この世界の光、この物語の影
「ごめんなさい、ちょっと二人を借りるわね?また後でお話するから。」
自分に話しかけてくれる子供達にそう言ってソルスとアルデールと一緒に孤児院の中でもあまり人が来なさそうな場所を探して歩く。
「……なんだよ、みられたりきかれたりしたらまずいのかよ?」
不審そうにアルデールが声を上げる。
まあ当たり前だろう、自分達を苦しめる悪徳貴族の娘がいきなり声を掛けてきてこそこそしていたらそれは同年代の子供でも怪しいし、多分私でも怪しいと思う。
おまけに、正直あまり人に聞かれたくないというのも事実だったりするので図星だ。
「あの、私達、何かしてしまったでしょうか…?」
うう…アルデールの威嚇するような目もソルスの不安そうな目もぐさぐさ心に刺さる。
ソルスはもちろんだがアルデールの事も大事だ。
ソルスのいずれお婿さんになるかもしれない相手なのももちろんだが、ゲームの中での彼も非常に魅力的に描かれていた。
だからアルデールの事だって大事なのだ。
その二人を今呼び出したのもそれが大きい理由だ。
まあ私は、そんな二人にいずれ完全に嫌われる立場に居る自分なのだから、この現状は当たり前なのだが……。
(いずれ嫌われて、没落する立場…かぁ…。)
ふと、足を止めて考えてしまった。
この世界に運命という物があるとして。
いずれ離れてしまう運命なのだとしたら。
そうなると決まっているのだとしたら。
今私は、何故、こんな無駄かもしれない足掻きをしているのだろうか、と。
「……ーニャ様、マルニーニャ様っ、大丈夫ですかっ?」
「…っ、な、何?どうかしたかしら?」
驚いた。
急に近くでソルスの声がしたので、つい少し声が上ずってしまったかもしれない。
「あ、その…マルニーニャ様が急に止まってその……とても、泣きそうな。悲しそうなお顔をされていたので。」
そう言うソルスの顔は…なんだか、凄く心配げな顔をしていた。
我ながらちょろい気がするが、それだけでもの凄くドキッ、としてしまった。
初対面で、ましてや憎んでいても仕方ない人間に対して、こんな顔をしてくれる、こんな言葉を掛けてくれる。
その優しさが、やはりこの子をいずれ光に導いてくれるのだろうなと思ってしまう。
「なんなんだよ、きゅうにひとをよんだとおもったらこそこそしたり、きゅうにおちこんだり…ちょうしくるうなー。」
そういうアルデールも、言い方や言葉はぶっきらぼうだが、声音には心配の様子が混じっているのが分かるし、表情もどうしたらいいかわからないとばかりに困った顔をしている。
(…ふふ、こういう優しい人達だから、この世界を好きになれたんだよね。)
心の中の曇った気持ちが晴れていく。
「ごめんなさい、少し考え事をしていただけよ。もう大丈夫だから、心配かけたわね。」
そう笑ってみせて言う。
そう言うと今度は二人がじいっと不思議そうに私の顔を見つめてくる。
私の方が背が高いので、下からの二人の視線に今度は私がつい困った顔になってしまう。
「え、えっと…?二人とも、どうかしたかしら?」
「……オスクリダのなかにも、ふつうにあやまったりわらったりするやつもいるんだな。」
先にアルデールが言う。
「こ、こら、アル君失礼だよっ。フレリスさんみたいな人も居るんだから普通に優しい人も居るんだよっ。」
慌ててソルスが言うも、アルデールは納得行っていない顔だ。
「フレリスさんはメイドだろー?おれはオスクリダのこといってんだよっ。」
「そ、それが失礼なのっ、ご、ごめんなさいマルニーニャ様っ!アル君が無礼を言ってしまって…!」
そんな二人のやり取りを見ていてつい私は「ぷっ。」と噴き出してしまう。
「マ、マルニーニャ様…!?」
「ふふっ…ご、ごめんなさい、つい面白くって…。」
堪えきれずつい震えて笑ってしまうも、少しずつ呼吸を整えていく。
「ふう…全く、二人とも仲が良いのね。それと、私の事はマルニで構わないわ。マルニーニャ様って、呼びにくいし長いでしょう?」
「そ、そんな、恐れ多いですよっ。」
「そうか?よんでいいっていってるならよんでいいんだろ?」
「も、もうアル君っ!」
「ふふ…。」
二人のちょっとコントみたいなやり取りについつい笑みが零れてしまう。
でもソルスやアルデールがもっと呼びやすいようにしてあげるのも、お姉さんとしてやるべき事だと思うので…。
私は敢えて答えが分かっている質問をしてみる事にしてみた。
「なら、二人がもっと気楽に呼べるように、私にも二人の名前を教えてもらえるかしら?」
「「あっ。」」
私の言葉に、二人は自分達が名前を言っていない事を思い出したのか二人は声をあげた。
(ふふ、やっぱり仲良しだ。)
心の中で笑っている事は二人には内緒にしておく。
「…おれはアルデール・ヴォルカーンだ。まあ、よろしくしてやらないこともないぜっ。」
ふいっ、と、多分「あくまで心は許してない」と示すように大袈裟に顔を逸らすアルデール。
まあ、こういうちょっと素直じゃない所もアルデールの魅力だ。
「……ソ、ソルス・アマーブレントですっ。よろしくお願いしますっ。」
ソルスは緊張しながらも、意を決して頭を下げる。
「ええ、アルデールにソルスね、改めてよろしくお願いするわ。」
微笑んで私も頭を二人に下げる。
和やかな空気が少しは流れた…かな?
「ところで、マルニ様、私達を呼んだのは何故でしょうか…?」
ソルスが気になったであろうことを聞いてくる。
さて、なんと誤魔化すべきか。
原作だとソルスが光の魔法に目覚めるのはまだまだずっと先だ。
だからそれを言うわけにはいかない。
適当に誤魔化すしかない…。
「そうね…帰るまでに色んな子と話したかったのもあるけど…。」
「「けど?」」
二人は首を傾げる。
「何か二人に感じる物があったから…かしら。」
出来るだけキリッ、とした顔で言ってみた。
「「………」」
二人は何とも言えない顔で沈黙した後…。
「なんだそりゃ、りゆうそれだけかよ。」
と、アルデールは明らかに呆れているような顔で言う。
うん、やはり理由としては苦しかったか。
(失敗した…)と思っていた、のだが…。
「な、何かって何でしょうかっ。良かったら詳しく教えてもらえますか!?」
「お、おいおい、そんなマジになんなくてもいいだろ…。」
少し遅れたソルスの反応は予想外のものだった。
なんというか、もの凄く目を輝かせている。
この世界の人々は、輝きの程度は人によるのだが、魔法を使う時に属性に対応した色に輝く。
光属性の魔法の時は綺麗な薄い黄色に近い色に輝くのだが、まるで光属性の魔法を使っている時のように輝いている。
(光属性の魔法を使える人の素養なものかな…?)とも思ったが、直観的に多分違うと思う。
嬉しかったり好奇心が湧くとこうなる、多分こういう子なんだろうな、と判断した。
(そういう所もソルスは可愛いんだけどね)と思いながら。
そして……良いきっかけが出来た、とも。
それから私達は三人で色々な事を話した。
お屋敷での生活の事。
孤児院での生活の事。
今日は孤児院で何をしていたか。
今日は外で何をしていたか。
剣や槍の訓練の仕方。
魔法の訓練の仕方。
お互いの事を話し合った。
アルデールは私に対してか、オスクリダ家の事もあってか、態度をなるべく崩さないようにしながらも笑うのを肩を震わせたりして我慢していた。
私もなるべく令嬢モードの雰囲気を崩さないようにしながらも、面白い話の時は小さく笑った。
そして…ソルスは、色々理由があって、大きく笑う事すら我慢している私やアルデールと違って。
面白い話の時は楽しそうににこにこと笑って、目を輝かせて話を聞いて。
しがらみすら気にせず、私とも同じ目線で話してくれた。
そんな姿が、とても可愛くて、とても素敵で。
やっぱり私の知る、私が愛した世界の、私が愛したソルスなのだろうなと思った。
(ああ、そうだ。だから私は、悪役令嬢として振る舞うんだ)
例えこの世界で、いつか嫌われて、いつか離れる運命だとしても。
この子が、もっと、素敵にこの世界に羽ばたいて行けるように。
この子を導いて行ける、手を差し伸べ、手を引いて行けるように。
この子という「光」の為に、悪役だとしても、この子の「影」で居るんだ、と。
(悪役令嬢としても人生の先輩としても私はまだまだ、だけどね?)
私の物語は、全てがそうとは限りませんが、私が作った創生神話という神話の物語群の中の一つの世界の一つとして描いています。世界には、世界に選ばれた「世界の主人公」が居ます。ただそれは物語の主人公とは限りません。この「世界の主人公」に選ばれたのはソルスですが、この「物語の主人公」はマルニです。「世界の主人公」と「物語の主人公」が別になっている事でどうなるか。その光と影の物語がとうなっていくのか、これからの展開をどうか見守っていただけると幸いです。




