陸軍歩兵少尉ヲ命ズ
「では指示はこれくらいにして、各員旅団本部から指示 された任務に着くべし…以上」
大隊長の指示が終わるとその場に集まっていた二十名ほ どの将校達は一斉に駆け出した。彼らは幹部候補生隊に 所属していた元曹長である。皇紀六九五〇年九月二十七 日付けで全員無事落伍することなく陸軍少尉に任官して 一班二十名の計五班に分かれて各方面に派遣されてきた のである。この班は華龍方面軍の指揮下に編入されてい る班である。華龍方面は大扶桑帝國の北西に位置する大 国であり、正確には華龍民國という國である。 七夕事件 に於ける武力衝突以来帝國と戦闘状態に陥っているであり、 戦力や国力 は大したことないのだがルーズ合衆国をおもにした各国 の支援を受けて膨大な弾薬兵糧を所持しており、 さらに 帝国軍に対してゲリラ戦を展開して この戦争を長期化させている。
「おっ、俺は旅団本部附だってよ。」
「そうか。俺は歩兵第三十聯隊聯隊長殿の副官だ。」
「何の!俺は航空隊の整備班長ぞ…。」
各員辞令の紙を見て自分が命じられた任務を同期生達に 自慢し合っている。
陸軍歩兵少尉に任官した一条波奈は短めの白髪を風になびかせながら自分の辞令を確認した。彼女の新品の軍服の襟には少尉の階級章が光っており、腰の刀帯には軍から支給された西洋風の指揮刀が吊られており、鎖がチャラチャラと金属音を鳴らしている。
「辞令 陸軍歩兵少尉一条波奈殿」と方面軍司令官による達筆な書体で文字が書かれた封筒を開くと金色の皇族紋が押された一枚の陸軍辞令書が入っていた。
「任 陸軍歩兵少尉正八位勲六等 一条波奈
暁部隊独立歩兵二百四十五小隊小隊長ヲ命ズ。
皇紀六九五〇年九月二十七日
陸軍大臣正一位勲二等功三級 岡嶋吉三郎」
暁部隊は帝國陸軍一番のマンモス部隊でその数は四百を超えている。一条少尉はこの独立歩兵小隊を任されたのだ。驚くことにこの華龍方面軍に派遣された新任将校の中で最前線に向う部隊の部隊長を任命されたのは一条少尉ただ一人だけであった。自分の軍人としての能力が高く評価された故の人事か、それともただの左遷なのか、それを知ることもなく一条少尉は華龍戦線の北方戦線、通称「北華」と呼ばれる戦地へ向かったのであった。