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【桃太郎】暗黒神の使い、桃太郎

「ここが絶望郷か……」


 船から降りた一人の青年が、潮風の香りを嗅ぐように目を細めます。彼の名前は桃太郎。そして、ここは絶望郷ではなく鬼ヶ島です。


「旦那~! ついにやって来たんですね~!」


 桃太郎の足元で、犬が尻尾を降りながら跳ね回っています。


「旦那の必殺技『ブラッド・ピーチスプラッシュ』が炸裂するの、楽しみです! あれを受けたら鬼なんかひとたまりもありませんよ!」


「かの血濡れの秘術は、本来は使わぬ方がよいのだがな。あれは世界の均衡の一部を崩し、大いなる災いを……」


 桃太郎はくどくどと演説を始めます。それは居眠りをしてしまいそうなくらい退屈な内容でしたが、犬は憧れのこもった表情で彼を見つめていました。


 二人がこの鬼ヶ島にやって来たのは、村を荒らし金目のものを奪っていく鬼たちを退治するためです。


 本当なら後二匹、サルとキジもいたのですが、サルは「こんな変な奴と組めるか!」と言ってきび団子を貰うだけ貰ってさっさと行方をくらまし、キジは「もう面倒見切れん」と嘆きながら鬼ヶ島に到着する直前に、どこかへと飛んでいってしまったのでした。


 かくして鬼退治のメンバーは一人と一匹――言動の怪しい桃太郎と彼を盲信する犬だけになってしまいました。


 けれど、彼らは気にしていません。桃太郎曰く、「暗黒神に選ばれし者には試練がつきものだ」だからです。


「誰だ、そこにいるのは!」


 上陸した一人と一匹に、さっそく第一島民が声をかけてきます。見張りでしょうか。頭から角が生えた青鬼です。


「来ましたよ、旦那!」


 犬がはしゃぎ回ります。


「やっちゃってください!」

「よし、下がっていろ。お前まで粉微塵にしてしまってはかなわんからな」

「粉微塵だと?」


 怪訝な顔をする鬼を余所に、桃太郎は手を空高く掲げました。


「唸れ、我が右手! 今こそ暗黒神に授けられし力、ブラッド・ピーチスプラッシュを解放する時……!」


 桃太郎は厳かに詠唱を始めます。その顔が苦痛に歪んでいきました。まるで、拷問にでも耐えているかのような表情です。


 しかし、重々しく振る舞う桃太郎とは対照的に、辺りに異変が起こったような様子はありません。のどかな磯は平和そのものといった様子です。


 鬼が困惑しながら立ち尽くしていると、やがて桃太郎は肩で息をしながら膝をつきました。


「くっ……貴様、命拾いしたな。暗黒神は、『今はその時ではない』と仰せだ。……散れ」


「何を言っているんだ、こいつは……」


 理解不能な言動ばかりを繰り返す桃太郎に、鬼はドン引きしています。人里を襲うならず者ではありますが、少なくとも桃太郎よりは現実的な思考回路の持ち主のようでした。


「こんな奴を野放しにしておいたら、島の風紀が乱れるぞ。……おやぶーん! 何かヤバそうな奴がやって来やしたぜ!」


 桃太郎を危険人物と見なした鬼は、大慌てで駆けていきます。息を整えた桃太郎は、「追うぞ」と言いながら、無駄に長い刀を片手に追跡を始めました。その後を犬がウキウキしながらお供します。


「なるほど、見逃したと見せかけて、あいつらのアジトでドカンとやって、一網打尽にする作戦ですね! 冴えてる、旦那!」


「ふっ……。これも暗黒神の導きによるものだ」


 巧みに言い訳する桃太郎の前を走っていた鬼は、やがて大きな洞窟の中に入っていきます。中には何匹もの仲間がいて、その奥の立派な椅子に、大将らしき鬼が腰かけていました。


「何だ? 何事だ?」


 闖入者ちんにゅうしゃたちを見た大将が目を丸くします。桃太郎は不敵に笑いました。


「我こそは破壊の権化! 暗黒神の加護を受けし闇色の一閃を受けてみよ! ブラッド・ピーチスプラッシュ!」


 桃太郎が大げさな身振りで刀を左右に振ります。大将を始め、近くにいた鬼たちは震え上がりました。


「おい、何だ、こいつは!」

「分かりませんけど、ヤバい奴ってことだけは確かです!」

「早く追い出せ! うちの若いのがマネしたらどうするんだ!」


 大将が危惧したとおり、鬼たちの中でも年少の者は、桃太郎のことをキラキラした目で見つめ始めていました。


「暗黒神だって! かっこいー! 鬼なんかよりずっといいじゃん」

「頼んだら弟子にしてくれないかな?」


 将来有望な若者たちを、こんなおかしな男に取られてしまっては一大事です。辺りにいた鬼たちは、桃太郎に飛びかかろうとしました。


 けれど、犬が身をていしてその攻撃を防ぎます。


「旦那の邪魔はさせない! お前たちまとめて、暗黒神の餌食になっちゃえばいいんだ!」


「くそっ! こいつ、すっかり洗脳されてやがる!」


 思ったより事態は深刻なのかもしれない、と判断したのでしょうか。「しょうがねえ」と、大将が忌々しそうに呟きます。


「これ以上こいつらに島に居座られたら、仲間たちにおかしな思想が広まりかねん。奪ったものを返して、とっとと帰ってもらえ!」


 こうして桃太郎は無事に金品を取り戻し、村へと帰還することができました。


 一方の鬼たちはというと、鬼ヶ島周辺の村を縄張りにしていると、また桃太郎が乗り込んでくる危険があるかもしれないと思い、さっさと引っ越すことを決意します。


 その結果、村には平和が訪れました。後に桃太郎は無血で鬼から降伏を引き出したことを自慢するように、自らの必殺技の名前を『ブラッドレス・ピーチスプラッシュ』に変更したそうです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 無血でミッションコンプリート!! 桃太郎の旦那さすがっす!!(´艸`*)
[良い点] 中二病の蔓延を防ぐための鬼の判断……。 賢明ですね!
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