18.締めくくりは晴やかに
期末試験の成績が貼り出された。
一年次全てのカリキュラムを終えて待ちに待った長期休暇に入る道すがら、成績表を目で追っていく。
学院から外へ出る道筋でいくと羅列は下位からだ。
見慣れない名前が続き、折り返し地点を過ぎたあたりから聞きなれた名もちらほらと現れる。
同じ基礎科目クラスの者の名がびっしりと並ぶようになってから最初に目に止まったのはアレッタだった。次いで、何かにつけて声をかけてくるダレン。そしてクレイグ。
三人とも試験の合計点数の横には『A』と記されている。
「今回は調子が良かったみたいだね。これなら来年もまた同じクラスかな?」
「俺にはカスト先生がついてるからな。このくらい当然だろ」
「クレイグ君お疲れさま! マティアス君と離れ離れにならないために頑張ってたもんね〜」
「カスト君? 君ってば突然何を言ってくれちゃうの」
調子に乗るクレイグの扱いが板についてきたカストに笑みを浮かべながら、マルティエナは歩を進める。
順位が一桁になり、エレノアの名が挙がった。言わずもがな『S』だ。
6、5、4と目で追ったマルティエナは勝手知ったる兄の名に辿りつく。
足だけでなく呼吸も止まる。そんなマルティエナの肩にクレイグの腕が回った。
順位が変わらないのは致し方ない。納得もしている。
一年間共に過ごしたが、上位三人の知識の幅と深さには驚かされてばかりだ。いずれ並び競い合いたいとは思っても、足りていない差を理解していた。
だから、今回驚いたのはそこではなく。
上位三人の点数の横に並んだ『S』の文字。それは魔法学での評価を表わしている。
学年全体でもぴったり片手で指折り数えられた人数。ネヴィルとアスタシオン、カストとエレノアに、残りの一人はエレノアと親しくしている姿を見かける騎士志望の男子学生だった。
「カストって魔法学も最高評価なんだね……」
心ここにあらず、といった様子でもマルティエナは賞賛を口にする。
「光栄だなぁ。けど僕は体力がからっきしだからね。来年は厳しいよ」
「大丈夫だ、カスト。俺達も体力自慢はできないからな。――それはそうとマティアス、お前どうしたよ!?」
回された腕に力強く引き寄せられて、頬にぐりぐりとクレイグの肩が食い込む。
痛いから止めてくれ。そう言いたいのに、簡単な一言がでてこない。
「基礎科目だけじゃなくて、魔法学でも僕たち同じクラスになれそうだね」
カストの弾んだ声が現実味を増して、再び成績表へと見遣る。
兄の名の横に連なる得点の隣には『A』の文字。実技実習での行いもあり、最低評価の可能性も考えていたのに実際は真逆だった。
魔法学の評価は単純な力比べとは異なる。勿論、純粋な魔法の威力も必要だが、魔法への理解や精霊との親和性、思考力といった要素は魔法を扱う上で必須になるからだ。そうした点を評価されたのなら、これまでの努力が実を成したようで胸に込み上げるものがあった。
(これならお父様の心配事を一つは減らせそう)
兄が見つからないだけでなく、マルティエナも学院生活で苦戦していては父の心労が絶えないだろう。
そうはならずに済んでよかったと胸を撫で下ろして、学院のホールから外へ出る。
青空が透けて見える雲が広がる昼下がり。
帰り際の学生の浮足立った喧騒は、外に出ると途端に鎮まる。
前方を歩く者達はある一点へと体ごと向けて会釈していた。それによって開けた視界に、見知った人物が映る。
礼をして過ぎていく同い年の学生へと手を掲げていたアスタシオンの眼差しが、風のように流れてはマルティエナへと留まった。
「――オーレン、お疲れさま」
柔らかく開かれた口から耳心地の良い低音が響く。
吹きすさぶ風はないのに、さして大きくもない声が空気を震わせて届くのだ。
陽光のような金の艶やかな髪は、降り注ぐ日差しを纏ってさらに輝く。
数段しかない外階段を飾り立てる門柱に背を預けて立っているだけなのに、アスタシオンの周囲を爽やかな風が流れているように感じる。
「殿下のおかげです。ありがとうございます」
魔法学の実技実習での感謝を改めて口にする。
緩く頭を振ったアスタシオンはもたれかかっていた背を正すとマルティエナの元へと歩み寄った。
「以前、君が探していた本があっただろう? 昨日私の名で取り置きしておいたから受取りに行こう」
「本当ですか! ありがとうございます。帰省する前に探しに行こうと思っていたんです」
アスタシオンとの会話が終わるのを待ってくれていたクレイグとカストに別れを告げて、二人並んで研究資料館へと向かう。
元々一人でも足を運ぶ予定ではいたのだが、それよりも長期休暇に入る前にアスタシオンに会わなければと思っていた。
庭園で寝入ってしまった自分を部屋まで送り届けてくれた礼を伝えなければならない。
休日だった昨日に済ませたかったが、行き違いで顔を合わせることができずに終わった。今日は今日でアスタシオンの周りにはいつものことながら人が集まるので、講堂内で声をかけるのは気が引けて諦めていた。
エルジオからは「少しは警戒するように」と忠告されている。
アスタシオンに直接話したことがあるかと問われると、はっきりと伝えたことはない気がするが、あの寂れた庭園では幾度かアスタシオンと顔を合わせている。
常に注目を浴びるアスタシオンも、自分と同じように一人になりたい時はあるだろう。偶々行きついた先が同じ場所だっただけではないだろうか。
そう考えるのは楽観過ぎるのか。
けれど真っ先にマルティエナが礼を告げる間も、取り留めもない会話をしながら研究資料館で本を受け取るまでも、アスタシオンに警戒しなければならない要素を感じなかった。
「今日も少し寄りたいんだけど、誰か入ってる?」
マルティエナが踵を返す前にアスタシオンが司書へと問いかける。
どうやら他にも目的があるらしい。用事が分からない以上ここで別れた方がいいだろうかとアスタシオンの様子を伺う。
「いえ、今のところ誰もいらっしゃってません。少々お待ちを」
「ありがとう」
しかし、アスタシオンには別れる気はないらしかった。
今度は私の用事に付き合って、と唇に人差し指を当てて囁いたアスタシオンに、マルティエナも快く頷く。
大した時間も掛からずに戻ってきた司書からアスタシオンが受け取ったのは年季の入った一本の鍵だ。ぱっと見ただけでも鍵穴の形状が複雑なことが分かる。その上、文字のような模様がちらと見えた。
頻繁に研究資料館へと足を運んでいるマルティエナだが、鍵のかかっている場所へ踏み入ったことはないし、そもそもそんな場所があること自体知らない。
立ち入りが制限されている通路の先だろうか。
何の説明もなしに先を行くアスタシオンとの差が離れないよう、行先を考えながらもその後姿を追いかけた。




