20.二通の招待状を片手に
一週間の終わりの休日。
マルティエナは女学院から配られた招待状を片手に頭を抱えていた。
招待状は二通。
本名を名乗らないので貴賤は問わない。女学院のパーティーへの招待は誰だっていいのだ。例えば平民でも、王族でも。
マルティエナは両手で顔を覆う。
(いつでもいいって言われた時の返事は、いつ返すものなの?)
けれど、考えていたのは招待状の贈り相手ではなかった。
告白の返事をするきっかけが掴めないのだ。
参考になればと女性に人気の恋愛小説や恋の指南書を読んでもみた。王立魔法学園ではなじみのなかった分野だが、女学院の学生間では人気らしい。ほんの少し話題に出してみたら、あれよこれよとお勧めの一冊を皆が貸してくれたのである。
大半の恋愛がらみの場面は、男性がリードして流れをつくる描写が綴られていた。恋愛指南書は男性の行動毎に、その後の対応例が示されている。
何方に書かれている内容も、基本的に受け身なのだ。
男性が用意してくれた機会を逃さずに、心からの笑みを返し、素直になることが第一だと指南書の著者は言う。
(お兄様としてなら、私も似たようなことをしてたし……)
悩んでいそうな子がいたら、人の目や時間帯に気を配って声をかけたり。話を切り出せない子には目配せで合図したり。
クレイグだってそうしてくれている。ただそれが、恋愛ごととは違う空気感なだけで。
答えは急がないと宣言した彼は、言葉の通りに返事をこれっぽっちも期待していない。
(気を遣わせないようにそうしてるって分ってるけど)
今の関係性に満足しているようにも思える。
そもそも、彼が告白したのはマルティエナが距離をとろうとしたからであって、今の関係以上の仲を望まれたわけではない。
(私も、そう。一緒にいたいとは思っても、その先はまだ想像できない)
学校が終わった後に彼が迎えにきてくれて、真っすぐ帰路につくこともあれば、どこかで食事をしたり、お店を二人で回ったり。親しい友人として過ごしてきた。
恋人になったら、何かが変わるのだろうか。
エスコートの範囲にはないこと。指先を絡めて手を繋いだり、抱きしめ合ったり。
『マティアス・オーレン』に彼が抱きついてきたり、肩に腕を回してくることは日常茶飯事だったけれど、マルティエナとクレイグが恋愛小説のヒーローとヒロインのような恋人同士になっている姿が思い浮かばなかった。
今朝読んだばかりの恋愛小説のワンシーンが蘇る。
家の事情で遠くの街へ引っ越したヒロインを探し出したヒーローが、もう離さないとばかりに抱き寄せて、愛していると想いを告げる。体の横に落ちていた両手をヒーローの背に回したヒロインが頷いて、同じ言葉を返して。
それから――
(キス、かぁ……)
恋人繋ぎすら想像できないのだから、キスなんてもっと想像できない。
そう思いながらも、無意識の内に顔を覆っていた指先が唇に触れていた。
「マ~ルティエナちゃん!」
「ひゃいッ――!?」
突如背後から耳に届いたクレイグの声に、マルティエナは跳ね上がる。
指で挟んでいた招待状がはらはらと落ちていった。
「驚かせちゃった? ごめんね~」
「いえ、少し考え事をしていましたので」
開けていた扉から、申し訳なさそうに手を顔の前に立てた彼が近づいてくる。慌てて立ち上がったマルティエナは床へと落ちた招待状を拾い上げた。
毎日オーレン伯爵邸を訪ねる彼を、伯爵邸の使用人たちは伯爵家の一員のように歓迎している。使用人の顔と名を覚えて雑談もするし、執事の案内なく邸内を歩く。
それをマルティエナが真っ先に良しとしたからこそ、クレイグがこうして一人で現れるのは日常茶飯事だ。
そのうち、彼の来訪を知ったカーチェがお茶と菓子を運んでくれるだろう。
「考え事? ――その招待状、懐かしいな~」
拾い上げた招待状を机の上に置くと、すぐ側まで歩み寄ったクレイグが目を留めた。
招待状のデザインは彼と参加した時と同じだった。華美な装飾のない、日時と学院名を記しただけの最低限のもの。
右下に名前を認めてから渡す手筈になっていて、つい先ほど記したばかりのマルティエナの名はインクが乾いていた。
「クレイグ様は来てくださいますよね? どうぞ」
丁度良かったというようにマルティエナは手渡す。
「ありがとね~。マルティエナちゃんの晴れ姿を真っ先に見れるなんて感激だよ」
嬉しいな~と頬を緩めながら受け取ったクレイグを見て、それから机の上に残ったもう一通に手を伸ばす。
「招待状をもう一通いただいたのですが、クレイグ様に仲介をお願いしたくて」
「――いいよ。相手は?」
「カストさんです。お兄様から、もし招待状を複数貰えたらカストさんにもと話がありましたので」
さらりと告げた内容はマルティエナの作り話だ。数年後には社交の場にも出入りするようになるだろう彼が場慣れするのに打ってつけだと思ったのである。
招待する相手の候補にコルスタンも考えたが、彼はパーティーに興味がない。渡したところで来ないだろう。
「カスト……でいいんだ?」
クレイグは受け取った二通目の招待状をまじまじと見下ろす。
二通とも全く同じ招待状だ。どうしたのだろう、とマルティエナは首を傾げた。
「はい。他に渡す相手もいませんし。アレッタ様を招待できたら良かったのですが、趣旨に合いませんよね」
名言はされていないが、多少の男慣れをしておくためのパーティーだ。女性を招いても意味がない。
「まあそうだよね。カストも喜ぶだろうけど、ほんとに?」
「……? はい。私もまたカストさんにお会いしたいですから」
「そっか。うん、そうだよね〜。明日学院で渡しておくよ!」
本当に、彼はどうしたのだろう。
疑って、瞳を伏せて、気抜けして、腑に落ちたように頷いて。最後にへらりとぎこちなく笑って、手にしていた招待状を上着の内ポケットに仕舞い込む。
どうしようもない哀愁を感じて、落ちていた手がぴくりと浮く。
「クレイ――」
コンコン、と開け放たれた扉の横壁を叩く音がした。
上がりかけていた腕が再び下がって、マルティエナとクレイグは顔を向ける。
「失礼いたします。紅茶のご用意をいたしますね」
ティーセットと切り分けたケーキを載せたワゴンを横に、カーチェが礼をしていた。
「ありがとね、カーチェ」
「おっカーチェちゃん、ありがと〜」
すっかりいつもの調子に戻った彼を前に、マルティエナは肩の力を緩める。
彼の内情を聞ける雰囲気ではなくなってしまった。
掘り返してまで聞かなくてもいいけれど、彼には笑っていてほしい。少しお調子者っぽさがあるくらい、気楽に居てほしい。
だからこそ先延ばしにしたらいけない。
きっかけは幾らでもつくれる。
彼への返事は今日しよう――――マルティエナは、そう心に決めた。




