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オレの未来の黒歴史が絶賛され過ぎな件

 子供二人の絶叫が響き渡った。

 あっという間に場が混乱に陥る。それもそのはず、今日はファンガレー王国のロード第二王子殿下のお茶会。

 十歳になった誕生日祝いと婚約者選定のために八歳から十二歳くらいまでの子息、令嬢が集められていた。何が起きたのだろうかと、不安で泣き出す少女もいる。

 場所は王宮内にある見通しの良い庭園で春らしい華やかなガーデンパーティ。

 和やかな雰囲気だったはずが、突然の悲鳴に皆が右往左往していた。子供が多いため余計に収拾がつかない。

 そんな中、遠巻きに見守っていた騎士達が駆けてくるのが見えた。

 声の主はロード殿下と、もう一人。女の子の声だ。

 婚約者候補達との顔合わせだからと離れていたオレもあわててロード殿下の元へ急いでいると。

 どんっと胸に衝撃が。

 攻撃を受けたのかと思ったが、それにしては良い匂いがしている。見下ろせばふわふわのプラチナブロンドと可愛らしい髪飾り。広がった菫色のドレス。

 この色は…、セストン公爵家のご令嬢レオノーラ。

 大抵のことには慌てないオレだが、頭の中が『何故』と『良い匂い』でいっぱいになって動けなくなった。

 振りほどいていいの?いや、頭半分低い華奢な女の子を振りほどくとか、転ばせたら怪我をしちゃいそうで怖い。

 しかし、レオノーラ嬢は公爵家のご令嬢でロード殿下の婚約者候補の中でもぶっちぎりの大本命。

 これ、王族や公爵に見られたらオレだけでなく親父の首も飛ぶのでは…。

「殿下、大丈夫で…、え?」

 場に駆けつけた騎士や侍従達がオレ達を見て同じように固まってしまう。

 いや、固まってないで助けて。

 オロオロしていると。

「大丈夫、すこし…、混乱しただけだ。毒物を口にしたわけでも誰かに攻撃されたわけでもない」

 ロード殿下が落ち着いた声で周囲に指示を出した。

「レオノーラ嬢をガーディと一緒に休ませてあげて」

「え、しかし…」

「セストン公爵には私のほうから説明をする。ガーディ、そのままレオノーラ嬢に付き添って。私はこの場を収めてから陛下に報告しなくてはいけないことがある」

 本当にいいの?という顔をロード殿下以外、この場にいた全員がしていたと思うが、殿下の言葉には逆らえない。

 侍従の案内でレオノーラ嬢とオレは客間のひとつに通された。


 さすが城内の客間、広いし調度品も豪華だ。

 普段ならばふっかふかのソファにテンション爆上がりだが、今は隣にレオノーラ嬢がいる。オレに抱き着いた後、ここに来るまでガタガタと震えっぱなしで歩くだけで精一杯。見かねて侍従か騎士に運んでもらおうかと提案したが、半狂乱で拒否された。

「嫌です、嫌です、ガーディ様のお側を離れたくありませんっ」

 九歳の女の子に泣きながら言われたら断れない。

 そのうち泣きつかれたのか眠ってしまった。

 天使が…、オレの膝を枕に眠っている。

 可愛い。

 いや、可愛いと知ってはいたが近くで見ても可愛い。めっちゃ可愛い。目を閉じていても可愛いって凄いな、睫毛も長い。

 ロード殿下の遊び相手に選ばれてから今日まで、一生懸命、訓練をしてきたご褒美だろうか。

 顔は全く似ていないが後ろ姿がロード殿下にそっくり。という理由で遊び相手に選ばれたオレ、ガーディはエリストン子爵家の三男。

 睨んでいると勘違いされるほど鋭い眼光で、そこまでの不細工ではないが、とにかく目つきが凶悪すぎる…らしい。そのため騎士団にでも入って剣の腕一本で生きていくしかないと考えていた。

 ゆえにロード殿下の替え玉役は特に抵抗もなかった。いずれは剣で生きていくのだ。今のうちから荒事に慣れておいたほうが良いし、大失敗をしなければ王宮に就職のコネができる。子爵家の三男ともなれば親父が用意できる賄賂も微々たる額だ。

 八歳で遊び相手に選ばれてから二年、今は護身術を中心に訓練をしている。ロード殿下の代わりに刺されることもあるかもしれないため、医術も少々。

 魔法も防御や強化を中心に習得している。派手な攻撃に憧れるが、残念ながら魔法には『魔力量』と『適性』がある。

 同じように訓練をしているが、防御魔法をあっという間に習得したのに対して、攻撃魔法…ファイヤーボールやエアバレットは虫も殺せない威力だった。

 騎士団での訓練は新鮮でもっといろいろと教えてほしいが、幼い頃から鍛えすぎると成長に偏りが出ることもある。

 オレはロード殿下の替え玉役なので、筋肉で太くなるのもダメで背もほぼ同じが望ましい。顔立ちはどうにもならないが後ろ姿に関しては気を使っている。同じ色の金髪は凶悪な顔に似合わずさらさら。

 指導官が言うには、子供とは思えない眼力と判断、理解力…とのことで今のところ評判は上々。眼力は天然ものだが、判断、理解力はアレだ、うちは兄弟が六人いるからな。上の失敗を見て学び、下の面倒をみながら自分も要領よくあれこれやりたいことを済ませなければいけない。

 レオノーラ嬢の寝顔を見ながらぼんやりしていると、セストン公爵家のメイドがやってきた。レオノーラ嬢の専属とのこと。

 これでお役御免かなと思ったら。

「私も詳しい話は聞いておりませんが、エリストン子爵令息を公爵家にご案内するようにと指示されております。エリストン子爵家には我が家より使者を送らせていただきますので、ご足労ですがこのままご同行願います」

「あの…、オ…、私はレオノーラ嬢とは面識がまったくないのですが…」

「ロード殿下から直接、指示されております」


 レオノーラが目覚めた時にガーディが側に居れば最悪の事態を避けられる。


 心当たりはないが『最悪の事態』などと言われたら断れない。

 オレはレオノーラ嬢と共に公爵家へと向かった。


 子爵家の何倍あるのだろうか…という広さの屋敷にドキドキしながらメイドの後をついて行く。レオノーラ嬢は今、メイドに抱えられていた。

 玄関から中に入ると、レオノーラ嬢に似た美しい女性が待っていた。公爵夫人だよなと挨拶をすると。

「ガーディ君ね。今日はレオノーラに付き添ってくれてありがとう」

 女神だ…。天使の母親は女神だった、神々しい。

「そんなに緊張しないでね。いずれ家族になるのだから」

「はい………、はい?」

「旦那様からのお手紙に書いてあったのよ。ガーディ君を公爵家に婿入りさせるって」

「………は?」

 急展開に理解が追いつかねぇっ。


 レオノーラ嬢は可愛らしかった。寝顔も可愛かったが目覚めた時の不安そうな顔、オレがいるとわかった瞬間のホッとした笑顔、そして自分が寝間着だと気づいて真っ赤になってしまったのも可愛い。

「ガーディ様の前なのに…、恥ずかしい」

 いや、可愛いです、寝間着姿でも最高に可愛らしい。

 高位貴族ならばたとえオレが十歳の子供でも令嬢の寝室には通さないので、ほぼ初対面でここまで信用されているの、怖い。婚約者決定っぽいのも怖い。

 オレの心の中は『可愛い』と『怖い』で大変なことになっているが、幸い顔には出ていないようだ。

「うふふ、レオナちゃんはガーディ君のことが本当に好きなのねぇ。良かったわね、お父様が婚約を調えてくださるそうよ」

「本当ですか!?嬉しい」

 きゃっきゃと花を飛ばしながら喜んでいる美人母娘。

 ここまでオレの意見一切聞かれていない。仮に聞かれたとして…、断るという選択肢はない。子爵家の三男が公爵家に婿入りなんて破格の良縁だ。公爵家は嫡男が継ぐだろうが、おそらくオレにも適当な爵位が用意される。

 そして公爵家との人脈はわが子爵家にも影響する。『公爵家と縁続き』というだけで扱いが変わってくる。

 貴族社会とはそういった世界だ。

 オレの意思を丸ごと無視されるのは面白くないが、レオノーラ嬢は可愛らしいし、今後、これ以上の縁談は望めない。

 なんて考えていると。

「レオナちゃんはガーディ君とどこで出会ったの?」

「それは…、ロード殿下と婚約した後です」

 ん?

「十歳でロード殿下と婚約をしたのですが…十六歳の時にパティという少女が現れて世界が変わってしまったのです」

 んんん?

「皆、パティに夢中になりました。そして私はやってもいない罪で投獄され…処刑されることになりました。その時、最初から最後まで私を守ろうとしてくださったのがガーディ様です」

 現在、十歳。レオノーラ嬢は九歳。来年、ロード殿下と婚約して、十六歳の年に周囲の者達が女に騙されて投獄、処刑?いや、それ、夢なのでは…。

 やけにリアルな夢ってたまにあるよな。

「ガーディ様は自身の命はどうなってもよいから私を守りたいと言ってくださいました」

 言ってない。

「二人で隣国に逃げようと…、抱きしめて下さいました」

 恥ずかしくて手を握るのも無理なのに?

「そして…、助からないとわかった時は一緒に死のうと…、生まれ変わったら一緒になろうと約束してくださったのです」

 ってか、夢の中のオレ、何、勝手に約束してんのーっ!?ものすごく重大なことではないか。

「まぁ、素敵。レオナちゃんの事を本当に愛してくれたのね」

「はい…、その時、将来の夢もたくさん話しました」

 新婚の間は二人だけでゆっくりと過ごそう。レオノーラの手料理を食べてみたいな。子供はたくさん欲しい。男兄弟ばかりだったから女の子も欲しいな。きっとレオノーラに似て美人になる。

 具体的な話に動悸が激しくなる。


 ヤバイヤバイヤバイ、レオノーラ嬢ってまさかの…、電波系?




 夢と妄想で初対面の男を婿に決めるとか恐ろしすぎる…と、思っていたが、翌日、それらがすべて『起こりうる未来』であると告げられた。

 公爵家に集まった者は今年十六歳になったヴェイル第一王子殿下、レオノーラ嬢の父、セストン公爵…に加えて、宰相と騎士団長までいる。

 大物達に紛れてうちの親父、エリストン子爵もいたが気配を完全に消している。息を潜めて成り行きを見守っている感じだ。

 そして昨日の騒ぎの当事者、ロード殿下とレオノーラ嬢、何故かオレ。

 子供が見た夢に大袈裟な…と思っていたが、どうやら夢とも言えないらしい。

 ロード殿下が落ち着いた様子で淡々と話す。

「未来の私は愚かにもパティなる毒婦に騙され、国を崩壊させるところだった」

 十六歳の時に貴族社会に突然、現れたパティという女…見た目は少女に見えたが中身は狡猾な魔女だった。

 とにかく男を騙すのがうまいようでロード殿下を筆頭に次々と高位貴族達が篭絡されていった。

 そしてパティは公爵家令嬢であり第二王子の婚約者レオノーラ嬢を徹底的に攻撃した。

 理由はおそらくレオノーラ嬢が一番高位で美しいから。

「兄上は二十二歳ですでに結婚されておりました。義姉上は兄上よりも二歳年上なので、攻撃対象に入らなかったのだと思います」

「そうだね。私の婚約者は隣国の姫で地位は申し分ないが、レオノーラ嬢に比べれば色合いも地味でおとなしい雰囲気だ」

 こげ茶色の髪色と瞳で派手な行動はあまり得意ではない。常にヴェイル殿下の影に隠れていた。とても美しい方だと聞いたことがあるが、人目を引くのはやはり大輪の花。

 ただ攻撃されないからといって毒牙にかかっていなかったわけではない。ヴェイル殿下達も何らかの影響を受けていた。

 そのためレオノーラ嬢を攻撃し始めたロード殿下をいさめる者がいなかった。

 ただ一人を除いては。

「ガーディだけが『おかしい』と…、そう、確かこんな事を言っていた」


 妖精のように美しいレオノーラ嬢よりも、未亡人みたいなババアのほうが可愛らしいって本気ですか?


「確かに…、レオナは生まれた時から妖精のように愛らしく美しいな」

 セストン公爵、やめてください、オレの発言を復唱しないで。

「パティと顔を合わせた者達は皆、パティの言葉を信じたし、無条件に言われた通りに行動しなければ…と思い込んでいた」

「そんな中、ガーディ様だけが私を励ましてくださいました」


 世界中がレオノーラ嬢の敵になったとしても、絶対に助ける。ロード殿下の婚約者となったから黙って見守る道を選んだが、ロード殿下がいらないと言うのならばオレがもらう。

 レオノーラ嬢の命ごともらい受ける。


「そう言って私を守ると約束してくださいました」

 未来のオレーッ、何、言ってんの、イケメンでもないくせにーッ。そういった台詞が似合うのは『ただしイケメンに限る』だからっ、ほんと、やめて。

 だから親父、そっとオレを見て親指たてるのやめろ、グッジョブじゃねぇよ、なんで記憶にない未来の話で、こんな恥ずかしい思いをしなくてはいけないのだ?

「はは、若い者はなかなかに情熱的ですな」

「騎士たるもの、それくらいの男気がなければ。やはりガーディは見込んだ通りの男だな!」

 いや、騎士団長、初対面では?確かに騎士団のお世話にはなっているけど。

「だが…、結果的にパティの暴走を止めることはできず、私はレオノーラ嬢の胸に自らの手で剣を突き刺した。そして…、その瞬間、私も殺されていた」

 オレの手によって。


 レオノーラ、オレもすぐに後を追う。来世で幸せになろう。


 ………それ、本当にオレが言ったの?マジで?すごく、すごーく陶酔しているキモい男に思えるのだが?

「私の胸をガーディの短剣が貫いた後、王家の秘匿魔法が発動した」

 老衰や病死など寿命で亡くなる時は発動しないが、理不尽な死を迎えた時は一度だけ、時を逆行できる。本当に発動するかどうか、何年逆行できるかは運次第。

 何百年と続く王家の歴史の中でも記録されているのはたったの一回きりで、信頼している部下に罠に嵌められたために時を戻った。と、記されてはいるものの本当かどうかは疑わしい。実際に死ななくてはわからないため証明する術がない。

 ロード殿下もそういった魔法があることは知っていたが、まさか発動するとは思っていなかった。

 この辺りはロード殿下の記憶も曖昧なのだが、死の間際、愛する者…パティに目を向けて、見てはいけないものを見てしまった。

 未亡人みたいなババア。

 未亡人に偏見はないし、おっとり優しい未亡人や、若く凛とした働き者の未亡人がいることも知っている。が、パティは未亡人という言葉から連想できる悪いイメージを全て集めたような女だった。

 厚化粧でも隠し切れない皺が目立つ顔に似合わないフリフリひらひらのドレス。胸や腰を強調した下品なドレス。死に逝く者達に醜悪な笑顔を向けている。

 朦朧とした意識の中でその女が愛したはずの儚げな美少女だと悟った。

 騙されていた。

 愚かなことをしたと知り、後悔した。悔しかったし、このまま死ぬなんて冗談ではないと生にしがみついた。

 結果、秘匿魔法のおかげで六年前にさかのぼることができた。

 本来はロード殿下だけ時を遡るはずが、すぐ隣で理不尽な死を迎えたレオノーラ嬢も巻き込まれた。

 二人は記憶を持ったまま時を戻り、ガーデンパーティの真っただ中、突如、覚醒した。

 ロード殿下もレオノーラ嬢も死の苦しみと戦い絶望の中にいたわけで、そりゃ、絶叫するな。

 特にレオノーラ嬢は恐慌状態で唯一の味方であるオレにすがった。

 パティが現れてからレオノーラ嬢が処刑されるまでのほぼ一年、オレは彼女を見守り、励まし、処刑の日が近づくとプロポーズをしたそうで…。


 二人だけで結婚式をあげよう。君を永遠に愛すると誓うから、オレを選んで。


 とか、本当に言ったの?オレが?ガキ大将のオレが、マジで?普段、女なんて剣術ひとつできねぇし、遊んでもつまんねぇよ、とか言ってるオレが?

「最初の頃はなんとなくかばってくれるのかな?程度だったのですが…、いつの間にかとても情熱的に愛を誓ってくださいました」

 ものすごく認めたくはないが。

 なくは、ない。レオノーラ嬢はとても可愛いし性格も良い。王子妃教育にだって頑張って取り組むだろう。すこし話しただけでも良い子だということがわかる。

 オレは側に居るうちにロード殿下の婚約者を好きになって…。

 三角関係、重いです、十歳には重い設定です、ロード殿下といえばオレの上司。いざという時は自身の命を投げ出してでもロード殿下を守るようにと教育を受けているのに。

 それをあっさりと裏切るほどレオノーラ嬢を好きになった。

「世界中を敵に回してでも戦うと言ってくださいました」

 一介の騎士が世界と戦うとか、正気か?

「結婚式は二人だけで海の見える教会がいいねって」

 潮風でベタベタになるだろ、結婚式に夢を見すぎ、おまえは(未来のオレだけど)乙女か。

「こ、子供は六人はほしいと…」

 十歳のオレでもわかる、たぶん出産は命がけ。六人も産んだわが母はとても頑丈な人なのだろう。頑丈な母でも出産後はものすごく疲れた様子だった。

 華奢でか細いレオノーラ嬢に六人産めとか、鬼畜すぎる。が問題はオレだけではない。

 嬉しそうに話すレオノーラ嬢はオレではない『ガーディ』を見ている。

 本物のガーディは目つきと育ちの悪い三流子爵令息だ。一応、ロード殿下の側近候補で教育は受けているが、男兄弟にもまれたクソガキだ。

 ツッコミが追いつかねぇと思っていると。

「さて、問題となるのは今後、だ。六年後にパティなる毒婦がこの国に現れるかもしれない。私はあのような過ちを二度と犯したくはない。レオノーラ嬢の事も守りたい」

 ロード殿下の言葉にヴェイル殿下も頷く。

「そこで重要なキーマンとなるのがガーディではないかと思っている」

「ガーディにはパティの幻惑…精神攻撃が効いていなかった」

 オレには未亡人みたいなババアに見えていた。

 セストン公爵家の人達にもあまり効かなかったようだが、こちらはレオノーラ嬢に対する深い愛で洗脳効果が薄れていたと思われる。

 セストン公爵は『確かに美しい少女ではあるが、娘がそんな非道な行いをするとは思えない』と、そんな感じの事を話していたようなので幻惑は成功、精神攻撃は失敗…といった感じか。

「可能性としてエリストン子爵家の遺伝も考えられる」

「え、わ、我が家の、ですか?」

 ここで初めて親父が声をあげた。首を傾げて。

「そう言われましても…、魔法で精神攻撃を受けることなどないので…」

「それを今から調べることになった」

 宰相が今後予定を話す。

 レオノーラ嬢の安全を優先し、ロード殿下の婚約者候補から外してオレと婚約。

 ロード殿下は被害を最小限とするためにしばらく婚約をせず、同年代の親しい女性も作らない。

 そして魔法の強化と研究、魔道具の開発を進める。

 魔力は出自に関係なく才能として持って生まれてくる。今までは特に人材を集めるようなこともなく、希望する者達だけで開発、研究をしてきたが、大規模な精神攻撃を受けるとわかっていたら悠長な事を言ってられない。

 そう…、狙われたのが国王陛下だったら。

 パティの狙いがロード殿下だけでなく、ヴェイル殿下、国王陛下へと移っていった場合、国が滅ぶ。




 長い話し合いの後、レオノーラ嬢に改めて挨拶をした。

 騒ぎの中、きちんと名乗ってもいなかったが、今後は婚約者だ。しかも格上の公爵家。オレの失敗が子爵家の運命をも変える…かもしれない。

「あの…、オレ…、私には記憶がないため未来の私と同じようにレオノーラ嬢と接することができるかわかりませんが、婚約者となったからには全力でお守りいたします」

 レオノーラ嬢がふわりと笑った。

「婚約者となるのですからそのように堅苦しい言葉は使わなくて大丈夫ですよ。私のことはレオナとお呼びください」

「は、はい…」

「確かにこれからのガーディ様は私の知るガーディ様とは別人かもしれません。でも不思議と不安はないのです」

 未来のオレも今のオレも、レオノーラ嬢を見る時だけは視線が和らいでいる。

 不覚にも顔が熱くなった。

 オレのアホーッ、わかりやすすぎるッ。

「それに私もガーディ様が愛してくださった『レオノーラ』になれるのかわかりません。運命は変わったのですから…、ガーディ様も私も異なる道を歩むことになります。だから…」

 その後の言葉はオレが引き継いだ。

「これから一緒により良い未来のために頑張ります。オレは絶対にレオノーラ嬢を守るし、ロード殿下も、この国も守る」

 レオノーラ嬢は笑って。

「そこは『世界を守る』と言ってくださらなくては」

 いや、ただの子爵家の三男、貴族の肩書をもったガキ大将に世界は救えません!



* * * * *



 その日、貴族が多く通う学園では卒業式が行われていた。

 学園に通っていた貴族の子息、令嬢だけでなくその親、王族関係者も集まっている。

 そんな中、突然、第二王子が叫んだ。

「お前との婚約は破棄する。この悪女め!パティに対して行ってきた数々の嫌がらせを私が気づいていないとでも思ったか!」

 それまで和やかだった場がシン…と凍り付いたように静かになった。あまりにも静かになったため、オレ達は声を潜めて。

「予定通り始まりましたね」

「は、恥ずかしいものだな…、私はあんな感じだったのか…」

「えぇ、えぇ、まさしくあんな感じでしたわ。本当に、気がふれたのかと思いましたもの」

「実はオレも。ババアに入れ込んだ挙句、アレだからなぁ…」

「これが…、黒歴史というものか」

 真っ赤になってしまったロード殿下が可哀相なので、早々に場を収めることにした。

「さて、行くか、レオナ」

「はい、旦那様!」

 十八歳になったオレ達はあの日から鍛錬に鍛錬を重ね、研究に研究を重ねまくってついに魔道の道をそこそこ究めていた。

 そこそこ…というのは、一応は謙遜してのことだ。この道は果てしなく『終わり』が見えない。探せばもっと高みに昇った者もいるのだろうが、今は毒婦パティを現行犯で確保できれば十分だ。

 毒婦パティは他国からの情報と照らし合わせると百年は生きている魔女で、二、三十年に一度、名を変えて姿を現し国の中枢に入り込んでいた。

 思いつく限りの贅沢を味わい、罪のない者達をいたぶり殺し、国が乱れ反乱がおきる頃に忽然と姿を消している。

 贅沢や美男子だけが目的なわけではない。

 愉快犯とでも言えばよいのか。

 ただ国が乱れ、人々が混乱している様を見て喜ぶ悪趣味な魔女。

 ファンガレー王国への入国は阻止できたが、そうなると他国が危ない。近隣諸国と連携をとっていたところ、この国に一年ほど前、それらしき女が現れた。

 とある男爵が下町の女に産ませた娘パティ。平民から貴族の娘となり貴族が多く通う学園に入学した。

 ロード殿下とレオノーラが言うには『同じ設定』とのこと。

 相手はわかっているだけで三つの国を崩壊寸前まで陥れている。記録が残っていないだけで地方貴族や豪商相手にも似た事をしているだろう。

 齢百年の狡猾な魔女相手に焦りは禁物だ。オレ達は絶対に逃がさないように慎重に事を進めてきた。

 大丈夫、魔道具の出来は完璧で、オレ達自身、力をつけている。

 ロード殿下とレオノーラを死なせたりはしない。

 三人で騒いでいる第二王子の元へと向かうと。

「なんだ、お前達は…、今、大事な話をしているとわからないのかっ。王族侮辱罪で首を刎ねるぞ!」

 第二王子の剣幕にロード殿下が苦笑しながらつぶやく。

「黒歴史の直視はツライなぁ…」

「殿下はまだマシなほうですよ、オレのほうが恥ずかしかった」

「まぁ、旦那様はとっても素敵でしたわよ。黒歴史ではなくあれは輝かしいバラ色の未来ですわ」

「お前達、何の話を……」

 王子の横で毒婦パティが脅えた様子で震えていたが、怖がるふりをしながら早速、ロード殿下に向かって魔法戦を仕掛けてきた。

 それを剣を模した魔道具で切り裂く。

「き、貴様、王族に向けて剣を抜くとは…」

「はは、許してほしいな。彼は私の護衛でね。私を守っただけなんだ。私はファンガレー王国第二王子、ロード。この国の王より頼まれて茶番を終わらせに来た」

「ファンガレー王国の…?」

「旦那様、お願いいたします!」

「おうっ!」

 剣で空間を切り裂く。精神に影響を及ぼす魔法、全てを無効化する魔道具の効果はオレの体質と魔力の相乗効果で半径数キロに及ぶ。

 ちなみにポンコツ第二王子以外の主要王族、貴族にはあらかじめ精神攻撃を無効化する魔道具を持たせていた。

 しかし、そうでない一般貴族、生徒達には絶世の美少女パティがいきなり退廃的なババアに変化したわけで。

 どよめきが走る中、パティが第二王子を突き飛ばして走り出した。

「逃がすかぁっ!」

 レオノーラが身体強化であっという間に追いつくと、逃げる背中に強烈なドロップキックをくらわせた。

 顔面から床に倒れたパティの背中をぐりぐりと踏みつける。

「離せ、離せぇっ!なんで、なんで、効かないんだよぉ!このっ…」

「あらあらちゃちな精神攻撃ですこと。旦那様に比べたら赤子同然ですわね。まぁ、私の旦那様が素晴らしすぎるだけとも言えますけど」

 お、オレの嫁、この八年でめっちゃ強くなったなぁ…。適性魔法が身体強化だったせいで、武器を禁じた近接戦闘ならばオレでも押されることがある。

 今のレオノーラならば子供六人どころか十人でもいけそうだ。

「な、何が……」

 茫然とつぶやく第二王子の肩をロード殿下がポンッと叩いた。

「さて、君に関しては残念ながらあの毒婦と結託して行った悪行以外の嫌疑もかかっている。ずいぶんと前からオイタをしていたようだね」

「は?何…?オ、オレはこの国の…」

「王族ならば何をやっても許されるわけではない。王族だからこそ厳しく己を律し国民の手本とならなければいけなかった。君はその事を諫めてくれた婚約者を蔑ろにし、他の兄弟達の苦言にも耳を貸さなかった」

 そうなのだ。そのためこの国の王族、大臣達の総意で今回の断罪劇となった。

「う、うるさい!邪魔をするなぁ!オレがこの国の王にな…」

 ロード殿下が美しい笑顔で言った。

「黙れ」

「あ?」

 ガクンッと膝が崩れてまるで土下座するように姿勢となる。起き上がろうにも重力がかかっているため起き上がれない。油断すると床に這いつくばることになるだろう。王族としてはかなり屈辱的な姿勢を強制的にとらされている。ロード殿下の重力魔法、相変わらずえげつないな。

「まったく…、本当に嫌になる。私もこんな風だったのかと思うと絶望しかないよ」

「いえ、ロード殿下はもう少し…、その、上品でしたよ」

「いや…、これはどういった姿かたちでもとても醜い行為だ」

 ざわつく会場を黙らせるように国王が宣言する。

「皆の者!我が国はパティと名乗る魔女より攻撃を受けていた。そして愚かにも我が子、第二王子がまんまと騙されおった。しかしファンガレー王国の協力により魔女は捕らえられた!犯罪者共を捕らえ投獄せよ!」

 騎士達がパティと第二王子、それに甘い汁を吸っていた側近達を連れだした。ちなみにパティは魔法を使えないように魔道具で拘束している。

 最後までキーキーと騒いでいたが、いつまでその元気が続くことやら。

 我が国から何人か魔法師を連れて来ているので、今後の取り調べは彼らに任せる予定だ。百年を生きた魔女の解析と解体…と、若干名、嬉しそうにしていたが、解析はともかく解体って…聞かなかったことにしよう、そうしよう。

「んっふっふーっ、やっとスッキリいたしましたわ。これで旦那様との子作りに集中できそうです」

「レオナ、そういった事は…二人きりの時にな」

「はい、旦那様」

「君達はいいねぇ、ラブラブで。私は今日まで婚約者も作れなかったというのに」

「良かったですね、これで解禁ですよ」

「きっとすぐに素敵な女性が見つかりますわ」

「そうなるといいが…、まぁ、幸い兄上のところにはすでに男子がいる。のんびりと性格の良い子を探すさ」




 翌年、ロード殿下の婚約者が決まった。

 あの断罪劇で婚約破棄された公爵家のご令嬢で、国内での婚姻はまだ難しい…とのことで、側室でも良いからもらってくれないかと打診された。政略結婚ではあるが、ご令嬢本人が大層乗り気だとか。ヴェイル第一王子妃との身分バランスも悪くはなく、本国で既に王子妃としての教育を受けている。

 事件後、ロード殿下と何度か顔を合わせていたので、最終的に殿下本人が『正妃として迎える』と決めた。

 やっと決まった婚約者に国中が沸く中、我が家でも嬉しい知らせがあった。

「旦那様、子ができました!」

 レオノーラが抱き着いてきたので、そのままひょいと抱き上げる。

「ではしばらく運動は禁止だな。暖かくして安静にしていなければ」

「多少の運動も必要ですよ」

「いや、油断してはいけない。大事な身体だ」

 寝室に向かいながら。

「何か欲しいものはあるか?子の服や玩具はまだ早すぎるだろうか」

 ベッドにそっと降ろすと、あの頃の笑顔のまま嬉しそうに告げる。

「旦那様からの愛の言葉が一番、嬉しいです。これからもたくさん言ってくださいませね」


 未来のオレは今よりももっと愛の言葉を囁いていたそうで…、本当か?本当なのか?

 なんだか嫁に騙されているような気もするが、仕方ない。

 未来のオレ以上に、今のオレはレオノーラのことを好きになってしまったのだから。

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