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『マティアス・オーレン』の行方 〜ところで、兄はいつ戻ってくるのでしょう?〜  作者: 青葉 ユウ
-- Chapter 1 --

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41.思い出とともに煌めいて

 




 卒業式は厳粛な空気に包まれて行われた。

 王国騎士団や魔法士団、国立の行政機関や研究所といった、卒業後の進路として多くが志した組織のトップが来賓として並んでいる。大聖堂の後方には保護者の参列もある。貴族や高級官僚、名だたる商人といった、今後の社交界で良縁に恵まれたい面々ばかり。自然と身も引き締まるものだ。


 その中にマルティエナの両親はいない。


 社交シーズンの始まりには少し早い今時期、大抵の貴族はまだ領地にいる。王都で暮らす面々や近隣の領土を治める貴族の顔ぶれはあっても、遠方であれば出席はまばらなので親が参列しなくても珍しくはなかった。



 式を終えて大聖堂の開け放たれた扉を潜ると、ようやく硬直した筋肉を緩められる。

 前を歩く学友達が声を潜ませながら一様に空を見上げているので、マルティエナも頭を傾けた。


「……神様も祝福してくれているのかな」


 真っ白な光を放つ太陽を囲むようにぐるりと描かれた光の輪。

 一つはくっきりと、もう一つは薄らと真昼の空に浮かんでいる。太陽の周りも濁りない白い雲が広がっていて、冴え渡る空の青が薄らと透けていた。


 光差す白昼は光の神が人々の歩みを見守っている。


 眩い白がヴェールとなって輝く空は卒業という門出を祝ってくれているに違いない。

 とはいっても、その大部分は魔法学でトップの成績を飾ったエレノアのお陰ではないだろうか。

 彼女は光の神に愛されている。



 並び歩いていたクレイグとカストと別れると、女子寮棟の前庭に辿り着く。ガセポへの道筋になっている白塗りの柵に浅く腰掛けながら、棟内へと入っていく女学生達を遠くから眺めていると、少し経ってから顔見知りの人物と目が合った。


 胸元で手を掲げると心得たとばかりに頷いて、談笑していた隣の女学生へと声をかける。

 驚いた顔でその学生の奥から顔を出したのは、艶のある長い黒髪を靡かせたアレッタだ。


 談笑していた友人に一言挨拶をしてから小走りで駆けてくるアレッタに、マルティエナは立ち上がって手を伸ばす。


「マティアス様! 私をお待ちくださっていらしたの?」


 ほんのりと頬を紅潮させたアレッタへの横髪へと指先を添わせた。靡いたことで乱れた髪を指で透くと、さらさらと胸元へ落ちていく。


「うん。約束はしてなかったけど、会えてよかった」


 にこりと笑むと、アレッタも嬉しそうに口角が上がった。



 結局、アレッタがマルティエナの秘密を他所へと打ち明けることはなかった。距離を置かれることもなく、態度が変わるわけでもない。

 それどころか、より親密さを増していた。


 卒業パーティーのパートナーを直々に申し込まれるほどに。


「心変わりしていないか、確認しておきたくてね」


 アレッタのためを思うなら、パートナーが自分ではいけない。一年の頃から途切れることなく、いずれ婚約発表がされるのではと囁かれていた仲なのだ。卒業パーティーでパートナーになれば完全なる誤解を与えてしまうし、アレッタの為にはならない。


 そう話しては説得を試みたのだが、アレッタは「他の人は考えられない」の一点張りだった。

 妥協案として、心が揺れる相手が現れたらその相手を選ぶことを前提にパートナーになる約束をしたので、目前になって最終確認をしに来たのである。


「私には貴方様以上のお方はいらっしゃいませんわ」


 断言するアレッタは一切の逡巡も見せてくれない。持ち上がりそうになる口角に抗おうと引き締めた。


「憶測は時に厄介だよ?」


 ――私がお兄様に対してそうだったように。


 続く言葉を呑み下す。

 飛び交う噂がアレッタから良縁を遠ざけるかもしれない。

 秘密を知って尚も親しくしてくれるアレッタを嬉しく思うのに素直に喜べなくて、否定ばかりが口をつく。


 そんな自分が嫌だ。明確な拒絶をできないくせに彼女の選択に首を振る。自分の存在そのものを否定したくてたまらない。


「マティアス様」


 いつにない叱咤する声に目を見張る。口を尖らせて不満げなアレッタがいた。


「私を案じてくださるのは嬉しいですが、貴方様は考え違いをしておりますわよ」

「……というと?」

「噂程度で諦める殿方はお呼びではありませんの。貴方様から奪い去る心づもりでいてほしいものですわ。――高望みしていると思われます?」


 そう言っては唇に指先をあてて魅惑的に微笑む。そんなアレッタに目を瞬いて、マルティエナはふっと笑みを漏らした。こういった時は特に、彼女の芯の強さを窺い見れる。


 マルティエナは緩く頭を振る。苦々しく思っていた行為が、今ではおもばゆい。


「その時には私も心から祝えそうだよ。今から楽しみだな」


 腰を屈めて、アレッタの右手を掬い上げる。そのまま見上げた。



「改めて、アレッタ嬢。貴女をエスコートする栄誉を私にいただけますか」



 生まれたばかりの葉を覆い尽くす早咲の白い小花が、視界の端に映る枝先を彩る。季節の変わり目を感じる清々しい風に揺れて、はらはらと花びらが舞っていた。


 ふわり、と軽やかで柔らかな色が滲む。


「ええ、喜んで。そのお言葉を聞ける日をお待ちしましたわ」


 ――私も待っていたのかもしれない。


 瞼を閉じることで同意を示す。


 奥底で望み続けていたから、捨てられずに隠していた。

 ローブの内ポケットに潜ませた小箱に右手を滑らせて、その存在を確かめる。

 自分の元から手放せる悦びを噛み締めた。


「貴女に似合うと思って、贈り物を用意していたんだ。二年越しになってしまったけれど、気に入ってくれたら嬉しいな」


 それは、彼女が喜んでくれると分かりきっているからだ。

 引き立つ場で己を飾り、大切に保管して、心に仕舞ってくれる。『マティアス・オーレン』を思い出にしてくれる。


「心待ちにしておりましたのよ? 早速今日のパーティーで自慢いたしますわ」


 二年次の学院祭で購入した耳飾りがアレッタの瞳に届く。

 陽の目を見ずにいた夜の暗い色に染まる宝石の雫が、陽光を取り込んで内側から光を放ち始める。


 アレッタの瞳の色だ。


 記憶に残るその色が一層鮮やかに輝くのを、アレッタ越しに見つめていた。







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