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『マティアス・オーレン』の行方 〜ところで、兄はいつ戻ってくるのでしょう?〜  作者: 青葉 ユウ
-- Chapter 1 --

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42.これは一つの物語

 



 卒業パーティーは社交界に仲間入りする前の最後の予行演習のようなもの。とはいえ出席者は全員顔見知りで、利権を巡る画策もない。思い出を交えながら輝かしい未来を語る、気楽な仲間内の祝いの場。

 少なくとも、マルティエナにとってはそんな夜会である。


「そろそろ主役のお出ましかな?」


 ワイングラスを手に持つクレイグが扉の向こうを気にする。

 注がれているのは酒ではなくて林檎の果汁が入った炭酸水だ。飲酒ができる年齢になっても学院内では禁止されていて、卒業祝いでも規則は変わらない。


「まあ! アルカシア様ったら。私たちは全員主役ですのよ」

「そうはいっても相手が相手だからな~」

「実はアレッタさんとマティアス君が来る時も皆楽しみにしてたんだよ~。ペアルックでくるのかどうかって話題で持ちきりだったからね」

「あら、期待に添えていますかしら?」


 アレッタがクレイグに些細な反論をして、カストが和を取り持つ。そんな日常的なやり取りに耳を傾けながら、マルティエナも人混みから垣間見える扉に目を向ける。


 卒業パーティーは開催時間が決まっているだけで基本的には自由。招いた楽団が演奏する曲目が事前に知らされているので、目当ての曲に行動を合わせることもあれば、食事の時間帯に足を運ぶ者もある。

 マルティエナ達は会場ですれ違う学友と会話を交えながら、一口サイズに盛り付けられた食事を楽しんでいた。


 アスタシオンは食堂のテラスで食事をしてからこちらに来ると話していた。パートナーは弟子でもある他国の姫で、見合いの意図があるので、こういった式典の日には第二王子の側面が強くなる。


 扉の脇に控える使用人が屹然とした声音で会場に響き渡るように入場者の名を呼びあげていく。

 入場者が増え始め、その内の一人が食堂で食事を終えてから来ると話していた者だったので「クレイグの言う通りだね」と遅れて頷いた。


 空になった小皿を通りかかった使用人に渡して、両手を空ける。そわそわと佇まいを直す者が増えだして、そこかしこから聞こえていた談笑よりも楽団が奏でる音色が強く耳に届くようになった。


 自ずと入場を知らせる使用人の声も明確に響き渡る。間をおかず続けざまに響いたその声が止む。

 見計らったように奏でられていた曲が終わり、緩やかなワルツへと切り替わった。


「アスタシオン・ヴァンビエント・ヴァルトセレーノ様、スワ・ハリル・ドラトイーロ様ご入来!」


 知らずのうちに現れた一本の道筋。舞踏のスペースへと続く道を、緩やかな風を纏いながら歩いていく。淡い黄緑を基調としたドレスと礼服は揃えて誂えたものだ。

 風を感じるアスタシオンにも、透明感のある清らかな顔立ちの姫にもよく似合う。


 目の前を通り過ぎる二人に感じる感嘆を呑み込むと「続きまして」と鳴り渡る。


「ソルディオン・リヒトライ・ヴァルトセレーノ様、エレノア・シュネヴィオール様ご入来!」


 抑えきれなかった歓声が沸き立つ。


「まあ、お美しいですわね」


 肩を並べるアレッタも、惚れ惚れとした眼差しを姿を現した二人に固定したまま囁いた。


 陽光が姿を表したような、光の加減で金色にも変わる艶やかな白。エレノアのドレスには細かな宝石も縫い付けられているようで、朝陽を浴びる朝露のような儚い美しさも醸し出している。


 耐えきれなかった感嘆が吐息になる。


 第一王子が卒業した年の夜会で見た二人の装いはペアルックではなかった。系統は寄せていて二人揃うとしっくりくるデザインではあったが、確かな線引きがされていた。

 それなのに今回は互いの瞳の色まで差し色に使われていて、明言されなくとも意図するところは誰もが察せれる。


 第一王子はエレノアを妃に迎え入れるつもりなのだと。



 舞踏用に開けた中央へと着くなり、優雅な足取りでステップを踏む。

 二組のワルツは劇場のワンシーンを眺めているようだ。


 特に、エレノアは二年前よりも洗練された滑らかな身のこなしで、美しいシルエットを常につくりだしている。

 選択科目の一つに社交マナーや舞踏の講義があるのだが、ある程度身に備わっているエレノアも受けていると以前カストが話していた。学院が招いた教師は誰もが一流の技術を備えているのだが、その教えを溢さずに身につけたのは日頃の努力によるものだ。


 魔法や学術面だけでなく、舞踏までも人を引き付ける魅力を備えたエレノアを蔑む者は一人としていない。パートナーが第一王子と決まった時にも、今では尊敬の眼差しがエレノアに向けられていた。


 見つめ合う二人の表情が柔らかく、想い合っていることがよく分かる。

 もう一組はどうなのだろうと眺めてみたが、アスタシオンは表情の作り分けが上手いし、パートナーのお姫様はお淑やかであまり感情を表に出さないらしいので、進展が見込めるのかはマルティエナにはさっぱり分からない。


 曲調が変わる流れに合わせて、そっと足を踏み出す群衆に後押しされるように、マルティエナもアレッタへと手を差し出した。



 ◇◇◇



 ワルツの時間が終わると踊る面々は減る。談笑がメインになって、押し止められない熱量があちこちから届く声に篭っていた。


 それぞれが交流ある友や後輩と会話をしに離れても、会場内を歩いていると一人二人と再び集まる。


 エレノアとは第一王子と別行動していた時に少しばかり挨拶を交わした。

 アスタシオンとも話したかったが、入学当初のように途切れることなく人が集っていて、近寄るのは気が引けた。


 アスタシオンとは夜会の後や明日学院を去る前に会おうと思えば会える。そう思える間柄になれたことが幸運だ。


 会場内の雰囲気をぐるりと見渡して、椅子に浅く腰掛けるアレッタを見下ろす。疲れを見せないが何時間も細いヒールの靴で歩き回っているので相当足が堪えているはずだ。

 閉会を待たずに戻ろうか。


 椅子の背に手を置いてアレッタに声をかけようとすると、肩に腕が回ってクレイグの体重が圧し掛かる。


「帰るのは早いぞ、マティ」


 浮ついているのにどことなく不満げな様子が顔を見ずとも察せられた。


「充分楽しんだよ?」

「あら、いけませんわ。マティアス様」


 アレッタ嬢まで? と口を開きかけて、アレッタの顔が余所へ向けられていることに気づく。視線の先を追いかけたマルティエナも「そうみたいだね」と微笑んだ。


「ここに居たんだね」


 人の熱気が籠った中に爽やかな風が入り込む。辺り一帯を染め上げるアスタシオンの雰囲気を肌に感じる。

 その隣には負けず劣らずの独特な空気感があるネヴィルもいた。


 姿勢を正して、一様に腰を折る。

 いくら親しくしていても夜会でのしきたりは怠ってはならない。


 けれどもネヴィルは違うらしい。


「オーレン君ってば俺に別れの挨拶もしてくれないの? 他の皆はしてくれたのにさ~」


 アスタシオンを押しのけて突っかかる言葉を発するネヴィルに当のアスタシオンは苦笑いしていて、マルティエナは口を引き結んで額に落ちた前髪を横に流す。


「誤解だよ、クラタナス君。君の姿を見かけた時に人と話していたから遠慮したら、タイミングを逃してね。こうして話せて良かったよ」

「とってつけたような理由だね~?」

「貴方、マティアス様に失礼ですわよ」

「なら冗談ってことでよろしく~。にしても、遠慮してタイミングを逃すなんて間抜けだよ。……あ~、これも冗談だから、アレッタ嬢は睨まないでくれない?」


 別れを惜しむ気も思い出を懐かしむ気もしないネヴィルに笑みを保ちながらも苦々しく思う。


 見返してやると意気込んでいたのに、結局いつも負けてばかり。

 彼より優れている点を挙げるなら、と考えても思いつかない。マルティエナには当たりの強いネヴィルは余所では外面が良いのだ。

 成績が突出して優れているだけでなく、人脈も広くて記憶力もある。それが悔しくて、彼にとっての『マティアス・オーレン』がこの程度なのが歯痒くて、毒舌なネヴィルに反抗するように棘を放ってしまうし、接触を避けてきた。


 学院最後の日くらい穏やかにと思っても、それはそれで表面上の挨拶に意味があるのかと考えてしまうと声をかけれなかった。とってつけた理由と結論付けたネヴィルは正しい。


 言葉に悩むマルティエナの名をアスタシオンが呼ぶ。


「ネヴィルはね、寂しいって言いたいんだよ。分かりにくいけれどオーレンを認めているから」

「――そう、なの?」


 アスタシオンがこんな嘘はつかないと知っていても、信じられないと凝視する。口をむっすりと尖らせてアスタシオンを睨めつけたネヴィルは嫌々口を開いた。


「敵対心剥き出しの子犬は見てて面白いってわけ」


 どういうことだろう。

 顔を顰めたマルティエナが言い換えを求めるも「昔言ったと思うけど馬鹿は嫌いなんだよね~」と見下して足早に去っていく。


 クレイグやアレッタが話す言葉を耳に留めながら遠ざかる背中を見ていると、再び名を呼ばれた。



「オーレン」



 柔らかくて、耳の奥に留まる重低音だ。


「少し夜風に当たらない? それに、折角だから踊ろう。提案した私が女性役でいいよ?」


 アスタシオンからの予想していなかった誘いに目を瞬く。

 ほんの少し声を潜ませたアスタシオンは解放された窓を指さした。


 人が出入りする扉とは反対側の、庭園へと繋がるテラスの窓だ。


 二年前にコルスタンの卒業を祝った時もそこだった。

 第一王子とともに卒業後も学院に残り、助手として過ごしているコルスタンは弟子の卒業祝いだというのに夜会に姿を見せていない。柄じゃないと思っているのだろう。それでも祝う気持ちを贈り物に変えて部屋に届けてくれていた。


「殿下は女性役も難なくこなしそうですね」

「そう? この日のためにこっそり練習したんだよ」


 ふっと笑みが溢れる。「行こうか」と続けたアスタシオンとの間にクレイグとアレッタが前に出た。


「殿下! 俺を忘れちゃ困りますよ!」

「まあまあ、私も殿方の役割を辛うじてできますわ! マティアス様」

「紅一点のアレッタ嬢が男役は俺らが困るって」


 兄が望まなかった日々。

 けれど、マルティエナにとっては経験できてよかった思い出の数々と、得難い仲間達。



(いずれまた、集まりたいな)



 爵位を継ぐために明日には領地に戻らなければならない。当分は諸々の引き継ぎや領地管理に手一杯で、落ち着くまでは社交の場にも出られないだろう。


 それぞれの進む道はばらけていて、一同が会する機会は多くはないはずだ。


 時に激しく、時にスローモーションのように。

 劇団の一員のようで、客席にいたようにも感じる四年の学院生活が終わりを迎えた――





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