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プロローグ

 朝日が昇り、部屋に差し込む光が顔を照らす。気持ちいい朝日は人を目覚めさせるものなのだが、俺はそれより前に既に起きていた。


「......寝れなかった」


 はあ、と溜息をついた俺は上体を起こして、うーん、と体を大きく伸ばす。

 今日は全く眠れなかったから体の至る所が軋んでいたが、気分は徹夜明けのそれではない。


「【神託】、ついに今日かあ」


 俺の気分は、過去1番に高揚していた。

 体も重たいはずなのに、羽が生えたように軽い。どこまででも行けてしまいそうだ。


 俺はベッドから降りると、木製の床が軋むのを構わずにタッタッタッと小走り気味で部屋を出る。

 そして朝早くから包丁で野菜を切る音が響く台所に入った。


「おはよう、母さん」


「あら、早いじゃない、デニス。そんなに【神託】が楽しみだったの?」


 挨拶をすると、母さんは調理の手を止めてこちらを振り向き、微笑ましげにこちらを見る。


「当たり前じゃないか!これでこれからの人生が決まるんだぞ!楽しみじゃないわけがない!」


「あらあら張り切っちゃって。これで残念な【神託】だったらどうするのかしらね」


「そんなことはない!きっと素晴らしい【神託】を授かるはずさ!」


 心も体も軽やかな俺は、浮かれたようにそう口走る。

 母さんは相変わらずそんな俺を微笑ましげに見ていたが、少し眉を潜めた。


「あんたクマだらけじゃない。もしかして、楽しみすぎて眠れなかったとかそういうじゃないだろうね?」


「......なんでバレたんだよ」


「当たり前でしょ。一体何年あんたの親をやってると思ってるのさ」


 呆れた母親は、はあ、と溜息をつき、調理を再開した。


「ほら早く顔を洗ってきなさい。ご飯すぐ作るから、それまでにシャンとしなさいよ」


「はーい......」


 母さんに促されるままに俺は井戸に向かって歩く。


 井戸端に着くと、俺は井戸水を組み上げて顔を洗う。


「ふぃ〜冷たいっ!」


 真夏というのにキンキンに冷えている井戸水が俺の顔を引き締める。

 だけど、それはすぐに緩んでしまった。


「【神託】かあ......どんな加護を貰えるんだろう!!」


 何たって、今日は【神託】で神様から加護を授かる唯一の日なのだから!!

 ウキウキが止まらなくて、ヒャッフー!、と叫んでしまう。


「デニス!朝っぱらから叫んでないで早く戻ってきなさい!」


「はあい......」


 流石に浮かれすぎたのだろう、母から叱られ、俺は朝食の準備されたリビングに向かった。


 •••


【神託】、それは15歳を迎えた子どもがこの世の数多なる神の一柱から加護を授かることである。

 神はその子どもを祝福し、その権能の一部を分け与える。

 例えば、アルテミス様なら弓や狩の技能、タケミカヅチ様なら剣や武術の技能を授かることができるのだ。

 そして【神託】を与えることによりその子どもはその神の眷属となり、下界での活躍を望まれる。

 神にとって、名を知られるというのは力を得るのと同じこと、つまり下界で眷属が活躍すれば、その神は天界で力を得ることが出来るのだ。

 これが、【神託】だ。





 与えられる【神託】はどの神に愛されているかで変わってくる。それは生まれてから【神託】を授かるまでの生き方で変わってくるとも、前世での行いとも呼ばれているが、はっきりしたことは分かっていない。

 だが、弓の訓練をしてきた者は弓等を司る神の【神託】を、剣の訓練をしてきた者は県を司る神の【神託】を授かりやすい傾向にある。


 父さんがアレス様の【神託】を授かっているため、俺はそれに肖り剣の訓練を行ってきた。

 傾向通り行くと、俺は剣や戦いの神の【神託】を授かることになるだろう。


 戦神系の【神託】は、騎士になるにも冒険者と呼ばれる職業になるにもうってつけだ。戦うことを是とした【神託】は自身の戦闘力の底上げをしてくれる。


 そして俺の夢は、もちろん冒険者になることだ。邪神が作り上げた凶悪なモンスターを倒して名声を得る。まるで物語の主人公のようなことが現実で起こり得る職業。男の俺は、小さな時から憧れてきた。


 だからこそ、父さんと同じ戦神系の【神託】を授かりたい。傾向通りに進んで欲しいと願うばかりだ。


「......おい、さっきから変な顔で変なこと考えてんじゃねえぞ。気持ち悪い」


【神託】を授かることのできる街の協会までの道を歩いていた俺の隣から、父さんがそう言ってくる。

 ......そんなに気持ち悪い顔をしているのだろうか。


「【神託】を授かるから嬉しいのは分かるが、抑えろよ。俺の息子がこんな変態でした、なんて同僚に見つかってみろ。酒の肴にされて笑い者になるぞ」


「誰が変態だ、このクソ親父。そもそも呑んだくれ騎士なんだから笑い者はいつものことだろう?」


「あ?言うようになったじゃねえかこのクソ餓鬼が。またボコボコにして泣かせてやろうか?」


「親としてそれはどうなんだ?まあ、【神託】授かってからなら俺がボコボコにするがな」


「はっ、言ってろ。年季がちげえんだよ」


 俺と父さんはそんな罵倒を交わしながら道を歩く。

 だけどこれは喧嘩じゃない。いつもの軽いやり取りだ。お互い本気じゃない。

 現に父さんも俺も、笑いながら喋っているのだ。


「しっかし、感慨深えものだなあ。俺が【神託】授かったって思ってたらもう息子のお前が【神託】授かるとはな。18年前の俺なら想像もしてなかったぜ」


 父さんはしみじみと、協会のある方を遠く見てそう呟いた。


「あん時の俺はビクビクしてたな。もしどの神からも【神託】を授かることができなかったら、って思ってな。まあ結果としてはアレス様の【神託】を授かることになったが」


 騎士を生業にしていて、そしてその中でも豪傑と名高い父さんの過去の話に、俺は驚きを覚える。


「へえ、父さんもそんなことがあったんだな」


「ったりめーだよ。誰だって昔は子どもだ。形のないものに怯えるもんだ。お前はそんな不安なさそうだな。逆に馬鹿みたいに期待してるけど」


「馬鹿は余分だ、馬鹿は。そりゃ期待しない方がおかしいでしょう。毎日毎日父さんに扱かれてるんだから、戦神の【神託】を授けてくれるに決まってるさ」


「そうか?もしかしたらドMの神に見初められるかもしれんぞ?殴られれば殴られるほど気持ちよくなって力が増すとか」


「やめろよ気持ち悪い。もしそうなったら本当に父さんを恨むぞ」


「ははっ、わりいわりい。そう睨むなって」


 ケラケラと俺の将来に関わることを馬鹿馬鹿しく話す父さんにイラッとして、俺は父さんを睨みつける。


「でも、あまり期待しすぎるなよ。神ってのは気まぐれだ。どれだけ努力したって見向きもされないこともあるんだ。例えどんな【神託】を授かったとしても、それで腐って人生を潰すような真似だけはやめろよ?」


 さっきまでの戯けた感じは何処へ行ったのか、とても真面目な顔でそう語りかけてくる父さん。

 急激に変わった空気の温度に圧倒され、俺は口を噤んでしまった。

 まるで、父さんはそれを間近で見たような、そんな説得力があった。


「さ、着いたぞ。お前は早く中に入って【神託】授かってこい」


 ついに教会に着き、父さんは立ち止まって俺の方を見る。

 さっきまでの重たい空気は何処かへ行き、いつもの戯けた空気を纏っている。

 ここで立ち止まったのは、【神託】を授かる儀式に、親は立ち入ることができないからだ。


「分かったよ。行ってきます」


 そんな父さんを見つつ、俺は教会の方に足を向ける。

 何だかんだ父さんからも期待されているんだ。その期待に応えないと。

 俺はその想いを背中に受け、教会へ歩みはじめた。


「頑張れよッ!」


「ぐあぁ!」


 突然バンッと背中を叩かれ、俺はバランスを崩して転んでしまう。

 ぐるっと後ろを振り向くと、父さんがニタニタしながらこっちを見ていた。


「ってめえ!本気でやりやがっただろ!」


「ん〜?知らねえなあ。とりあえず行ってこいって」


「くそがあ!絶対覚えてろよ!」


 俺はそう吐き捨て、教会の中に入った。


 •••


 教会は、とても広かった。

 10人が座れるような長椅子が100を超え、それが一階にも二階にもある。

 人がもうすでに結構な人数入っていたが、まだまだ余裕があるようで空席の方が多い。

 まるで劇場のようだ、と俺はそんなことを思った。


 そしてそれらの前には、巨大なステンドグラスがはめ込まれている。

 色彩豊かなステンドグラスは、数多なる神々を表しているらしく、所々に神様らしき人影や権能の象徴らしき物を見ることができる。


 その中央に、今回の要である、純白の祈祷台が置かれていた。

 ステンドグラスに比べてあまりにも小さいため不釣り合いに見えるが、母さん曰く人間とは矮小なもので、神様は偉大なものであるということを表しているらしい。

 話を聞いた当初はさっぱり意味が分からなかったが、実際に見てみると納得するものがある。


(ここで【神託】が授けられるのか。)


 俺は教会から溢れる神々しさと、こんなところで【神託】を授けられる幸福で言葉を失っていた。


「あ、デニスじゃん」


 教会の存在感に圧倒されていると、不意に後ろから話しかけられた。

 後ろを振り向くと、そこには茶髪を2つ結びにした少女がいた。


「アリィか。あれ?お前14じゃなかったっけ?」


「ひどいなあ。私とデニスは同い年でしょ?忘れてたの?」


「忘れてたってか、お前、あまりにも小さいからまだその歳じゃないって思ってた」


「尚更ひどいよ!これでも大きくなったんだからね!」


 少女—アリィはこっちに寄ってくると、胸板にくっつくか否かというところまで近づき、俺を下から見上げてくる。


 だが......


「......小さいな」


「みゃあ!!デニスが大きいだけだよ!」


 アリィの身長は、俺の顎の高さほどしかなかった。


「確か、女の成長はもう終わるころじゃ......」


「もう知らない!知らないもん身長なんて!ほら早く座ろ!?」


 アリィは俺の手を引くと教会の前の方の空いている椅子に走って引っ張っていく。

 そして到着すると、すぐに座って前の背もたれに突っ伏してしまった。


「......デニスのバカ」


「自業自得だろ」


 俺はため息をつきながら、アリィの隣に座る。


 こいつとは幼い頃からの付き合いだが、こういうところは相変わらずだなと、前の背もたれに突っ伏してブツブツと呪詛を唱える幼馴染を微笑ましげに見る。


(しかし、時間が余ってしまったな)


【神託】が授けられるのは2つ目の鐘がなった時。1つ目の鐘がなってからまだそんなに時間が経っていない。

 2つ目の鐘がなるまで、まだ時間はある。

 アリィは相変わらず呪詛を唱えているから話し相手にもならない。

 周りを見渡しても、知らない顔ばかりで話しかけにくい。

 つまるところ、今の状態は、とても暇だ。


 何をしようかと、目の前のステンドグラスに目を向けた。

 すると不意に、ある1つの模様に目を囚われた。


(なんだ、あれは)


 それは、薄汚れた金貨だった。

 ステンドグラスの美しい模様に、ポツンとある汚点のようなそれに、俺は釘付けとなってしまった。


 見た目は薄汚れた金貨の模様。正直なところ、綺麗とは呼べない。

 だけど何故かそこから目を離すことが出来ない。

 吸い込まれるような感覚。

 抗うこともできず、ただその一点を見つめるだけ。

 次第に、意識が......。















『決めた。お前がいい』
















「それでは、これより【神託】の儀に移る」





「......はっ」


 気がつけば、既に2つ目の鐘もなり、【神託】の儀が始まっていた。

 神父に名前を呼ばれた少年が今、祈祷台に立ち神に祈るところだった。


「大丈夫?デニス。さっきからボーッとしてたけど」


「え?お、おう。大丈夫だ」


 自爆して呪詛を唱えていたアリィにさえ心配される始末。

 どうやらそれほどまでに、俺はあの模様に目を囚われたようだ。


(にしても、薄汚れた金貨、なあ......)


 俺はステンドグラスのあの模様に目を移す。

 さっきみたいに釘付けになることはなく、ただの汚点として移るだけ。

 だけどさっきから、嫌な予感しかしない。

 意識が飛んでいる時に、嗄れた老婆の声が聞こえたような気がした。

 そして、それと同時に見えたような気がした声のイメージそっくりの、薄汚れたおばあさんの姿。

 それらと、薄汚れた金貨のイメージが一致して離なれない。


(まさか、ね)


 俺は心の中で、思い浮かんだことを切り捨てる。

 そんなはずがない、その気持ちで埋め尽くす。

 だけど、もし俺の考えが当たっていたら......


「次、デニス」


「は、はい!」


 考えている最中に神父に呼ばれ、俺は焦りながら返事をして祭壇に上がる。

 そして祈祷台に上がり、手を合わせて祈る。


(戦神の【神託】を得られますように)


 俺は全力で祈った。


「神の祝福があらんことを」


 俺の後ろで神父が唱える。

 そして俺の頭の上に、一滴の水が落ちてきた。

 聖水だ。


 すると、ステンドグラスから光が溢れ始めた。

 もちろん、これは他の人には見えていない。【神託】を授けられる者にしか見えない光だ。


 その光が、俺の全身を包み込む。

 その光は、とても冷たく、そして少し埃臭かった。


『いいかい。お前はこれから何もかも捨て去って生きていくんだ。そうすれば、お前が本当に望むものを得ることができる。余分なものはすべて捨てろ、必要なものも捨てちまえ。何もかも捨て去った先には、必ず、幸福が待っているから』


 あの老婆の声が聞こえた。

 ひどく嗄れて、年季の感じる声。

 人を馬鹿にしたような、だけどどこか暖かみのあるそれは、耳朶に触れると一瞬で消えた。


 次の瞬間、パンっと光の膜が破れ、破れた光が俺の左の手の甲に集まっていく。

 この光の先に刻み込まれた印が、【神託】の眷属の証となる。

 そしてそれは、その神の象徴が刻まれることになる。


 そこにあった【神託】の眷属の証、それは


「薄汚れた、金貨」


 あまりにも衝撃で声に出てしまったそれは、ステンドグラスと同じ、薄汚れた金貨だった。


「薄汚れた金貨だと?」


 その呟きに反応した神父は俺のところに駆け寄ると左手を引っ手繰るようにして見て、そして俺に哀れみの目を向けてきた。


「デニス、落ち着いて聞いてくれ。お前が授けられた【神託】は、貧困を司る神、ペニア様のものだ」


「......えっ?」


 貧困?

 神父のその言葉に、俺は耳を疑った。



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