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【童話】白い彼女と魔女を訪ねる旅

童話アレンジです。

 少女は、黒く薄いヴェールをつけている。


 もしもこれが、白いヴェールであれば、手をとる隣の少年の花嫁であるのだろう、そういう姿であった。


 だが、それは死出の旅に出るための、装いである。

 比喩でなく、死装束である。

 男は白い正装に黒い帽子を、女は黒いヴェールと白いドレスを。それが、冥府へ送られるネコの姿なのだ。


 流石に少女の着るのは、動きの削がれない、アイボリーのワンピースであったが、しかしその、白い体毛が正にドレスのようで、彼女を愛する人たちに、悲壮感を与えた。



 これは、『深淵の玄き森』に向かう『魔女』がする姿である。

 彼ら彼女らは、死装束を纏って、その森へと行く。

 そして帰らない。

 『魔女』は、その森から、故郷へ帰ることはできない。


 彼女もきっと、一生を『森』で過ごすのだ。故に、彼女の両親も、彼女を知る近所の人々も、涙に暮れる。



 彼女をよく知り、泣かないのは、彼女の隣で手をとる少年のみだ。


 彼はその手を、ぎゅ、と握りしめると、こう言った。


「大丈夫。僕らは必ず、ふたりでここに戻ってくるよ」


 少年は、動きやすく、汚れてもよい丈夫な服を着て、腰には帯剣し、背には二匹が半月、旅をするための旅道具を詰め込んだ鞄を背負う。


 少女は、お揃いの鞄を背負い、だが、その中身は少年よりずっと軽い。白く尖った耳をピンとさせて、尻尾を軽く揺らした。

 潤んだ瞳から涙を落とさぬように、まっすぐに前を見る。


「大丈夫」

「大丈夫」


 二匹は、決意と覚悟と誓いを込めて、そう言った。


 必ず、『深淵の魔女』に会い、そして帰ってくる。


 そのための、ふたりきりの旅が始まった。




 ◆




 ふたりの運命が変わった日を思い出せば、まず耳に響くのはこの叫びだろう。


「そんな馬鹿なことが、あるはずがない!」


 筋骨隆々とした騎士たちに組伏せられた、濃淡のある茶色い斑模様のネコが、振り絞るような声で叫ぶ。

 腕は揃えて捕まれ、頭は地面に塗り付けられるように、身体ごと押さえつけられていた。

 後ろ足はなんとか抜け出ようと、もがいているが、爪が地面を掻くだけである。


 彼が見るのは、その数体高分、前にいる騎士たちだ。騎士たちは、皆、同じネコとは思えぬほど、鍛え上げられた肉体をしている。

 そして、その中には、縄打たれて涙を浮かべる、小柄な白いネコの少女が震えていた。


 彼と彼女は、結婚を約束した、恋人同士である。


 幼い頃から近所で育ち、たまの喧嘩でさえ微笑ましく見られる仲であった。

 彼女が大ケガをして、暫く外出もままならなかった時の事など、いまだに語り草である。

 それぐらい、この界隈では仲睦まじいことで有名な恋人同士。


 それが渦中の二人、いや二匹である。



 この朝、二匹がいつものように、少女の家の前で待ち合わせていると、そこに十数匹の屈強な騎士たちがやって来た。


 そして曰く、



「その女は『深淵の魔女』である」



 ……訳もわからず、固まる二匹。


 かまわず、騎士は続ける。


「『深淵の魔女』は『深淵の玄き森』に還さねばならぬ。さもなくば、首を刈って神に捧げねばならぬ」


 そう言って、彼女を拿捕するために囲んだ。


 茶色の斑ネコは、顔色を変えて訴えた。彼女が『深淵の魔女』とやらの筈がないと。

 彼女は、彼がミィミィと乳を求めているうちに、二軒隣の家で生まれている。

 少年はその頃を覚えていないが、彼女の両親は才色兼備と名高く、だから、その生まれたときには近所中の皆が、挙って見に行ったのだ。

 そこで愛らしい赤子が育ったのは、誰もが知るところ。そう訴えたが、受け入れられなかった。


 それどころか抵抗する彼は組伏せられ、地に這いつくばされた。


 尚も言い募る彼は殴られ、蹴られる。

 彼女は、彼に乱暴しないことを引き換えに、縄を受け入れた。


 痛みと悔しさに、叫び、顔を歪ませたネコの少年は、騎士がいなくなって暫くしても、その場から起き上がることはなかった。




 ◆



 昼。

 彼の姿は、領主の館にあった。


 騎士たちの主は領主である。

 少年は数時間前から、少女の身の潔白を叫び続けている。


 門前払いにされても気にせず、声を大にして訴え続けた。

 すると、そろそろ日も傾くかという頃に、館から一匹の黒いネコが、騎士数人を伴って出てきた。


「少年、何度訴えられようが、私にはどうにもならぬのだ。白い体毛に、赤色の瞳を持つものは、すべからく『深淵の魔女』なのだ」


「彼女の髪は、もとから白かったのではないし、瞳はそんなに赤くない!」


 少年は切に訴えた。

 少女の瞳は、母親に似た赤銅色。

 そして、毛は、雷に撃たれるという大事故の際にすべて抜け落ち、次に生えてきたときには、艶やかな栗色が、すっかり真っ白になっていたのだ。

 この頃やっと、気にせず姿を見せられるようになってきたのにと、少年は悔しげに嘆く。


「彼女は白い毛と銅色の瞳の、ただの町娘だ。『深淵の魔女』なんて伝説でしか聞かないような存在ではない」

「『深淵の魔女』は存在する」


 領主であるネコは、眼光を強めた。


「遥か東方、『深淵の玄き森』に魔女は確かに棲んでいる。それは疑い様のないことだ」


 領主はきっぱりと、そう言った。

 少年はその迫力に一瞬戦き、だがしかし、悔しさをにじませたまま、領主を睨んだ。


 それを見た領主である黒ネコは、表情を緩め、慈しむような目線を向けた。


「私には、彼女が本当にそうであるか、そうでないのか、確かめるすべはない。『深淵の魔女』は、『深淵の魔女』にしか、見分けられない。我々の知る『深淵の魔女』は、白い体と赤い目を持つこと、『深淵の玄き森』から長く出れば、災いの起こること、のみだ。だから、我々は白い体と赤い目を持つ者を見つけ次第、『森』に送るしかできぬのだ。もし出来ることがあるとするならば」


 ここで、黒ネコは灰紺色の瞳を、少年にピタリと合わせた。



「彼女を『森』へ送る役を、君に与えよう。『深淵の魔女』に聞きなさい。彼女が『魔女』であるか否か」



 少年は、覚悟のできた瞳をした。




 ◆




 『深淵の玄き森』へは、馬車なども乗り継いで、10日ほど。

 黒いヴェールを被った、白い少女の意味は、誰もが知るところである。


 ネコだけではない。

 キツネも、クマも、サルもオオカミでさえも、それを知っていたので、誰も弱々しい、か弱いネコの少女を、からかったりなどしなかった。


 かわりに、遠巻きに見る。

 イヌも、ウシもトリも、ヒツジも彼女に近づいたりしない。

 そばにいるのは、いつも、茶斑のキリリとした顔の、ネコの少年だった。


 彼は、彼女の手を握って、たわいのない話をしている。

 それに対してコロコロと笑う、彼女の姿に皆、首をかしげた。



 白い体毛に赤い瞳を持つものは、老若男女、どんな動物に関わらず、『深淵の魔女』と呼ばれる。


 見つかれば、赤子であれば成体になってから、成体であれば、直ちに死装束を着せられて、『深淵の玄き森』に送られる。


 そして、そこから一生を出てこない。

 彼女らは、『森』で過ごし、死に、葬られる。


 乗り合い馬車で、隣に座る少年はそれを、もちろん知るはずである。

 あれだけ、親しげに話すのだから、送り出すために宛がわれた者ではなく、元からの知り合いだったのだろう。


 そこまで考えた者は、ああ、と思う。


 彼女の最後の旅が、辛くならないようにと、振る舞っているのかと。

 年頃の男女、もしかしたら想い合うふたりなのかもしれないと思うと、乗り合った者は皆、たちまち、胸が締め付けられ、二匹を応援したくなった。


 次の町についたとき、少年は乗り合った人々に、あの食事処が旨い、宿ならあそこがいい、時間があれば、町のここを見に行けと、あれこれ教えられ、面食らった。


「僕らは『深淵の魔女』に会いに行くだけです。彼女が『魔女』ではないと証明してもらうために」


 人々は顔を見合わせて、少女を見た。

 赤いと思っていた瞳は、光の具合により茶にも見えて、ああ、と納得した。


「どちらかわからないなんて、災難なことだねぇ!」

「かわいそうに! きっと、違うといいね」


 そう話している間に、何者かが、人々の間に割り込んできた。


「なにが災難だ! うちの村の方が、ずっと災難だ!」


 アライグマの男は、囲まれている少年少女の前に、転がり出て、腕を広げて主張しだした。


「うちの町には、大きな美しい池があったんだ。それが三日前から、どんどん水嵩がなくなり、今日、すっかり水がなくなってしまった。他の村には、そんな様子はないのに。こんなことは今までにない! これからどうすればいいんだ!」


 人々は顔を見合わせ、憐れな男を見た。

 アライグマに、豊かな水がどれだけ必要か、みんなが知っていた。

 ネコのふたりも、困惑したお互いの顔を見て、そして、ハッとした。


「そうだ、『魔女』に聞いてみよう」

「『深淵の魔女』の不思議な力なら、何かわかるんじゃないかしら?」


 怪訝な顔で二匹を見る、アライグマ。

 それを、二人は笑って見返す。


 どうせ、二匹は『深淵の玄き森』へ行く。

 会えたらきっと、必ず聞くと、アライグマの男の手を握った。


「何を考えている。お前が魔女なんだろう」

「私は、魔女ではないの。でも、本物の魔女なら、何かわかるのではないのかしら」


 いいや、きっと絶望しかない。そう言って、男は去っていった。


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