『マティアス・オーレン』の回顧
私の名はマティアス・オーレン。
前世で生きた木戸悠真の記憶が残っている、俗にいう転生者だ。
記憶が蘇った、と言い表す方が正しいのかもしれない。
生まれ落ちた瞬間から全てを覚えていたわけではない。幼少の頃は双子の妹がやけに幼く見えていて、周囲の使用人や両親の会話がすんなりと頭に入っていた。
そのことを不思議にも思っていた。
双子の妹とは違う自分の存在に疑問を抱きながら、私は毎日を過ごしていた。
父は伯爵当主で、私はその後継者。いわゆる名家の跡取りかと思った。
使用人が魔法で照明を燈し、暖炉に火を入れる。魔法が使える世界なのかと思い、魔法が使えぬ世界を知っているような思考に驚いた。
簡易的な魔力検査で闇属性を有することを知った。父と母は見るからに動揺していた。
その理由が気になって、普段なら眠りにつく時間帯にこっそり部屋を抜け出し、父の書斎に向かった。
――締め切られた扉の下から赤みがかった光が漏れていた。
燭台の仄暗い灯りに照らされた廊下のなかで足元に漏れる鮮烈な光の一線が、私には危険信号に思えた。
父に尋ねたところで子ども相手にまともな返事はもらえないだろう。「時が来たら話す」と言う父の姿が想像できたから、締め切られた扉をノックをすることなく、かといって立ち去ることもできずに立ち尽くしていた。
扉の向こうからは話し声が聞こえていた。
父と母が会話をしている。穏やかとはかけ離れた雰囲気は分かるのに、肝心の内容が聞こえない。
闇属性の魔力に起因しているのだから、魔法に関する本を調べれば良い。諦めて部屋に戻ろうと踵を返した時、これまでにない母の叫びが耳に届いた。
「カムデン侯爵家の悲劇が起こったばかりなのよ――――!!」
金切り声に似た母の悲痛な嘆きは、扉越しでもはっきりと聞こえた。
カムデン侯爵家――耳にした覚えがないのに、よく知っている。どこで知ったのだろう?
足音を立てずに妹の寝ている子ども部屋に戻ってきて、布団に潜る。
魔法が使えて、貴族階級のある世界。
両親が血相を変える闇属性の魔力。
そして、妙に馴染みのある『カムデン侯爵』――
暗闇の中で、先ほどまで目にしていた赤寄りの光の線が焼き付いたようにみえていた。
危険信号だと思った、赤のライン。
力を入れて目を閉じても、チカチカと点滅して消えない信号。
――そうして私は、事故で命を落とした記憶を思い出した。
感じていた違和感は前世の記憶からだと分かると芋づる式に蘇る。
魔法とは無縁の日本という島国で学生生活を送っていたこと。妹がいて、乙女ゲームをこよなく愛するオタクだったこと。
クリアするためのミニゲームや推理要素が苦手だから手伝ってほしいとせがまれて、とある乙女ゲームをやったこと。
そのゲームの攻略対象にコルスタン・カムデンという侯爵当主がいたこと。
そのゲームの世界では魔法が使えて、闇属性の魔力が危険視されていたこと――
夢を見るように次から次へと記憶が呼び起こされて、ここは乙女ゲームの世界に違いないと確信した時には朝になっていた。
主人公のエレノア・シュネヴィオールは光属性の魔力量が人一倍多く、ヴァルトセレーノ王立魔法学院への入学を許可される。
入学式から始まる学院生活の二年間は共通ルートで、師匠となる攻略対象ソルディオン・リヒトライ・ヴァルトセレーノらの卒業パーティーで選んだ選択肢によって個別ルートに分岐する。
先輩の第一王子やその友人、同い年の第二王子や異国の貴族、幼馴染や年上の司書といった魅力的な攻略対象との学院恋愛を楽しむゲームだった。
そんなゲームで妹が苦戦したのが、隠れ攻略対象であるコルスタン・カムデンのルートである。
異様な量の闇属性の魔力を有して生まれた彼は、国によって両親を失ったとも言える過去があり、態度は悪く、荒んだ性格をしたキャラクターだった。
ゲームのシナリオには幾つかの危機が用意されるものだが、災禍の中心にいるのが彼でもある。
第一に、主人公が学院で過ごす二年目の学院祭。
商人に紛れて忍び込んだ闇属性の魔法士集団から購入した魔道具によって、コルスタン・カムデンは魔力暴走を引き起こす。その場に居合わせた弟子は魔力暴走の巻き添えになって、命を落とすほどの被害になる。
真っ先に駆け付けた主人公が光の古代魔法で事態を収束する、主人公の成長のために設けられただろう危機。
第二に、主人公が学院で過ごす四年目の試験旅行。
選択した攻略対象のルートによって事件が起こる場所は異なるが、学院教師の助手になったコルスタン・カムデンは、どのルートでも居合わせる。
そして、闇属性の魔法士集団の策略により再び魔力暴走を引き起こし、魔力暴走のなれの果てである『魔人』になって、植物や動物、建物や足場すら、周りのもの全てを砂塵に変えていく。
攻略対象と協力した主人公が、人を癒す光の古代魔法で魔人を元の人間に戻せたらハッピーエンド、倒すことでしか魔人の暴走を止められなかったらノーマルエンドになる。
どちらも、闇属性の魔法士集団のヴァルトセレーノ王国及びクレメン教会に対する復讐のために利用される存在。
それがコルスタン・カムデンだ。
全キャラの攻略を終えた後に、コルスタン・カムデンを攻略対象にした選択肢が追加される仕様になっているのだが、彼の個別ルートのミニゲームは難易度が上がり、選択肢には推理要素も追加されて簡単にはクリアできない。
しかし、それを乗り越えると、コルスタン・カムデンは主人公と協力して闇属性の魔法士集団を制圧し、報酬として侯爵領の統治権と名誉を手に入れることができる。
彼にとっては唯一のハッピーエンド。
(待て待て待て……! カムデン侯爵家の悲劇が起こったばかりってことは、あいつと年が近いのか?)
巻き込まれたくない。
記憶を取り戻してもなお、閉じた視界の中で紅く点滅する信号が、二度目の死を暗示しているように思えた。
「――お兄さま? どうしたの? 具合悪い?」
布団から抜け出せず、前髪を乱雑に掴んでいた私の側に妹が駆け寄ってくる。
私を慕ってくれる、同い年で瓜二つの可愛い妹。
心配で大きな瞳を潤ませた妹を抱きしめると、不安だった気持ちが少しずつ落ち着きを取り戻していくのを感じた。
不安に思うのなら、状況を理解したら良い。
『マティアス・オーレン』という名をゲームで見かけなかったのだから、彼らと同年代とは限らないし、脇役にならないモブキャラですらないはずだ。
そう思いながらも、私は脳裏にこびりつく危険信号に取りつかれたように意識を逸らせずにいた――




