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裏切り

 カァカァ、キチチチチ、と鳥や虫の声が鳴り響く夜の森。

 月光が辺りを薄く照らし、ぼんやりと行くべき道を示している。

 それにつられるように、俺は夜の森の道を歩いていた。


「そろそろ休むか」


 月光が照らしているとはいえ、視界は非常に悪い。

 カサカサとさっきから何かが俺の周りを動く音がしているため、もしそれが獣なり人間なりだったら、これ以上動き回るのは危険だ。

 それに、あれから何も食べてないため腹も減った。

 ここで何か腹に入れないと、空腹で倒れてしまいそうだ。


「よっ、と」


 俺は背中の荷物を降ろして、中から縄を取り出した。

 それをぐるぐると肩に巻きつけて、手頃な木に登る。

 しばらく登って、二股に分かれている太い枝を探すと、そこにぐるぐると縄を巻きつけた。


 父さん直伝の、簡易ベッドだ。


 あとはもう一度下に降りて、荷物を背負いさっきのベッドのところまで登って、長さの余った縄で荷物をくくりつければ完成。


 巻きが甘くて、よく叱られたなあ。


「っ......」


 この一通りの作業を通して、これを父さんに教えてもらった時のことを思い出し急に涙がこみ上げてきた。


 感情は消え去ったはずなのに。

 何も感じることなんて無い、そう思ってたのに。

 どうしてこうも、涙がこみ上げてくるのだ。


「っ......くそっ!」


 俺はそんな自分に苛立ち、木の幹を殴った。

 じん、と痺れる感覚に、俺はどこか虚しさを感じた。


「とりあえず、飯、食うか」


 俺はジンジンする手を無視して、括り付けられている荷物から干し肉と水筒を取り出す。

 干し肉を齧ると、塩っ辛さで舌が痺れ、それを水筒の水で流し込んだ。


「相変わらず、まっずいな......」


 さっきとは違った涙が溢れてくるが、これもまた懐かしくなり、俺は干し肉を頬張った。

 あまりの不味さに水筒の水が尽き掛けるが、不思議と嫌じゃなかった。


 そして粗方食べ終えると、水筒を荷物に戻し、簡易ベッドの上に横になった。


 木の隙間から、星空が見える。

 少し視線を傾ければ、広大な空が見える。

 それらを前に、自分のちっぽけさを感じる。


『人間ってのは小せえもんだ。自然を前にしちゃ全く太刀打ちできねえ。だからこそ、それを自覚するんだ。そうすれば、自然は俺たちに味方してくれる』


 かつての父さんの言葉が頭を過る。

 そして、父さんの言葉が今になってよく分かる。

 こうしてみると、自分ってのは小さいんだな。

 そう感じることが出来る。


(って、夜になってからずっと父さんのこと思い出してばっかりだなあ)


 さっきから父さんのことが頭をよぎり過ぎて、逆に笑えてきた。

 俺はいつから、ファザコンだったんだろうか。


 本当は今すぐに帰りたい。

 帰って、父さんと母さんと一緒に暮らしたい。


 1人になって、過去に触れて、胸の中をその想いがぐるぐると巡る。

 だけど現実は甘くなく、それは許されない。


(早く寝て、忘れよう)


 俺は巡る気持ちを抑え込み、目を瞑った。

 体を縄に預け、意識を微睡ませた。


 •••


 しばらく微睡んでいると、カサコソと物音がして目覚めた。

 しかし下を見ても、何も動いていない。


(遠くで動物が動いたんだろうな)


 俺はホッとして、もう一度寝ようとした。


 だが次の瞬間、ヒュンッと聞こえてきた風切り音と共に、ブチっと俺の体を支えていた縄が切れた。



「うわぁ!?」


 突然支えを失った俺の体は、地面に向け一直線に落ちていく。

 下を見ると、人間のような影がいくつか見える。

 ここで地面に落ちると、多分まずい。


「ちっ!」


 それなりに高さがあったのが幸いして、体を捻って体勢を整えて近くの枝につかまることができた。


「ちっ、こらベグ!首狙えつっただろ!」


「ひい!すんません親分!だけどこいつ枝先に頭向けてたから......」


「言い訳なんていらねえ!あとで覚えとけ!」


「ひいいいいい!!」


 俺が枝によじ登っていると、下の影と上にいた誰かがそんな会話をしていた。

 だけどそれをゆっくりと聞いている場合ではない。

 さっきの会話の内容からするに、奴らは俺の命を狙っている。

 一刻も早く逃げるべきだ。


 しかし、荷物は雁字搦めに縛った木の上。持ってきていた剣もそこにある。

 あの荷物がなければ、逃げても生きていくことができない。


「ベグ!ならちんたらしてねえで上から襲え!」


「は、はいいい!!」


 俺が躊躇していると、上にいた奴が剣を振り上げて俺のいるところに落下してきた。


「なっ!?」


「らあああ!!」


 一歩間違えれば死ぬかもしれないことを平然としてきたことに俺は一歩遅れ、服と上半身の皮膚を薄く切られてしまった。


「ちっ......」


「死ねええええええ!!」


 それが上手くいったと思ったのか、着地した瞬間に目に嗜虐的な光を灯して、そいつは斬りかかってきた。


 避けるだけの足場はない。


 そう、横には。


 俺はすぐさま飛び降り、そして足場にしていた枝を掴んだ。


「へっ?」


 突然俺が消えたことに戸惑いを隠せない奴は、その勢いを止めることができず、また俺が体重をかけた為に撓んだ枝に足を泳がせ、ズルッと足を滑らせた。


「わあああああ!!!」


 ドシン、と下から奴が落下した音が聞こえた。


「何やってんだよ!ホラ起きろ!」


 下を見ると、気絶している人影を蹴りつけている奴の姿を見ることができた。


(今しかない)


 俺は奴らの隙をついて、木の上に登り雁字搦めにしてあった縄を解いて荷物を確保した。


(だけどこれからどうする)


 荷物を確保したはいいが、これから先の道が無い。


 この木に隣接している枝はなく、渡っていくことも出来ない。

 かと言って、下に行けば間違いなく俺の命を狙っている奴らにやられる。

 八方塞がりの状況に、俺はじわりじわりと焦りが募る。


「はぁ......つったく、手をかけさせてんじゃねえよ。早く仕事を終わらせて帰りてえんだよ」


(仕事......?)


 気絶していた奴を蹴り飛ばしていた人の発言が、少し引っかかった。


「おい、まだそこにいるんだろボウズ!俺はちゃっちゃと片付けてえからとっとと降りてこい!」


 そいつは俺の方を見上げると、周りの動物が逃げ出しそうな馬鹿でかい声で俺に呼びかける。


「......降りる馬鹿がいるかよ」


 俺は小さな声でボソッと呟くと、無視することに決めた。

 降りたって、ロクなことがない。

 ここは我慢比べだ。


「ったく、意地張ってんじゃねえよ。本当は怖え癖に、強がってよお!」


(強がってなんかっ!)


 危うく反論しそうになるのを、グッと押さえ込んでそいつを睨む。

 月明かりに照らされたそいつは、ハゲ頭の巨大な男だった。

 そいつはそんな俺を見て、やれやれ、と溜息をついた。


「なあ、お前もしかして俺たちをただの野盗だと思ってねえか?野盗だと思って、睨めっこしてんのか?」


 そいつは、俺を嘲笑った。


「野盗だったら諦めるだろうな。相手は腕に自信のある奴。しかも木の上。めんどくさいからとっととどっかいくだろうさ。だけど俺たちは違うぜ?」


 その笑みを歪めて、そいつは続けた。


「俺たちは殺し屋だ。仕事を請け負ったら、諦めることなく、ターゲットを殺すまで追いかけ回す。残念だったなあ、目論見が外れて。お望みなら幾らでも待ってやるさ。お前が諦めるまでな」


 ワッハッハ、とそいつの周りの奴らも笑い出す。

 だけどその目には少したりとも驕りはない。


(くそっ、どうすれば)


 俺の焦りはどんどん増していった。

 しばらくは大丈夫だろう。だが、こっちは水も食料も限りがある。

 何とかしないと、先に折れるのはこっちだ。

 それでも、打開策が思い浮かばない。


(ってか、殺し屋?)


 俺は焦りの中でさっきは気がつかなかったが、こいつらは殺し屋といった。

 つまり、誰かに依頼されて、ってことだ。


(一体誰が、こんなことを)


 何も浮かばない頭の片隅でそんな苛立ちを覚える。

 心当たりは、ありすぎる。

 だけど絞り込めない。


(いや、そんなことを考えている場合じゃない!)


 俺は頭を振って脱線しかけていた思考を戻す。


「このまま待ってるのも暇だからな。少し面白い話をしてやろう。今回の依頼話だ」


 だが、奴のせいで思考が遮られた。

 そして、自然と聞き入ってしまう。


「そいつは騎士だった。比較的若くて、小隊長ぐらいのやつだった」


 その情報が、頭の中に流れてくる。

 そして、頭の中にある1人の人物が思い浮かぶ。


(いや、そんな訳がない。そんなことをする人じゃない)


 俺は頭に浮かんだ考えを消し去る。


 奴は続けた。


「そいつの息子がつい最近、【神託】を授かったそうだ。だけど、その結果は散々でよお、なんとあの疫病神の【神託】を授かっちまったそうだ」


 頭に浮かんだ考えが、また戻ってくる。

 さらに信憑性を増しながら。


(絶対違う!俺以外にも、疫病神の【神託】を授かった奴がいるんだ!)


 俺は現実に目を背けながら、頭の中から答えを消し去ろうとする。

 そしてこれ以上何も聞こえないように、耳を塞いだ。


「このままじゃ自分達が貧乏になってのたれ死んでしまう、だから殺してくれ。そいつは俺たちにそう依頼してきた」


 だけど男の声は俺の手の隙間を通り抜けて聞こえてくる。

 心を揺さぶるように。

 目を背けていた現実に無理やり目を向けさせるように。

 暴虐的に、暴力的に。


「そいつの名前は、アデス。お前の父親だ」


「ああ...ああ.......」


 嘘だ!と叫べたらどれだけ楽だったのだろうか。

 だけど、心は認めてしまった。


 父さんが、俺を捨てた、と。


「可哀想だなあ。愛する家族に、自分達の身の可愛さから売られてよお。同情するぜえ?だけど手は抜かねえ。やれ!」


 奴がそう声をかけると、頭上で木の葉が擦れる音がした。


「そらっ!」


「ぐああっ!!」


 突きつけられた衝撃的な現実に呆然としていた俺は反応できず、接近を許してしまった。

 背中に飛び乗られ、そのまま地面に叩きつけられた。


「ご苦労さん、アーデ。よし、お前ら!荷物は好きにしていいぞ!」


『よっしゃあああ!!!』


 周りにいた奴らが、俺の持っていた荷物に群がる。

 ビリビリとバッグを破られ、中身を漁られる。

 小さい家具、小道具、食料品。

 そして財布に関しては奪い合いの喧嘩が起こっていた。


 その光景を、俺は呆然と見ていた。


「恨むならお前の父親を恨みな。俺たちにお前を売った、クソ親父をな」


 奴はそういうと、唯一俺の手元にあった剣を奪う。


「ほう、結構いいの持ってんじゃん。これ貰うぜ?」


 ヒュンヒュン、と軽く振るって、奴はそれを自分の腰に差した。


「さて、残るはお前の処分なんだが、このまま放置だ」


「......」


 男は卑しげな表情を浮かべながら、俺を見下す。


「このまま剣で斬って殺す、ってのもありなんだが、最近は骨とかに剣で傷つけられた後とかあるとすぐ足がつくからな、このままモンスターの餌になってもらう。おいお前ら!取り終えたらアレを撒け!」


『へい!』


 奴がそう指示すると、俺の荷物に群がっていた男たちは散開し、せっせと何かを撒き始めた。

 そして奴自身は、縄を取り出して俺を木に縛り付けた。


「あれはモンスターが寄ってきやすいように加工した生肉だ。30分もしないうちにここらはモンスターで埋め尽くされる。多少腕に覚えはあるみてえだが、縛られて、たとえ抜け出せたとしても丸腰で何十匹のモンスターと戦うのは無理だろ?」


 男はニヤニヤしながら続けた。


「モンスターの餌になれば『運悪く』モンスターに襲われて食われたって思わせることができる。ここは有名なモンスターの巣窟だ。誰も疑いはしないさ。それに、荷物は『普通の』野盗に取られたって思わせておけば、俺たちが盗んだってバレやしないさ。モンスターと同じくらい、ここには野盗がいるんだからな」


 あいつらのガス抜きにもなるし、いいこと尽くめだぜ、と奴は欲に塗れた笑みを浮かべた。


「それじゃあな、ボウズ。お陰で儲かったぜ。恨むなら、お前を売った父親と【神託】を授けた神様を恨むんだな」


 奴はそう言って、森の外に続く道を歩いて行った。

 それに続いて、その手下達も歩いて行った。


 残されたのは、ボロボロの俺と異臭を放つ生肉だけだった。


 •••


 何も信じられなかった。


 父さんも母さんも、街の人も。


 全部全部、信じられない。


 何が真実で、何が偽物なのか。


 全く分からない。


 だけど、現に俺は殺されかけている。


 荷物は取られ、剣も奪われ。


 両手両足は木に縛り付けられて。


 その周りには変な匂いのする生肉が置かれていて。


 俺は、殺されかけている。


 もうバカバカしかった。


 将来に悩むよりも先に、死が来るなんて。


 あれだけ信頼していた親に、売られるなんて。


 父さんや母さんに諭されて、すこしでも生きてみようと思いかけたことすら、バカにされた気分だ。


「ふふ、ふははっ、ふははははっ!」


 怒るよりも、一周回って笑えてきた。


 だけどそれ以上に、バカバカしかったのは、






「どうでもいいと思っていた自分の命が、やっぱり可愛いんだ、って気がついたことだよ!」






「生きる気力が無ければそのまま降りて殺されればよかった!」


「だけど結局は自分の命が可愛くて、降りずにだけど真実突きつけられて呆然として捕まってまた生きる気力失って!」


「生きてえのか死にてえのかはっきりしろよ!って思ったけどもう遅くて!」


「結局は死ぬって!」


「笑えて笑えて、仕方ねえよ!」


 もう言ってることが何言ってるかわかんない。


 だけど、結局は生きたかったのだ。


 どんな不条理突きつけられても、生を全うしたかったんだ。


 だけど、もう遅い。


 獣の唸り声が聞こえてきた。


 まだ撒き散らされた生肉の方に意識が向いているためこっちには来ていないが、時間の問題だろう。


(こんなんで、死ぬのかあ、やだなあ)


 俺はそう思いながらも、自分にはどうすることも出来ないことを知っていた。

 だから諦めていた。

 生きることも、抗うことも。



 俺は、目を瞑った。




『おい、勝手に諦めるでないぞ』


 頭の中から、あの老婆の声が聞こえてきた。





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