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『マティアス・オーレン』の行方 〜ところで、兄はいつ戻ってくるのでしょう?〜  作者: 青葉 ユウ
-- Chapter 2 --

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22.友人の面影を巡る俺の日常




 名門侯爵家の三男である俺、クレイグ・アルカシアには体面を気にせずに気楽に過ごせる友人がいる。

 そいつの名前はマティアス・オーレン。オーレン伯爵家の長男で、伯爵位の継承者だ。


 ヴァルトセレーノ王立魔法学院の入学初日、式典会場の大聖堂前で奴を待ち構えたが見当たらず、人数の多い学院ならそんなこともあるよなと楽観していた俺は、翌朝、講堂の最後尾の席に座って奴を待っていた。


 学院入学に際して侯爵領を発つ直前に「私は入学しないから妹をよろしく」といった意味の分からない手紙を受け取ったので、クラス分けのリストで名前を見つけた時には呆れたものだ。

 入学の意志がないにせよ、次期伯爵の奴をオーレン伯爵当主は何としてでも学院に送り込むだろうことは明白。


 爵位を継がない俺でさえ、同年のアスタシオン殿下と親しくなるようにと親に口うるさく言われている。できることなら王太子殿下とも接点をもつことを期待をされて家を追い出されたのだ。


 俺は兄二人とは歳が離れていて、既に二人とも婚姻している。

 要するに、現国王夫妻が子を成したから慌てて子作りして成した子が俺なのだ。それなりに年を重ねていた母にとって、命懸けの出産だったらしい。

 王族との良好な縁を得る為に生まれたからには、爵位の継げない三男だとしても誠心誠意役目を真っ当するのが親孝行というもの。


 両親の期待を背負って入学した俺は、同じように期待されているだろう友人のおこぼれに与ろうと思っていた。

 重くて面倒な期待に、楽して運良く応えたかったのである。


 仲が良い悪友だからこそお互い様の精神で利用できるんだよな、と呑気に待っていた俺は、講堂に足を踏み入れた奴に指を鳴らした。


 直接顔を合わせたのは二年と半年前。

 成長期の真っ只中を顔を合わせる機会なく過ごしたので、奴がどんな変貌を遂げているのかと思っていたが、記憶の中の奴がそのまま背を伸ばした印象だった。


 線の細い体躯で、物腰柔らかな男。


 会わないにせよ年に数回手紙のやり取りを続けていた俺を探すことなく、近くの空席に腰を下ろした奴は、隣に座る赤茶髪の少年に声をかけていた。奴の手が少年の前髪を掬い、頬に指を沈ませる。


 俺を探す素振りも見せなかった非情な友人の元へ向かう傍ら、一連の流れを目にしていた俺はほとほと呆れた。


 王都の街中で店先の売り子を口説いていた奴に出会ってからというもの、無類の女好き、それも年上好きと知っていたのだが、とうとう男にまで興味を持ったのかと嘆かわしく思ったのだ。


 奴の馴れ馴れしい態度に赤茶髪の少年は困惑している。心の広い友人として、俺への非道な行いは水に流して笑い飛ばしてやろうとしたら、冷めた眼差しを向けられて、挙句の果てには奴を「女好き」と評した俺が下種な扱いをされてしまった。


 こいつは次期伯爵としての良い印象づくりでもしたいのだろうか。


 顔を合わせなかった期間があるとはいえ、明かに雰囲気が様変わりした友人を不思議に思いながら、俺の学院生活は幕を開けた。



 ◇◇◇



 毎日を奴と過ごしていると、時折妙に疑問に思う。


 成長をしているのに、昔より体力がないんじゃないかとか。

 お前は勝負ごとで悔しく思う性格じゃなかっただろとか。


 元々頭が良かったからなのか年の近い相手を対等に見ていない印象さえしていたのだが、自分より上に立つ人間が現れたことで、やけに成績に固執するようになっていた。

 けれど、幼少の頃から多方面での情報をかき集めていた男だったので、不思議ではないかもしれない。


 他にも思うところはある。

 女好き、と言ったら眦を釣り上げたわりには、男女構わず距離が近い。誰彼構わず不用意に触れるのに、不思議と不快感を抱かせない。

 自然な成り行きでの動作だから下心があると思われない。


 アスタシオン殿下に並ぶ紳士だと同学年の令嬢が頬を染めて評価していた。


 騙されるなと否定したくなったものの、流石に友人の本性を言いふらす俺ではない。

 それに、何度そんな奴の姿を目にしても、俺にも奴には下心がないように思えた。


 そんな奴だったか? と昔の姿と比べてみるが、なにせ当時は年上好きだった。

 声をかけるのは一回り以上年上の成熟した女性で、小さな子どもに美人だなんだと褒め称えられたら、大抵は嬉しくなって可愛がる。

 当時とは状況が違いすぎて、比べても意味なく感じた。



 そんな友人への一番の困りごとは、アスタシオン殿下と距離を置くことだった。


 初めのうちは殿下に群がる令息令嬢の様子見だったはずで、かくいう俺もそうだった。

 基礎科目試験の結果が張り出され、ダレン・フォディールに奴が突っ掛かられた日を境に、殿下との交流が始まっていくと思ったものだ。


 けれどもそんなことはなく、気づいた時には奴は殿下との距離を計るようになっていた。


 奴が特定の人物を遠巻きにするのは珍しく、その相手が殿下だったのだから、俺はほとほと困り果てた。


 優秀すぎる友人のおこぼれで得をしよう、という野望が砕かれた――そう思ったのは、長い目で見れば些細な期間だ。


 殿下を傍観していれば分かる。

 俺の目から見て、殿下は奴にご執心だった。


 闇属性の魔力を有しているからだろうか?


 さすがに闇属性の魔法士集団(ドルミオス)の間者と疑われて友人を失いたくはないので、冷や冷やしたものだ。


 そんな俺の気苦労は他所に、月日が経つにつれて二人は親しいと呼べる学友になっていて、二年に上がった時には、その域を越えているような親密さだった。


 結果として俺は、当初の狙い通り友人の輿に乗って、殿下と交流を深めることに成功したのである。



 ◇◇◇



 聖テレシア女学院のパーティーに招待された俺は、女学院でできた友人の元に送り出した恋人を、離れた位置から見守っていた。


(此処に来ると思い出すんだよな〜)


 彼女と過ごす女学院でのパーティーは初めてであって、実のところ二度目だ。


(あ〜ほんと、あの日のことは忘れてほしい)


 学院で再会した旧知の友人が、実はその妹であったことに気付くきっかけは幾らでも散らばっていて、妙な引っ掛かりも覚えていた。


 なのにも関わらず、俺は大差ないと見過ごしてきた。


 奴なら空気に呑まれて楽しんでいただろう仮面の会場で、奴なら絶対にしない落胆した眼差しで俺を見てきた時、奴ではないと思い至った。


 奴の正体を考えた時に、その妹に辿り着くまでそう時間はかからなかった。

 奴は昔から、おおよそ子どもでは立ち入りのできない場所に出入りして、各方面で囁かれている噂話や情報を集めていたからだ。


 方法を聞いても口を割らずにいたが、身体的特徴を変えられる何らかの闇属性魔法があるのだろう。

 学院でともに過ごす『マティアス・オーレン』は単なる男装ではなくて、明らかに男なのだから。



 友人の妹と分かってからは、陰ながらサポートを尽くした。

 信用ならない男と二人きりにはさせなかった。体力差が目立たないように当本人にも気づかれないよう配慮もしたし、気楽な男友達の立ち位置で在り続けた。


 けれども、旧知の友人と信じきっていた二年間は変えられない。


(俺って、マルティエナちゃんに恥ずかしい姿を見られすぎてるんだよなぁ)


 学院ですれ違う令嬢に声をかけた時には顔が緩んでいただろうし、二人きりの時には気を抜いて態度も口調もだらけていた。

 学業は不真面目で、なんなら人の解答を真似て、似たり寄ったりな答案にしたこともある。

 荷物運びを任された時には「重いから手伝ってくれ」と大して重くもない荷物を分けて運んだり。「今日の俺格好良くないか?」と自信満々に同意を求めもした。


 友人の妹と知っていたら――そもそも異性には見せない姿を、二年間惜しみなく見せてしまっていた。


 それに、着替えだって幾度と見られた。

 熱血な漢どもの輪に混ざりたくなかったから、騎士職を親に薦められないためにも体を鍛えることを遠ざけていたのだが、それが裏目に出た。

 引き締まって綺麗に割れた腹筋にしておけばと、何度悔やんだことか。



「クレイグ? どうしました?」



 気づけば、彼女は友達の輪を離れて俺の前に立っていた。壁にもたれかかっていた背を正し、額に当てた手を彼女に向けて振る。


「マルティエナちゃんのこと考えてた〜」

「私のこと?」

「そうそう。責任とってもらわなきゃなってさ」


 いつもの軽口だ。笑いながら冗談めかして告げると、彼女は眦を下げて微笑む。



「寂しい思いをさせてしまいましたね。折角ですから、あちらで一曲踊りませんか? もうすぐワルツの演奏が始まります」



 どうですか? と頭を傾けて見上げてくるので、俺は困った。


 彼女は、パーティーに招待した責任を、と捉えたらしい。

 それでいいし、俺にとってはそれがいい。


「俺から誘おうと思ったのに先越されちゃったな〜」


 態とらしく肩を落として残念がると、彼女は考える素振りを見せてから慌て出す。

『マティアス・オーレン』として過ごしていたからなのか、元来の彼女がそうなのか。


 スマートに、タイミングを見計らって誘いたかった俺の先回りをしてくれる。

 好きな子には格好つけたいのに、そうさせてはくれないのだ。


「あの、クレイグ」


 申し訳なさそうに流れる前髪を指先で透く彼女に、俺は笑う。

 何度も見た『マティアス・オーレン』の仕草であって、彼女の仕草。


 昔の奴も時折前髪に触れていたが、もっと乱雑に掻き上げるような男だったのに。


 入学当時に気づけなかったことが不思議でならない。


 彼女の手をとった俺は、目を見開いた彼女に微笑みながら指先を絡めていく。

 目尻を赤く染めた視線がぎこちなく泳いだ。


 それから甘さの滲んだ眼差しで微笑んでくれる彼女は、俺以上に紳士で、俺をときめかせてくれる、誰よりも可愛い俺の恋人である。



「俺はそういうところも大好きだよ。――踊ろう、マティ!」



 そうして俺は、馴染みきった彼女の名を今日も呼ぶ。





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