第10話:単:竜却砲
【AM-545スライム】――それはアルター・テラ内では雑魚ファンタズマと呼ばれる類いのものだ。チュートリアルで選べるファンタズマの一つであり、そしてサービス開始してからチュートリアルで最も選ばれなかった不人気ファンタズマとしてプレイヤーの間で常にネタにされているほどだ。
なんせ補正ステータスはしょぼいし、特性も何もないのが特性と言わんばかりで、強いて言えばスライム弾と呼ばれる遠距離攻撃を初期から所持していることぐらいだ。
ただし、これも豆鉄砲と言わんばかりの威力で、使いこなす奴なぞほとんどいない――はずだった。だがウテルはそれを逆手に取って、水鉄砲を使いあたかも銃弾を撃っているかのように偽装したのだ。というか、あそこまで威力が出るとは思わなかった。意外と成長性が高いのかもしれないな。
まあ、それより何より。
「おいおいマジかよ、シャレになってねえよ!」
ウテルの皮を被ったスライムが、不自然な足取りでこちらへとゆっくりと向かってきていた。身体全体がまるで水死体のようにぶよぶよしており、右手が異様に膨らんでいる。傾きながらも器用にこっちに歩いてくる姿は、恐怖を通り越してもはや滑稽だ。
いや、強がるのはよそう。めちゃくちゃ怖いよ!
『どういう理屈でアレが起こったかを検証してるけど……奴が危険であることには変わらない。気を付けてくれ』
「どう見ても、サバイバルホラーゲームとかの終盤に出てくる変異体的な奴ですし! ロケランもマグナムもないんだですけど!」
そんなことを言っていると、スライムがその右手を俺へと向けた。
悪寒を感じ俺は反射的に横へとダイブ。俺のすぐ横を、液体が噴き出すような音と共に何かが通り過ぎる。
「あっぶねええええ!!」
俺がさっきまで立っていた位置の床に、まるで刃物か何かで斬りつけたような痕が残っていた。多分、あのまま立ってたら俺の身体は縦に真っ二つだっただろう。
『あれは……おそらく内部で圧縮させた自身の泥状の身体を水圧カッターの要領で射出していると推測されるが……』
ルナコの解説を聞きながらも、それがなんであれ、喰らったらワンパンで死にそうな攻撃であることは理解できる。
「どうすんだよあれ!」
『当たるな……としか言いようがないかな』
「分かってるわそんなん!」
なんて言っているとスライムの左手が膨張。そこから放たれた水圧カッターを、今度は横薙ぎに払ってくる。あんな攻撃するスライムなんて見たことないんですけど!?
ボヤボヤしてると首がリアルに飛んでいきそうなので、ダッシュからのスライディングでその薙ぎ払いを潜る。どう考えても遠距離戦は分が悪いから接近する以外に活路はない。
とはいえ、近付いて殴ってもスライム状の身体には効果は薄そうだ。実際、アルター・テラ内のスライム系モンスターは無駄に斬撃と打撃に強い耐性を持ってるし。
あれ、これ俺……詰んでんじゃね?
とか思っていると、まるでそれを察したかのようにニルが口を開いた。そういえばこいつ、リアルに来てからは随分と無口だ。
「シグル……一本溜まってるから使え。でないと、今度こそマジで死ぬぜ」
「は? お前さっきは溜まってないって」
「良いから早く!」
なんか知らんが溜まってるなら使うしかない!
「P・T起動――」
ニルが俺の身体の中に取り込まれ、いつものあの昂揚感に身体が包まれる。ファーヴニルのスキルである〝竜接領域〟は、残念ながら角が二本以上溜まっていないと使えないので今回は無しだ。あれがあると、身体の竜化をスムーズにできるので、展開の早い戦闘では便利なんだけどね。
俺は額に光の角が生えてくると共に疾走。竜化によって右手から真っ赤な光爪――〝金を掬う手〟を発動させ、再び放たれた水圧カッターを避ける。流石に、何度も撃たれたら軌道も読めるし、何より今の状態なら目を瞑っていても避けるほどの速度にしか感じない。
「雑魚は雑魚らしく、倒されとけ!」
スライムの懐に潜った俺が、わざとそう叫び、無駄に大袈裟な身振りで光爪を払おうとした瞬間――ウテルのぶよぶよになった顔が、笑った。
「ばーか死ね!」
その言葉と同時に、スライムの前面から無数の針状の触手が飛び出した。
水圧カッターは確かに脅威だが、おそらくあれは牽制。本命の攻撃はこっちだろう。それに気付かず接近してきた奴は串刺しになってゲームオーバー。
だけどな、残念ながらそれはもうお前の主人のおかげで手がバレてるんだよ!
「遠距離タイプが接近戦に弱いとは限らない……だろ?」
その動きをとっくに読んでいた俺は地面を蹴って跳躍。弧を描きつつスライムの頭を右手で切り裂き、背後に着地。
目の前に無防備に晒されたスライムの背中――スライムに背中があるのか謎だが――に右手を押し当てた。
「あ……れ?」
「じゃあな、悪いスライム君。人類とやり合おうってのならまだまだ、悪意と知恵が足りねえわ――〝|単・竜却砲《シングルバレル:グラム》〟」
俺とニルの切り札とも呼べる技――竜却砲は威力射程共に絶大ではあるが当然デメリットも存在する。
まず、角の本数で露骨に威力が変わる点だ。本来の威力を出そうと思うと最低でも角は二本必要で、一本の状態で使うと、かなり射程と威力が減衰される。そして使えば角を全て消費するので、使って仕留めきれなかった時はまた一からダメージや衝撃を溜め直してP・Tの起動から始めなければならない。
ゆえに、慎重に使いどころを考える必要があるのだが――今はちんたらそんなことを考えている暇はない。
〝|単・竜却砲《シングルバレル:グラム》〟――角が一本の時に放つと出る専用技――によって右手の光爪が球状のエネルギーとなって放たれ、スライムを焼き尽くしていく。
「アギャアアアアア!!」
断末魔を残して、スライムがウテルの皮ごと消失。
残るのは、肉が焼けたような異臭だけだ。
『やったようだね』
「なんとか……な」
もうなんかラスボスを倒した気分だよ。俺は座り込むのを我慢して、スイカちゃんの無事を確かめた。
彼女はというと、部屋の中央の祭壇の前に立っていた。
「鍵、出来てますよ」
「……ああ」
もうとっくに十分という時間は経っていたようだ。
スイカちゃんが祭壇の上に謎の力で浮かぶ鍵を手に取った。
えっと……まさか、横取りとかしないですよね……?
「鍵、私はいらないので――はい」
俺の心配をよそにスイカちゃんは鍵を俺へと投げた。
放物線を描くそれを、わざわざ軌道予測を付けてくれるルナコのマメさに頭が下がる。
「おー、サンキュ。これで残るは……ボスだけか」
そう言いつつ俺は鍵をキャッチし、部屋の奥にある扉へと向かう。
「さあ、行きましょう。あと少しです」
気になるのは、スイカちゃんが出会った当初と比べやけに無口になったことだ。ただまあこんな状況で饒舌なままのやつの方がおかしいのかもしれない。
既に、目の前で二人も人が死んだのだ。そう思い込むことにした。
「さて……ボスはどんなやつかな。出来ればクソ雑魚であることを祈るよ」
「……そうですね」
俺は大仰な装飾が施された大扉に鍵を差し込んだ。ゴゴゴ……という音と共に扉が開いていく。
その先には案の定、階段があった。
「さてさて……どんな奴が待っているやら」
階段を上っていくと、ふたたび大扉。いかにもボス前といった感じであり、セーブポイントでもあれば完璧だった。
「ここまで来て、躊躇することもないな」
『気を付けてくれ。こうなってくると何が待っているか分からないよ』
俺はルナコの言葉に頷きつつ扉を開けて、中へと入った。後ろから無言で、スイカちゃんがついてくる。
そこは三階同様、だだっ広い部屋で、奥にはキラキラと光る何かが浮かんでいた。
『あれは……なんだろ』
「さてな。何かしらの結晶に見えるが……あれがボスってことはないだろうけど」
なんて事を言っていると背後で扉がひとりでに閉まっていく。
さて、蛇が出るか鬼が出るか。
なんて考えていたのが、悪かったのかもしれない。目の前からは、何かが出てくる気配が一切ない。
どんな化け物でも良い。頼むから出てきてくれ。その俺の祈りはしかし――無駄に終わった。
俺は油断していなかった。警戒もしていた。
だからこそ――その盲点に気付かなかった。
いや、気付かないフリをしていただけだ。
俺は、最初からこうなると――分かっていた。
「やれやれ――じゃ、始めようぜラストバトル」
背後の僅かな気配の違いを察知して俺はそう言いながら振り向いた。
「アレ? バレてました? 流石ですね! 不意打ちで一発だと思ったのになあ!」
そこには棍棒を振り上げまさに今俺に振り下ろさんとしていた、目が赤く光り額から角が生えた――スイカちゃんの姿があった。
「というわけで、改めまして自己紹介! このダンジョンのボス【OR-127オーガ】です! あ、この肉体の名前であるスイカって名前のままでも良いですよ? どうせ――シグルさんはここで死ぬんですから」




