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『マティアス・オーレン』の行方 〜ところで、兄はいつ戻ってくるのでしょう?〜  作者: 青葉 ユウ
-- Chapter 1 --

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24.気難しい友人との日常



 二年生になると、実践を想定した魔法学が本格的に始まった。

 対魔物はもちろんのこと対人戦もある。

 剣の打ち合い相手として振り分けられたペアはダレン・フォディールだった。

 貴族としての身分がほぼ同格の兄を値踏みして使用人の数にケチをつけてきた、あのダレンである。


 アスタシオンによって窮地に立たされたダレンへと情けをかけたおかげで当分大人しかった彼は、何かにつけて対抗意識を押し出した台詞を言い逃げするようになっている。

 正面きって勝負を持ちかけてくるダレンには裏表がない。初めのうちは「またか」と内心で溜息をついていたマルティエナは、今では日常の一部として受け入れているし、ダレンを友人と認識していた。


 そんな彼との打ち合いは危機迫るものになると思っていたのに、とマルティエナは拍子抜けした。


「ねえ、真面目にやってる?」


 競り合うたびにダレンがあからさまに慌てて飛び退くからだ。

 そうすべき時があるにしても、優勢のダレンが同じ事を繰り返すので一向に決着がつかない。


 魔法を剣身にまとった剣術が今回の講義の課題となっているので、距離を置かれてしまうと決め手に欠ける。そんな相手を瞬殺できる力量があれば良いのだがマルティエナの剣術では遠く及ばないし、ダレンだって同じだ。


 細身の剣を構えたまま眉を潜めて問う。対するダレンは剣を振りかざしながら憤った。


「俺のせいじゃない! お前が匂うんだよ!」


 踏み込んだダレンの剣が風を斬る。

 真っすぐに振り下ろされたそれをマルティエナが受け止めると剣の角度を変えて力を流す。

 ぶつかり合う剣身から鈍い金属音が響いた。

 力が拮抗しているように見えても、瞬間的なものに過ぎない。今の状態が続けば押し負けるのは自分だとわかっているマルティエナは、次の手を探るために背の高いダレンを見遣る。


 ――――まただ。


 視線がかち合って、ダレンが慌てて飛び退く。

 一呼吸おいたマルティエナは、集中しすぎて聞き流してしまったダレンの一言が今になって引っ掛かった。


「ダレン君、もう一回言ってくれる?」

「だから! 匂うから次からは気を遣えっての!」

「それは……ごめんね?」


 汗臭いと言いたいのだろうか。

 耐えきれずに飛び退くだなんて余程のことだ。

 肩口を鼻に寄せてみても自分ではよくわからない。けれど、面と向かって指摘されて平然としていられるほど楽天的ではなくて。

 これまで組んできた者も同様に思っていたのだろうかと思うと、瞬きもできなかった。



 ◇◇◇



 着替えを済ませて廊下を歩いていると、分かれ道の通路からアレッタが顔を出した。どうやら彼女も着替えを済またところらしい。


「マティアス様! これから講堂に向かうのでしたらご一緒に――マティアス様?」


 破綻して駆け寄ってきたアレッタに無意識のうちに後退る。アレッタの瞳が驚いて、次いで陰ってから自分の行いに気づいた。


「ごめんね? 汗をかいたから、アレッタ嬢に不快な思いをさせると思うんだ。だから」

「まあ! 私を気遣ってくださったのですね! 安心いたしましたわ」

「アレッタ嬢!?」


 するり、とアレッタの両手が控えめに腕に絡まり、マルティエナの肩へアレッタの頭が微かに触れた。

 さらさらと肩から流れ落ちるアレッタの黒髪から静けさが際立つ夜の香りが漂う。マルティエナが好きだと伝えた香り。一年経っても変わらず身に纏ってくれる彼女が可愛くてしかたない。


 だからこそ汗の臭いがきついらしい自分に近寄らせたくなかったのに、気にしないでくれるアレッタの姿が嬉しくもある。


「ご安心を。いつもの素敵な香りですわよ? ベルガモットの香水ですわよね」

「え? ……そう、なんだけど、無理してない?」


 ぱちりと見上げるアレッタと視線が合う。心底不思議そうな眼差しが嘘偽りないと告げている。自分では気づけないだけかと思ったが、彼女の反応を見るにそうでもなさそうだ。


「ダレン君はこの香水が苦手だったのかも」

「フォディール様……? また何か絡まれたのですか?」


 衝撃的なダレンの発言に呆然としていたマルティエナだったが、彼の言葉の意味を捉え間違えていたのかもしれないと思えてきた。

 口を尖らせたアレッタに慌てて否定して、端的に先ほどの出来事を説明する。

 

「明日は別な香りに変えてみようかな?」

「でしたら! 私の香水はいかがですか。寮に戻ったらメイドに届けさせますわよ」

「いいの? アレッタ嬢の香りは気持ちが安らぐから気に入ってるんだ。嬉しいよ」


 自分とアレッタの香水は系統が違う。流石に花の香りを前面に押し出した女性らしいものは使えないが、その点は問題ないだろう。


 これで心配はなくなったと安心していた。

 しかし再び剣を交えたダレンに、またもや顔を顰められることになる。


「お前っ!! 気を遣えって言っただろ!」

「だから香水を変えてみたんだけど、気に入らなかった?」

「そりゃあ……!! 女みたいな香水つけやがって!! 気が散って集中できないんだよ!」

「……そう、かなぁ?」


 顔を真っ赤にして怒鳴るほど違和感があるのだろうか?


 アレッタのメイドを通じてもらった香水をエルジオが嗅いだ時は何も言われなかったのだが。

 う〜ん、と首を捻ったマルティエナは更にダレンの威勢に火をつけるのだった。



 ◇◇◇



「なんかお前ら揉めてた? やけにダレンが騒がしかったけどさ〜」


 講義の終わりを告げる鐘が鳴って一目散に走り去ったダレンの後ろ姿を見ていたマルティエナは、腕を肩にのせてくるクレイグに視線を向けることなく首を捻る。


「ううん……私にもよくわかんないんだよね。彼、鼻が良いみたいで」

「はあ? どういうこと?」

「それが――」


 クレイグへと顔を向けようと体の向きを変えると、歩み寄ってくる人影に目が留まった。


「殿下、お疲れ様です」


 気の抜けた振る舞いをしていたクレイグも居住まいを正して頭を下げる。

 右手を掲げたアスタシオンが一歩近づく度に、風が揺らぐ。薄らと汗が滲んだ肌は陽光が反射して艶めき、アスタシオンの美しさを引き立たせていた。


「オーレンにアルカシアもお疲れ様。講義中にフォディールの声が何度か聞こえたんだけど、何かあった?」

「殿下も気になられましたか。俺も丁度その話を聞いてたんですよ」


 うんうん、と力強く首を振ったクレイグはひょいと立ち位置を変えてアスタシオン側につく。

 気遣ってくれるのは嬉しいが、二人の心配の割に合わない。「大したことではないのですが」と前置きをしたものの、真正面からは言い出しにくくて豆粒サイズになったダレンの後ろ姿を追いかける。


「彼、私の匂いが気になって集中できないらしいんですよね。気を遣ってほしいと言われたのですが……」

「お前が汗臭いって? 俺気にしたことなかったけどな〜」


 どれどれ、と伸びてくるクレイグの腕の行先を阻むように、アスタシオンがマルティエナの肩を寄せた。

 見上げたことによって肩に触れる後ろ髪が持ち上げられて、はらはらと落ちては首をくすぐる。アスタシオンの指先がマルティエナの髪を梳いたのだ。


「……オーレン、香水変えた? いつもと違うね」


 風を感じさせる緑の瞳を縁取る眦が柔らかく細まる。マルティエナは胸を撫で下ろした。

 顔を顰められでもしたら、隣に並べられなくなるところだった。


「先日同じ話をアレッタ嬢にした際に、彼女がつけている香水を少し頂きまして。これなら問題ないと思ったのですが、ダレン君には嫌がられました」

「アレッタ嬢か……。オーレンの雰囲気にも合ってるし、私も好きだよ」


 どきり、と心臓がぎこちなく跳ねた。

 至近距離で微笑んで、好きだと面と向かって口にするアスタシオンは目に毒だ。


「けれどフォディールのためを思うなら変えたほうがいいのかもね。――私の香水をあげる。オーレンにも私の香りをつけてほしいな」


 兄として振る舞うべきなのに、アスタシオンに試されているような感覚に陥る。


 このままではいけない。『マルティエナ』としての感情を抱いてはいけない。

 そうは思っても目が離せない。

 アスタシオンの指先によって揺れる髪にまで神経が通っているのかと思うほど、些細な動作に心まで揺れる。


「御二方とも、俺がいるのをお忘れなく。……ちなみに殿下、俺にも少〜し頂けません?」


(…………忘れてた)


 溜息混じりのクレイグの一言がアスタシオンとの間を裂いた。


「君はどこかの令嬢に渡して何かを得る算段だろう?」

「やだなぁ、殿下! 俺がそんなことをするとお思いですか」

「実際、君はそうするからね」


 完全に気配が遠のいて、クレイグと親しげに話すアスタシオンを目に収めることになったマルティエナはひと息をつく。


 ――これは何の息だろうか。

 安心したのか、それとも残念に思ってしまったのか。


 エルジオの忠告通り、必要以上の深入りは危険なのかもしれない。


 言動も仕草も、行動も。

 全てを兄のように振る舞い続けて、深く考えずとも板についてきた今になって、アスタシオンは一瞬で『マルティエナ・オーレン』へと引き戻してしまう。


 マルティエナにとっての異性とのスキンシップ故にそうなるのではない。

 肩に腕を回したり、のしかかったりと単純ならクレイグの方が何倍も多い。


(きっと、殿下は……)


 古代魔法で惑わされた末の『マティアス・オーレン』ではなくて、息を潜めた『マルティエナ・オーレン』を見ている。

 嬉しくなってしまうことでも、それではいけない。

 兄に成りすますという危険な賭けは、両親のみならずエルジオやカーチェ、そして兄を内密に捜索している数名の騎士まで巻き込んでいる。

 マルティエナ・オーレンとしての情は表に出さない。周りを巻き込んで今の生活を選んだ自分へと嵌めた枷だ。


「殿下、お気遣いに感謝します。戴けるのが楽しみです」


 だから、普段と変わらず笑う。


 アレッタの香水は女物だから気が散ると忌避された。

 今度はアスタシオンのものだから心配はいらないと思って過ごしたマルティエナは、またもやダレンに顔を顰められて、彼と同じ顔を返してしまうことになる。


「今度は何?」


 呆れとともに「匂いの良し悪しで気が散る程度だと、実戦で使いものにならないよ」と助言も忘れない。

 構えた剣先までわなわなと震えたダレンは叫んだ。


「なんでお前から殿下と同じ香りがするんだよ!」

「なんでって君が匂うって言うから、殿下が気を遣ってくれたんだよ」

「だから!! なんでそうなるんだ!」


 隣で剣を交えていたペアが動きを止め、更にその隣にいたペアも。あっという間に注目の的へなってしまったマルティエナは肩を竦めた。

 くだらない話で注目を浴びてしまうのは、場を弁えずに叫んだダレンに非がある。

 アレッタにクレイグ、そしてアスタシオンによって、自分が汗臭いわけではないと安心できたからこそ平然としていられるのだが、注目を浴びて大袈裟に話が広まるのは避けたい。


「凄く素敵な香りじゃない? 上質で品のある……これが苦手な人はいないと思うけれど」

「いや、そうだけど! とにかくお前は駄目だ!」

「君って私に対して失礼だよね」


 いがみ合うつもりはないのに、何故こうも騒ぎになるのか不思議で仕方ない。


「どうかなさいましたか、フォディール君にオーレン君」


 遂にはセルベスタまで顔を出す始末。

 離れた場所で剣を打ち合う者達へ指導していたはずが、様子を伺う学生の合間を縫ってマルティエナとダレンの元へと来てしまった。


「彼が私の匂いが気になって集中できないと話していまして。香水の種類を変えてみたのですが、お気に召さなかったようです」

「違うんです!! 彼が甘ったるい匂いを散らして見上げてくるから、俺は注意しようと!!」

「ええと……どの香水も甘ったるくはないよ? 病気の予兆かもしれないし心配だから、一度嗅覚の検査をしてみたらどうかな。それに相手を見るのは基本じゃない? 突然どうしたの、ダレン君」

「お前っ!!」


 心配から出た言葉はダレンの怒りを倍増させる。青筋を立てたダレンは頬も耳も首筋も赤い。

 もしかして、と思い手を伸ばしてみると触れる前に仰け反られてしまった。

 拒絶された行き場のない手を虚しく思いながらも「顔が赤いから熱があるのかもしれないよ」と口にする。


 何においても意気込みが勝っているダレンは、自分の不調に気付かずにいたのかもしれない。気づいてあげられなくて申し訳ないことをした、と眉根を下げる。


 そんなやりとりを繰り広げる二人を見届けたセルベスタは、腑に落ちたとにっこり微笑んだ。


「オーレン君、彼は貴方に誘惑されて剣を握れない、と言いたいのですよ」

「はぁ!?」


 素っ頓狂な声を上げたのはダレンだ。マルティエナの疑問符は掻き消された。


「実戦でそう思わせられたら貴方の勝ちですが、今回は剣術を兼ねた魔法学の講義ですので、あまり相手の方を誘惑しないようにしてくださいね」

「先生、私は彼を誘惑しようとは思ってもいないのですが……」


 勝手に騒ぎ立てたのはダレンなのに注意を受けるのは自分だなんて理不尽だ。それに、そもそも何もしていない。


「貴方にその気がなくともフォディール君にはそう思えたということです。取り敢えず、ペアを変えましょうか。誰と組みましょうかね」


 納得がいかない。

 そう思っているのは横に立つダレンも同様のようだ。目があって、再び口を開けてわなわなと震わせたダレンからは血の気が引いている。

 何かを言われる前に視線を逸らしたマルティエナは、ペアが変わるのだから良しとして、水に流してあげることに決めた。





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