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『マティアス・オーレン』の行方 〜ところで、兄はいつ戻ってくるのでしょう?〜  作者: 青葉 ユウ
-- Chapter 1 --

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1.入学は光の中で



 ヴァルトセレーノ王立魔法学院の入学式は、風の初月、光の第一日に行われる。


 諸々の段取りを終えて無事にマティアスとしての入学を果たしたマルティエナは、事前に配布されていた地図を片手に広々とした遊園歩道を歩き、式典が行われる大聖堂へと向かっていた。


 同じ制服を着た学生がちらほら歩いているが、大聖堂を目指す学生はそのうちの一割程度。間もなく式典が始まる今の時間帯にのんびりと歩いているのは在学生ということだろう。


 それでも焦ることなく歩を進めるマルティエナが大聖堂の解放された扉を潜る。端に並ぶ教師の一人と目が合うと、他所を向いていた教員たちの視線も一斉に向けられた。


(遅刻したわけでもないのに……お兄様は既に先生方の間で有名のようだわ)


 特段注目を浴びる行いはしていない。

 現に、既に席についた入学生の面々は、振り返ることなく背を向けている。教師の反応に気づいた一部の者は振り返って視線を彷徨わせているが、マルティエナと同じように直前に到着する者もいるため、教師が何に反応したのかは分かっていないようだ。


 周りに不信がられない程度に浅く会釈をして、空いている長椅子に腰を降ろす。

 既に最後列で、空き具合は残り十数人分。

 前列から詰めて座るよう指示が書かれていたので、空席の分だけ到着していない者がいるのだろう。


 音を立てないように注意を払いつつも忙しない足音と共に空席が埋まっていったところで式典が始まると、学院長の挨拶から始まり、教会からやってきた高位の聖職者や資金を支援している組織の重鎮の挨拶が長々と続く。


 早々と最前列の席に座った者の中には、お偉方に顔を覚えてもらうといった目的でもあったのだろうか。

 兄のためには前列に座るべきだったかな、と考えたマルティエナは背もたれに軽く背を預けた。


 いつも飄々としている兄は周囲からの評判を気に留めていないし、どちらかというと目立ちたくなさそうだった。それに「時間は有効に使わないと」と言っては何処かへ頻繁に出かけていた兄は、マルティエナと同様にマイペースだ。たかだか入学式で国の重鎮と目が合う程度、気にする必要のないことだったと思い直す。


 自身の成長のため、延いては国の未来のためにという長い長い激励が終わると「締めくくりに学生会長の挨拶を」と一人の名前が呼ばれ、制服を着た一人の男性が壇上へと登った。


 名はソルディオン・リヒトライ・ヴァルトセレーノ。

 粛々としていた大聖堂に小さな歓声が沸き上がる。


(ん……? 学生会長って……王太子殿下!?)


 兄の一件のせいですっかり忘れていたマルティエナは目を見開いた。

 力の抜いていた背がぴしりと伸びる。


 現国王の息子は二人いて、第二王子がマルティエナと同い年、第一王子が2歳上だ。どちらも王立魔法学院に入学することは生まれた時からの確定事項だったから、王子の在学期間中の入学倍率は跳ね上がる。同学年になれるとなれば尚更。


 元々実力重視のこの学院は高位貴族であっても必ず入学審査を行うが、僅かに及ばない程度であれば多額の寄付と引き換えに入学枠をもぎ取ることもできる。相当な出費で数年間は支払った金銭の穴埋めに苦労するらしいが、それでも価値があると言われているらしい。


(顔くらいは覚えておきたかったんだけど……)


 前の席に座る、体格が良くて背も高い男がお尻を持ち上げて前のめりになったおかげで何も見えない。

 けれど、王族に興味深々になって群がるように顔を覗かせるのは、なんか嫌だ。お兄様なら絶対そんなことはしない、と思って耳に届く声音くらいは覚えておこうと集中していると、背後から清々しい風が首筋をすり抜けていった。


 式典が始まると同時に、解放されていた扉は閉められたはずだ。

 疑問に思って首を少し捻って視線だけを後ろへやると、僅かに開いた扉の隙間から教師とともに現れたのは一人の小柄な少女だった。

 流れ込む緩やかな風とともに、軽やかなブロンドの髪が柔らかく靡く。温かな昼の陽光によって仄かに色づく花びらのような甘い色が透けて見える。


 目が合うことはなかった。遅れて到着した女子学生の目線はマルティエナより上の宙で固定されている。

 多分、視線の先は壇上から挨拶を続けている第一王子ではないだろうか。

 第一王子からも正面に位置する女子学生の姿は目に入っているはずだが、すらすらと流暢に語られる言葉が途切れることはない。第一王子に注目している入学生は遅れて現れた新たな仲間に気づきもしていなかった。


 女子学生と教師に気づかれない内に、マルティエナは姿勢を正す。大勢の入学生がいれば遅刻する者がいても不思議ではない。


 第一王子の締めくくりの言葉とともに、キラキラとした何かが空に舞った。

 気持ちの良い冷気が肌を撫でる。

 どうやら、第一王子が魔法を発動させたらしい。


 キラキラと光を反射して輝くガラスのようなそれは、触れれば溶け消えてしまいそうな薄氷だった。

 一枚の小さな欠片が手の甲へと落ちてきたが、それが溶けることはない。


 魅入っているうちに足元へと落ちて重なり合った薄氷が、第一王子の合図に合わせて水面のような模様をつくり、睡蓮と思わせる氷花が咲く。

 次ぐ合図でふわりと胸元まで浮いたと思えば、青い灯が氷の内から揺らいで熱を生み、全ての氷を水滴すら残さず溶かした炎が光となって霧散する。


「わっ……」


 一瞬の幻想的な魔法の連鎖に、吐息のような歓声が漏れた。

 それはマルティエナだけではなく、一人一人の歓喜が静粛な大聖堂を彩る喝采へと変わる。


「改めて、入学おめでとう。君達が私と肩を並べるいつかの未来を心待ちにしているよ」


 壇上から去っていく足音が色めくざわめきの奥に聞こえる。


(私も早くに来ればよかったかな……)


 第一王子はその立ち姿も魔法を発動する所作も、美しく洗練されたものなのだろう。

 入学式に間に合うぎりぎりまで自室で過ごしていたことをマルティエナは少しだけ後悔したのだった。






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