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『マティアス・オーレン』の行方 〜ところで、兄はいつ戻ってくるのでしょう?〜  作者: 青葉 ユウ
-- Chapter 1 --

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13.好意の返し方



 講義を終えて早々と帰路に着いたマルティエナは、カーチェが淹れてくれた紅茶を飲みながら向かい合うエルジオに助言を求めていた。


「好意を寄せてくれる女性への対応……ですか?」

「そう。どうしたらいいと思う?」


 困惑気味のエルジオに尋ねるマルティエナはいたって真剣である。


 兄の振りをしていても兄ではない。

 そんなマルティエナが兄としてアレッタと恋仲になることも、それを断ることもすべきではない。

 もちろん兄が戻ってこれば喜んで彼女を薦められるし、兄に好感を抱かない女性はいないはず。


 そうは思っていても、マルティエナの希望が混じる予測でしかない。どちらにせよ兄の戻りを待つことになるが、それまでの間、積極的なアレッタのアプローチにどう接していけばよいのか分からずにいた。


「失礼ですが、お相手の方との経緯を伺っても?」


 僅かの時間瞠目したエルジオの瞳が開かれる。大きな決断をした後の気合いが込められた眼差しだ。

 子どもの言い分を聞いてから躾ける親のような雰囲気を感じて、特別なことは何もしてないけれど、とよく分からない前置きをしてしまう。


「ラングロア侯爵家の次女のアレッタ嬢だよ。以前、カーチェを気にかけてくれたでしょう? それから親しくなってね」


 試験明けにダレンに絡まれた一件の後、講堂内にいる者達の密かな騒めきが落ち着いた頃を見計らって声をかけてくれたのだ。「女性が一人では心細いこともあるでしょうから、いつでも我が家の使用人を訪ねてくださいませ」と。

 元々はすれ違う際に挨拶する程度の間柄。

 それなのに、名も姿も知らないカーチェを気にかけてくれたアレッタに感謝とともに好感をもったのだ。

 以降は挨拶以外にも積極的に会話をするようになって、今に至る訳だが。


 普通の友好関係を築いていたつもりだったんだけど、とマルティエナが首を捻る。

 そんな中で一際陽気な声が場を明るく塗り替えた。


「ラングロア様だったのですね! 私、もしかしたらと思っていましたの。女性のお心を射止めるだなんて流石ご主人様ですわ!」


 言葉の全てが嬉しそうに弾む。

 真剣に悩んでいた二人と同一の話題とは思えない喋り方だが、それも彼女らしい。


「カーチェ、もしかしたらとは?」


 表に出す感情が決められないマルティエナに代わってエルジオが口火を切った。


「ラングロア様にお仕えするメイドのモニカさんと何度かお会いしていますが、ご主人様のことを知りたがっていましたので」

「例えば?」

「香りの好みを聞かれましたのでお答えしました。そうしましたら、昨日に複数のサンプルをいただきまして、お一つ選びましたわ」

「ああ、だからかな? 今日はアレッタ嬢の香りがこれまでとは違ったんだよね。私の好きな香りだったよ」

「良かったです〜。私も嗅いだ瞬間にピンときたんですよ! ご主人様が絶対に気に入られると思いましたもの! ……なんですか、エルジオ」


 脱線しそうな予感のしたエルジオが二人の会話を塞ぐために手を伸ばした。


 マルティエナの悩みはカーチェに任せるべき時とそうでない時がある。

 今回ばかりはカーチェに任せてはいけないと、エルジオだけが経験から理解していた。



「落ち着きましょう。それはラングロア様がマティアス様に好意を抱いた後の行動でしょう。聞く限りでは親しくされた日が浅すぎますから、何かがあったはずです。思い当たりませんか?」


 ぱちぱちと瞬いてから視線を伏せたマルティエナに、更に言葉を足す。


「貴女様も最初は名で呼んではいなかったでしょう。きっかけはいつです?」

「きっかけ? 陽が沈んだ頃にアレッタ嬢に会ったから寮まで送り届けたんだよね。その時に名で呼んでほしいと話してくれて、互いにそうしたよ」

「ラングロア様はお一人だったのですか?」

「一人……というか、一人でいた彼女を心配した数人の上級生が声をかけていたところでね。私には困っているように見えたから間に入って、彼女のことは私に任せてもらったよ」

「それで、どうされたのですか」


 エルジオには既に確信があった。

 口を開きたくてうずうずしているカーチェを手で制して、続きを促していく。


「思った通り、アレッタ嬢は迷惑していたみたいだから、一人で出歩かないほうが良いと話したよ」

「他にはなんと?」

「困ったことがあればいつでも私を呼んでって言ったかな。もちろん、用がなくても呼んでくれるだけで私は嬉しいとも伝えたよ」


 それがどうかした? と言いたそうな表情に頭を抱えたくなる。

 カーチェはひたすらに賞賛したいようだが、エルジオは反対だ。


 ただ単に言葉を発しただけでなく、彼女のいうところの()()()に伝えたのだろう。

 無自覚が過ぎる。

 尊敬する兄に対する熱意の一部を受け取り手の気持ちに割いてほしい。


「失礼ながら率直に申し上げますと、ラングロア様は既に成熟された容姿と大人びた顔立ちで、異性から妖艶な印象を抱かれやすい美しいお方ですよね」

「確かにそうだけど、見かけたことあるの?」

「使用人の情報網を甘くみてはいけませんよ。ラングロア様の美しさは我々の間でも有名です」


 素直に黙っているカーチェの眉間が寄せられた。

 汚らわしいものを見るような顔を止めてほしい。そう視線で訴えても彼女には全く伝わらない。


「お一人でいるラングロア様に声をかける男性は多かれ少なかれ下心があると思われます。けれど、貴女様にはそれがない」

「それは――当然じゃない?」


 流れる前髪へと指先を添わせたマルティエナに、エルジオも神妙な面持ちで頷く。


「そこです。貴女様にとっては当然ですが、ラングロア様にとっては稀有な方に感じられたはず。どこまでも紳士で女性に優しく、人柄も成績も良い。結婚相手とみても充分釣り合っています」

「ええ、ええ。その通りですわ! ご主人様のような素敵なお方は滅多にいらっしゃらないでしょう!」


 とうとう我慢ができなくなったらしい。微笑ましくカーチェを見たマルティエナは照れ隠しのように口元を引き結ぶが、次ぐ言葉は冷静だ。


「では、どうしたらいいと思う?」

「以前もお話さしあげたように、物事には限度というものがあります。傍から見れば女性を口説いているようにも思えるでしょうから、少しだけ言動を抑えてみてはいかがです?」

「まあ! なんてことを!!」

「カーチェ。落ち着いてください」


 これまた良い機会が巡ってきたと、以前断念した話題を掘り返す。

 再度カーチェに邪魔をされては困るので口を閉じさせて、マルティエナの反応を見る。けれども、エルジオはすぐに失敗だと気づいた。


「私は男性にも同じように接しているよ? 明らかに女性を口説こうとしているクレイグと違って、関心したことを伝えているだけだから問題ないと思うけど」


 今度の敗因はクレイグだ。


(所詮は女タラシの友人は同類ということか……おのれ!!)


 到底口には出せない言葉でクレイグを罵る。そこに本来の主人を含めることも忘れない。


「それに、私が言うのもなんだけど、お兄様に好感を持たない女性はいないんじゃないかな」

「……そうでしょうとも!!」


 半ば投げやりに同意する。

 エルジオにとって、ある意味ここは敵地だ。上方修正された『マティアス・オーレン』を元に考えているマルティエナとカーチェに一介の男が太刀打ちできるわけがない。

 終わりの見えない学院生活を円滑にするためにも二人から寄られる信頼を保ちつつ、事を運ぶ必要があるのだ。


「アレッタ嬢とはお兄様が戻るまで親しい友人として過ごしたいし、他の男性にも視野を向けてほしい。お兄様の婚約者になってもならなくても必要なことでしょう?」

「では、こうされるのは如何ですか――――」


 妥協点を探して提案を繰り出すエルジオに、納得するマルティエナ。そこにカーチェの余計な一言が加わって、長い会議は続くのだった。




 ◇◇◇



 翌日。


「――アレッタさん? どうしたの、どこか痛むの!?」


 女子寮棟ホールの柱に隠れるようにもたれ掛かるアレッタに気づいたエレノアが声をかける。

 立っているのも辛そうなほど弱々しく、頬は紅潮していて、瞳も涙で潤んでいる。


 駆け寄ったエレノアが、優しくアレッタの背中を撫でた。


「エレノア様……違うのです。私……」


 か細く震えた、弱々しい声だった。


「私、マティアス様に相手にされていないのか、それとも好意を向けてもらえているのか見当もつかないのですわ!!」


 けれども、続く言葉は息巻いていて。

 今すぐにでも先生を呼ぼうと焦っていたエレノアの気持ちが吹き飛んでいく。


「へ?? マティアス君? ……と何かあったの」


 ほろほろと頬を濡らす涙にハンカチを当てたアレッタが、涙を拭いながら瞼を下げる。


「うぅ……私を親しい友人と思っていると。他の殿方にも目を向けるようにと仰られましたのに……」

「う、うん?」

「その上で私を選んでくれたら心から嬉しいと!! 私の! 私の手をとって……口付けをされたのですわ!!」

「…………」


(マティアス君ならやりかねない)


 実際、エレノア自身も彼の無意識に近い距離感に鼓動が速まった経験が多々あるのだ。

 親しい()()の手をとる姿を簡単に想像できてしまい、押し黙る。


「無理ですわ。マティアス様以上のお方なんていらっしゃいません!!」


 そうして取り乱すアレッタの背を摩りながら、エレノアは心から同情するのだった。



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