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『マティアス・オーレン』の行方 〜ところで、兄はいつ戻ってくるのでしょう?〜  作者: 青葉 ユウ
-- Chapter 1 --

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15.季節とともに変わるもの

 


 勉強漬けの日々を送っていたら、あっという間に水と土を越えて火の季節。長期休暇前の期末試験が迫っていた。

 そして今日は魔法学の実技実習。試験と呼ぶほど厳密ではないが、1年次における魔法学の最終評価が決まるので実質試験のようなものだ。


「オーレン、緊張してる?」


 順番待ちのテントの中、隣に座るアスタシオンが問う。前屈みになってマルティエナの下から覗き込んだアスタシオンには緊張した様子はない。むしろ、自分達の番が回ってくるのを心待ちにしている。


「緊張しますよ。殿下の足を引っ張ってしまわないかと気が気ではありません」

「心配いらないのに。君は魔法を放つ見極めが上手いからね。ペアを組めて嬉しく思うよ」

「そう仰っていただけて光栄です」


 一線を引かれたと思っていたアスタシオンとは、親しいと言える仲になっていた。

 それがいつからかと聞かれると朧げだ。一年の半分が過ぎた頃から徐々にアスタシオンが声をかけてくれるようになり、研究資料館で自習していると隣に座るようになり、それから時々行動を共にするようになった。


 最初は常に受け身でアスタシオンからもたらされる会話に相槌を打つだけだったが、今ではマルティエナも話しかけにいく。その距離に馴染み過ぎて入学当初に感じていた隔たりを思い出せないほどだ。


「戦略を決めておこうか? 私はサポートにまわるから、君がとどめを刺す。それでいい?」

「……分かりました。私では手に負えないようなら交代してくださいね」


 一応は疑問符をつけてはいるが、反論されるとは思っていないアスタシオンに苦々しく笑みをつくる。


 ペア分けは実力が均等になるように教師によって決められている。そして、アスタシオンは1年生全体でみてトップクラス。そんな彼の相方になったマルティエナの魔法は目も当てられないと誰もが想像するし、魔法の威力は到底及ばないのも事実。

 そんな自分に花を持たせてくれようとしているのだから、期待には応えたい。


「次、アスタシオン・ヴァンビエント・ヴァルトセレーノとマティアス・オーレン」


 教師からの合図で立ち上がる。

 アスタシオンの掲げた拳にマルティエナも軽く当てる。

 恐れか興奮か。僅かな震えはキツく握りしめることで止めた。



 ◇◇◇



「オーレン、気付いてるかい?」

「近づいたり離れたりしていますね。暴れ回ってるのでしょう」

「うん、まずは足を止めさせようか」


 学院の敷地内にある広大な森はフェンスで随所を区切った魔法訓練場になっている。その内の一画で教師が放った魔物をペアで討伐することが今回の実習なのだが、そもそもの敷地が広い。しかも、無造作に見える雑木林の中で、いかに環境を壊さずに収束させるかも重視されている。  


「私が道を塞いでここに連れてくるから、オーレンが足止め。いいね?」


 アスタシオンの指示に頷いたマルティエナは、距離を置くと片膝をついて地に文字を記す。

 道すがら木々や葉に焦げた跡が見られた。前のペアが討伐した魔物の仕業の可能性もあるが、今の時点では火元素の魔物と考えるべきだ。


 本来は水魔法が効果的だが、今は火の季節。火元素が強まり、水元素は期待する効果が得にくい。風元素では火元素を強める結果になりかねないので、無難な土元素を選ぶ。

 闇属性の魔法で相殺させる手段もあるのだが、無暗に使うものでもない。それに、使いすぎて魔力が底をついては常に発動している古代魔法も解けてしまう。これまでそのようなことはなかったが、万が一に備えて温存しておきたいのが本音だ。


 文字を書き終わると、指を地面から離さずにアスタシオンを見上げる。既にアスタシオンの魔法は発動していて、土でできた障壁が地面から隆起していた。

 四元素の全てを使いこなすアスタシオンが得意としているのは風だ。それなのに、見事としか言いようのない土の壁を容易に生み出す。樹木の枝先と同じ厚みの土壁は、地形に大きな影響を与えない。それでいて、剣を突き刺しても鎧を纏った騎士志望の学生が体当たりしても崩れることはないのだ。


 触れている地面から微細な振動が伝わる。

 次いで、地面を駆ける足音。

 土壁によって行き先を制限された魔物が正面の樹々を潜り抜けて迫り来る。最初は暗い影。瞬きの間には蒼く揺らめく炎が迫っていた。

 振動と足音、そして目測で魔法が発動する地点に魔物が足をつくタイミングを予測する。


(3、2、1……今!!)


 地面についていた指先を跳ね上げる。

 同時に露出していた地面が音を立てて浮き上がり、魔物の足場を崩していく。


「殿下っ!!」

「任せて、オーレン」


 言葉とともに発動したアスタシオンの水魔法が崩れた足場だけを濡らす。あっという間に抜かるんだ泥になったそこに、マルティエナが浮かび上がらせていた土を降らした。


「ごめんね」


 四本の足が泥にはまって身動きの取れなくなった魔物を前に、マルティエナは腰に下げていた細身の剣を抜く。


 魔物とは魔力暴走を起こした動物の成れの果て。

 そして、今回の討伐対象は火馬だった。全身に蒼い炎を纏って暴れる魔物は興奮して自我を失っている。魔物になった生き物は皆そうだ。


 元々、自然の中で生きる動物は身に宿る魔力が多い。そして、精霊との共鳴も人間とは比べものにならないのだ。何らかの要因で魔力暴走を引き起こしてしまえば、己の魔力が尽きるまで暴れ回る。精霊と共鳴し続けるそれは人間にとって災害だ。


 風元素の魔物ならば強風であらゆる物を飛散して破壊する。

 水元素の魔物ならば大雨で水浸しにして歪ませる。

 土元素の魔物ならば地形そのものを変えて道すら無くす。

 火元素の魔物ならば草木や木造の家屋を焼き払う。


 その為、人々の生活を守るためにも早急な討伐が求められている。


 引き抜いた剣に文字を印す。剣身に纏わせるのは闇の魔力。その上には水と土の魔法も重ね掛けていく。


 魔物は全身から元素を放出する。それはぬかるんだ泥に漬かっている足も同じで、放たれ続ける炎が水分を蒸発させて、あっという間に乾燥した土に変えていく。

 マルティエナが剣を構えて切りかかった時には、火馬は前足を地面から離して勢いよく蹴り上げていた。


 剣先が広がる炎に沈んで、火馬の体へ。そうして刺さる直前――――目が合った。

 煌々と燃え盛る炎の奥に覗く白茶の毛並みに覆われた黒く潤んだ瞳。伺えたのは、苦しさと悲願。治まらない精霊との共鳴に身を焼かれながら、救いを求めていた。

 咄嗟に切っ先をずらして空を切る。


「オーレン!?」


 心配の滲んだ驚きが耳に届いた。


(すみません、殿下)


 心の中で謝罪を口にする。


 文字は実体にしか書けない、なんてことはない。

 指先に魔力を集中させて素早く動かす。触れることができない炎に、目に見えない風に、その内に潜んでいる精霊へとマルティエナ自身の意志を伝える為に文字を刻む。


 耐性のついたローブと手袋をしているとはいえ、炎の中は熱い。苦しくなる呼吸に、脳がくらくらと揺さぶられる。

 歯を食いしばって発動させた魔法は、完全なる闇だ。

 青白い炎の中で、どこまでも黒い闇がマルティエナの手のひらに渦巻く。

 今度はそれを薄く広げて足元も含めた覆いをつくる。


「安心して。私と少し休もう」


 伸ばした腕の輪郭すら分からない闇の中、唯一の灯りとなった炎を頼りに火馬の肌へと滑らせる。

 硬くずっしりとした筋肉を手のひらで感じ、手の甲にはふわふわの立髪が触れた。


 闇は時の歩みを止めて永遠の眠りへと誘う。生命の終わりは誰もが恐るが、毎日訪れる闇夜の眠りは心休まるものだ。

 闇の訪れとともに活動を止めて眠りにつくのは、精霊しかり皆同じ。

 教会の教えが正しく世の理であれば、魔物が眠りにつくまで闇魔法が保てばいい。


 術者自身に影響が生じるのも闇属性が忌避される一つの要因である。


 朧げになる視界に断続的な意識。

 結果を残さなければ評価はないし、アスタシオンに後始末を任せてしまう。そんな一種の賭けでも、思い立ったら体が動いていた。


 じりじりと肌を焦がしていた熱が引いていく。蒼い燈の輝きが闇に呑まれていく。完全に消滅するのを見届けることなく一面を覆う闇が晴れた。


 視界に映るのは白く、清々しい青の空。

 樹木の葉の落ち切った枝が所々で伸びている。

 火馬の甘えたいななきが聞こえて、手を頭上へと掲げる。すりすりと鼻を寄せてくる仕草にマルティエナも目を細める。実習中だというのに、このまま一眠りしたい気分だった。


 ざり、と土を踏む音が近づく。

 眩しい視界に人影が落ちる。その人はしゃがみ込むことはせず、ただ真っすぐに手を下した。


「魔物の討伐は君にとって悪かい? オーレン」


 火馬には触れていない左手でその手を掴む。

 そうして立ち上がったはいいものの、思うように力が入らない。体勢を崩したマルティエナの肩を支えたアスタシオンは複雑そうに笑った。

 第二王子として尋ねているのではなく、アスタシオン自身の純粋な問いかけだ。だからこそ、マルティエナも緩み切った顔で笑い返す。


「殿下、そこに善悪はないと思います。私達の生活を守るためにも、動物の住処を守るためにも。討伐は早い方がいい」

「それでも君は手を下さなかったね」

「助けを求められていることに気づいてしまえば、助けずにいられませんでした。すみません」

「いいんじゃない? オーレンらしいよ」


(――らしい、か)


 決して兄ならどうするかを意識したわけではない。

 最近は特にそうだ。兄を演じるという意識は消えつつあり、何も気負うことなく日々を過ごしていた。


 そんな自分をアスタシオンからはマティアス・オーレンらしいと思ってもらえたことに、少しばかりの歯痒さを感じながらも嬉しく思った――





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