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『マティアス・オーレン』の行方 〜ところで、兄はいつ戻ってくるのでしょう?〜  作者: 青葉 ユウ
-- Chapter 1 --

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37.混沌の中に差す闇

 


 聖堂内にある一室で握りしめた両手を額にあてたアスタシオンが息を溢す。

 緊迫した空気も恐れずに飄々と振舞うことの多いクレイグは一言も発さずに瞠目していた。時折開かれる瞼からは冷え冷えと凍てつく銀の瞳が覗く。

 そんな二人の姿がダレンに更なる恐れを抱かせた。


「すみません、俺が後を追えなかったばっかりに!」


 両膝の上で握りしめた拳がわなわなと震える。

 俺は馬鹿かと何度も繰り返していた。


 誰か一人にでも手を出せば、擦り傷ひとつつけることさえ出来ずに牢獄行き。

 そんな集団の中で毎日を過ごしていたせいで、おかしな町だと思いながらも油断して浮かれきっていた。


(あいつはああいう奴なのに……!!)


 争いを好まず、血を好まず、相手の心情を慮る。

 賊の三人程度なら制圧できただろうに迎えた結末が異なるのは性格故なのだろう。


 マティアスに窮地を救われた女性から話を聞き知り、現場まで駆け付けたダレンが目にしたのは二人の男の亡骸だった。

 彼女の話によると、突然気絶した男と水の魔法で拘束された男だと。

 地に伏した後に心臓に剣を突き立てられた容赦のない死に様は明らかに敵の一味によるものだ。

 マティアスを拘束したうえで気絶した男二人を連れ帰る人手はなかったということ。仲間よりもマティアスを連れ去ることを優先し、追跡を免れるために置き去りにする仲間の口を永久に封じる。


 一ミリの情も持ち合わせていない賊がマティアスをどう扱うのかと想像するだけで、歯が軋んだ音を鳴らして震えた。


「謝罪の言葉はいらないよ。君達を二人で帰らせたのは私だからね」


 その判断こそが原因だとアスタシオンの感情が図れない眼差しが物語っていた。

 再び静まった部屋は閉じた扉の向こうから生じた足音すら拾い上げる。


「おや、この様子では朝まで待つことはできなさそうですね」


 温和な雰囲気で現れたセルベスタは立ち上がって出迎えた三人の教え子に座るよう促す。

 ダレンが被害に遭った女性を連れて聖堂に戻った後、セルベスタが別室で話を伺っていたのだ。

 人数が多いと萎縮してしまうだろうし、彼女自身、身に起きたことに気が動転して今にも倒れそうだったので、精神的なケアも含めてセルベスタが引き受けた。クレメン教会の枢機卿という肩書はそれだけで心を落ち着かせる作用がある。


「では、この町が置かれている状況を整理しましょうか」


 普段となんら変わりない調子で話すセルベスタは、空いている席に腰を下ろすと纏う空気を入れ替えた――



 ◇◇◇



 ゆさゆさと体を揺さぶられて闇に呑まれていた意識が浮上していく。


「お姉さ~ん、起きて~」


 幼さが残るテノールの声。

 どうやら体を揺すっているのは声の主のようだ。


 お姉さんと呼ばれるなんて妙な気分――そう思ったところでマルティエナは飛び起きた。


「あっ! 起きた!! おはよ〜」


 蒼白い照明を背景にあどけなく微笑む少年に目を瞬かせる。

 状況を考えると敵の一味なのだが、そんな風には見えない。


「もしかして僕のこと悪党だと思ってる? 僕は助けにきたヒーローだよ?」


 心外だと頬を膨らませる少年のおかげで置かれた状況がみえてきたマルティエナは笑みが零れた。

 よくよく考えれば体は自由だし、手首には拘束されていたと思われる痕が赤く残っている。


 早々と助けられたことも、それが見ず知らずの他人だったことも不幸中の幸いだった。


「ありがとうございます。貴方のおかげで救われました」

「どういたしまして〜」


 差し伸べられた手を借りて立ち上がる。

 部屋の隅に転がされていたようで気づけなかったが、脱力した大男たちがあちこちに転がっていた。


「貴方が彼らを?」


 容姿で強さを判断するべきではないが、まだ成長期を終えていない少年に見える。

 敵が四元素の魔法を封じる何かしらの手段を用いていたことを考えると、体格差は甘くみれない。


「違うよ~。ほとんど俺の仲間の功績! 危険なものがこいつらの手に渡ったから、今はアジトの中を捜索中なんだ~」

「そうでしたか。――差し支えなければ、『危険なもの』が何か教えてもらっても?」

「それはお姉さんも体験しちゃったやつだよ。簡単に言うと魔法を消しちゃう魔道具かな? これ以上僕たちの立場を悪くしないためにも壊さなきゃいけなくてね」


 さらりと告げられた言葉に聞きたいことが次から次へと溢れて、口を開けられない。


「あっ! ごめんね? ずっとお姉さんが戦ってるところを見てたんだけど、その場で助けてあげられなくてさ。どうしてもアジトの場所が知りたかったんだ」


 パンッと顔の前で手を合わせて頭を下げた少年に、マルティエナも慌てて両手を振った。


「いえ、こうして助けていただきましたから。感謝しています」

「そう言ってもらえて安心したよ~。それじゃあ、行こっか! 僕、お姉さんを仲間の元まで送り届けるように言われてるんだよね」


 握った右手をくいと引かれて、ばらばらと倒れた男たちを踏みつけないように避けながら進む。

 結局、この男たちも少年も何者なのか理解しきれていない。

 少年に聞けば答えてくれそうな様子だが、可能性の一つとしてなんとなく察してしまったマルティエナは踏み込んではいけない気がして、口を閉ざして歩きながら周囲を観察することにした。


 少年の顔も鮮明に見えない、ぼやけた青白いランタンの灯り。

 窓は見当たらず、湿気った空気が鼻につく。

 古臭いソファやテーブルが乱雑に置かれて、酒瓶や貨幣、武器やカードが散らばっていた。

 広さはそれなりにあって、倒れる敵の数は6人だろうか。アジトがこの一室だけではないということは、それなりの集団だろう。

 縄で両手指の拘束はしているようなので、ところどころに血痕が飛び散っているが死んではいないらしい。


(危険な魔道具を()()ためのついで……なのかな)


 横目で少年を見ると、にこにこと明るい表情を浮かべているのが背中越しでも見て取れる。尻尾を元気に振る人懐っこい犬のようだ。


 開きっぱなしの扉を潜るとうねった通路と階段があり、壁の窪みに設置された、残り僅かな蝋燭の灯りで照らされた階段を登り始める。


「お姉さん、足元はよぉく見てね~。こことかにも悪党が倒れてるからさ」


 左端に寄った少年が振り返りながら右手で足元を指さす。

 その指先へと視線を下すと、口から血を吐いた蒼白の男の顔があった。


「――ッ!?」


 気づけずにいた存在に言葉にならない息が上がる。

 学院で模擬戦を行っていても決定打を与えることはないので、実際に戦いで敗れて意識を失う者を目にする機会はないのだ。

 先ほどまでは遠目だったから冷静でいれたが、怪我を負い白目を向いた痛々しい表情が間近に迫ると体が委縮する。


「怖がらせちゃった? ごめんね」

「あ、いえ……驚いただけで大丈夫で――」


 こちらを振り返った少年の背後に見えた、薄暗闇の中では異質な輝き。

 青の照明とは真逆の、焼き焦がす真っ赤な灼熱の色。


 この階段がどこまで続くのかはわからない。

 少年の奥、遠くにあった小さなその色が光線のように急速に飛んでくるのが、マルティエナにはスローモーションに映った。


「前ッ!! 避けて!」

「――え?」


 なんとか発した言葉に反応した少年が正面へと向き直っていく。それが手遅れだとわかった。


 階段では掴んだ手を引いて避けさせる行為は危険だ。

 壁へと添えていた左の指先で素早く簡素な文字を記すと前方へと指先を払う。

 薄闇を更に暗くする壁が少年の前へと現れて、魔法同士がぶつかる音が鳴った。


 マルティエナが使ったのは闇魔法の障壁だ。火によって温まった空気が障壁のない空間から流れ込む。


「わっ! お姉さん闇魔法が使えるんだ!? 突然一人倒れたのってそのせいだったんだね〜」


 どくどくと速まる鼓動は、少年ののんびりとした驚きによって治まった。

 なんの話だろうか。首を傾げて、女性を救い出した時のことを言っているのだろうと納得する。少年は一部始終を目撃していたらしい。


 返事をしようと口を開いた時には、少年は姿勢を低くして隙を狙っていた。


「ありがとね。僕は先に行って片してくるから、お姉さんはゆっくり登ってきて〜」


 火の魔法と闇の障壁が消えていく。

 完全に消え去る前に隙間をぬって飛ぶ立つように駆け出した少年に、マルティエナは声をかける間ももらえなかった。






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