14.師にまつわる噂の真相
「カムデン君は今日も欠席ですか……困りましたね」
セルベスタの苦い笑みが向けられる。
マルティエナも眉を八の字に下げて、一向に埋まらない隣の席へと視線を投げた。
師弟揃っての合同魔法学講義は今日で三度目。
それなのに、一度たりとも師は姿を現さなかった。
代わりに教師がマルティエナの魔法を見てはアドバイスをくれるのだが、いつまでもこのままではいられない。
座学だけでなく魔法の習得と研鑽もする合同講義は魔力の素質でクラス分けされている。
そのためこの講堂にいる学生は全員闇属性を多かれ少なかれ有していることになる。その分人数はごく僅かで、合わせて十数人しかない。
生まれ持った闇属性によって威力は半減してしまうが、それでも四元素の魔法は扱える。
効率良く魔法を発動させるために枢機卿であるセルベスタが頻繁に指導しに来てくれているのだから、自分にばかり時間を割いてもらうのは他の学生に申し訳が立たないのだ。
「先生。許可していただけるのでしたら、師匠を探してきたいのですが……」
「構いませんが、行き先に心当たりでも?」
「一箇所だけ。そこにいなければお手上げなので戻ってきます」
微笑みで送り出されて人気のない廊下へと出る。そうしてマルティエナは長い息を吐き出した――
◇◇◇
螺旋状の階段を登って、筒状に縦に伸びた塔の上階へと辿り着く。
窓は全開になっていて涼しい風が吹き込んでいた。
窓枠へと手をかけると、身体を潜らせて接する建物の屋根に降り立つ。
人が歩くことを想定していない屋根を歩くのは初の試みだ。
緩やかな勾配のそこを慎重に歩いていくと、向かいの建物によって日陰になった場所に、マルティエナが探していた人物はいた。
(高いところが好きなんて猫みたい)
クレイグが仕入れてきた噂は本当だったらしい。
くすんだ水色のローブを下敷きにして、左腕を枕に昼寝している姿をしゃがみ込んで観察する。
講義中なのに起こさなかったのは、忍びなく思うほど気持ち良く寝入った姿が一枚の絵のようだったからだ。
前髪を後ろへ撫でつけているため、整った横顔がよく見える。鼻筋は高く、眉も一重の目も吊り上がっていて凛々しい。
後方へ流された短めの髪は固めきらずに跳ねていてるので、彼の風貌は噂されているような鋭い印象がある。
マルティエナには猫が警戒心から毛並みを逆立てているように見えてしまったのだが、寝入っている内に崩れたのか、そういうヘアスタイルなのか、どちらだろう。
触れてみたい好奇心から手が伸びるも、相手は初対面の先輩だ。寝込みを襲うような真似も良くない。
かざした手を引っ込めると、その下にあった閉じられていた瞳が鋭い眼光を飛ばしていた。
「なんだ、お前」
視線に合わさる尖った声は掠れた低音で、声が突き抜けただけで体の内が震えた。
けれど機嫌が悪い訳ではなさそうだ。元々低い声が寝起きで更に低くなっているだけだろうと受け取ったマルティエナは口を引き上げる。
「おはようございます、師匠。初めましてですね」
ラピスラズリの青。水底の青。明るい夜の空色。
紫の色も混じった濃い青が吊り上がった瞳の中を埋め尽くす。すっきりと綺麗な顔立ちなのに、如何せん眼力が強すぎて第一印象は怖がられそうだ。
「お前がオーレンか……」
「私の名を知ってくれていたのですね。改めて、マティアス・オーレンです。とりあえず2年間、よろしくお願いします」
親しくなれたらその後も。
そんな含みを持たせて、起き上がったコルスタンに手を差し出す。それを見下ろしたコルスタンが骨ばった厚みのある手を重たそうに上げたが、握られることなく宙を掴んだ。
「俺に弟子はいらねぇ。他の奴と変えてもらえ」
鋭い眼光がマルティエナを射す。言葉も態度も拒絶されているのに恐れを感じないのは、彼自身が悪役になり切れていないからだろう。優しさから生まれた躊躇いが見て取れる。
「私を案じてくださっているのですか?」
「馬鹿いうな」
「では問題ないですね。師匠、サボりは良くないので戻りましょう」
立ち上がって足場を確認したマルティエナが宙で固まったコルスタンの手首を掴むと、一思いに引き上げる。
とはいっても、マルティエナは男の体格に見せかけているだけの女だ。体格の良いコルスタンを易々と引っ張り立たせることはできないが、それでもコルスタンは些細な力に合わせて立ち上がってくれた。
「……お前、四元素は扱えるのか」
「はい。闇属性があるので、些細なものですが」
「なら俺は役に立たない。――四元素の魔法は発動しないからな」
出入り口代わりになっていた窓を閉め切る。
凪いでいた風が遮断されて、古びた物置になって人が寄り付かないお飾りの塔から音が消えた。
皮肉に歪んだ口元がマルティエナの目の前にある。視線だけで見上げると、暗く陰った青い瞳が余所を向く。
光属性は四元素の威力を増長させ、闇属性は減衰させる。
他でもないクレメン教会によって人々はそう教えられてきた。
(発動しない――ということは、魔力の歩みを止めるほどの減衰。無効化ってこと?)
それほどまでに生まれ持った闇属性の保有量が多いのだ。
無意識の内に視界の端で揺れる前髪へと指先を流し込む。
「俺を師匠なんて呼べないってわかっただろ? しょうがないから、俺から師弟を変えるよう言ってやるよ」
一瞬の沈黙にも耐えかねた冷笑が静まった塔に響く。
大きな手が額に当てられて陰ったため歪んだ口元しか見えないが、蔑まれているのが自分ではないのは確かだ。
「師匠は優秀な闇属性魔法の使い手なのでしょう?」
問いかけても、コルスタンは肯定も否定もしない。それは、肯定と同義だ。
「使い方を誤れば危険ですが、過ちは侵さないと見做されて私達は学院にいる。友人が私にくれた言葉です。ですから、私は師匠の元で闇属性魔法を学びたい。従順な姿勢も見せておきたいですしね」
相手は学院を運営するヴァルトセレーノ王国そのものとクレメン教会だ。
何の目的で闇属性魔法の使い手を育てるのかは想像したくもないが、逃れることもできない。身の安全を考えるなら、危険視されていないうちから従順でいるべきではないか。
どちらにせよ、日々闇の古代魔法を使って自分を偽っているマルティエナは後戻りができないところにいる。
「お前軟弱な顔して肝が据わってんな」
「……無事に爵位を継ぐための努力は惜しみませんから」
軟弱とは失礼だと反論したいところだが、口に出せずに終わる。
相手は服を着こんでいても身体を鍛えていると一目瞭然で、どこもかしこも厚みが違う。それでも細身に見えるのは身長に対して足が異様に長いからだろうか。
男子学生は必修の剣術講義がある。マルティエナも周りの男たちに喰らいついていくためにエルジオ指導の元で体を鍛えているのだが、努力を積んだところでコルスタンには相手にもされないだろう。
悔しくはあるが、本来の兄がそもそも筋肉質とは程遠い。貴族の心得として一通りの剣術は学んでいたが、上手く受け流して隙を探るタイプなのだ。
兄が戻ってきても評価が変わらないことには目を瞑ろう。
「四元素は他の奴から習えよ。お前には必要になる」
「わかりました。何人か当てがあるので問題ありません」
人も動物も須らく四元素を有しているが、魔力の素質は均一ではない。それぞれに得手不得手があり、大抵は一つか二つの元素に特化した魔法の使い手となる。
クレイグにカスト、そしてアレッタは得意な元素が分かれているし、四元素と光属性全てを掘り下げて学ぶエレノアもいる。最悪、ネヴィルに聞けば得意気に教えてくれるはずだ。
セルベスタからは、いつでも個人研究室に尋ねにきて良いと言われているので、学生の特権を最大限利用してもいい。
弟子として認めてくれたことに満足したマルティエナが目を細める。
そうして、わざとらしく鼻をならして螺旋階段を駆け下りていくコルスタンの広い背中を追った――




