何で!?転生した私
私は病室に居た。
ピー、ピーと鳴る心拍数が弱まっていくことを伝える機械の音。
慌ただしく動く医者や看護師の人達。
強く手を握って私に声を掛ける両親。
薄れゆく意識の中で何とかそれらを知覚する。
今まで手術や薬剤投与、様々な方法でなんとか生きながらえていたが、ここがもう自分の身体の限界なのだろうという妙な確信が私にはあった。
私は生まれつき身体が弱かった。
元々心臓があまり良くなく、二十歳を迎えられないかもしれないと前々から言われていた。
なんとか高校までは行けたものの、その後すぐに体調が悪化して入院、そして今に至る。
結局もう病院を出ることは無く終わるのだろう。
私は目を開けるのも疲れてきて目を瞑る。
両親が目を開けろと言うが、残念ながら応えられそうにない。
私は、今までの人生を頭の中で振り返る。
学校には少ないながらも私を気にかけてくれた友達が居た。
恐らく、身体のことで周りに気を使われはしただろうけど、あまりいじめたりはされなかったことは恐らく幸運というか、周りに恵まれたのだろう。
両親も病院の先生達も、自分を生かす為に、笑顔にする為に頑張ってくれたのだろう。
だからこそ、それに応えられなさそうな事をとても申し訳なく感じる。
もし。
もし来世というものがあるならば。
元気な身体で生まれて、周りの人を笑顔にしたい。
そうして、恐らく走馬灯というものだろう思い出を思い出していると、自分の好きなものを思い出した。
それは恋愛ゲームだ。
男性向けも楽しんでいたが、やはりどちらかというと女性向けゲームを特に楽しんでいた事を思い出した。
学園物にアイドル物、時代物など色々とやった。
小説や漫画なんかも好きだったが、特にゲームが楽しかった。
ほとんど病室から出られなかった日々、友達なんかも全然作れない中で、ゲームの中の友情や恋物語に憧れた。
かっこよかったり可愛かったり美しい攻略対象ももちろん大好きだったが…それと同じくらい、いや、もしかしたらそれ以上に好きだったのは、色んな顔を見せる主人公だったかもしれない。
女性から見ても可愛いと思ったり、健気に頑張る姿を見ては何度も、自分もこうなりたい、自分もこんな優しくて可愛らしい人になりたい、と。
そして、こんな友達が、自分にも居たらな…とも思っていた。
特に一番好きだったファンタジー物の作品、「やがて光の君と共に」の主人公の少女、ソルス・アマーブレント。
心の光を表すような光の魔法を持ち、いずれのルートでも様々な人の手を伸ばす心優しい、まさに主人公。
そんな姿が大好きな、彼女のような人に。
もし、自分に次があるなら、生まれ変わるなら。
あの子のようになりたいな。
そんな風に思いながら。
もう目を覚ます事の無い眠りに私は落ちていった。
黒野心、享年17歳。
病気によりこの世を去った瞬間であった。
「……ん、んぅ…?」
どれくらい時間が経っただろうか。
物凄い長い時間が経ったような気もするし、逆にほんの一瞬だったような気もする。
さっきまでと違って、とても身体が軽いような気がする。
不思議と身体に活力が湧いてくる…と同時に、その力が身体全体という割りには小さいような感覚がある。
幻肢痛という物の存在は聞いたことがあるが、それに近いものなのかもしれない。
なんというか、身体全体がとても小さいような感じがするのだ。
もしかして、自分が死んで魂と言うものになったのだろうか。
ならきっと、目を開けたら(目というか視覚というものがあるのかがわからないが)、花畑でも見えるのだろうか。
それとも閻魔様でも前に居るのだろうか。
少なくとも悪いことはしていない…というかそもそも出来ないような身体だったし、自分なりには自分の命は大事にしてきたつもりだ、流石に地獄に落とされるような事は無いとは思うが、少し怖いような気もする。
…それとも、小説やアニメで見たような神様でも居るのだろうか。
だとしたら、特別な転生特典みたいなものは要らないから、五体満足、元気な身体で生まれたい。
よし、勇気を出して目を開けてみよう。
そう思った私は生前?と同じように目を開けてみた。
そこには、茶色い壁のような風景が見えた。
質感的に土壁…じゃない、石?だろうか。
天国だとか地獄だとかあの世だとか、なんかそういうものにしては地味というかやけに現実的というか…。
周りを見れるかと視線を動かしてみる。
すると、自分が籠のようなものの中でシーツに包まれているのがわかった。
…籠?シーツ?と疑問が更に増える。
まるで赤ちゃんが揺り籠の中に居るみたいではないかと思っていると、
「おお、目が開いた!」と声が聞こえた。
どたどたと走り寄って来る音が聞こえると、その声の主だろうか、男の顔が目の前に現れた。
髭面で目つきは悪く、だが髪や服装は身綺麗に整えている。
なんというか、不潔感は感じないが妙に嫌悪感があるような見た目である。というか、なんかやけに顔が大きく感じて妙に迫力がある気がするというか、正直怖い。
「あぅ…あ…ぁ…。」
思わず声が漏れて…気づいた。
なんか私の声、やけに幼いような…というかもはや赤ちゃんみたいな?と。
そこでまさか、という嫌な予感が自分の身体を走る。
自分の身体を確認しようと首を動かす。
まだ首が座ってあまり経っていないからか首を動かしにくい。
だが、小さい手足が見えて、更に首元には涎掛けがつけてあり、おしゃぶりがあるのも見えた。
「あ、あ、あ、あぁぁ…。」と泣きそうな情けない声が出る。いや情けないというには自分が発するには随分可愛らしい声だが。
嫌な予感はもはや確信に変わる。
赤ちゃんだ。子供みたいとか赤ちゃんみたいではなく本当に赤ちゃんに変わってる。
所謂転生した、ということだろうか。
転生ものにありがちな神様との会話的な物があった記憶は無いが、状況的に見て恐らくそうと考える以外には難しい。
ならここはどこだ?という疑問が出てくる。
そこでこの男の人…恐らく父親なのだろう。
…なんだか見たことがあるような気がする。
しかも、あまり良い予感はしない、というかどちらかと言えば悪い予感がする。
すると「あらあら。」という女の人の声が聞こえた。
すっ、と男の人の反対側から女の人が現れる。
「やっぱり可愛い赤ちゃんねぇ、流石は私たちの子供だわ。」
と笑み見せながら女の人が言う。
恐らく私の母親なのだろう女の人は、綺麗な人だった。
綺麗なのだが…なんというか、怖い。
目つきがキツめというか、雰囲気の圧が強いというか…話し方もなんか上からに聞こえる。
仮にも自分の親なのに、どうしてそう感じるのだろうか、と不思議に思っていた時だった。
「オスクリダ家に相応しい子だわぁ。でも、そうなるように更にしっかり育てなきゃいけないわねぇ。」
「問題ないさ!うちの領土でも腕利きの教師をつけるからね!オスクリダ家に泥を塗るようなことは万が一にも無いだろう!」
少し声が大きめな父親と語尾が伸びるような母親の話を聞きながら、私は考える。
(オスクリダ家?何か聞いたことあるような…)と。
そして思い当たる。まさか、と。
母親は、口を開いた。
「マルニ、しっかり育って良い家に嫁ぐのよぉ。」
(…ま、マルニ…まさか、やっぱりマルニーニャ・オスクリダ!?)
かつて黒野心だった私の今生の名前はどうやらマルニーニャ・オスクリダらしい。
私は驚きと共に絶望する。
(それって、「やがて光の君に」の悪役令嬢じゃん、そんなのってないよおおおおおぉぉぉ!!)
「あ、あ、だあああああああぁぁあ!!」
「おお!マルニ、何故泣くのだ!」
「何か気に触ったかしらぁ、困ったわねぇ。」
私はある意味赤ちゃんらしく(?)、思い切り泣き喚いた。
もちろん新しい両親は私の泣いた理由など分からず、ただ困るだけだった。