約束と力の目覚め
『おい、勝手に諦めるでないぞ!』
頭の中から、あの老婆の声が聞こえてきた。
ついにあれか、この状態でを作り出した元凶に恨みを込めすぎて幻聴が聞こえてきたか。
呆然とする頭で、そんなことを考えた。
周りを見渡すと、何一つ動いていない。
まるで世界が止まってしまったように。
そして目の前に、ボロ布を纏った老婆が立っていた。
どうやら本当に頭がおかしくなってしまったようだ。
『そんなわけあるかぁ!これは現実だ!私はペニア!お前に【神託】を授けた神だ!今はお前に与えた【神託】を通じてお前に姿を見せているのだ!時間を止めたのはお前を死なせないためだ!』
だが、これは夢ではなかった。
ガンガンと小うるさい老婆の声が頭の中にひびく。
そして、その老婆がペニアと名乗った途端、俺はふつふつと怒りが湧いてきた。
「今頃何しに出てきた。もう俺は死ぬんだぞ。お前が出てきてあーだこーだ言ったって、未来は変わんねえんだよ」
今更出てきたって、もう遅いんだよ。
俺が挨拶回りをしている時も、街を出て行く時も、子供たちに石を投げつけられた時も、何の干渉もなく、俺が本当にピンチになった時だけ出てきて。
そのピンチは、もう取り返しのつかないところまで行っていて。
もう、手遅れなんだよ。
『そんなことはない!諦めなければお前は生き残ることが出来る!お前は今いる唯一の私の眷属だ!簡単に死んでもらうわけにはいかん!』
「だったらどうすればいいんだよ!」
何もせずに、俺の気持ちなんて考えずに、身勝手な要求ばかりしてくるペニアに、俺はキレた。
「戦神みたいに力とか技能とか与えてくれるのか?大地神みたいに自然と心を通わせてこの状況を脱することが出来る技能を与えてくれるのか?炎とか雷とか、とにかくこの状況をどうにか出来る技能とか与えてくれるのか?無理だろ!貧乏神のお前に、疫病神のお前に何が出来る!」
たった数日間、されど数日間。
受けてきた侮蔑や軽蔑を吐き出すように、俺は叫んだ。
「そもそもお前が出しゃばって【神託】授けなきゃこんなことにはならなかったんだ!何が悲しくてこんな目に遭わなきゃいけない!普通に普通の【神託】を授かって、冒険者になってちょっとだけ刺激のある生活を送りたかった!幸せな人生を送りたかった!だけど、だけどお前が【神託】を授けたせいで全部台無しだ!」
感情が消え去ったはずなのに、次から次へと文句が出てくる。
いや、本当は消え去ったわけじゃなかった。
ぶつけるべき存在がいなくて、塞ぎ込まれていただけだった。
湧き水のように、溢れ出る不満は止まらない。
「俺の人生をめちゃくちゃにしておいて、こんな目に遭わせて、それで諦めるな、死ぬなだあ!?ふざけんなよ!ここで生き残って何になる!どうせこんなことを繰り返すだけだろ!?幸せな未来なんて来ないんだろ!?お前の道具にされて、無様に死ぬ未来しかないんだろ!?俺の幸せを潰しておいて、身勝手すぎんだよ!」
喉が張り裂けんばかりに俺は叫ぶ。
もう止めどなく、目から涙が溢れる。
「もう放っておけよ!ここで終わらせてくれよ!これ以上、俺を苦しませるなよ!」
吐き捨てて吐き捨てて、もう胸の中は空っぽだ。
陰鬱とした気持ちは消え去り、どこか澄んだ気持ちが占めている。
もう恨みとか憎しみとか、どうでもいい。
「早く、俺を解放してくれよ......」
絞り出すように、俺はペニアに嘆願した。
『......それはすまなかった。人と神の価値観が違うことを忘れておった。そのせいでお前を余計に傷つけたことを、謝らせてほしい』
ペニアが、申し訳なさそうな声で謝罪してくる。
そして、その小柄な体を腰を曲げ、その小さい体をさらに小さくした。
だけど、俺はそれを受け取るつもりはなかった。
「今更謝っても遅えよ。もう俺は——」
『だが、ここでお前を死なせるわけにはいかない』
「——あ?」
俺はペニアの言葉を疑った。
「今更てめえ、何を言って——」
『お前がここで死んだら、私が消えてしまうからだ』
「はあ?」
俺は、この神の感性を疑った。
『だから諦めるわけにはいかないのだ』
「てめえ......!」
この後に及んで、結局は自分の為。
俺はペニアに暴言を吐こうとする。
『私は貧困の神、嫌われ者の神だ。私を信仰する者なんていない。【神託】を与えようとすれば他の神が邪魔をしてくる。だから私には天界での存在感は薄い』
「知らねえよそんなこと」
いきなり自虐してきたペニア、俺はどうでもいいと切り捨てる。
『だが、下界は貧困で溢れかえっている。それが、他の神々の力を超えるほどの力を持って流れ込んでくる。こうして、本来ならば禁忌である下界の時間を止めるということを可能にするほどのな』
「そうかよ。だからどうした」
『それが問題なのだよ。信仰や名声がなく、存在感がないのに、それに見合わない強い力が流れ込んでくると、神の力は歪んでいずれ崩壊してしまう。私の存在感は時間とともに消えつつある。今はまだ辛うじてその均衡を保てているが、それが崩れて私が消えてしまうのも時間の問題だ』
何やら深刻そうな顔でそう告げるペニア。
その様子を見て、俺は流石に不安なった。
「そうなると、何か問題があるのか?」
『大ありだ!私が消えてしまうのだぞ!?娯楽も何も楽しめなくなるんだぞ!?』
「知らねえよそんなこと!俺が聞きてえのは、その力が悪影響を及ぼすとか——」
『ああ、それなら心配いらん。神というのは概念だ。私が消失したら新しく貧困の神が現れる。下界に影響は出ないさ』
「だったら潔く消えろ!俺を巻き込むんじゃねえ!」
心配して損したわ!
俺はあっけらかんとほざいたペニアに罵声を浴びせる。
『いやじゃよ!甘いもの食べれなくなるとか、面白いものを見れなくなるとか、想像するだけで恐ろしいわ!』
「分かんねえよくそが!」
ごちゃごちゃとわがままを言うペニアに、俺はもう我慢の限界が来ていた。
深刻そうな話かと思ったら結局は自分のこと。
今となってはもう親でもなんでもないあの男の言っていた、神は身勝手だ、っていうのが分かったような気がする。
『消えることが怖くないのか!?したいと思ってることができなくなるんだぞ!?私はそれが嫌だ!ずっと存在していたい!怖くて仕方ない!楽しいこととか面白いことをしたい!お前だって、本当は生きたいんじゃないのか!?』
ずんずんと詰め寄ってきて、俺の胸ぐらを掴むとグラグラと揺さぶるペニア。
「んなわけねえよ!こんな理不尽が続くくらいなら、俺は早く死にてえよ!」
『嘘をつくな嘘を!私が介入する前、死にたくいとか思っとった癖に!今だって、あの父親をぶん殴りたいとか、アリィとか言う女の子のことを考えているではないか!!』
「んなっ......!そんなこと思ってねえし!」
『神に嘘は通じると思うなよ?お前が表面上では思っていない、心の底の願望まで見通すことが出来るからな。お前は本当は生きたい。あの父親をぶっ飛ばして、冒険者になって有名になって、そしてアリィと結婚して幸せな生活をおくりたい。本当はそう思ってるんだろう!?』
「———」
ペニアの発言に、俺は言葉を失った。
そしてそれは、図星を付いていた。
「......ああ、そうだよ。本当は生きてえよ。さっき言われたことは、本当だ。あのくそ親父をぶん殴りてえし、冒険者になりてえし。それに、アリィのことだって」
ポツリポツリと、口から本音が漏れる。
『そうだろう!?なら——』
「だけどなあ!全部全部お前がぶち壊してんだろうが!親父をぶん殴ることも!冒険者になることも!アリィと結婚して幸せな生活を送ることも!お前が!お前が!」
目の前にいる、この老婆を殴りたい衝動に駆られる。
全部ぶち壊しておいて、不可能な癖に、それをしたいなら私に従えと言ってくる。
「馬鹿にするのも大概にしろよ!」
時の止まった世界に、俺の怒声が響き渡る。
はあ、はあ、と心の底から吐き出した俺は息切れをしながら、ペニアを睨む。
だが、そのペニアは不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。
『私がぶち壊した?お前は何を言っているんだ?さっきからずっと不思議に思っていたんだが、台無しとか、ぶっ壊されたとか、何寝ぼけたことを言っている。私はお前の何物も壊しておらん。さっきの謝罪は人々に苦しめられたことではなく、お前に不適切な発言をして傷つけてしまったことへの謝罪だ』
「んなっ、てめえ......!」
『そもそも、お前は勘違いしている。お前だけでなく、この世の全ての人間がな』
「何を———」
『私は、貧困を司る神であって、不幸を司る神ではないと言うこと、逆に、幸福を司る神でもあると言うことだ』
ペニアがそう言い切った瞬間、ぶわっとペニアの圧力が強まった。
神としての存在感を発揮し、俺は気圧され言葉を失った。
『貧しさは不幸せではない。もちろん富める者に比べたらやれることは減る。だが、その分何かを感じた時は富める者よりも幸せを得ることが出来る。貧しさが和らいだ時には、至上の幸福を味わうことが出来る。これが幸せでなくて、何が幸せと言うのか』
出来の悪い子どもに話すように、優しく、しかし厳しく威厳の篭った声で俺に説くペニア。
『貧しいことは不幸せではない、幸せである。富める者よりも多くの幸せを感じることが出来るのは、何と幸せなことか。それを司る私は、不幸の神ではない。幸福の神である。私の【神託】を授かったからと言って、生きるのを諦めるのは、幸せを手放すのはお門違いだ』
目に確かな自信の光を灯し、堂々と宣言するペニア。
そして、ペニアが言ったことを不覚にも納得してしまった。
理解してしまった。
小さな薄汚れた老婆にしか見えないが、心の底で目の前の存在が神であると認識させられた。
『幸福の神として宣言しよう。幸せを掴もうと足掻けば、お前は幸せになることが出来る。正確には、これから解放される私の【神託】の権能が、だがな。望んだ幸せではないかもしれないが、確かに幸せと感じる人生を送ることが出来る』
ペニアがそう宣言する。
すると、体の中に暖かいものが入ってきたような気がした。
その途端に、後ろばかり向いていた俺の思考は前を向き始めた。
「そんな都合のいい話が、あるもんか。過去のお前の眷属は、不幸のまま死んだって話だぞ。そのいずれ解放される権能だって、あるか分からないし、そんなの、信じられるかよ」
だけど、まだ信じきれない。
不幸な目に遭ったのは事実なのだから。
『それは奴らが幸せを掴もうとしなかったからだ。奴らが掴もうとしたのは、幸せではなく富や名声。そんなもののために、私の権能は作用せん。しかるべき努力をすれば、幸せが手に入るというのに』
権能に関しては、信じてもらうしか無いがな、とペニアは寂しそうな顔をして遠くを見る。
過去に自らの権能を与え、堕ちてしまった者たちを回想しているのだろう。
そんな哀れな雰囲気を出しているペニアに、少しばかり同情した。
「それじゃあ、俺はまだ、やり直せるのか......?その努力をすれば、幸せになれるのか?」
未だ不安が拭えず、俺はペニアに質問する。
『やり直せるも何も、まだ始まったばかりだ。それに、幸福を掴めるかはお前次第だ。努力すれば、きっと幸せになることが出来る』
その答えを聞き、もしかしたら、諦めるのは早いかもしれない。ペニアの話を聞き、自然とそう思えてしまった。
『だから、死ぬなんて考えないでおくれ。私は消えたくない。消えるのが怖い。お前さえ努力すれば必ず手に入る幸せを約束する。だから、死なないでおくれ。私に、力を貸しておくれ』
ペニアは神であるのにもかかわらず、人間の俺にそう懇願してきた。
「......分かったよ。死ぬのはやめる。お前に、力を貸してやるさ」
『よし!よく言った!』
ペニアの懇願を、俺は受け入れた。
そうすると、さっきまで漂わせていた悲壮感はどこへ行ってしまったのか、あの身勝手なペニアが戻ってきた。
「てめえ、さっきのは演技だったのか」
『そんなわけないだろう。あれは事実だ。嬉しいことを喜んで何が悪い』
そんなペニアに疑いの目を向けるが、ペニアは飄々として躱す。
「まあいいか。そんなことよりも、この状況をどう脱出するんだよ」
ペニアの話には納得したが、現状は変わっていない。
俺の両手足は木に縛られ、身動きが取れない。
時間が止まっているためモンスターに襲われる心配はないが、禁忌とされる行為だ。いつ終わるか分かったもんじゃない。
そして時間が解放されれば、モンスターは俺を襲う。
さっきまでと違い、俺は今死にたくない。
俺は請うようにペニアを見る。
『私の権能を解放するがよい』
「権能?」
ペニアの言うことに、俺の頭が追いつかない。
他の神の権能なら、例えば戦神アレスなら力の上昇、解放系で言えば周囲を恐慌状態にする【ウォークライ】などが挙げられる。
だけど、貧困の神ペニアの権能の解放というのにはイメージが湧かない。
『簡単だ、私にお前を縛っている縄を捧げるが良い』
「は??」
どうやら俺の頭は、ペニアが言うことについていくことが出来ないようだ。
•••
「つまり、あんたに捧げたい物—この場合なら俺を縛っている縄に手で触れて『捧げよ』って言えばいいんだな?」
『うむ。そう言うことだ。全く、飲み込みが悪いやつだ』
「あんたの説明が悪いんだろうが」
あれから、俺とペニアはあーだこーだ言い争いながら俺は権能【ホープオブサクリファイス】を理解した。
神である以上己の権限内のことは全て知り尽くしているため、ペニアの説明は雑を極めた。
少しでも重要なところを説明すればすぐにわかる事を省かれることが多く、理解に時間がかかった。
それはそうと、この権能【ホープオブサクリファイス】は自らの所有物、若しくは所有物と見なしたものをこの世から消し去り、ペニアに捧げるというものだ。
そして、捧げられた物の価値に応じて、【神託】の経験値が溜まっていき、レベルを上げることが出来るという権能だ。
本来ならば【神託】のレベル上げは、神の扱う権能に即した行動を取ることで上げることが出来る。例えば戦神アレスなら戦うこと、豊穣神アフロディーテなら畑を耕すことで経験値を獲得し、レベルを上げることが出来る。
だが、ペニアの【神託】は少々特殊で、権能に従った行動ではレベルを上げることが出来ない。この権能【ホープオブサクリファイス】でしか上げることができない。
逆に言えば、物さえ捧げれば簡単にレベルを上げることができる。
【神託】のレベルを上げることによって自らを神に近づけ、そして新たな権能を手に入れることを第一に考える一般的な眷属からすれば、破格の性能だろう。
だが、例え神に近づいても同じレベルなら鍛えて強くなってきた方が強いので、ただ捧げてレベルを上げる方法はあまり取りたくない。
それにそもそも、無一文の俺にそんな捧げるだけでレベルを上げれるだけの物がないと言うのが現実だ。
『いくら力が余っているとは言え、これ以上時を止めるとバレてしまう。私が居なくなって時間が動いたら、さっき言ったことをやるんだぞ?』
「あんたが言ったってか、俺が頑張って理解しただけだけどな」
『うるさいわい。それじゃあ、行くぞ』
ブチブチ文句を言うと、ペニアは俺の前からまるで霞のように消えた。
俺はそんなペニアに呆れると、次の行動に備えた。
次の瞬間、世界が動き出した。
風は吹き、森はさざめき、そして獣が唸りだした。
それを確認した俺は、手を必死に動かして、縄に触れた。
「『捧げよ』」
俺は、権能【ホープオブサクリファイス】解放のスペルを唱えた。
瞬間、視界の外で何かが光、俺の手は自由になった。
「まじで出来た......。これが出来るなら例え牢屋に捕まっても無駄だぞ......」
自分でやったことなのに、ドン引きする俺。
今やったのは【ホープオブサクリファイス】の応用、と言うよりも裏技。
『自分の物』と認識した物を捧げるこの権能を使って、自らを縛る物を捧げて拘束を解くと言う技だ。
他人の物を『自分の物』とするのは難しいが、拘束具のように自分自身に密着しているものなら容易く行うことが出来る。
「って、早く逃げねえとやべえことになる」
ドン引きしているのも束の間、俺は今自分が晒されている状況を再認識して、慌てて足の縄も『捧げる』。
『よし、解放されたな。そして朗報だ。お前が捧げてきた縄、結構いいやつだったみたいでな、【神託】のレベルが上がったぞ』
目の前から消えたと思ったら、頭の中から響いてくるペニアの声。
それが、俺にレベルアップを伝える。
左手の甲を見ると、薄汚れた金貨の中にあった数字が変化していた。
「それがどうした。1も2も変わらんだろ」
『そんなことはないぞ。少なくとも、今お前に近づいてきているモンスターぐらいなら倒すことができる』
「......何が言いたい」
確かに、あの生肉で誘き寄せられるモンスターの強さはたかが知られている。
何も加護も無い状態では厳しいが、【神託】のレベルが上がれば非戦闘系【神託】を授かった子どもでも頑張れば倒せる。
だが、どこかわざとらしい言い方をしたペニアに俺は少し引っかかってカマをかけてみる。
『なに、この先何をするにしてもレベルが高い方がいいだろう?なら今のうちにレベルを上げておいた方がいいと思ってな』
「その本心は?」
『沢山の供物が欲しい!他の神々が贅沢しているのが羨ましかったからな!』
「ったく、流石は神だぜ。ってか、あんたは貧困の神だろ。贅沢すんなよ」
『貧困の神だからって、わざわざ貧乏な暮らしをしないといけないなんてことはないのだよ。聖職者だからって一生独身を貫くくらい馬鹿な話さ』
「......絶対その話を神父に話すんじゃねえぞ」
その機会はないだろうがな、と1人で言って俺は1人で突っ込む。
「でもレベルを上げるのは賛成だ。これからどうなるか分からんし、先立つものが無い以上身を守るものが必要だ。理由はともあれ、な」
『おお!そうかそうか!それはいい心がけだぞ!』
俺がペニアの意見に賛成すると、ペニアは分かりやすいくらいに喜びを響かせてきた。
『それじゃあじゃんじゃか倒してきてくれ。期待しておるぞ』
「はいはい、分かった分かった」
これ以上にないくらいにワクワク感を向けてきたペニアに俺は呆れたように笑った。
『グルルルルル』
「おっと、もうお出ましか」
そうこうしていると、俺を嗅ぎつけたモンスター、レッサーウルフが俺の前にやってきた。
はぐれウルフのようで、周りに仲間はいない。
『ウオオオオオオオオオオン!!』
だが、それは見当違いだったようだ。
こいつは群れの下っ端で、偵察に来ていたのだ。
遠吠えを挙げた途端、膨れ上がる複数の気配。
『グルルルルル.......』
『ガルルルルルルル』
『ウウ.....』
数え切れないほどのレッサーウルフが押し寄せてきた。
「群れてるから強い、ってか?でも残念だな」
俺はレッサーウルフの大群に臆することなく突っ込む。
「俺はてめえらに喰われるほど大人しくねえんだよ!!」
『ウオオオオオオオオオオン!!!』
そして、俺とレッサーウルフの群れがぶつかった。
•••
朝日が差し込み、木漏れ日が優しく地面を照らす森の中。
「あぁ......疲れた」
俺は全身血塗れになりながら、地面にへたり込んでそう呟いた。
俺の傍には、レッサーウルフの死体の山。
その数はゆうに50を超える。
「ちょっとは鍛えてたとはいえ、これだけの数のレッサーウルフを石で撲殺したり引っこ抜いた牙で切り裂いて殺すのは骨が折れるわ......やっぱ逃げとくべきだったな」
とは言っても、俺自身は大した怪我を負っていない為ただ疲れただけなのだが。
普通ならば途中で力尽きて餌になっているはずだが、流石は神の恩恵。
【神託】のレベルアップの恩恵は、意外と大きかった。
『終わったかの?デニスよ』
ちょうどいいタイミングでペニアの声が頭の中で響く。
まるで見計らっていたかのようなタイミングに、俺はこいつが俺の戦いを見て楽しんでたんじゃ無いかと心の底で疑う。
「ああ、終わったぞ。結構な数を倒したから期待してろよ」
『ああもちろん!今か今かと待っておるぞ!』
「はいはい、ちょっと待ってろ」
俺はペニアに急かされるままに、レッサーウルフの死体の山に近づく。
「『捧げよ』」
そして手を触れると、解放スペルを唱えた。
一瞬光る俺の手。
そして、一頭分の死体。
「ん?」
俺は目の前で起こった現象に首を傾げた。
『おお!ちゃんと送られてきたぞ!この調子でどんどん送ってきてくれ!』
そんな俺とは正反対に、ペニアからは能天気な声が送られてくる。
「なあペニア。質問していいか?」
『ん?なんだいデニス。早くしておくれ。供物が楽しみで仕方ないんだが』
「捧げる供物はさ、もしかして複数あった場合って一つずつしか送れないんじゃ——」
『そうだぞ。何を当たり前のことを言っておる』
その言葉に、俺は凍りついた。
「待て、一体何頭分あると思ってんだ」
『知らんよそんなもの。ほら、まだまだあるんだろう?はよう寄越せ』
目の前にはまだまだ大量にあるレッサーウルフよ死体。
頭の中からは早く早くとせがむペニアの声。
「......やってやろうじゃねえかああああ!!!」
俺はもう、思考を放棄した。
ひたすらに【ホープオブサクリファイス】を発動して、ペニアの元に捧げた。
一頭送るたびに歓声が上がるのが無性にイライラしたが、これも将来の為と心を無にして捧げ続けた。
こうして作業をし続け、終わる頃には既に日は高いところまで昇っていた。
『大量大量!よくやったぞデニス!』
「......」
疲れ果てた俺の頭に、大量の供物に喜ぶペニアの声が刺さる。
手足を放り出して横になりたい。
何もかも放棄して、寝てしまいたい。
『これで下準備は終了!【神託】のレベルは5まで上がったぞい!さあ!次はお前の元々の目的地、ラキドの街に向かうぞ!そして冒険者となるのだ!』
そんな俺を、ペニアは考えてくれない。
自分勝手に、次の予定を立て始める。
ぷちっ、と俺の中のナニかがキレる音がした。
「なあ、ペニア」
『ん?どうしたデニス。また質問か?』
俺の雰囲気に気がつくことなくそんな能天気に返してくるペニア。
「ああ、質問だ。これから俺はラキドの街に出かけるんだよなあ?」
『ああ、そうだぞ。そこでお前は冒険者になるのだ』
「なら、これはマズイんじゃないのかあ?」
俺はそういうと、自分の服に手を触れた。
レッサーウルフの血が大量に染み付いた。
「こんな格好で行ったら、どうなるかぐらい予想はつくよなあ?」
『確かに。そのままではお前は不審者扱いされて憲兵に捕まってしまう。手錠や鎖からは抜け出せるとはいえ、困ったのう』
「それについて、俺にいい案があるんだが」
『本当か!?それはどういうのだ?』
興味津々に、ペニアが食らいついてきた。
「ああ、それはな———」
『ん、ん?何やら嫌な予感が———』
俺はペニアの嫌な予想を肯定するかのように、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
俺は服に染み付いた大量のレッサーウルフの血に触れながら———
『や、やめろおおおおおおおおおお!!!』
「『捧げよ』」
一瞬光る俺の手。
次の瞬間、俺の狙い通りに俺の服からはレッサーウルフの血が消え去った。
『ぎゃああああ!!!せっかくの!せっかくの私の服が!!!』
そしてこれまた狙い通り、ペニアの元にレッサーウルフの血だけ送られていった。
「こうやって汚れとか捧げれば、いつでも綺麗にいられるよなあ?」
『や、やめるのだ。それ以上、汚いものは———』
「お前元々汚えから変わらんだろ」
縋るペニアを切り捨て、そして、「『捧げよ』」———
『いやああああああ!!!』
頭の中で、ペニアの絶叫が響き渡った。
「さて、行くか」
色々スッキリした俺は、すっかり手に馴染んでしまった即席の石のナイフと牙のナイフをポッケに入れ、ラギドの街へ続く道を歩いた。