IF.エレノア・シュネヴィオールの恋
私――エレノア・シュネヴィオールには、生まれつき光属性の魔力がある。
盗賊や荒くれ者から民を守るだけでなく、作物の不作を防ぎ、痩せ細った土地や気候を整えて、成長を促してくれる光属性の魔法使いは、国民にとって英雄で、希望で、憧れの存在だった。
両親は「エレノアも将来、優秀な魔法士になれるわ」と言ってくれて、私もそうなりたいと子どもながらに思っていた。
けれど魔力制御を施されているから、光属性の魔力があっても周囲の子と比べて劇的に何かが違うことはなくて。
魔力量が多いことすら知らずに過ごしていたから、学院の入学審査の数日前になって両親から聞き知った私は半信半疑でいた。
私に伝えなかったのはクレメン教会の意向らしい。
心の在り方は精霊との交流によって生み出される魔法にも影響があるので、周囲との衝突や、過剰な期待や嫉みを生まないための配慮だと教えてくれた。
実感が湧かないまま入学審査を受けて、何の変化もない数か月が過ぎ去って、合格通知を受け取った時――――私はエレノアを知っている、と思った。
エレノア・シュネヴィオールが、ヴァルトセレーノ王立魔法学院の合格通知を見て喜ぶ姿。
鏡なんてないのに、私の姿がどう見えているのかを知っている。
私の前世、白川光がやっていた乙女ゲームのスチルで見た光景だった――
◇◇◇
好きだった乙女ゲームのヒロインに転生した私は浮かれていた。
海外旅行はしたことがないけど憧れだけは強かったから、ひと昔前の西洋風でありながら生活水準が整っているこのゲームへの転生は、最大の幸運だと思った。
それに主人公のエレノアの家は子爵で位は低いけれど、父の才覚のおかげでお金は使いきれないほどある。
ゲームの攻略対象との恋愛が成就しなかったとしても、問題を起こして裁かれない限りは将来に困らないだろう。
この世界に前世の感情が溶け込めずに引き篭もりになっても、使用人を雇ってひっそりと暮らし、一生を終えれるくらいの財が父にはあるのだ。
この乙女ゲームにバッドエンドはあるが、それは攻略対象が様々な理由でヒロインと決別してしまうもの。
エレノア自身は死に追いやられはしない。
そう、エレノア自身は――
(シナリオ上、必ず死んじゃう子がいたんだよね)
名前は記されていなかった。
隠れ攻略対象のコルスタン・カムデンの弟子。
ルート分岐前の重要エピソードである学院二年目の学院祭で、必ず命を落とすモブにもならない人。
闇属性の魔法士集団によって引き起こされたコルスタン・カムデンの魔力暴走によって命を落とす不運な存在。
(作られた物語だから可哀想としか思ってなかったけど……)
ゲームだから、決められたシナリオが変わることなんてあり得なかった。
誰かの死を組み込む物語は溢れてるから気にも止めなかった。
(でも、今の私はエレノアで、その子とは学院祭までの約一年半クラスメートで……)
ゲームだから、シナリオに沿って攻略対象と過ごすひと時や、サポートキャラの友人との会話シーン、学院での日常の一コマだけが描き出されていく。
けれど現実になると、それらを含んだ毎日の生活を私が送ることになるのだ。
コルスタン・カムデンの弟子を『シナリオ上必ず命を落とす人』として見ることはできない。
そして、ゲームをやっていたからこそ、その人を助けられる手段も知っていた。
(私、勉強頑張らないと……!!)
幸いにして、転生したのはゲームの主人公だ。
光の神の寵愛を受けた女の子。
物語の最後では光の古代魔法を使いこなして闇属性の魔法士集団が引き起した危機を救う、光魔法の使い手。
ミニゲームでステータスを上げていくことで、使えるようになる光の古代魔法。
ゲームだから簡単に経験値を上げて楽しめたけれど、現実なら相当の勉強や練習をしなければならない。
命を落とす運命にある人を救いたいのなら、なおさら――
届いたばかりの合格通知を握りしめて、私、白川光もといエレノア・シュネヴィオールは気合を入れた。
◇◇◇
始まった学院生活は、私にとってハプニングと苦悩の連続だった。
まずは入学初日。
ゲームのシナリオでは、エレノアは入学式に遅刻する。
式典の終わりごろになってようやく大聖堂に辿りつくと、在学生挨拶をしている第一王子ソルディオン・リヒトライ・ヴァルトセレーノと目が合うのだ。
光の神の寵愛を受けている者同士惹きつけられる出逢いシーンで、数人いる攻略対象の中でもメインキャラ。
ゲームだから、遅刻したことでのワンシーンににこにこしていられたけれど、大事な式典への遅刻は心象が悪いだろうし、前世の私は皆勤賞をとるような真面目っ子だった。
シナリオを理由にわざと遅刻するなんて行為はできなくて、寮を早めに出た。
それが仇になった。
入学の案内に目を通したつもりでも、学院の敷地は広大すぎたのだ。
お上りさんのようにきょろきょろと辺りを見渡して、前世通っていた学校とは程遠い西洋の宮殿仕様に浮足立っていた。
結果、迷子になった。
学生服をきた人を見つけれたので、入学生だろうとその後姿を追いかけたら先輩だった。気づいてくれた親切な先輩に入学式を行っている大聖堂までの道順を案内してもらって、走って辿りついて。
そうして扉のそばに控えていた教師に中に入れてもらった時、ゲーム通りだと息を呑んだ。
スチルで惚れ惚れと眺めていた第一王子の麗しい姿。濃いエメラルドの輝く瞳。オレンジ寄りのきらきらとした金の髪。
引き寄せられるように、祭壇の上に立つ彼を見た。これが俗にいう一目惚れなのかと思ったし、どきどきと胸が高鳴った。
第一王子ルートはクリアしたし、四周したから分岐の選択肢も覚えている。
第一王子と結ばれたその先まで望む覚悟はまだできなかったけれど、それでも恋の成就を期待した。
――そうして始まった私の学院生活。
幼馴染や第二王子、異国からの留学生や第一王子の友人、研究資料館の司書といった攻略対象とも会い、サポートキャラの同性の女の子とも仲良くなり、ゲームではモブキャラやシルエットだったクラスメートとも交流が生まれた。
驚いたのは、攻略対象の一員なのではと疑ってしまうような人物が何人もいたことだ。
特に名を上げるとすれば、侯爵家三男のクレイグ・アルカシア君に伯爵家長男のマティアス・オーレン君。
カスト君は後々学生会に入ることから、第二のサポートキャラ的な位置づけだった。そんな彼の友人二人は、攻略対象の面々に次いで多くの人の目を引いていた。
そしてなにより、私はマティアス君に困惑したし苦悩した。
クレイグ君はチャラい人だなと思って少し態度が引き攣ってしまったけれど、マティアス君にはどきどきしてしまう。
彼は距離が近いのである。恋愛経験のなかったオタクで乙女ゲーム好きだった白川光の記憶が混ざった私にとって、彼のソーシャルディスタンスは近すぎた。
過度なスキンシップがあるわけでもないのに、とても近い。
多分、噂に聞くレディーファーストで、エスコートで、紳士なのだ。
西洋の貴族社会を彷彿させる世界観のゲームだったからか、女性に親切な男性は多い。
彼の行為に深い意味はないと思っていても、乱れた髪を梳いてくれて、柔和に微笑む彼に赤面せずにはいられなかった。
月日が流れて、私は師弟発表の日を迎えた。
私自身はゲーム通りに第一王子の弟子になると分かっていたけれど、緊張しながら師弟の名が貼りだされている廊下を歩いていた。
闇の神の寵愛を受けているコルスタン・カムデン。
ヴァルトセレーノ王国からもクレメン教会からも危険視され、見えない鎖でつながれている彼は、闇属性の魔法士集団からも復讐のために利用される。
その最中で命を落とす弟子が誰なのか。
救いたいと思っていても、私にその力が身につくのか不安でいる。
もしかしたら助けられず、シナリオ通りに命を落とすかもしれない人の名を私は知らない。
誰の名前が書かれていたら、何を思うのか。
自分の醜い心が露見してしまいそうで、それも怖かった。
仲の良い友達と和気あいあいと知る気にはなれなくて、空き教室で自習をしてから確認することにした。
「――――うそ」
人の喧騒のない静かな廊下。
声にも満たない呟きが、広々とした空間に延々と反響しているように聞こえた。
「マティアス君……なの……?」
貼り出された、師弟関係を示す二つの名前から私は目が離せなくて。
何かを口にしてしまうことを恐れて両手で口を覆った私は、静かな廊下に響き始めた靴音にも気づけなかった。
「エレノアさん?」
角のない、柔らかで落ち着きのある彼の声が、私の名を呼ぶ。
「……マティアス君」
この時、私は初めて彼を恐れた。
彼を前にした私が、彼の瞳にどんな人物に映ってしまうのかが怖かった。
命を落とす運命にある人に相対した時の私が、彼にとって歪な存在になるのではないかと恐怖した。
「――大丈夫? 指先が震えてるし、顔色も血の気が引いてるような」
そんな私に、彼は心配を色濃くのせる。
人の痛みを自分のことのように共感してくれる彼。
他人とは一定の心の距離を置いているようにも感じるのに、こういうところで繊細な彼。
「その、大丈夫だよ。それよりもマティアス君はどうしたの? カスト君たちと帰ってく姿をみたと思ったんだけど」
「私は忘れ物を思い出してね。読み返したい教本を置いたままだったから取りにきたんだ」
「そうだったんだね。――それじゃあ、私は帰るね。また」
明日。
そう言いかけて、掲げようと中途半端に上がった右手を掬われる。
それから、包み込むように彼の右手も重なった。
「エレノアさん。少しだけ待たせてしまうけど、私に寮まで送らせてくれないかな?」
訪れる不幸な未来を知らない彼は優しく微笑む。
温かな人肌に包まれて、感覚のなかった私の右手が緊張を解き始める。
生きたひとの心地良い体温に安堵した。
「すぐ戻ってくるから、それまでここに座ってて?」
頷いた私に彼が手で示したのは窓の縁だ。
出窓になっているため物を置けるスペースがあり、チューリップの花束をいけた花瓶が中央に置かれている。
その花瓶を端にずらして、彼は手を置く。
「でも……」
誰かに見られたら「はしたない」と指をさされそうだ。
前世では時折見かけた行為でも、この世界では――特に貴族が集まるこの学院では良く思われない。
「大丈夫。私のローブを羽織っていて? 誰もエレノアさんを責めないよ」
言うなり、彼は羽織っていたローブを脱ぐ。
男女で異なる形のローブだから、異性のものを身にまとっていたら、そこには必ず理由が生まれる。
それを見越しての配慮なのだろう。
誰かに見られたら真っ先に恋人のものと冷やかされそうな、少し恥ずかしいけれど胸が高鳴る行為。
彼にとっては単なる親切心で、そういった恋情はないと分かっているけれど、私には憧れだった。
流れるようにローブを私の肩に回して両端を胸元で合わせてから、腰に手を添えて歩き出し、窓際の縁に座るよう彼が促がしてくれる。
エスコートされるまま座った私に合わせて腰を折り、下から見上げてくれた彼。
「辛いだろうけど、すぐ戻ってくるから待ってて」
そう言って私の頭を撫でて、長い廊下を静かに走り去っていった彼。
「………どうしよう、私……」
縮こまりたくて、背中に回った彼のローブを胸元で抱きしめて俯く。
先ほどまで彼が身に纏っていたローブはじんわり温かい。手繰り寄せて俯いたことで、ローブに染み付いた、爽やかな柑橘の香りがふわりと香る。安心感をくれるのに何処とない儚さを感じる、彼の香り。
どきどきと、胸が高鳴った。
同時に恐怖もした。
「頑張らなきゃ……」
彼が好きだ。
私は耐性がなさすぎて、誰にだってどきどきする。
これが恋なのかは、全然分からない。
どんな形であれ『好き』な人が死ぬ未来をシナリオの文字で知っている。
浮ついたどきどきと、血の気が引くどきどきが混ざり合って、更に腕を抱いて縮こまる。
「私、頑張ろう」
遅刻するつもりはなかったのに、ゲームのシナリオ通りの始まりを迎えた。
シナリオの選択肢を意識して生活していなくてもゲームの攻略対象には会うし、会話が生まれる。
彼らとの会話のうち数回は、既視感を覚える。続く言葉が分かって、スチルが重なって見えてしまう。
だから、何かしらの強制力が働いてシナリオ通りに進んでしまうのではと恐れていた。
それでも、彼の死は到底受け入れられない。
受け入れちゃいけない。
――そうして私、エレノア・シュネヴィオールは全力でシナリオに抗うと、決意を新たに固めたのだった。
エレノアが転生者だったら、のもしもの話。
学院祭当日はマティアスやコルスタンに張り付いていそうなので、物語は違う展開だったはず――ということで、本編は転生者ではありませんでした。
以上、
マルティエナたちの物語を、最後の最後まで見守ってくださり、ありがとうございました!
閲覧してくださった皆さま、ブクマしてくださった方、いいねをくださった方、ご感想をくださった方、評価してくださった方がいらしたことが支えでした。
心から感謝しております。
諸々の後書き等は活動報告に。
物語に入らなかった日常や別視点のお話、もしもの世界線など、今後も色々と執筆したい気持ちは山とあります!
気長に待って、時々覗いていただけると光栄です。
ご感想やいいね、評価やレビューなど、何かしら反応をもらえると本当の本当に嬉しいです。
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最後までお付き合いいただき、誠にありがとうございました!
本作を機に、他の投稿作品にも興味をもっていただけたら嬉しいです~




