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『マティアス・オーレン』の行方 〜ところで、兄はいつ戻ってくるのでしょう?〜  作者: 青葉 ユウ
-- Chapter 1 --

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32.帰郷は苦い現実を帯びて




 一年ぶりの両親との再会は少しばかり気が重い。


「すまないな、マルティエナ」


 極一部の者だけで集った父の書斎が、陰鬱な空気に沈むことは必然だからだ。


「ユーマという名で足取りを追ってはいるが、追いきれないんだ」


 父の調べによると、ふらりと立ち寄っては町の困り事を解決して去っていくユーマなる人物がいるらしい。

 大きな噂になって注目を浴びないように関わった者に口止めをしているので、簡単には情報が集まらず、何ヶ月にも渡る聞き込みで知れるのだとか。

 他所からの名声に興味がない兄らしい行動である。


 そうして兄がいた地に辿り着いても、旅立った後では大まかな行き先しか分からずに捜索は振り出しに戻る。

 兄が辿ったルートに共通点や目的があるとは考え難いとの父の見解だ。


 手掛かりになる容姿の特徴が二つに絞れたことが救いで、一つは兄本来の姿。そして二つ目は黒目黒髪の青年。

 名は一つでも古代魔法で容姿を変える時とそうしない時があるのは、こちらからの捜索から逃れる以外にも理由があるのだろうか。


「私もお兄様が学院を拒んだ原因が未だに分からないから、お父様の役に立てそうにないよ。ごめんね」


 父と同様に何も結果を残せていないのはマルティエナとて同じ。

 瞠目して被りを振ったマルティエナは謝った。


 決して気楽に構えられることではないのだが、年々憔悴していく父を見ていられない。

 アスタシオンのことはもちろん、コルスタンにも経緯を伝えたことは言わない方が良さそうだ。

 余計な心労を増やさないためにも『ヴァルトセレーノ王立魔法学院に通うマティアス・オーレン』は順風満帆と思っていてもらいたい。


「お前は良くやってくれている。お前が帰ってきた時はマティアスが戻ってきたんだと思ったほどだ」

「それは魔法を使っていたからだよ」


 例え身内でも兄にしか思えないのは当然だ。


「いや、そうではない。現に今もお前がマティアス本人に思えてしまう」


 対して父は大仰に否定した。

 今は古代魔法を使っていないが、男物の装いをしている。長かった髪も兄と同じ長さに切り揃えているので、兄に見えてもおかしくはない。

 けれども父は外見だけの話はしない人だ。


「お父様にまでそう思ってもらえるなら安心かな」


 言葉遣いや所作、佇まいが兄そのものだと思ってくれるなら何より。

 気の抜けた笑みを浮かべたマルティエナは、父から一歩離れた位置で静かに話を聞いていた母に目が止まる。


 口を出したそうにしているのに、気弱な眼差しだけが向けられていた。


「ねえ、マルティエナ。家にいる間くらいは貴女でいていいのよ?」


 おずおずと、躊躇いながらも口にした母の瞼が伏せられる。

 そんなことを心配していたのかと、声のトーンを上げて柔らかく笑んだ。


「慣れれば男物のほうが楽だよ? それに、身についた感覚を失うわけにはいかないから」

「貴女がそう言うのならいいけれど……伯爵邸(ここ)では好きに過ごしていいのよ。それを覚えていて」

「ありがとう、お母様」


 抱きしめられて、頭を緩く撫でられる。

 久しぶりに身のうちに沁みる母の温もりを静かに感じながら去年のことを思い出す。


 肩を掠める短い髪をカーチェがまとめ上げて、室内用のドレスが似合うようにしてくれていた。短い髪を結う機会はなかったはずなのに手慣れていたことを驚いたものだ。「ご主人様が着飾る日のために練習していたのです」と話してくれ、出来栄えを讃えると両手を合わせて破綻したカーチェには白昼の日差しの中にいるような温かさがあった。

 今朝、一年越しにドレスを用意したカーチェに断りを入れた時の笑みとは違う。


 申し訳なく思っても、明日以降の恰好を変えることはないし、女性らしく振舞う予定もない。そこだけははっきりとしていた。


 アスタシオンに対しても、クレイグに対しても。時折、兄としてではなくマルティエナ本来の感情が出てしまう。

 兄なら絶対に考えない特有の心情は扱いが難しい。

 同時に、兄だったら考えるかもしれない感情がわからない。


 アレッタは容姿も内面も美しい女性だ。それは兄も同様に感じるだろう。

 他の誰に向ける表情よりも、目が合った瞬間に色彩豊かになる瞳が綺麗で、勉強に打ち込む時にはこちらに見向きもしない真剣な姿に好感が高まり、交わす会話毎に変化する表情と感嘆の息に魅入られる。きっと、兄も一緒だ。

 そんな彼女と共に過ごす時間は楽しくて、日を追うごとに好きになる。

 表面上は兄も同様になるはずだが内情はきっと違う。


 性別の違いがなければ悩むことはなかったのに。



「いけませんよ。危険な行為だとお分かりでしょう」



 ――アレッタに真実を打ち明けてもいいだろうか。

 彼女なら兄の失踪とその妹の成り代わりを知ったとしても心の内に留めてくれるはず。


 二人になったタイミングを見計らって相談を持ち掛けたマルティエナに、エルジオは迷うことなく言い放った。


「これ以上アレッタ嬢の時間をもらえないよ。それに、彼女は私を裁く権利がある」

「伯爵家が滅びます」

「私一人が責を負うように話をするよ」

「具体的に決めていらっしゃるのですか」

「お兄様の失踪に逸早く気づいた私が、兄に成り済まして妹が失踪したことにする。そうすれば、伯爵家は失踪した妹を秘密裏に捜索していただけで、全ての責任は私に。醜聞にはなっても伯爵家への処罰は最小限になるでしょう?」


 これが最善。

 学院寮で世話をしてくれているカーチェとエルジオに関しても、貴族と使用人という立場を最大限に利用して脅していたといえば簡単に済む。


「いつから考えておられていたのですか」

「二年になってからかな。アレッタ嬢との件に限らずね、色々と申し訳なくて」


 心痛な面持ちで瞠目したエルジオが重々しく口を開く。


「ですが、やはり私には危険に思えます」

「理由を教えて?」


 自分では完璧に思えても見えないところに穴はある。

 早々と行動に移さずにエルジオに相談してよかった。


「貴女様の身を案じる言葉は受け付けないでしょうから口にはしません。ですが、ラングロア様ではなく他の要因で事が公になった場合に、彼女も共犯と疑われる可能性がございます」


 僅かに開いた扉の奥深くから誰かの歩く靴音がする。

 喉を通らなかった空気が口から漏れた。


「お二人の親密さは周知の事実です。ラングロア様は尋問を乗り切れるとお思いですか?」

「それは……いけないね」


 剣を突き刺された気分だった。


「ありがとう。エルジオのおかげで気づかされたよ」


 アレッタのためを思う行動で危険に晒すだなんて許されない。

 そんなことを気づけずにいたなんて大馬鹿者だ。


 何度も繰り返す溜息を漏らしたマルティエナは、悩まされるのは山積み課題と予習で十分だと、ちょっとした現実逃避として分厚い教本を手に取った。






学院2年目を終えました~! 後味が苦い!

次話は平和な話ですので、ご安心ください笑


ここ最近更新頻度が落ちていますが、勢いで執筆し始めた別作品を完結まで書き上げてしまいたいのが理由です。そのうちペースは戻るので、気長にお待ちいただければ幸いです!


評価やレビュー、いいね等いただければ大変嬉しいです~


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