【赤ずきん】✝深紅の炎を抱きし無垢なる女神✝
「おばあさん、赤ずきんよ」
病気のおばあさんのお見舞いにやって来た赤ずきんちゃんは、森の中にある家の扉を元気よく開けました。寝室に行くと、いつものようにおばあさんがベッドの中で横になっています。
「ああ、ありがとう、赤ずきん」
ベッドの中から返事が返ってきます。しかし、それはおばあさんが発した声ではありませんでした。なんと、おばあさんは先ほど家に忍び込んで来たオオカミに食べられてしまっていたのです。
オオカミは、これから訪ねてくる赤ずきんちゃんのことも美味しくいただいてやろうとおばあさんに変装し、彼女を待ち構えていたのでした。
(しめしめ、赤ずきんが『おばあさんのお口は、どうしてそんなに大きいの?』と聞いてきたら、『それはお前を食べるためさ』と言って丸呑みにしてやろうじゃないか)
オオカミは目元まで毛布をすっぽり被りながらニヤニヤと笑っていました。ですが、赤ずきんちゃんはそんなことには気が付きません。いつもと少し違うように見えるおばあさんの顔を眺めながら、不思議そうに質問します。
「おばあさんのお耳は、どうしてそんなに大きいの?」
「それはね、お前の声をよく聞くためさ」
オオカミはおばあさんのしわがれた声を真似して答えます。
「おばあさんの目は、どうしてそんなに大きいの?」
「それはね、お前をよく見るためさ」
赤ずきんちゃんの二つ目の質問に、オオカミは舌なめずりをしながら答えます。赤ずきんちゃんの新鮮な肉のことを考えると、よだれが止まりません。
ですが、赤ずきんちゃんはオオカミが予想もしなかった行動に出たのでした。
「嬉しいわ、おばあさん! 病気が治ったのね!」
「……へ?」
抱き着いてくる赤ずきんちゃんに、オオカミは間の抜けた声で返事します。
「赤ずきん? 一体何を……」
「私、最初からそうじゃないかって思ってたの」
赤ずきんちゃんは嬉しそうに言いました。
「だっておばあさんは、いつもは私のことを『✝深紅の炎を抱きし無垢なる女神✝』って呼ぶんだもの。でも、今日は違ったわ」
「し、しん……?」
耳慣れない言葉にオオカミは呆けます。でも、赤ずきんちゃんは気にしません。
「それに、今までなら私が「おばあさんのお耳は、どうしてそんなに大きいの?」って聞いたら、「我が耳は冥府の主より給いし地獄耳。地の底に幽閉された亡者どもの呻き声を拾うもの……」って言っていたはずよ」
「ぐ、ぐれーとへる……。何?」
「それから、「おばあさんの目は、どうしてそんなに大きいの?」って質問にはきっと、「これは森羅万象を見据えし双眸だ。あまり近寄るなよ。女神にとって、良からぬものを見せるやもしれんからな」って答えるわ」
「ああ……それはそれは……」
オオカミは、自分はとんでもないものを食べてしまったのだと感じて、怖くなってきました。早くお腹の中のおばあさんを吐き出したくてたまりません。
ですが、赤ずきんちゃんのお話はまだ続きます。
「お父さんとお母さんは、それを病気のせいだって言って、このお家におばあさんを閉じ込めてしまったの。でも、やっと治ったのね! きっと二人とも喜ぶわ! さあ、うちに帰りましょう!」
「いや、でもね、赤ずきん……。あっ、そうだ! お前は、まだ何か聞かないといけないことが残っているんじゃないかい? ほら、「おばあさんのお口は、どうしてそんなに大きいの?」とか……」
こうなったら口直しに赤ずきんちゃんを食べるしかないとオオカミは思いました。
けれど、赤ずきんちゃんは首を横に振ります。
「そんなのいいわ。もうおばあさんの病気が治ったことは分かったんだから」
オオカミは赤ずきんちゃんに強引に引きずられていきました。
赤ずきんちゃんの家では、おばあさんの病気が治ったことに、お父さんもお母さんも大喜びです。
そして赤ずきんちゃんたちは、少し毛深くなったおばあさんといつまでも楽しく暮らしました。