『マティアス・オーレン』の行方
コルスタン・カムデンの魔力暴走に巻き込まれて命を落とす弟子が『マティアス・オーレン』ではないか――
家族や使用人に不審に思われないよう少しずつ集めた情報から得た私の結論だ。
乙女ゲームのスチルで見た闇属性の魔法士集団の手の甲にあった模様は、己の姿を変える闇の古代魔法で、情報収集の役に立った。
この古代魔法は生きているひとりの人間にのみ発動する資格が与えられる。
魔法とは、姿を現さずとも存在している精霊との交流による一種の恩恵である――そう定義されているこの世界で、姿を変える闇の古代魔法を生みだしてくれる精霊が一匹しかいないから、誰かが発動に成功したら、その者が生きている限りは誰も発動できない。
そうした説明があったから闇属性の魔法士集団がこの魔法の発動を成功させる前に発動できたことに安堵し、完全に防ぐことはできなくとも復讐の計画を遅らせることができたと思った。
けれど、根拠のない都合の良い安心に警報を鳴らすように、妹が古代魔法を発動した。
私以外は誰一人として発動できないはずの闇の古代魔法を、妹が不安定ながらも使う姿に私は動揺した。
私と妹は二卵性の双子なのに、容姿が似すぎている。それ故に精霊にとって『ひとり』の扱いになった、バグのような現象なのか。
それとも、乙女ゲームに酷似していても所々で設定のずれがある世界なのか。だとしたら闇属性の魔法士集団も古代魔法を発動できるのかもしれない。いや、既にしているのかも――――
疑心暗鬼に陥っても、確かめる術がない。
闇属性を危険視するこの世界で、私と妹以外の誰かに古代魔法を試させるなんて、自ら死にいくようなもの。
己の死を知らせる警報が鳴り続ける私に、立ち止まることは許されなかった。
舞台となるヴァルトセレーノ王立魔法学院にも学生のふりをして潜入した。
大抵の師弟は得意とする四元素や光と闇の属性毎に分けられるらしい。人数差や余程の事情がない限りは同性に当たるとも知った。
師弟になると二人での行動も増える。貴族の子息令嬢が多いので、多方面における問題を防ぐ配慮らしい。
それを知ったから、私は失踪という手段に出た。
魔力量がそこそこあるからといって、伯爵令嬢の妹を態度に難あるコルスタン・カムデンの弟子にはしないだろうと踏んだのだ。
それでも主人公と同学年である限り、妹が災禍に巻き込まれる可能性は消えない。
闇の古代魔法を用いて国を離れた私は、闇属性の魔法士集団に接触して災禍を未然に防ぐ手立てを探ることに決めた。
ゲームの知識を頼りに彷徨っていた私は、幸運にも穏健派を名乗る闇属性の魔法士集団の一員に出会い、仲間に入れてもらえることになる。
過激派と穏健派。どのような集団であれ、個々の意識に違いは表れる。
けれど、ゲームでは穏健派の存在がないものにされていたから、決められた設定通りの組織ではなくて、生身の人の意志があることに私は今更ながら衝撃を受けた。
私が生まれ育ったこの世界で、彼らの思いに心を向けることなく、完全なる悪役と見做していた自分を恥じた。復讐とは異なる形で、虐げられてきた彼らの思いが伝わってほしいと思うようになった。
二年目の学院祭には一歩出遅れて、闇の魔道具がコルスタン・カムデンの手に渡ってしまったが、ゲームとは異なり、大事にはならなかったようだ。
私の代わりに選ばれたであろう弟子が命を落とした様子もない。
それを学院に潜入した仲間から聞き知り、ヴァルトセレーノ王国の新聞にも取り上げられていなかったことを確認した私は、誰かが身代わりにならなくてよかったと安堵したし、行動次第で結末を変えられると希望を確信に変えられた。
そうして月日は流れ、四年目の試験旅行の季節が訪れる前に、復讐を誓う過激派の動きを封じることに成功したのだった。
取り押さえた過激派への対応を決めあぐねた私は、攻略対象の一人を思い出す。
ネヴィル・クラタナス――彼はネムレスタ公国の公爵家の生まれである。
クラタナスは母方の姓で、公国を治めるネムレスタ公爵家の三男。
闇属性の魔力の有用性を考える父の密命で、学院生活の傍ら、ヴァルトセレーノ王国とクレメン教会の意向を探ることを任じられたキャラクターだ。
ネムレスタ公国ならば闇属性の魔法士集団を秘密裏に受け入れてくれるかもしれない。
そんな期待から公国を訪ね、交渉を繰り返して組織丸ごと匿ってもらうところまで話をつけたところで、学院生活を終えたネヴィル・クラタナスが帰還した。
国を離れた後、古代魔法を解いて休憩していた時に彼と遭遇してしまい、マティアス・オーレンの姿でユーマと名乗ったことがある。
闇属性の魔法士集団では黒目黒髪の木戸悠真の容姿で過ごしていたため、怪しまれはしたが、同一人物とは気づかれずに済んだ。
四年間の学院生活で妹と知り合っただろう彼と本来の姿で会うわけにはいかなかったので、気づかれやしないかとハラハラしたものだ。
翌年、友人の結婚パーティーに呼ばれたと浮足立つ彼を笑顔で送り出し、帰りを出迎えた時、私は目を疑うことになる。
ネヴィルの隣に立つ、オレンジに近い金の長髪を靡かせた緑の瞳の美男。そして、危機迫る未来を頭の片隅においやって男同士の馬鹿笑いができた、悪友と呼べる懐かしい友人。
見覚えのあり過ぎる顔ぶれだった。
そうして私は、妹が現在進行形で『マティアス・オーレン』になっていることを知ったのである――
◇◇◇
明くる年の社交始まり。
外国の映画で見たような華々しい国王主催の舞踏会に、私こと『マティアス・オーレン』は、知らぬ間に己の妻となっていたルチナと出席していた。
真っ直ぐに落ちる白銀の髪に青い湖のような瞳。日焼けを知らぬ真っ白な肌に、控えめな佇まい。儚げで守ってあげたくなる風貌の彼女は、物事の良し悪しを遠慮なく言う気概がある。
人前では夫を立てるので今は形を顰めているが、腕に添えた手の指先が時折つねる様に肉を掴むので、私はまた何かをやらかしたのだなと反省する。
けれども、その何かが分からない。
彼女が腕を掴んで私を戒めるのは、大抵『マティアス・オーレン』がどこそこの令嬢と会話をする時だ。
(言われたとおりに全員褒めてるんだけどなぁ)
嫉妬から、と思えたらどんなに良かったことか。
私に物怖じせず対等に言葉をぶつけてくれる彼女を、私はいつの間にか好いていた。
精神年齢と身体の年齢が吊り合わず、大人びた子どもとして評されていた私には、叱ってくれる者がいなかった。
それは伯爵家を離れてからも言え、乙女ゲームで知り得た知識も相まって闇属性の魔法士集団の仲間からも一目置かれていた。
私自身、プライドもあった。
誰にも知られていないとはいえ、前世の記憶は一種のチートスキルだ。その分、周りを率いる立場にならなければと自分で自分を追い込んだ。
そんな中で、彼女だけは終始通して対等に私と接してくれる。私の欠けた思慮に注意を促して、補ってくれる。私への不満を言葉にしてくれる。
年下の夫を躾けている感覚なのかもしれない。
異性への恐怖がある彼女は、不思議なことに私を恐れない。
ある意味では特別な存在になれているのだろうが、形式的な夫ではなく、本当の意味で愛し愛される存在になれたらと思い始めていた。
命の危険が過ぎ去ったことで『マティアス・オーレン』の人生を前向きに楽しめるようになった表われでもあるのかもしれない。
会場内を見渡していると一組の若い男女が歩み寄ってきたので、ルチナが小声で囁いてくれる。
妹から事前に聞いていた話と目の前の人物を重ね合わせて、ひとり頷いた。
「やあ、アレッタ嬢! ご機嫌麗しゅう。今日は一段と綺麗だね。凛と咲き誇る薔薇のように美しいよ」
また、腕の肉が痛む。
今度も何がいけなかったのか分からない。
「御機嫌よう、マティアス様。ルチナ様もお会いできて嬉しく思いますわ」
彼女の隣に立つパートナーとも挨拶を交わして、女性同士の和やかなお喋りを見守っていると、うっとりとした紫の瞳に見据えられる。
「まるで別人ですわね」
うふふ、と彼女は恍惚に微笑んでいた。
「貴方様とお会いしたご令嬢が皆、口を揃えてそう仰っておりましたわ」
「私が別人? どうしてまた」
ひやりとする会話も、妹が私の代わりをしてくれていた事実を知っている数少ない人物と思えば助言に変わる。
「悲しまないでくださいませね? ありきたりな社交辞令はらしくないと驚いておりましたの。それに、貴方様の視線が少々……褒められたものではございませんわよ」
(おっと……?)
そういうこと? とルチナを見下ろすと、真っすぐに向けられた眼差しに頷かれる。思ったままに褒めたつもりが、ご令嬢方にとっては誰もが口にする社交辞令だったらしい。
それのどこに問題が、と思わなくもないが『マティアス・オーレン』らしさがそこにあるのなら、意識しなければならない。
ちなみに、視線については自覚はある。
前世でも今世でも、舞踏会ならではの肩や背中、胸元が大きく開いた華やかなドレスを着た女性を直で目にする機会がなかったのだ。
視線が下へいくのは何もおかしくはないはず。つい吸い寄せられるように目で追ってしまうものだ。
男なら、致し方ないと思わせてほしい。
「ご安心くださいませ。マティアス様はマティアス様ですから。それに、本日は王太子殿下のお祝いごとで持ち切りですから、皆様気にされていませんわ」
――第一王子ソルディオン・リヒトライ・ヴァルトセレーノの祝いごと。
それは、乙女ゲームの主人公エレノア・シュネヴィオールとの婚約発表である。
ゲームでは語られなかった学院卒業後の話を、観衆の立場から感慨深く思ったものだ。
とはいえ私は、社交シーズン期間に限り、第二王子アスタシオン・ヴァンビエント・ヴァルトセレーノの側近だ。
王宮に出入りすることになるので、エレノアの友人枠に入っていた私は関わる機会があるのだろう。
前世の妹がいたら、シナリオの後日談を飛び跳ねて喜んだに違いない。
「マルティエナ様にもご挨拶して参りますわ」と言い残して去っていったアレッタを見送って、肝心の妹へと視線を向ける。
マルティエナの周りには年代の近い女性が多い。その中には頭ひとつ背の高いクレイグもいて、一見するとハーレム状態なのだが、誰もあいつを意識していない。
妹と会話をしていた令嬢が礼をして去れば、またどこからか年若い令嬢が挨拶にやってくる。そんな光景が長らく続いていて、妹は終始楽しそうに笑っていた。
(知らなくてもいい、か――)
離れていた歳月のなかで、大人になったのだなと実感する。
失踪に至った要因を自ら進んで話したいと思えない私の心情を慮れる妹。
立派に成長したと思うけれど、それだけではないのだろう。
憶測でしかないが、マルティエナは知りたくないのだ。
知りたいと思っていたのだろうが、学院での日々が過去になった今は、知りたくないと思っている。
それは妹にとって、学院での日々が良き日だったからだ。
既に過去の話で、それが掘り起こされる心配もなくなって、心の奥に隠しておく思い出になっているからこそ、マルティエナは知りたくないのだろう。
私に恐怖を抱かせた正体を知ることで、きらきらと光る思い出の数々への見解が変わることを恐れている。
どうせ過去の話なのだから、輝いているものを濁らせる必要がどこにある。
そんな、ちょっとばかし狡い気持ちも潜んでいたのではないか。
妹の元に先ほど言葉を交わしたアレッタが加わって、社交界の華が大きく花開くように形成されていく。
あれは正しく、妹のハーレムである。
女学院で友人が増えたと聞いていたが、同性のご令嬢にモテていたとは聞いていない。
私は声を潜ませて問いかける。
「ルチナ。私は何が足りなかった?」
修飾語を省いても、聡明な妻には明確に伝わっていた。
「あのお方は、こだわりや努力を褒めてくださるのですよ。髪型やドレス、宝飾類や香水、メイクにネイル。場の雰囲気やパートナーに合わせて細部まで気を遣いますから、気づいて、気持ちに寄り添ってくださるあのお方は皆様にとって特別なのです」
微笑んだルチナの視線の先を再び目で追う。
対面する令嬢の頬に指先を滑らす私の可愛い妹を、ルチナとは違って遠い眼差しで眺めた。
(兄さんには難易度が高いよ、妹よ……)
妹にとって、私は一体どんな人物だったのだろうか。
妹の理想が詰まった『マティアス・オーレン』の行方を、私ことマティアス・オーレンは妹の振る舞いに重ね合わせて考えてみることにした。
END
→ IF.エレノア・シュネヴィオールの恋




