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不器用な引きこもり、前世の研鑽の全てを神に求められる。

 人が苦手だ。


 とにかく関わるのが面倒で煩わしい。

 どうして言葉に裏があったり、こちらの言動を額面どおりに捉えてもらえないのか、はたはた疑問だった。


 だから自分が死んだときには、正直安堵した。




 俺の死因は餓死。

 修行に夢中になりすぎた。


 やっぱりあの少し効率が落ちたか? と感じた時に一旦休憩をいれておけば良かった。そこが攻め時だと考えてしまったから、手足の感覚が鈍くなってきても、これしき、と意地になってしまったのだ。やめときゃ良かった。


 すぐ隣にすぐに食べられる食い物のある状況で餓死している死体を見つけた奴は、訳もわからず混乱しただろう。まぁ、こんな山奥に来るやつがいたとすればだが。



 俺は8年前からこの山奥で一人きりだ。


 小さな頃からぶっきらぼうで、両親でさえ俺が何を考えているのかわからない様子でいた。弟だけが俺のことを分かっていて、自分の失敗をよく俺に擦り付けてきた。

 水をこぼしたのだの茶碗を割ったのだのと、やってもいないことを責められては謝りようがない。素直に自分じゃないから謝りたくないと言っているのに「素直じゃないやつ」と叱られた。理不尽な。

 そのくせ要領も愛嬌もある弟は誉められ可愛がられた。

 八歳になる頃にはすっかり諦めて、そんなものだと思っていた。


 学校でも可も不可もなくな俺より弟の方が成績が良かった。ただ運動神経は俺の方がずっと良かったから、俺はしょっちゅう乱暴者のガキ大将から弟をかばってやった。怪我をしても、弟が俺の影に縮こまるのを見れば、助けてやらねばと感じたんだ。


 だがただ一度だけ、俺の影からガキ大将をからかいやがったのを叱りつけたことがある。弟は両親に理由なく怒鳴られたと訴えた。両親はもちろん怒って俺を蔵に閉じ込める。

 真っ暗な蔵の中で泣きながら一晩を明かし、出てくると弟はすっかりガキ大将に気に入られていた。訳がわからなかった。


 そのあとからずっと村の連中に遠巻きにされた。

 十五になるまで俺は一人きりで過ごし、なってすぐに村を出た。



 町に出てきた俺は懸命に働いた。寡黙だが仕事に真面目ないいやつだと言われるようになった。

 その頃だ、ひとりの女に出会ったのは。

 近くの食堂の看板娘で、華奢で小さな体に大きな瞳。はじめて見かけたときからずっと好きだったと告白されては、有頂天になるのも道理だろう。周囲にも祝福され、俺は彼女と結婚するために、ますます仕事に打ち込んだ。

 金も貯まって、いざ結婚しようと彼女の部屋を訪れると、彼女は同僚の男と抱き合っていた。


 口汚く責め立てれば、寂しかったのだのなんだのと。挙げ句に俺に暴力を振るわれたと周囲に訴えて、彼女とは別れた。もちろんそんなことはしていないが、慰謝料だと言われて全財産をむしりとられ、仕事場にも罵倒されて追い出された。よくよく考えれば、俺が貰う側じゃないかとも思ったが後の祭りだ。

 なにもかも失って、俺はこの山にきた。



 誰にも煩わされない生活は快適だ。

 毎日毎日、食い物を探し住処をより快適にするために工夫をして。自分のためだけに過ごした。

 山菜なんかは小さな頃から採っていたからすぐにわかったし、肉は罠を作って兎や鹿を捕った。

 麓の山村で皮や山菜を売り、小麦や塩、苗を買うと挽いてパンを作ったり、植えて畑にしたりした。畑を作ると猪がやって来るので、罠にかけて肉と皮にした。たくさんの小麦や果物になった。


 そうなると生活に余裕が出て、暇になった俺は修行と称して体を鍛えはじめた。こんな山奥でやれることは少ない。辺りを走り回ったり木を殴ったり棒を振り回してみたり。


 そのうち目標がほしくなって、そのへんの石を割ってみようだの、猪を素手で倒してやろうだの。バカなことばかり考えては実行した。はじめは失敗ばかりで大ケガもしたが、そのうち本当に岩を割ったり、大猪を倒したりできるようになった。

 この大猪は本当に良かった。大量の小麦や塩、苗、果物だけに留まらず、様々な調味料にさえなった。それからあとは山村にも下りていない。


 完全な引きこもり生活に俺は満足していた。


 ますます俺は体を鍛え込んだ。大岩を割り、熊まで倒す。そのうち割り方倒し方に自分で条件をつけるようになった。粉々にしたり、右足は使わないだとか頭は一切傷つけないだとか。

 バカだとは思うが、俺は暇だった。実際に何度も挑戦すればできるようになった。できるようになるのが楽しかった。


 他よりずっと大きな熊を見かけた頃。どうやって倒してやろうかといろいろ試行錯誤していて……つい夢中になりすぎた。もうちょっとで後部三角筋がいい感じになりそうな気がして、やめ際を見失った。


 あの熊、倒してやりたかったな。




 それで俺は、何でこんなに色々考えられるのだろうか。


 死んだらなにもかも終わりで、なにも考えずにすむようになるんじゃないのか?


 辺りを見渡してもなにも見えない。ただ真っ白なだけだ。


 だが、そう思った次の瞬間、目線の先に円い虹がかかった。

 そしてそこから不思議な声が聞こえた。




「男よ男。聞け。おれはお前のいた山の山神だ」




 は? 山神? あそこにはそんなものがいたのか。

 俺は円い虹をじっと見つめた。


「おれはおまえが毎日毎日、愚直に鍛え続けるのをずっと見ていた」


 ……。

 見られていたとなると恥ずかしい。誰もいないからとのびのびしていたのに。


「あんなことでおまえが死ぬなぞ、ついぞ考えもしなかった」


 ああ、うん。夢中になりすぎて食うのを忘れて死ぬとは、俺も思わなかったな。


「おれはおまえがおれの山で鍛えに鍛えて、やがてこの世界に並ぶもののない武神となるのをたのしみにしていたのに」


 ……ん?


「武神となったならば、きっと他の神にも自慢できるとたのしみにしていたのに」


 オイ。武神てなんだ。俺はそんなものになる気はないぞ。


「おれは悔しい。せっかく鍛えたその技能が、失われるのがとてつもなく悔しい」


 オイ、お前な。

 コイツまさか聞いちゃいねぇな?


「だからおれは、おまえを生き返らせようと思う」


 ハァ!?

 なんだって? 生き返らせる?!

 冗談じゃない、俺はやっと死ねるんだ。やっと休めるんだ!


「人のなかに生き返らせて、その修練の成果を見せるのだ。そして武神となるのを見届ける」


 ばかを言うな。おれは生き返りたくなどない。人に関わるのはもう嫌だ。皮と小麦を交換するのだけでも十分面倒だったのに!



「おれは見届ける。おまえが人に認められるのを」



 ピクリ。

 俺の心の中がどこか反応した。


 人に認められる。


 俺が、俺がか?



「おれは見届ける。おまえが武神となり、栄華を極めるのを」


 いや、そんなのはいらん。


 いや、やっぱり嫌だ。俺が人に認められる訳がないんだ。どうせ嫌われて嫌がられて騙され裏切られて棄てられる。


 誰も俺など認めてくれない。


 期待などさせるな。このまま死なせてくれ。



「おれは信じてるぞ。誰がなんと言おうが、おまえはすごい。おれはずっとおまえを見ていたのだ」



 ……。



「おまえはすごい。だからおれは見届ける」




 お前が。神が。


 俺を認めてくれるのか。


 親も誰も信じてくれなかった俺のことを、神様(お前)が信じて認めてくれるのか。





 ふぅーっと意識が遠ざかっていく。


 気がついたときには、俺は力いっぱい産声をあげていた。





 §





 俺は生き返らず、生まれ変わった。

 だが、生まれ変わってもぶっきらぼうだった。


 赤子でも呻くぐらいで泣くことも笑うこともなく、両親はたいそう心配していた。

 ただ、普通の幼児より早く立ったり歩いたり、文字を読み書きしてみたりすれば、特に問題もないだろうと納得された。


 俺は晨曦(シンギ)という立派な名前を授けられ、地方豪族の血を継ぐ裕福な家で大事に育てられた。

 弟はいなかったが、兄とひとつ違いの妹がいた。この妹がたいそう要領がよく愛嬌もあって可愛がられていたのだ。

 が、今度の両親は非常に公平で公正な人間だった。


 なにやら妹がしたイタズラを俺がしたのだと訴えた時には、様々なところを指摘して妹がしたものと見破り、なぜこうしたのかと聞きただして嗜めた。


 俺は昔から自分でやった悪いことは悪いときちんと謝る人間だったので、ある日、高そうな壺にヒビを入れてしまった時にはそのことをしっかり伝えて謝った。

 すると両親は、隠したいだろうことも正直に言い、きちんと謝るのをたいそう誉めてくれた。なかなかできることではないと。


 俺は、前世から通して初めて大声で泣いた。


 両親はびっくりして抱き締め慰めてくれた。その優しさが嬉しくて俺はますます泣いた。


 あとから考えるととんでもなく恥ずかしいが、その後両親も妹も周囲も、俺にすっかり優しくなった。



 いや、生まれ変わったあとの世界は、俺にずっと優しかった。



 きっとどこかから山神が見守ってくれているのだろうと考えたとき、俺は素直に武神になってやろうと思えた。


 なってどうなるとは思ったが、俺を初めて認めてくれた山神と両親に、誇ってもらえる男になりたかった。



 齢五つ。まずはこの小さな体を鍛え直すところからだ。

 俺は前世を思い出しながら、コツコツと鍛え直しはじめた。

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