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『マティアス・オーレン』の行方 〜ところで、兄はいつ戻ってくるのでしょう?〜  作者: 青葉 ユウ
-- Chapter 1 --

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3.異国からのしるべ

 


 水辺の冷気を吸収して心地良く肌を撫でる風を体中に取り込みながら、早朝の学院を散策する。


 入学生に対する案内は昨日エルジオが受け取ってきた書類のみ。学院のことを知るには目が眩むほど細部まで記された書類に目を通すなり、誰かに尋ねるなり、実際に動き回るなり、各々の判断に一任されている。


 そんなわけで、マルティエナは早々と朝の身支度を済ませて学院の敷地を見てまわることにした。


 広々とした並木道をひたすらに歩く。

 運河の両端にある並木道の反対側にはどちらも庭園が広がっていて、エリアごとに花や樹木の種類、水路や噴水といった趣が変わる。中にはヴァルトセレーノ王国には珍しい石庭や竹林もあるらしい。ガゼボやベンチが随所に設けられているため、時間がある時に休憩がてら見て回るのも良さそうだ。


 体づくりに走り込んでいる学生とすれ違いながら正面にどっしりと構える学院の本棟に向かって歩くと、左手には入学式が行われた大聖堂が木々の奥に見えてくる。

 反対に、右手の格式ばった建物は研究資料館だ。

 大陸全土から集めた様々な図書を保管しているだけでなく、数ある魔導具や武器防具等、過去の遺物から最新型まで取り揃えた展示室もある。大陸全土の繁栄の積み重ねが集結した空間は学院生活の間だけでは見飽きないのか、卒業生が時折出入りしているのだとか。



 そうしてマルティエナが本棟へと辿り着いた時には、大勢の学生が続々と登校していた。

 寄り道しながらのんびりと歩いていたので思っていた以上に時間がかかったらしい。そろそろ講堂へ向かうべきだ。


 長い廊下を歩いて、階段を登って、遠くまで伸びる廊下を再び突き進む。歩くたびにまばらになっていき、目的地である講堂に差し迫った時、向かいから歩いてくる人物に目が留まった。


 マルティエナと同じ男子学生用の制服とローブを緩く着こなした青年。

 小麦色よりも深い琥珀を思わせるような肌に、同じ色合いの瞳。対して、髪色は絹のように細く艶やかな白金を、耳が見え隠れする長さで切りそろえている。髪が揺れると目に映る耳にはシンプルなピアスが何個もついていて、その上で模様が彫り込まれた金細工の細長いプレートがひとつ垂れ下がっているから特段目を引く。


 じろじろと見ていたつもりはないのだが、視線を感じたのだろうか。

 ぴたりと目が合わさったため会釈しようとすると、退屈そうに下がっていた顔が瞬く間に破綻した。


「君どうしてここにいんの? もしかしてただの旅行だったわけ~?」

「え……と?」


 左手を掲げた青年は明らかに兄のことを知っている。

 けれどエルジオから聞いていたクレイグの容姿とはかなり違っていて、相手が誰なのか見当がつかない。

 それに、つい最近会ったかのような口ぶりだ。旅行というのも気になる。


「なにその反応~! 俺のこと忘れたなんて言わないよね、ユーマ」

「ユーマ……?」


 冗談交じりに話す青年から出た名に、ようやく疑問が明確になって止まっていた思考が巡りだす。


(この人は失踪したお兄様とどこかで会ったのね!?)


 突然目の前に現れた兄への足がかりを、不信感を抱かれることなく聞き出したい。

 けれど、マルティエナに会話を選ぶ余裕は残されていなかった。


「ん? あ~、ごめん。ただの人違いかも。魔力の波長がかなり似てるってか、まるっきり同じだから気づかなかったわ」


 そんじゃね〜と掲げた手を小降りに振って去っていく青年に、思わず手が伸びた。

 下ろそうとした右手の袖を掴んだマルティエナの手に二人の視線が落ちると、すぐさま離す。


「すまない。君、人の魔力の波長が分かるんだね? 尊敬するよ。私はマティアス・オーレン。親しくしてくれると嬉しいな」


 ローブの胸元に輝くブローチから肩章までを彩る飾り紐は一本。進級するたびに増えるそれは、青年がマルティエナと同学年であることを意味する。


「――ネヴィル・クラタナス。俺はネムレスタ公国から選ばれて来たからね~、既に一流の魔法士ってわけよ」

「なら基礎科目は同じクラスかもしれないね。これからが楽しみだよ」


 並ぶと見上げる形になったマルティエナが右手を差し出すと、骨ばった固い手で力強く握られる。若干見下されているような雰囲気を感じるのは、単に身長差によるものだろうか。


「ちなみに、人違いと言っていたユーマさんは、そんなに私と似ていたのかな?」

「似てるどころか、丸っきり同一人物だと思ったよ。この俺がさ」

「それは興味深い。旅行とも言っていたけど、その人とはどこで会ったの? 私も一度会いたいな」

「あ~それは難しいんじゃない? 俺が会ったのはリエーヌ王国のミルキア洞だけどさ、旅してるって言ってたから」

「旅って、行先は?」


 すんなりと返ってくる返事に気が逸る。

 マルティエナがやりすぎたと気付いた時には、既に迷惑そうに顔を顰められた後だった。腕を組んだネヴィルが呆れながら吐き捨てる。


「君、そんなに興味あるの? 知ったところで無意味でしょ」


 リエーヌ王国はヴァルトセレーノ王国の隣国だ。それでも学院が位置する地からは正反対で、休まず駆けても半月は要する。まして相手は旅人と名乗っているのだから、これから向かうにしても目的の人物は既に去っている可能性が高い。

 そもそも毎日が講義で埋まる学院生活を、ただの興味本位で一月以上欠席するだなんて論外だ。


「ああ、すまない。迷信で同じ顔の人間が3人いるって言われているだろう? 私は瓜二つの双子の妹がいるから、君が会ったユーマさんで3人目だと気になってしまってね」

「ふ~ん? この国にそんな迷信があるんだ~。面白いね」

「だろう?」


 気まずさを後ろ髪に触れることで紛らわせる。言葉通りに面白いと思ってくれたのならいいのだが。


 苦々しくはにかんだマルティエナに、一度だけ視線を上から下へと動かしたネヴィルは「ははっ」と大口を開けて笑った。

 清々しく、面白おかしく笑う彼の姿に胸が渦巻いた。


「行き先は決めてないんだってさ〜。まあ偶然でも起きない限り会うのは無理じゃない? ――君はユーマと違って、魔力をちっとも使いこなせなさそうだ」

「そう? ありがとう。引き止めてすまなかったね」


 体を反転させる際にネヴィルの肩を軽く叩く。

 にっこりと笑みを浮かべながら再び歩き出したマルティエナは、その内側で沸々と湧き上がる怒りを募らせていた。


 人当たりの良さそうな笑みを浮かべるネヴィルは、かなりの毒舌家だ。人を査定して見下す嫌味な人間だ。


 兄には遠く及ばないことなど、ずっとずっと、誰に言われるでもなく知っている。

 それでも、そんな兄に成りすますとマルティエナは決めたのだ。


(絶対見返してみせる!! 覚えていなさい、ネヴィル・クラタナス!)






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