17.心模様の名を探す
「あら、アルカシア様が愛の告白を……。意外でしたわ」
頬に手を添えたアレッタがほう、と息を吐く。
白薔薇の花びらが揺蕩うカップへと視線を落としていたマルティエナはそんなアレッタを見つめた。
目が合うと、アレッタはぱちぱちと瞬いた。
「まあ、違いますわ。意外でしたのは、あの方が馬車の中で想いを告げられたことですわ」
クレイグに好かれていること自体が意外だと思っていたマルティエナは首を傾げる。
「てっきり甘いムードを演出して、貴女様でも察せる空気をおつくりになると思いましたのに」
「アレッタ嬢は気づいていたの?」
「当然ですわ。あの方ほど分かりやすい方はいらっしゃいませんもの」
「そうかな? 私はそんなことないと思っていたけど」
飄々としたクレイグの態度は心の赴くままに過ごしているようでいて、実は本心を隠している。
分かりやすいと思わせるだけで何も見えない者が多いはず。
アレッタはその上で分かりやすいと言っているので、どことなく複雑だった。
「落ち込む必要はございませんわ。当事者は気づかないというのは、良くある典型例ですもの」
落ち込んでいる、と言い表すのは不思議と腑に落ちた。
自分の感情をひとつ知って、胸元に手を当てる。
「ううん、アレッタ嬢が周りを見れている証拠だよ」
「ふふふ、そういうことにしておきましょう。それで、貴女様はあの方をどう思っていらっしゃるのです?」
「それは……」
クレイグに想いを告げられてから、勉強に頭が回らないほど考えてきた。それはもう毎日。
堂々巡りを続けて、ある時ふと浮かんだ考えが現実味を帯びていて、そこから頭が離れなくなっている。
そんな胸の内が気まずくて、マルティエナは再びティーカップへと視線を落とした。
花びらが揺らぐ水面には自分の情けない顔が映っている。
「『マティアス』が結婚をしたから、ルチナさんに気を遣ってるうちに寂しくなったのかも。私とお兄様はそっくりだから……だから、あんなことを」
クレイグは本気だと断言していた。それなのに否定するなんてどうかしている。
けれども可能性の一つとして無視できなくて。
「あら、そんなことをお思いになさってますの? マルティエナ様、いけませんわよ」
そんなマルティエナの世迷いごとをアレッタはばさりと切り捨てる。
「アレッタ嬢……でも、次の日も迎えにきたのに、いつもの調子だったんだよ? 拍子抜けしちゃって」
「でも、ではありませんわ。積もり積もって、と仰っていたのでしょう?」
「うん……それも分からなくて。だって、いくら手紙のやり取りがあったとはいえ、顔を合わせてまだ二月だよ? 私はそんな」
「だって、でもありませんわ」
――多分、否定してほしかったのだ。
他でもなく、彼女に。
『マティアス・オーレン』とクレイグの日常を知っていて、兄を演じる自身に寄り添ってくれていたアレッタに。
彼女の言葉があれば、あり得ない可能性だと信じられるから。
暖炉の炎がぱちぱちと音を立てて弾ける。
継ぎ足した紅茶をゆっくりと味わったアレッタが、ほう、と暖かな息を吐いた。
アレッタは言葉の先を急がない。そんな彼女を好いている。
「貴女様は時々変わった勘違いをなさいます。私、時がきたら一言申し上げたいと思っておりましたのよ」
「うん? なぁに?」
懐かしげに瞼を下ろして笑んだアレッタの姿に、マルティエナは相槌をうつ。
王立魔法学院での日々は決まって楽しかった思い出が浮かぶ。それは講義合間の休憩や食事時の些細な日常だ。
アレッタが手にしていたカップが静かに下ろされる。向けられた眼差しは当時のまま変わらない。
何を口に出さずにいたのだろうと小首を傾げると、アレッタが強気で人差し指を示した。甘さの滲む微笑は、不機嫌に口を尖らせていく。
「そもそも、私が貴方様のお兄様をお慕いすると思っていらっしゃることが間違いなのです!」
「……ええと?」
「私は貴女様だから今も昔もお慕いしているのですよ。貴女様のお兄様ではございませんわ」
アレッタには珍しく、鼻息を鳴らしそうな勢いだった。
まだ兄に会っていないからだと口癖のように思考を埋めていた台詞は言えそうにない。
「その、ありがとうね。私も好きだよ、アレッタ嬢」
好きだ、と彼女には物怖じせず言える。
アスタシオンにも伝えられたのに、クレイグには言える自信がない。
その差は何処にあるのだろうか。
「はぅぅ」
対して、胸元を握りしめたアレッタは情けない感嘆を漏らした。
恋募らせた『マティアス・オーレン』の姿でなくとも胸が高鳴る。容姿だけに惹かれたのではない。彼のもの柔らかな眼差しや繊細な仕草、かけてくれる言葉の数々が好きだった。
彼が本来の彼女に戻っても、何も変わらない。
これではいけない、と首を左右に勢いよく振って気を取り直す。
「ですからね? 貴女様は告げられた好意を素直に受け取って良いと思いますの」
想いの告白で満足しては駄目だ。思い悩んでいるマルティエナの助けになりたいのだから、と甘い余韻に浸りたくなる己を鼓舞する。
「複雑な状況でしたのは過去の話ですわ。アルカシア様は、貴女を見ているのですよ。マルティエナ様」
アレッタにとってクレイグは恋敵のようなもので、『マルティエナ・オーレン』といる姿を一目見た瞬間から似たもの同士にも思っていた。
好いた相手の隣をキープし、二人だけの予定を埋め、愛称で呼び、肩を組んで、時には抱き着く。同性だから周囲を気にする必要もなく、恋仲とも思われない。
そんな彼が羨ましくも妬ましかった。
いくら積極的に『マティアス・オーレン』に好意を示していても節度は弁えている。
好いた相手を目で追う度に視界に入る彼の座がほしいと、何度も嫉妬した。
「完全に切り分ける必要もございませんが、一度、マティアス様として接してきた友人ではなく、ひとりの男性としてあの方を見てみては如何です? アルカシア様のことですから、マティアス様と貴女様への接し方は違うのでしょう?」
状況が変わった今でもマルティエナの隣を確保する彼への嫉妬はある。
けれど、同時に満ち足りてもいた。
「違うよ。時々、悲しくなるくらい――」
だって、恋の相談なんて余程心を許してない限り彼女はできない。
マルティエナからの全幅の信頼を受け止められる。そんな幸せを望んでいた。
「よく思い返してみてくださいませ」
それだけではないのでしょう、と言い含める。
マルティエナが胸を痛めているのは、性別の違いによる距離の開きであって、だからこその特別な間でもある。
「もうひとつだけ、私から助言を差し上げますわ」
夕暮れ時の橙に染まる陽光が窓から溢れていた。
その光の筋を目にすると、脳裏に浮かぶ人物が一人いる。
畏れ多いと思いながらも、これもまた似たもの同士だと思ったものだ。
「恋の在り方は幾通りもあるものです。比べる必要はございませんのよ。――私がようやく辿り着けた境地ですわ」
比べられないのが恋で、比べてはいけないとも思う。
少なくともアレッタはそう思えるようになった。
(アルカシア様は気づかれたのかしら?)
アレッタは本物の『マティアス・オーレン』を知らない。
直接聞くわけにもいかないので、彼が『マティアス・オーレン』の秘密に気づいたかは分からず終いになりそうだが、瑣末なことだったと思い直す。
そうして「次は二人でデートいたしましょう」と期待の眼差しを浮かべたアレッタに、マルティエナは微笑みで返すのだった。
【今後の更新のお知らせ】
10日(土)から完結までの1週間、毎日投稿いたします。時間はお昼か夕方頃です〜
物語の完結は16日(金)、
エレノアのお話を17日(土)に投稿して最後になります。
ぜひ、最後までマルティエナたちの物語にお付き合いくださいね!




