6-4「そして冒険の扉は開かれた」
部屋に沈黙が満ちる。
学園長は、ライラの怒りを受け取って瞑目する。
そして、目を開いて言った。
「貴方は考えたことがありますか? 今日は無事でも明日、人類が滅びるかもしれないことを」
静かに尋ねる。
質問の意図が分からなかった。
「考えたことはないですね。それはあまりにも妄想が激しいと思います」
答えに窮しているライラに代わって、レックスが答えた。
答えに棘がある。
レックスも学園長の考えは許せなかった。
「妄想ではありません。現実に起こったことです。そして今も起きていることです」
学園長がきっぱりと言った。
「昔、異世界から侵略者がやってきて人類は滅びかけた。想像したことはありますか? 昨日会った人間が今日には死んでいることを。考えたことはありますか? 明日も生きられるか分からない世界の事を」
学園長の瞳は、地獄の世界を見てきた色をしていた。
統也は答える。
「ありません。けれど、それが英雄時代なんですね」
学園長は頷く。
「その通りです。皆が英雄だった時代と言えば聞こえはいいですが、誰もが強くなければ生きられなかった地獄の時代です。その時代が再びくる可能性は大いにあります。扉が開き続ける限り」
全員、はっとした。
"扉が開き続ける限り"
この言葉の意図に気づいた。
「俺達が異世界に行けるってことは、悪意ある連中がこちらにやってくる事も出来る」
統也は呟いた。
「そうです。それを食い止めているのが、冒険者です。資格を持った冒険者ではありません。真の意味での、称号としての冒険者です」
レックスが思い出したように言った。
「聞いたことがある。冒険時代の初めに異世界に旅立ったのは、英雄時代の戦士達だったって」
学園長はその言葉に頷いた。
「この世界に来る悪意を探して、芽を摘むために旅立ったのです。そして今も、その意志は受け継がれて異世界で戦っています」
彼女は遥か遠くを見つめる。
「私がこの学園を創立した真の目的は、その意志を継ぐことが出来る冒険者を育てるためです」
学園長は統也を見据える。
「天城君。貴方は『まだ誰も見たことのない世界を見る』という夢があるそうですね」
「はい。俺の夢です」
「ならば問います。これから先、異世界を冒険するなら、多くの悪意や困難にさらされるでしょう。それに立ち向かう勇気はありますか?」
覚悟を確かめる問いかけだった。
統也は学園長の顔をまっすぐに見て答えた。
「あります。たとえそこに何が待っていても、それを乗り越えてこそ冒険者です。俺は俺の夢ために冒険を続けます」
力強い宣言だった。
学園長はレックス達も見据える。
「貴方達にも夢があるでしょう。それを叶えるために悪意と困難に立ち向かえますか?」
レックスは不敵に答える。
「もちろんです。欲しいから動き、手に入れたいから命を懸ける。覚悟はとうに出来ています」
ライラは睨むように答えた。
「当たり前です。私は勇者の剣を託された。だから悪意や困難が襲ってくるならそれを叩き斬るまでです。当然、貴方の悪意だって斬ります」
学園長の計画を悪意と断じて宣言した。
アリアは統也の手を握って答える。
「私はその悪意や困難と戦うための英雄武具。なら、マスターと共に立ち向かうだけです」
全員の覚悟を聞いて、学園長は満足そうに笑った。
そして、窓際に歩み寄って学園を見つめる。
「ならば、安心です。未来を担う者に、冒険者の心は受け継がれている」
絶望の中に、希望を見出したような声色だった。
学園長は続ける。
「有望な若者が三人も見つかった。弱い生徒は切り捨てられた。残った生徒達はやる気を見せ始めている。入学希望者も増えている。失望も大きかったですが、結果としては上々でしょう」
その言い様に、ライラが何かを言おうとした。
しかし、それよりも前に振り返って、学園長は告げた。
「エーデルワイスさん。英雄時代を生き残った人間に、弱者を考慮する良心はありません。弱いモノはこの世界を生きられない。ゆえに強く、貪欲に生きねばならない」
その威容はまるで悪鬼。
統也達とあまりにも価値観が違っていた。
気圧される彼らに微笑む。
「しかし弱者の立場を考えられる、貴方の心はとても尊いモノです。だから私の事が許せないと言うならば、その剣で私を斬りなさい」
そして、地獄を生き抜いた人間だけが出せる殺気を放つ。
「もっとも。簡単に殺されるつもりはありませんがね」
ニヤリと笑う表情は、獲物を狙う肉食獣のそれだった。
ライラは負けじと、勇気を出して告げる。
「今の私じゃ無理です。だから私は強くなる。貴方を斬れるくらいに」
その答えは満足いくものだったのか。
久しぶりの好敵手を見つけたように嬉しそうだった。
「良いでしょう。その時が来るまで私は、この学園で悪巧みをすることにしましょう」
微笑んで背中を向ける。
「これから会議があります。会談はここまでです」
統也達は立ち上がる。
「分かりました。それじゃ、失礼します」
学園長室から出る。
職員棟を出るまで誰も無言だった。
外に出て統也は伸びをする。
「あーっ終わった。終わった。学園長の言葉じゃないけど疑問は解けたし、結果は上々かな」
レックスは苦笑する。
「まぁね。最後は開き直られた感じだけど、色々貴重なことを聞けたし良いんじゃない」
連れだって歩き出す。
ライラはかなり怒っていた。
「私は良くないわ。バイロン先生が言ってた通り、とんでもない人だわ」
「まぁまぁ、落ち着くです」
アリアが宥める。
「そうだぜ、委員長。気を取り直して、次の冒険だ。次はどこ行こうか?」
まだ見ぬ異世界に思いを馳せる。
「良いねぇ。僕、行きたいところがあるんだけど」
「お、奇遇だな。俺も行きたいところあるんだよ」
統也とレックスが楽しそうに言う。
「ちょっと二人とも、次に行くのは冒険じゃなくて、図書館でしょ」
「へ? 図書館?」
「なんでだ?」
「本でも読むですか?」
三人は首を傾げた。
「レポートよ。レポート。オーシャンワールドに冒険行くとき、シルヴィア先生に言われたでしょ。冒険から帰ったらレポート提出って。今回の偽骸騒動に関してもレポート出すことになってるわよ」
統也は嫌そうな顔をした。
「そういやそんな話もあったな。てか、何気に課題が増えてるじゃないか」
「アンタが入院してる間に増えたのよ」
知らないほうが幸せな話だった。
「あー、面倒だな。踏み倒すか。レックス」
「賛成だね。面倒事は蹴るに限る」
二人で頷きあう。
「言っとくけど、逃がさないわよ」
先ほどの学園長顔負けの殺気で、二人を引き留める。
「マスター。レポート終わらせてから冒険に行くです」
アリアも引き留める。
統也は深く息を吐いた。
「仕方ない。困難を乗り越えるって豪語した手前、逃げるわけにもいかないか」
「あれと比べると随分とスケールの小さい困難だけどね」
レックスも諦めたように言う。
「よし、じゃあとっとと終わらせて、冒険の計画だな」
統也は図書館に向けて駆け出した。
「頑張るですー!」
アリアが追いかける。
「時間的には二時間で終わらせたいところだね」
レックスも走り出す。
「言っとくけど、次の冒険先は私の行きたいところだからね!」
走り出した三人に呼びかけながら、ライラも図書館に向かう。
一つの冒険が終わって、また次の冒険へ。
今、冒険の扉は開かれた。
―第一部・完―
第一部完。
想定していた話までたどり着きました。
よろしければ、★の評価お願い致します。
なお、これから第二部の書き溜めに入るため、本編更新は少し間を頂きます。
第二部は『新たな精霊』『ワンダーワールド』『センゴクワールド』『動く死体』『脱出不能』をキーワードに展開していきたいと思います。
今後ともよろしくお願いします。




