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『マティアス・オーレン』の行方 〜ところで、兄はいつ戻ってくるのでしょう?〜  作者: 青葉 ユウ
-- Another --

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→温室へ

たとえ未完成でも、



 食事を終えた昼休み。

 マルティエナは魔法植物研究学の温室に足を運んでいた。

 講義で研究している魔法植物を育てる温室管理は学生が行う。週ごとのローテーションで担当を決めていて、今秋はマルティエナが当番だった。


(温度は……うん、大丈夫そう。まずは水やりをしていくか)


 管理といっても、ここはヴァルトセレーノ王国きっての魔法学院だ。温度を一定に保つ魔道具も、植物に水をばら撒く魔道具も備えられている。

 故障や魔力切れで止まっていないことを確認し、魔道具の使用呪文を印して起動し直すだけ。それで温室の8割以上の管理を終えたことになる。


 等間隔に配備された魔道具を見逃さないように魔道具の配置図を手に持ちながら、横並びになった鉢植えを目視で確認していく。壁際まで辿りついたら、今度は奥の通路へ。

 それを数回繰り返して温室の隅に着くと、今度は階段を登る。作業用の細い通路から、天井から吊された植物に魔法で水を与えていった。


 四面の壁を半周したところで、カララ……とスライド式の扉が開く音がしたので、マルティエナは転落防止の柵に身を寄せて階下を覗き込む。


 きょろきょろと頭を動かして温室を見渡す人影が一人分。

 ガラス張りの天井から差し込む光が反射して、天使の輪が揺れていた。


「――アレッタ嬢。講義お疲れさま」


 声をかけた瞬間に顔を上げて笑みを咲かせたアレッタにマルティエナは手を振る。


「まあ! 其方にいらしたのですね!」

「うん。アレッタ嬢はどうしたの?」


 温室は普段過ごす学年棟から少し離れた立地にある。

 選択した講義の入り具合にもよるが、昼休憩中での往復は大抵忙しなくなるのだが――……


「今日はマティアス様が当番ですもの。お手伝いに参りましたわ」


 当然だ、と言わんばかりに誇らしく胸を張るアレッタは、上から見ていても可愛らしい。


「ありがとう、嬉しいよ。昼食はしっかり食べてきた?」

「ええ。マティアス様に聞かれると思って、普段通りの量をいただきましたわ」

「なら安心して手伝ってもらえるね」


 会話しながら魔法での水やりを進めていたマルティエナは、ぐるりと一周し終わって、上った時と同じ階段を下る。


 残り作業はあと僅か。

 けれども、魔法を使えない点が少々面倒である。


 アレッタと二人並んで、温室の中でも隔離された一画に向かう。


 天上と同じくガラス張りの一室は、魔力を与えずに植物を育てる区画だ。

 魔力反応を観察する実験に用いられているので、育て方を誤れば結果も変わる。


 そのため魔力で水を生成することは禁じられているから、空のじょうろに水槽に溜まった水を汲む。

 水道水にも微量だが魔力が通っている。魔力を吸収する材質で造られた水槽に溜めることで、一日かけて魔力を無くすのだ。


「無理はしなくて良いからね?」


 じょうろ自体にそれなりの重さがあるのに、水を注ぐと倍になる。

 腕力のある男達は片手で楽々持っていたが、マルティエナは入学から体を鍛え続けていても腕が震える。

 男らしく片手で持つのは、まだまだ無理だ。


 それでも両手で持てば並々に注いでも持てるようにはなったのだが、大抵の女性なら半分の水量でも重い。

 けれど、まだじょうろに水が入るからと、ついつい満杯にしたくなるものだ。

 そういった友人のサポートに回っていた経験が少なからずあるマルティエナは、後に続いたアレッタに声をかける。


「もう。子どもじゃありませんのよ?」


 水槽の下部にある蛇口を締める音が鳴った。


「ごめんね。今は季節の変わり目で体調を崩しやすいから、あまり負担をかけさせたくなくて」

「まあ」


 口を尖らせたアレッタにふいと顔を背けられる。

 行動は不満気でも本心は違うと彼女の感嘆が告げていた。


「私は奥から水をやるから、アレッタ嬢は手前から頼むよ」


 どこもかしこも締め切られて、風の流れがない温室には音もない。

 さわさわと植物の葉を揺らしながら落ちていく静かな水音が二人分。

 時折混ざる足音で互いの居場所を感じ取って、一歩ずつ縮まって。


 賑わう昼休みとは思えないほどに断絶された空間だった。


「終わったね」

「あっという間でしたわね」


 残り水を流し切ってから、水槽を新しい水で満たしていく。

 陽射しが暑く降り注ぐ密閉された温室の中でも、蛇口から流れる水の冷気が心ばかり涼しい。


「アレッタ嬢。ささやかだけど今日のお礼を受け取ってくれる?」

「まあ、なんですの?」


 満杯になるのを待つ間に、マルティエナはポケットにら入れていたものを取り出した。


「蜂蜜飴だよ。二つあるから一緒に食べよう」

「嬉しいですわ。ここのところ空気が乾燥してきましたものね」

「本当に」


 カラン、と舌の上で転がす。

 歯に当たってカラカラと軽やかな音が鳴るのを少し楽しんでいると、じわじわと溶け出していく飴が喉を伝っていくから、沿わせるように指先が触れていた。


「――喉を痛めていらっしゃるの?」


 そんな些細な動作をアレッタは見逃さない。


「少しだけだよ。飴を舐めたら痛みも引くから大丈夫」

「いけませんわ!!」


 目の前に机があったなら、両手を勢いよく置いて身を乗り出していたことだろう。

 思わず目を見張ってしまう圧にアレッタ自身も驚いていた。

 開いた口からカラ……と飴が転がる音がして、恥ずかしそうに手で隠す。


「私、以前お話ししたのを覚えていらっしゃいます? 美容の研究グループに入ったのですが」

「覚えてるよ。男子禁制の花園だって話していたところだよね」


 王立魔法学院は学年を重ねるにつれて選択科目が多くなり、同時に個々での研究が増えていく。

 とはいっても、学院の在学期間はたったの4年。

 その間で研究の初めから終わりまでを終わらせられるのなら、規模が小さいものしか着手ができない。

 そのため、研究テーマを決めたグループや同好会が伝統として創られ、引き継がれているのだ。卒業生が研究の続きが閃いたと顔を出したり、就職先にも研究内容を持っていって、経過報告を届けてくれることもある。


「ええ。そこで美容と健康を意識したスムージーを作っていますの。美味しくない分効能は良いので、貴方様にもお渡しいたしますわ」


 完成品をお贈りしたかったのですが、とアレッタは拗ねた表情で呟く。

 残念な気持ちよりも、自分の体調を心配してくれている彼女の優しさが嬉しくて、マルティエナは微笑んだ。


「とっても嬉しいんだけど、美味しくないんだ?」

「色々と詰め込み過ぎて、一言では言い表せない味なのです。忘れられない味になります」

「それは――――楽しみだな。ありがとう、アレッタ嬢」


 そうして水槽が満杯になったところで、板状の蓋をした二人は肩を並べて温室を後にしたのだった。



 ◇◇◇


 午後の講義が全て終わり、自主学習をしてから寮に戻ったマルティエナを出迎えたのは、カーチェの何とも言い難い複雑な表情だった。


「ご主人様……こちらは、なんなのでしょうか……」


 カーチェが言葉で示すのは、両手に持ったトレーにのせられたグラスだった。

 透明なグラスには丁寧に蓋までついている。


 けれど、透明だからこそ、中に注がれた液体が丸見えだった。


「ラングロア様の侍女のモニカさんからお預かりしたのですが……」


 同じ質問をカーチェはモニカにしている。

「アレッタ様からオーレン様への贈り物でございます。見た目は少々あれですけど、アレッタ様は毎日お飲みになっておりますよ」と、端的に答えられてしまったカーチェは、言い知れぬ不安に襲われていた。


「わあ、凄いね。色が……うん、大丈夫。健康に良いからと、アレッタ嬢が私にわけてくれたんだ」


 マルティエナはグラスを手にとる。

 目の前で少し傾けると、深く淀んだ緑色がどろりと形を変えて、これまた黒ずんだ紫色に色合いを変えていく。

 それも、溶けあうような色の混ざりではなかった。

 互いが互いの色を汚していくような、カーチェの怯えに納得できる色合い。


(アレッタ嬢は何を入れたの?)


 信頼しているアレッタからの贈り物だから微笑ましく思えるけれど、見ず知らずの人に手渡されたら多分受け取れない。


 蓋を開けて匂いをかいでも何が何だか分からなかった。

 眉を顰めるような異臭ではない。植物や果物の新鮮な香りは一応残っている。

 ただ、混ざりすぎて訳が分からない代物になっているだけだ。


 グラスを口に近づけると喉が鳴った。

 アレッタの親切心に申し訳ないのだが、とてつもなく緊張している。


「危険ですわ!? 毒見……いえ、エルジオに味見をさせませんと!!」

「私ですか!?」


 同様に気を張り詰めていたカーチェが部屋の隅で存在感を消していたエルジオを呼びつける。


「当然です!! 貴方以外に誰がいるのですか!?」

「カーチェ、貴女は私を――」

「安心して。これはアレッタ嬢からの贈り物だからね。身体に良いって聞いてるから心配しないで?」


 いけない、とマルティエナは自分を戒めた。

 自分が緊張していては二人にまで感情が伝播する。


 意気込んで大きく頷いてみせたマルティエナは、ひと思いにグラスを傾ける。

 ゴクリ――――三人分の喉音が室内に響いた。


 マルティエナの手に持つグラスが少しずつ減って、透明なグラスに奥の景色が混じるようになっていく。


「ご主人様……」


 両手を握りしめたカーチェと、静かにマルティエナの背後に移動して万が一に備えるエルジオが、部屋の主人をはらはらと見守る。


 かたん、とグラスが机に置かれた。


「うん。…………うん? 大丈夫、少し……そうだね」


 舌先に広がった味と、それに相応しい言葉を考えて。


「忘れられそうにない味だったよ。明日アレッタ嬢にお礼を言わなきゃいけないね」


 そういってマルティエナが幸せそうにはにかむから、勝手に悪いイメージを抱いてしまっただけなのかとカーチェがグラスに目を落とす。

 グラスの内側を伝う液体がゆっくりと、蠢くような動きで底に溜まっていた――……



 それから数日。

『マティアス・オーレン』の部屋に謎の液体が毎日運ばれていると、男子寮棟を行き交う使用人の間では密かな噂になったのだった。



あなたは喜んでくれるから 【分岐ルート:アレッタ・ラングロア】

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