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『マティアス・オーレン』の行方 〜ところで、兄はいつ戻ってくるのでしょう?〜  作者: 青葉 ユウ
-- Chapter 1 --

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22.魔力制御と魔法学




 歩き慣れてしまった屋根の上。決まって同じ体勢で寝入っているコルスタンの傍らにしゃがみ込む。

 観察するに、ただ瞼を閉じているだけだ。

 寝たふりを決め込むコルスタンを前にしたマルティエナは、前髪を後ろに流すことで顕になっている額を指先で突いてみることにした。


「師匠。今日は私の魔力制御を解除してもらう日なのですが……忘れてませんよね?」


 すっと開き切った瞳と目が合う。


「そうだったな」


 鋭い眼差しとは異なり、開いた口から発された言葉は呑気なものだ。


「お忘れでしたか」

「いや? お前が呼びにくるだろうと思って待ってた」

「それはどうも」


 念のため、と足を運んで正解だったらしい。


 魔力制御の印の解除は大聖堂で行われる。

 一日の講義が終わった放課後、一人一人にセルベスタが解除の文字を記すのだ。

 その際に抑制されていた魔力の反動で体調を崩すことはしばしば。過去には魔力暴走の一歩手前まで差し掛かった者もいたらしく、魔法学の教師の殆どが待機して成り行きを見届けるのだとか。

 魔力によって意識混濁する者への対処を学ぶ一環として、師弟揃っての参加を義務付けられていた。


 魔力量が比較的多い者は休みの前日に予定を組まれている。光栄なことに兄もその内の一人だった。

 自分と兄の差が露見するのではないかという心配が今回ばかりは必要なくて、マルティエナは気を楽にして今日を迎えた。


 というのも、入学審査時の魔力測定の結果に大差なかったからだ。

 魔力測定は四元素と光と闇属性の影響を受けた液体が入った試験管の起点となる場所で定められた文字を記し、各元素と属性の反応を図る。

 共鳴を起こした液体の状態や上昇値によって素質を判断するのだが、判定をしていた司教が丸っきり同じ反応だと驚いていた。「御二方は魔力の素質も同等なのですね」と告げられた時に、努力次第で兄と対等になれるのではと嬉しくなったことを思い出す。


「師匠は解除した時に体調を崩されましたか」

「俺に聞くのか」


 大聖堂へと向かう道すがらの単なる雑談だった。

 それなのに何故そんな嫌そうな顔をするのか。普通にしていても目力が強いコルスタンが眉根を寄せると猛獣に睨まれている感覚になる。

 イエスかノーだけでもいい質問に嫌悪感丸出しにされると理由を知りたくなってしまうし、それが許される関係だと自負しているマルティエナは話題を変えることなくへらりと笑った。


「はい。師匠ことですし、長期休暇前に済ませたのでしょう?」


 大半の学生が二年生になってから日々数人ずつ解除されていくが、魔力量や素質が特出した者は長期休暇前に済ませていたらしい。

 魔法学が最高評価だったアスタシオンにネヴィル、エレノアとカストがそうだ。

 カストは身体が熱くなって風邪のようだったと話し、エレノアは数日間一切眠ることができなかったと聞いた。


 体調を崩す者の症状は様々だが、四元素や光と闇属性のうち、最も身に宿る魔力が多いものに影響されることが多いらしい。

 エレノアに光属性の魔力があって数日眠れなかったことを考えると、反対に闇属性の魔力が強ければ昏睡状態になってしまうのではないだろうか。コルスタンの闇属性は四元素を無効化するほどなのだから、予防が立てられないとしても参考に知っておきたい。


「俺はあの野郎と同じ部屋に監禁されてた。思い出したくもねぇ」


 コルスタンのいう「あの野郎」なる人物はこの国の第一王子のことである。誰かに知れたら刑罰ものの発言を初めて聞いた時は戦慄したのだが、当の本人は飄々としていて第一王子自身もコルスタンが悪態をついているのは承知らしい。

 旧知の中ならではと納得することにして、マルティエナは火の粉が降りかからないように「そのお方」「あの方」等々、人物が特定できない呼び方で同一人物を指すことにしていた。


「それって相互作用があるからですか?」


 光属性と闇属性。

 互いに互いが弱点であるそれらは、同等の魔法をぶつけたら打ち消し合う。光による四元素の増長と、闇による減衰があるため、二属性の魔法士は対等にならないのだが、そんな効果を利用して、制御していた魔力が馴染むまで共に過ごしていたということだろうか。


「ああ。お陰で体調は問題なかったけどな、朝から晩まで野郎と過ごすなんて悪夢だろ」

「ええと……お相手次第ですよね」


 コルスタン以外の者なら第一王子と過ごせる機会を光栄と思うはずだ。

 マルティエナも兄に成りすます現状でなければ、王族と話せる機会は心から光栄に思えていただろう。


「それなら、私とエレノア嬢が別々だったのは何故でしょう……」


 空を見上げたマルティエナが視界に入った前髪を指先で流す。

 光属性も闇属性も片手で数えられる程度の人数が同学年にいる。光属性の魔力量が群を抜いてるエレノアには遠く及ばないが、兄もマルティエナ自身も同年の者と比較したら闇属性の魔力を多く保有していた。


 同日に済ませてしまった方がお互いの為になったのでは?


 そんな問いかけにコルスタンは愉快に目元を緩ませる。


「まだまだ学ぶことが多そうだな、マティアス」

「仰る通りですから、師匠らしく訳を教えてほしいです」


 わしゃわしゃと髪の毛を乱されたマルティエナは口を尖らせた。

 相手がクレイグであれば払い退けれるのだが、コルスタンが嬉々と笑うことは少ない。可愛がってくれているのだからと不満を顔に出しつつも受け入れる。


「お前とエレノアなんたらは同格じゃねぇ。そんな奴といたら最悪死ぬぞ? まだ捨て駒にするのは惜しいってことだろ」

「は……」


 反応が遅れた。

 何てことなく放たれた発言に動きが止まりそうになるが、頭から肩へと移動したコルスタンの手がそれを許さないので押されるままに歩く。


 そんなコルスタンの様子が腑に落ちた。乱れた髪を指先で梳いて整えながら微笑む。流石に何事もない様に笑うことはできなくて心が彷徨った。


「率直な物言いで分かりやすいですね。勉強になりました」


 有事の際に便利な捨て駒だと。その使い道が今ではないだけだと。

 コルスタンはそう思って日々を過ごしている。それを当たり前のことだと受け入れてしまっている。



「お二人ともいらっしゃいましたね。早速始めてしまいましょうか」


 解放された大聖堂の扉を潜ると、おっとりとした、それでいて所々で弾んだ声がかかった。

 穏やかな姿勢を崩すことのないセルベスタ。その柔らかな眼差しに自分が捨て駒と映っているだなんて想像出来ない。

 そう思えてしまうのが聖職者の風格であって、そもそも彼らからしたら捨て駒という意識はないのかもしれない。

 ただ、何らかの目的を終えた時に結果として捨て駒のような存在になっている可能性があるだけ。


 この学院に足を踏み入れるべきではなかったのでは、という恐れが時折肌を撫でる。衣服の下で警告を鳴らす肌に、芯から固まっていく体温。


 入学を拒んでいた兄が正しかったと思う時もある。

 けれども、父の言うようにここでしか得られない巡り合わせがあるのも事実だ。


 ――君が意識を失っている間はその古代魔法の効力はないようだから、辛くても耐えてね。


 アスタシオンの言葉を頭の中で繰り返したマルティエナは、魔力制御を解除するために床に描かれた魔法陣へと一歩踏み出した。



 ◇◇◇



「オーレン君、具合はいかがですか」


 魔力制御の印が解除されるまでの間片膝をついていたマルティエナへと終わりを告げたセルベスタに、伏せていた顔を持ち上げる。

 差し出された手を借りると、なるべく力を加えないようにして体勢を直した。


「大丈夫、です。少しだけ頭痛と眩暈がする程度で……」


 屈んで顔色を伺うセルベスタへと頬を持ち上げて答えると「そうですか」と柔らかい眼差しが返ってくる。


「明日はゆっくり休んでくださいね。念のため、従者の方には体調面の記録をつけさせてください」

「わかりました。本日はありがとうございました」


 丁寧にお辞儀をしていると背後で見守っていたコルスタンに腕を掴まれて、身体を反転させられる。どうやら早々に退散したいらしい。

 理由は違うがマルティエナも同様に思っていたので、引かれる腕に抵抗することなく後ろを歩く。


 本音を言うと少しとは表現できない痛みと意識の揺らぎがある。

 じわじわと視界が歪んでいた。

 物と物との境界線が朧げになって距離感が掴めないので、コルスタンの手助けは有難い。


 開け放たれた大聖堂の扉を潜って道なりに進む。

 清々しい風を感じると、ほんの少しだけ頭がすっきりとして痛みが和らぐ。


「お前、本当に平気なのか」


 教師の目が届かなくなった場所で足を止めたコルスタンが振り返った。

 コルスタンなら弱音くらい吐いても構わないのだが、一度緊張を緩めると堕ちてしまいそうで、気を奮い立たせて笑みを保つ。


「心配しすぎですよ、師匠」

「そうか? ……まあ、顔色もそこまで悪くないしな」


 流れる前髪を掻き上げられて、その勢いのまま顔も上を向く。


 古代魔法を使いこなす秘訣は想像力だと兄は言った。

 触れた時の質感、香る匂い、光の加減で変わる色合いに構造への理解。

 自分を知って、人を観察して。知覚する感覚と身につけた学識があればその内使いこなせると教わった。


 その通りに成長できているらしい。

 痛みも忘れる喜びで目を細める。


 そんな時だった。



「お疲れ、オーレン」



 緩やかな風とともに耳に届いた、柔らかく染み入る低音。


 ――私が迎えに行くから。休むのはそれからだよ?


 アスタシオンの言葉が脳裏にあった。

 歯を食いしばらなければ飛んでしまいそうな意識の中で、ずっと。

 耳の奥に残った低音が何度も語りかけてくれていた。


「殿下」


 声の流れてきた方角へと目線を流すとアスタシオンがいて。

 徐々に距離を縮めるその姿を受け止めたマルティエナは眠るように瞼を閉ざした――






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