリスは軽く走りながら屋敷を出た。
フレリスは屋敷を出てしばらくすると私を降ろして、はぐれないように私と手を繋いで歩くことにした。
私はまだ4歳になったばかりなので話す内容や話し方を考えながらフレリスと話すことにした。
「フレリスは、なんでわたしをさらったの??」
「お嬢様が外に出たそうだったので。」
確かに私は外に出たかった。
子供の身体とはいえ、外を元気に自由に走り回れる身体が手に入ったから。
沢山、外ではしゃいだり遊んだりしてみたかった。
それに、この世界を、自分の目で見たかったから。
人々からあまり良い目で見られないかもしれないけど、それでも自分の目で世界を見て確かめたかったから。
「…ありがとね、フレリス。」
「いえ、私もお屋敷から出て気分転換したかったのも事実ですので。」
「そうなの?」
振り向いて私が問うもフレリスは相変わらず表情を変えず、少しの間の後、「それでは街へ行きましょう。」とだけ言って私の手を引く。
「うんっ。」と私は返事すれば、一緒に手を繋いでコミエドールに向かって歩いていくのだった。