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『マティアス・オーレン』の行方 〜ところで、兄はいつ戻ってくるのでしょう?〜  作者: 青葉 ユウ
-- Another --

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→講堂へ

たとえ、脇役だったとしても。



 学院生活が3年目にもなると、魔法の実技や研究といった、身体を動かす講義の割合が多くなる。

 そんな日々のなかで講堂での座学が続いた今日は、座ってばかりいたせいか妙に体が重く感じていた。


 一斉に教本のページを捲る音が耳に届いて、意識が遠くなっていたことに気づく。

 真剣に教師の説明を頭に入れようと耳をそばだてていても、脳に残らず抜けていく。

 教師の声ではないことに驚いてから、指名された学生が質問への答えや見解を述べている状況を把握したり。


 どうにも瞼が重くて、講義の半分は半目でいたかもしれない。


「お前さ、今日どうした?」


 一日分の範囲が真っ新な状態の教科書にマルティエナは頭を抱えていた。


 講義時間を過ぎて教師が去った途端に目が冴えるのは何故だろう。

 抗えないほどの眠気があっという間に引いていって、自分の失態へのやるせなさが残る。


 そうして、席から立ち上がれずにいたマルティエナを見かねたクレイグが声をかけた。


「マティが講義中に居眠りなんて珍しいよな」

「有り得ないよね、本当に」


 ああ、と後悔ばかりが口をつくマルティエナは、にんまりと口角をつり上げたクレイグに眉をしかめる。


「クレイグは何がそんなに嬉しいの」


 問いかけつつも、マルティエナには想像がついていた。


「ん~? 優等生のマティアス君は居眠りも上手だな~って思ってさ」

「それはどういたしまして」


 彼らしい軽口も慣れ切っているから、マルティエナも流すように頷いて立ち上がる。


 居眠りしてしまった分をこれから取り返さなければ。

 そう意気込んで教科書を手に持つと、その上にもう一冊同じ本がのせられた。


「何? ロッカーに入れておけばいいの?」

「マティ、俺がそんな薄情な奴に見えるのかよ。お前の代わりに一言も漏らさずメモしてやったんだぞ。俺を褒めろ」

「クレイグが!? ――わあ、助かる。有難く借りるよ。ありがとう」 


 ぱらぱらと捲ると、マルティエナの教科書とは真逆で今日一日の講義分だけは手書きの文字でびっしりと埋められている。

 クレイグはやる気がないだけで、それなりに要領が良い。それが分かる要点を掴んだ書き込みだった。


「貸しひとつだな」

「なら、私は数え切れないほど貸しがあるかもね?」


 談笑しながら廊下へと出ると、白髪が特徴的な背の低い教師がふらつきながら歩いていた。

 両手には体の横幅より大きな荷箱を抱えている。


「先生。よければ手伝わせてください。荷物をお運びします」


 声掛けで立ち止まってくれた教師の前へと小走りに駆け寄る。

 白髪が垂れ下がった長い眉から覗いた目元と目が合わさった。


「おお、オーレン君か。すまないな」

「いえいえ。私で良ければいつでも力になりますよ」


 窓の縁にある台に手にしていた教科書を置いて、教師が抱えていた荷物を受け取る。


 横幅の広い荷箱だが、案外軽い。

 中身が詰まっているわけではないのかもしれない。


(階段は注意しないと危ないけど)


 丈夫な箱の造りだから、この上に教科書を置いても良さそうだ。


「どこに運びましょうか?」

「私の研究室に運んでおくれ。私は他の場所に用があるが、今の時間なら助手がいるからの」

「分かりました」


 頼んだぞ、と言い残した教師は軽快な足取りでその場を後にする。

 それを見届けたマルティエナは、両手に持った荷箱の上に教科書を載せてもらおうとクレイグを見遣ると、呆れ顔で肩をすくめられた。


「お前、それ運んだら寮に戻んの?」

「研究資料館で勉強するつもりだけど、どうかした?」

「ん。なら俺が運ぶ。他の先生に用があるから」

「そう? なら悪いけど頼もうかな」

「おう。――んで、代わりに頼みがあるんだけど」

「いいよ。なんでも言って」


 こういうことは良くある。

 特段決まった予定もないマルティエナが迷いなく頷くと、クレイグはしてやったりと目を細めた。


「殿下にさ、伝言よろしく。今ならどうせ学生会の塔に居るだろ」


 クレイグの示す殿下は、助手として学院に在籍している第一王子ではなくアスタシオンだ。

 同級生とはいえヴァルトセレーノ王国の第二王子の行き先に「どうせ」なんて付けてしまうところも、用を伝言で済ませてしまおうと思うところもクレイグらしい。

 それを人目を気にせずにしてしまえる仲なのだ。


『マティアス・オーレン』には――――少なくとも、マルティエナにはできそうにない。

 アスタシオンだって、クレイグに言うような軽口を言わないだろう。


「わかったよ。なにを伝える?」

「あとは任せた」

「は?」

「だから『あとは任せた』って言えば伝わるから」

「ちょっと、クレイグ。殿下との約束があるなら――」


 いくら親しいといえども、それはいけない。

 そう思って止めに入ったマルティエナだったが、一歩早く、クレイグが身を翻す。


「そんじゃ俺行くな~」

「クレイグ!」


 気持ち強めに呼びかけても、クレイグは振り返らない。

 後ろ手にひらひらと振られてしまうから「足元気をつけなよ」と声を張るだけに留まる。


 全学生を代表した自治組織である学生会には、学院内の細々とした雑務をこなす役員の特権として専用の塔が用意されている。


 塔の入退出記録をつけている受付員に名前と用件を告げたマルティエナは、名簿から名前を探す数十秒を待ってから許可をもらった。


(あんまり一人で入りたくないんだけどな)


 アスタシオンは塔内部にいるらしい。

 どの部屋にいるかまでは分からないが、学生会の執務室に行けば誰かしらから居場所を聞けるだろう。


 足を踏み入れた数回の記憶を頼りに、閑散とした通路をマルティエナは進む。


 学院を卒業後に助手として在籍している第一王子は今も頻繁にここに出入りして、エレノアとの勉強会を続けているらしい。


 遭遇した場合に備えて闇の古代魔法は解いているが、だからこそ些細な体格の違いに気づかれやしないかと気が気ではなかった。


 ◇◇◇


 幸いにもアスタシオンは執務室にいた。

 投書箱に入っていた匿名の申立てを読んでいたのだそう。


「アルカシアが?」

「はい。何か殿下と約束されていたのかと思ったのですが、違いましたか?」


 言われた通りに伝言を伝えたものの、思っていた反応と違って当惑する。


(やっぱり、クレイグを探して直接来てもらわないと)


 手にしていた二冊の教科書を持ち直したマルティエナは、伸びた前髪を横に流す。

 アスタシオンの思案する眼差しが落ちて、一転して頷きで微笑まれた。


「――――あれか。大丈夫、伝言は受け取ったよ。ありがとう、オーレン」


 本当に? と一瞬思ってしまったものの、アスタシオンがそういうのなら本心だ。


「すみません。私が先生から引き受けた仕事をクレイグが引き受けてくれたんです。まさか殿下との先約があったとは知らず」

「大丈夫。全く急いでないからね。それよりも、今日これから予定ある?」

「いえ。いつものように勉強してから帰ろうと思っていましたが、それだけです」


 マルティエナははっきりと首を振る。

 学生会の雑務もこなすアスタシオンは多忙だ。

 ちょっとした手伝いは喜んで引き受けよう。


「なら私に付き合って、オーレン」


 そう思って、予想していた彼の言葉に微笑みで頷くのだった。



 ◇◇◇


 学生会の塔の各部屋は、その趣に合わせて空調や雰囲気を魔道具で整えている。

 その内のこじんまりとした一室で、アスタシオンは空間を音で彩っていく。

 暖炉の火が爆ぜる音も表現の一部にして奏でられているのはチェロの音色だ。

 ひとつのチェロから幾重もの波が寄せて、緩やかに引いていく。

 耳に溶け込んでいく心地良さといったら――


(だめ。目を閉じたら寝てしまいそう)


 一人では気が乗らないからと頼まれたマルティエナは、チェロを弾くアスタシオンの唯一の観客になっていた。


 勧められた1人がけの椅子に座ったのも良くない。


 座った瞬間に深く沈んだ反動で、背もたれにもたれ掛かってしまった。

 そうすると頭まで深々と柔らかな座面に包まれる。

 足を伸ばすための台まで用意されてしまえば、もう身動きがとれない。動き出せなくて、身体が疲れていることを自覚した。


 瞼が重たかったことを思い出して、余計に重くなって。

 瞼を閉じると音に集中できるけれど、そうすると眠りこけてしまいそうだから必死に目を瞬いた。


 アスタシオンの貴重な生演奏を聴き逃しては後悔する。

 趣味で弾いているとは聞いていたけれど、良い腕は持っていないからと人前で弾く姿は見たことがなかったのだ。


 うつらうつらしながらも抵抗するマルティエナに対抗するように、チェロの音色が深く静かに伸びていく。


 パチパチと音を鳴らす暖炉の温もりが毛布代わりになって。

 そうしてマルティエナは、誰もが羨む贅沢なお昼寝を堪能するのだった。


たとえ、彼の思惑通りだとしても。


【分岐ルート:クレイグ・アルカシア & アスタシオン・ヴァンビエント・ヴァルトセレーノ】

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