28.古代魔法と魔法学
学院祭が終わると、講義に追われる忙しない日常に戻ってくる。幸にしてコルスタンが魔力暴走を起こした事件は被害がほとんどなかったこともあり、表沙汰になることはなかった。
体調が回復せず寝込んだエレノアも、学院祭最終日にはすっかり元気な姿を見せていた。
マルティエナが礼を伝えた際に「古代魔法を発動したらね、光の神に会えた気がしたの」と笑顔で話してくれたエレノアは、魔法学の講義でも今まで以上に意欲的で生き生きとしている。
暴走する魔力を必死に抑えるコルスタンを前にしたエレノアには不安や畏怖があったのに、それらに打ち勝って前向きに努力する姿をみていると、自分も立ち止まってはいられないと奮い立たされた。
そんなマルティエナは情報資料館の一角にある自習室へと来ていた。
建物内部にある個室ながら、大技でなければ魔法の訓練もできる。故に壁の強度も高くて防音だ。師弟で勉強会をする際によく利用されているため、怪しまれずに密談ができる場の一つである。
兄の失踪や自分が入学してからの経緯を話し終えたマルティエナに対し、終始つまらなさそうにしていたコルスタンはにっと口角を上げた。
「で、その魔法はどうやんだよ」
目つきがキツいせいで、爛々と輝くというよりはぎらついている。コルスタンの興味は全て古代魔法に向かっているらしい。
「お前の秘密を隠してやるんだから、俺にも教えろ」
悪巧みを閃いた子どもというより、コルスタンの場合は悪人になっている気がした。
元々魔法の詳細を調べるためにこの場を選んだので異論はないが、ここで一つの心配が生まれる。
「師匠まで失踪しないでくださいね?」
「お前がいる間はしねぇよ」
卒業したら行動に移す予定だと受け取るべきだろうか。
全く安心できない返答に口を曲げたが、彼にとっての敵は多い。捨て駒として扱われた時に身を守る手段の一つになるので、教えないという選択肢もなかった。
「古代文字はこうです。ここを起点にして……」
備え付けられていた白紙を一枚手に取り、渦を巻く絵のような文字を記していく。
書き順が違うと発動もしないので、ゆっくりとコルスタンの反応を見ながらペンを滑らせる。文字の意図も伝えながら一通り描き終えたマルティエナは、覚えれたか確認すると火の魔法を発動させて消し切った。
「発動は自分の体液を用いて身体の何処かに印します。血は目立つので兄も私も唾液です」
手本として見せるのだから全くの別人に変わった方が良いだろう。一番想像できる人物、と考えてみると真っ先に浮かんだのはクレイグだ。コルスタンも何度か顔を合わせているので丁度良い。
唇に人差し指を押し当てると、左手の甲に滑らせる。
クレイグの顔の輪郭に表情、体格と声音、肌や髪の質感。毎日を一緒に過ごしているせいか、長いことあっていない兄よりも身近に想像できる。
手の甲がじんわりと熱を持ち、古代魔法が問題なく発動したことを感じるが、鏡がないので上手くクレイグの姿形になれたかがわからない。
左右に均等に分けられた長い前髪を一束摘んで目の前へと引く。指先を滑る細い髪質も色素の薄いベージュの髪も、自分にも兄にもない要素だ。手のひらの厚みや爪の形までしっかりと変わっている。
「どうです? 師匠も試してみてください」
次はコルスタンの番だと促して、声も狂いなくクレイグそのものになっていることに驚く。魔法が上手く発動できれば当然なのだが、全くの別人になるのは奇妙な感覚だ。
何となく心許なくて、すぐさま兄の姿に戻る。
「どのみち演技は必要ってことか」
「あまり似てませんでした?」
「見た目が同じなだけの別人だ。仕草や振る舞いが違うと違和感だらけだぞ」
「そうでしたか……」
コルスタンの様子を見るに、突発的に誰かの振りをして危機を脱するのは厳しいのかもしれない。
万が一のために練習しておくべきか。けれど人の観察と演技に時間を割くなら他に学びたいことが山ほどある。
うーん、と首を捻っている間にもコルスタンはさっそく指を動かす。
けれどいくら待っても姿形が変わらなかった。
「できねぇぞ」
「成功の秘訣は想像力だと言っていましたよ」
「違う。そもそも発動しねぇんだ」
見てろ、と言われてコルスタンの背後に回ったマルティエナは顔を覗かせる。
彼の指先が肌をなぞって記されていく文字に間違いはない。しかし、すべての行程を終えても一向に変化が見られない。
文字の成り立ちも、精霊に語りかける内容もマルティエナが話した内容のままで解釈は同じ。確認し合ったところで再び試してみたが結果に変わりなかった。
「おかしい。魔力も知識も劣ってるお前にできて俺にできない?」
コルスタンが真剣に頭を抱える。
その言い様に頬が緩んでしまって、顔を背けた。
「おい、誇らしげにしてんじゃねぇ。なにか理由があるはずだ。お前の兄貴はお前に教えた時なんか言ってなかったか?」
「ええ……。他にですか」
魔力も知識も劣っていて発動できるだなんて、もしや才能でも!? なんて少し浮かれてみるくらい多めに見てほしいものだ。
(お兄様が話していたこと、か……)
既に十年程経っている。幼少の頃の記憶なんて全く留めていないか、うろ覚えの記憶が大半なのに、あの日のことは鮮明に覚えているから不思議だ。
――あの日は王都の邸宅に家族揃って赴いていた時だった。
偶然兄が姿形を変えた瞬間を目撃した私は、興奮冷めやらぬまま兄に尋ねた。
これは兄さんだけの特別な魔法なんだ、と兄が言った。
ずるい、教えてと何度も強請る私にしょうがないなって苦笑いしていた。
私たちだけの秘密だよ、と言って絵本を読み聞かせてくれるように古代魔法の発動の仕方を教えてくれた。
真似した私の魔法が発動するととても驚いていて、それから。
兄の視線が下がって、一瞬、ほんの少しだけ、何かを考え込んでいたように思う。
「それじゃねえか?」
瞼を閉じて当時の情景をひとつひとつ言葉にしていくマルティエナにコルスタンの声が被さる。
「お前、古代魔法の講義はまだだもんな。古代魔法ってもんは威力が強大な代わりに、条件や制限があるんだ」
首を傾げたマルティエナが理解できるよう、今後はコルスタンが言い聞かせるように説明していく。
「だがお前はそれを毎日使いこなしてやがる。時間も場所も身体への影響もない」
エレノアが発動させた光の古代魔法のような瞬間的な爆発力こそないが、周囲の人間の視覚や聴覚、触覚を操作し続けていると考えると威力は大きい。
それに、意図的に魔法を止めるか意識を失わない限り効果が続くのに対して、使用する闇の魔力は微々たるもの。
使用を躊躇う条件や制限は見当たらない。そう思っていた。
「お前の兄貴の言葉と反応が答えだ。要は、使用人数に制限があるんじゃねぇの? お前の兄貴にしか使えない……というよりかは使用する術者がいるうちは他の人間は誰も使えない。だからお前の兄貴はお前に教えた。どうせ発動できないから問題ないと思って。大人に言いふらされたところでガキのよくある遊びだと思うからな。それを使いこなしたから、驚いた」
言葉が引っかかりなく胸に落ちてくる。
憶測の域を出ないが、その通り考えると当時兄が浮かべていた複雑な表情も納得できてしまう。
「……師匠……実は結構頭が良いのですね?」
マルティエナの師として闇属性に関する様々なことを教えてくれている。頭の回転も早く知識もある優秀な師だと分かっていたが、講義はよく抜け出すし、試験の順位は上位争いをしてるわけでもない。
だから、ほどほどに優秀な師匠と思っていたわけだが、力を抜いて力量を隠しているのかもしれない。
「馬鹿にしてんのか、お前」
「いえ、すみません。古代魔法ってそういうものなのですね」
「ただの仮説だ。それに、お前の兄貴がそんなもん何処で覚えたのかも気にかかる」
「それは……私にも教えてくれませんでした」
兄に対しては両親が放任主義だったことで謎だらけだ。
もうすぐ兄が失踪して二年が経つのに、その要因は全く推測できない。
「師匠は、兄がこの学院を拒んだ理由が思いつきますか?」
「さぁな。俺みたいに飼い殺されんのが嫌だったんじゃねぇの」
皮肉に笑うコルスタンの瞳に翳りが見える。
窓から差す陽射しもなくなったので、今日はもうお開きにした方が良さそうだ。
「聞いてませんでしたが、師匠は卒業した後はどうするんですか?」
雑談へと話を変えるついでに尋ねる。
土の季節になって一月が経った。
一年の半分を終えて、徐々にコルスタンとの師弟関係が終わる季節が迫ってきている。
「知らねぇ。あの野郎次第だ。俺はあの野郎の番犬だからな」
話題を変えるのに失敗したらしい。
師匠を不快にさせる問いをしてしまったことを申し訳なく思いながら、あの野郎ならぬ第一王子を思い返した。
マルティエナが最も警戒しなければならない相手。アスタシオンからの忠告通り一度も接触なく過ごすことができているのだが、最近妙に視線を感じる。
学院祭での一件があったからだろう。
エレノアを危険に晒したことが問題だったのか、それともコルスタンと良い師弟関係を築けている弟子の存在に興味が湧いたのか。
学院祭での騒動を公にしない以上、他所者が多ければ決して話しかけてこないのだが、だからこそ人目につかない場所へ行く時には警戒を強めなければならなくなった。
師匠との別れを済ませると、第一王子との突然の遭遇に備えて早々と魔法を解く。
人気がない時は古代魔法を解くことで一時的な対策をしているが、見知った顔に出くわした際に違和感を抱かれかねないので気が気じゃない。
足速に寮の自室へと戻ることしたマルティエナは、いずれ来たる正念場を乗り切る策が思いつかずにいた。




