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『マティアス・オーレン』の行方 〜ところで、兄はいつ戻ってくるのでしょう?〜  作者: 青葉 ユウ
-- Chapter 1 --

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10.闇に芽吹く疑念



 光属性の魔力を有していれば歓迎される。反対に闇属性の魔力は忌避し、嫌厭される。

 それはヴァルトセレーノ王国の常であり、クレメン教会の思し召しでもある。


 生命は皆、進化を求めている。光の神がその成長を見守り、更なる変化を促してくれる。

けれども、闇の神はその全てを止める。


 魔法であっても同じこと。

 光属性は四元素の威力を増長させ、闇属性は減衰させる。


 それでも四元素と切り離された属性魔法があったので闇属性を有する魔法士も数少なに活躍していた。

 けれど、長い年月のうちに劣悪な環境へと追いやられていたらしい。ヴァルトセレーノ王国とクレメン教会を筆頭に、軽視し裾に扱われる風潮に耐えかねた闇属性の魔法士が内乱を起こしたのだ。


 早々に収束した内乱による王国の被害は、人数の圧倒的な利があったにも関わらず甚大だった。なにより、底辺だと見下していた闇属性の魔法士に光の神と精霊の恩恵を一身に受けている光属性の魔法士が窮地に立たされたことで、権威も体裁も失墜しかけていた。

 結果として、捕らえた者は見せしめとして一人残らず処刑されたが、内乱を引き起こした大半は失踪。300年余りが経った今でも、彼等の影一つ見当たらないらしい。


 そんな過去をもつヴァルトセレーノ王国とクレメン教会は、内乱後に闇属性に対する認識を改めるのではなく、より危険視するようになった。

 当時闇属性を有していた者は内乱に関与していなくとも疑い、監視し、処罰の対象にしたと云われている。


 誰もが身に宿す四元素とは異なり、光属性と闇属性は生まれ持った極一部の素質だ。何より、子に遺伝しない。

 闇属性を有しているからといって現在はそこまでの扱いを受けないが、既に国民の意識には忌避すべきものとして根付いていた。



 そんな時代にある悲劇が起きた。

 取り分け強力な闇属性の素質を有する子を授かった侯爵家当主が、失踪した闇属性の魔法士集団〈ドルミオス〉と裏で繋がっているとして、国家反逆の罪で取り押さえられたのだ。


 証拠不十分で刑罰を免れたが、かけられた疑いは晴れないままだった。

 結果、歴史ある侯爵家でありながら貴族社会から炙り出されて、陥った状況に耐えかねた侯爵は屋敷諸共心中する選択をした。

 朽ち果てる屋敷の中でも生き残った一人息子が爵位を継承したが、年齢が幼いこと、なにより未知数の闇属性を秘めていることから国の保護下で過ごすことになる。

 つまりは保護という名目の監視であり、名ばかりの爵位なのだ。


 その当本人こそが、コルスタン・カムデン。

 『マティアス・オーレン』の魔法学における師である。


 貴族であれば、誰もが知っている。

 貴族でなくとも王都に住んでいれば聞き覚えがあるし、地方にいても耳に届いたことはあるだろう。

 300年間音沙汰なかった不穏の集団が遂に動き出したと皆が恐れたのである。



 明日は我が身だと、父は言う。

 そうならないために品行方正に、貴族の誇りを忘れずに、勤勉で実直に。

 地位ある者を味方につけなさいとも言った。

 出来得ることなら第二王子を。万が一冤罪をかけられた場合に、味方とまでは言わずとも公正な判断ができる者を。いずれ己の意を国政に反映できる地位につきそうな者を。


 それは全て状況に応じて変わってしまう、確たるものなどない、心情に訴えかけるだけのもの。


 だから兄は失踪したのだろうか。

 父の言う通りに日々を過ごしても意味はないと。早々と見切りをつけて、自由な人生を送るために。それができる能力が兄にはある。


 けれど、違うのだろう。

 兄なら出来得る選択肢だが、兄はそんな選択をしない。もっと、容易には想像がつかない込み入った事情があるはずだ。



 コルスタンが一体どのような人物なのか、知る者はいない。

 彼が学院に入学してようやく、視線で人を殺すだとか、誰彼構わず噛み付く狂人だとか、中身のない噂が社交界に飛び交い始めたらしい。


 マルティエナは周囲の人々がどんな目で己を見てくるかをよく知っている。闇属性を有すると知った瞬間に反転する態度も身に染みている。忌避すべきと根付いた感情はどうしようもないと分かっていても、内心辟易していた。

 だからこそ、周囲の目を気にせずにマイペースに、そして楽観的に過ごすことでマルティエナは自分自身を守るのだ。


(その人の辛さを、私はどれくらい経験したのかな……)


 一割にも満たない。ありきたりな言葉では表現のできない感情が彼の内にあるのだろう。

 マルティエナはこれまでの人生を幸せだったと断言できる。心優しい両親がいて、尊敬する兄がいて、偏見を持たずに仕えてくれる使用人がいる。

 きっと、共感することはできない。

 内情を理解することもできない。

 上っ面にしかならないものを、望んでいるとも思えない。


 それでもいいのなら――


(私だったら、ただ一人の人として普通に接してほしい、かな)


 明日は我が身だと、父は言った。

コルスタンと関わらなくともそうなのだから、関わったところで大差ない。



(それに、本当に不思議なことは他にあるしね)


 ヴァルトセレーノ王立魔法学院は国によって管理されている。そこに、クレメン教会からの絶大な支援がある。


 闇属性を危険視するのなら、そもそも入学させなければ良いものを。

 魔法学を学ぶ機会を根こそぎ奪えばいい。それなのに入学を受け入れて高度な知識を学ばせる。国の保護下にいるコルスタンが通っているということは相応の理由があるのだ。


 闇属性を有する者同士を師弟に定めるのも疑問が残る。

 闇の属性魔法は世の歩みを破壊することすら可能な危険な代物だとしたうえで、互いの成長を促す師弟にするだなんて、属性魔法を強める結果になるではないか。


(……これ以上は駄目。踏み込んだらいけないことだった)


 導き出せる結論を実際に言葉にしてしまえば取り返しのつかないことになる。


 マルティエナの望みは、尊敬する兄がその名に傷一つつけることなく伯爵当主になることだ。生まれ持った素質のせいでそれができないなんて、認めたくない。

 国や教会の思惑がどうであれ、それさえ叶えば良い。深入りしすぎず、次期伯爵としての足場固めを着実に進める。兄が伯爵になってからも、良好な領地経営を徹底して領民を守る。家族と伯爵領の変わらぬ安寧を。それがオーレン伯爵家で生まれ育ったマルティエナの望み。


 そのためには、やはり父の案は失策ではないだろうか。

 師弟関係の解消を求める申出書の提出は確実に目立つ。枢機卿であるセルベスタが取りまとめるだろうから、良かれと思っての行動が裏目に出る可能性もある。



「そろそろ帰らないと、カーチェが心配するかな?」


 遠くの空との境を見渡すと、既に陽の姿は見えない。沈んでからも空を温かに染める陽光すら隠れてしまった。


 行き急ぐ人々の歩みを止める、安らぎであるはずの闇夜の時間だ。

 誰もが夕食の席につく今、庭園にはマルティエナの姿しかない――――普段ならそうだったのだが、今日は違うらしい。


 庭園を出ようと歩くマルティエナとは反対に、奥へと歩みを進める人物に会釈する。

 仄かな灯りしかない闇夜でも、誰かははっきりと分かった。

 同学年で、基礎科目も同じクラス。なにより、歩くという誰しもが行う所作でも醸し出す雰囲気が異なるからだ。


「ごきげんよう、殿下」

「やあ、オーレン。遅くまでご苦労様」


 立ち止まって会釈をしたマルティエナの側まで変わらぬ歩調で歩み寄ったアスタシオンが肩を叩いた。

 その指先に力が入ったのが、生地の厚い上着越しでも伝わる。


「これから帰るのかい?」

「はい。殿下は……既に湯浴みも済ませているのですね」

「ああ、風が心地良いから涼みにね」


 普段は一括りでまとめている金の髪が、湿り気を帯びたまま肩先で揺れる。僅かな風に煽られて石鹸の香りがマルティエナの元へ流れくる。


 首元の開いたラフなシャツに、細身のスラックスというスタイルの良さが現れる格好だ。黒地で染まる装いでも、瞳と同じ深いエメラルドの耳飾りは常にアスタシオンの両耳を彩っている。それだけでも品のある華やかさが伝わってきて、マルティエナは声に出さず感心してしまう。


「今日から魔法学が始まったけれど、オーレンも皆と同様に楽しみにしていた?」

「ええ、もちろん。実力の有無はともかく、精霊との交流を図れる貴重な機会を心待ちにしていました」

「そう。努力を怠らない君のことだ。きっと魔法学でも良い成績を残すのだろうね」

「そうなれるよう精進します」


 個々の魔力適正は現時点では公にされていない。

 光属性なら自慢話になるが、聞かれない限り自主的に発言することでもない。

 貴族の令息令嬢の中には小耳に挟んだ者もいるだろうが、いずれ知れ渡る事実を大声で言いふらしたところで得はない。『マティアス・オーレン』が闇属性を有していることを知らない者も多いだろう。


 けれど、第二王子までもが知らないなんて有り得ない。

 努力はする。しかし、魔法学で良い成績を残すだなんて無理なことを、と思わずにはいられない。


 雰囲気から察するに、アスタシオンも長話をする気はないようだ。

 苦い感情を奥歯で噛みしめて微笑むと、再び腰を折って礼をする。


「オーレン。最後にひとつ、君に言葉を送ろう」


 頭を上げてアスタシオンと目線を合わせる。

 慈悲の塊のような、生暖かい眼差しだった。


 静寂の夜を満たす冷気が、喉の奥を冷たく刺激する。



「私の兄には接触するな。――――これは君の身を案じての、私からの忠告だよ?」



 真っ直ぐに下ろされた陽光のような髪は、顔をほんの少し傾けただけでもさらさらと心地良く流れていく。

 囁かれたアスタシオンの言葉は、そんな風にマルティエナの元へ流れ着いた。


 吐息交じりの一音一音が耳に残る。

 消えることのない深みのある余韻が、マルティエナの息を止めさせた――







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