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受付嬢が最強職らしいです  作者: きたかた
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第1話 邂逅と日常

勢い余って書き始めたお話、拙い点多々あるとは思いますが、のんびりと続けていけたらと思っています。

頬に伝わる、僅かな感触。

触れて確かめる。まだ暖かいそれは、迸る鮮血だ。


だが、彼──カサネは、目の前の光景から目を離すことが出来ない。

そう、先程まで凶悪な魔物だった肉塊(もの)を慣れた手つきで…それも何故か文房具を用いて捌いていく彼女から。


彼女がゆっくりと振り向く。

煌々と輝く目は無表情で、なにも見ていない様でとても恐ろしかった。

けれどそれ以上に──美しかったんだ。




この僕にとって運命的な出会いを語るには、少し遡る必要がある。


からりと晴れた夏の日。

僕はうだるような暑さに半ばから溶けていた。

もはや何をするでもなく木机につっぷし夏の終わりを待つ。戦線はもはや絶望的なラインだが。

酷使してきたクーラー(戦友)は、夏も始まったばかりというのに煙を上げて活動停止し、僕を置いて旅立って逝ってしまった。

死体に鞭打つようにナナメ45度チョップをキメるもののプスンとも言わない戦友に、僕は改めて慟哭に咽び泣くのだった。


ベッドと机でほとんど埋まった、熱を籠らせる狭い部屋に残された武装は、古く貧弱な羽をばたつかせる様にして回転させる扇風機のみ。

取り付けられていた風を表現する紐は時折ぴくりと揺れるだけで、夏の情緒感?ナニソレオイシイノ?といった様相に、思わず激昂した僕の八つ当たりによって千切られて久しい。

残った固結び部分のみが柔風に扇がれているのがなんともあはれを誘う…


だらだらと垂れる汗に意識を朦朧とさせながら、意味もなく羊を数える。

羊が20匹…羊が21匹…ヒトゥジが…


「ハッ!」


何故かネイティブ発音になったところで僕の精神はどうにか自らを覚醒させた。

危ないところだった。

あのまま羊を数えていたら確実に逝っていた。

笑顔でこちらに手を振る戦友には悪いが、僕はまだヴァルハラには行けない。


カサネは自身を叱咤し、この状況を打破する一手を探る。

あるはずだ…どんなに絶望的な状況だとしても。だからこそ、起死回生の策はあるはずなんだ。脳細胞が軋むのも気にせず、僕の平均的な頭脳は唸りを上げる。


とそこで、僕の死にかけの脳内回路がスパークを迸らせた。

そうだ。なぜ忘れていた!ある!あるんだ、神が人類に与えたもうたアレが。


この位置から下階のキッチンまで10メートル程度か。

どう考えたって動ける体ではないのは明白だ。

真夏日という名称だけで状態異常をもたらす様な気温と、その熱量によってジリジリと削られた体力は無いに等しく、盛大にレッドアラートを鳴らしている。


だが、それがどうしたというのだ!

僕の生きたいという生存本能の前に、その程度の逆境など無いに等しい。

むしろ心地よい試練だとすら言える。


カサネは生き残るためのただ一つの活路を手に入れるため、ゆらりと立ち上がった。

そして、殆ど無いに等しい風通しのために開け放たれていた襖へ一直線に走る。


フォームなどなく、意思一つで体全体を引き摺るかの様な前傾姿勢のそのものの走り。

だが、速い。

もし相対する敵がいたとするなら思わずこう叫んでいた事だろう。

「その体のどこにそんな力が!?」と。


階段を半ば落ちるようにして下り、というか落ちたものの見事な受身を決め、落下の勢いをも加速に変えて突き進む。

武道経験など無いカサネだが、火事場の馬鹿力という奴だろう。

危機的状況で極限まで高められた集中力によって為し得られた加速。

人は得てして土壇場で思いもよらない力を発揮できるものである。


そして立ち塞がる障壁ドアを開け放ちクーラーの効いた涼やかなリビングへの侵入を果たす。

先程の落下音も気にせずソファーで寛いでいた妹が立ち上がり「ちょっと兄ぃ、暑苦しいからドア閉めて。てか出てって」などと文句を宣うが、カサネの耳にはもう届かない。

キキキキッと方向転換しキッチンへ。

限界を超えた速度が生み出した衝撃波が吹き荒れた。


「きゃあぁぁっ」

聖域への侵入を果たした外敵を持ち前の毒舌を以て排除し、ついでに精神崩壊を齎さんと立ち上がった門番(妹)を吹き飛ばす。

両腕を交差させ衝撃を緩和させるが、さしもの妹も押し流される。

いかな敵も、今のカサネの歩を止めるには至らない!


「はぁ、はぁ…」

キッチンへたどり着いたカサネは荒い息を整え、震える手で冷蔵庫へ手を伸ばす。

「やった。やったぞ。これで僕は…」

それはさながらパンドラの箱。

開けたものに齎されるのは果たして希望か、絶望か…


無い!!無い!?!?

絶望だった。

「おかしい…昨日まではあったはずなんだ…死ぬほどの思いで耐え、明日へ繋げようと…」


だが、アレが無いことは確かだ。

襲いくる疲労感と絶望に、蹲うカサネ。


「僕はどうすれば…このままじゃ死ぬ…」


運命は残酷だ。

希望の糸を垂らしたと思えば、直前での手のひら返し。

そして気付かされる。希望なんてなかったという事を。


ただでさえ死力を尽くしてここまで来たのだ。

ひとたび絶望に打ちひしがれたカサネのライフはもうゼロだった。


辛うじて身体を支えていた四肢が限界を迎え、そのまま身を横たえる。

床がひんやりしている。きもちい。

もう疲れたよパ○ラッシュ…


意識が遠のく。僕には心を温めてくれる大型犬はいないが、冷たい床は凍えるほどではなくとも最後に心地良さを与えてくれた。

沸騰していた身体が冷えていくのを感じる。

僕はゆっくりと目を閉じて…

ツンツン。


目を閉じ…

ツンツン。


いい人生だっ…

ドゴァ!!!!


背中に強力な衝撃が走る。

灰色に燃え尽きようとしていたカサネは、物理法則を無視して横たわった格好のまま回転しながら水平に吹き飛んだ。

人間独楽と化したカサネは横に長いキッチンを一直線に縦断し、端の壁にぶち当たった所でやっとその勢いを止めた。


か、かはっ!

干からびたカサネの胃液はとうに蒸発しており、絶え絶えな呼気が吐き出されるのみ。

内臓にもダメージがあったのか口の端から一筋の血が流れる。


「なにひとりで茶番してるの?暑さで元から残念な頭でもやっちゃった?アイスなら昨日食べてたじゃん」


阿吽像もびっくりの仁王立ちをキメつつ衝撃の事実を述べているのは、先の衝撃波から立ち直り壮絶な倍返しによってひとまずの溜飲を下げたリビングルームの番人たる妹だ。

振り上げられた右足からはシュウゥゥ…と白煙が立ち上り、その蹴りの威力を物語っている。


「え…は?僕が昨日食べてただって?」

言っている意味が分からず思わずオウム返しするカサネ。


「昨日もすごい勢いで降りてきて、ガリガ○君をひとしきり崇めたかと思ったら泣きながらながら食べてたよ」


あれは気持ち悪かった…と嫌そうな顔で呟きつつ、短いツインテールをふりんっ!しながら残心を解いた妹。

未だに煙を立ち上らせる伸びやかな足を、剣士が刀に付着した血を払うかのように戻す。


「そんなバカな…食べていた事実から目を背けてたって言うのか!そんなことあるはずない!」

カサネはその事実を受け止められない。

そして妹に蹴りを放たれた事実はもっと受け止められない。


最近冷たくなったとは思っていたが、二つ下の中学生な妹によもや容赦なく足蹴にされようとは。

兄ぃ立ち入り禁止と書かれた妹の自室とリビングルームを見た時もここまでの絶望は無かった。

兄は…兄はかなしい。

人外の威力があった様な気がするが、兄の尊厳の危機を前にそんな事は些細な問題だった。


アイスが無かった事と妹に足蹴にされるというダブルパンチによってフローリングに両手をつき、「妹が暴力妹でした」と呆然とするカサネ。

それをちらっと見た妹ははー、と息を吐いた。

そのままツカツカと近付き、兄の胸元を捻るように掴みあげ、パパパパパと連続ビンタをかました。カサネの顔が左右に凄い勢いで回る。


「なっ、なにをするだー!」

しくしくと涙目の兄。顔が腫れ上がり酷いことになっている。

「アイスがないなら買ってくればいいんだよ?分かった?分かったら買ってきて。あたしには箱入りね」


「この暑い中外に出ろって?バカを言わないでくれよ。アイスより先に僕が蒸発する自信がある」

やれやれだぜ、と両手を竦めて頭を振るというアメリカのホームドラマな反応をしてみる。

箱買いで奢らされることには抵抗のないカサネは今更だが、立派なシスコンである。


「御託はいいから、さっさと行って?簀巻きにしてバーベキューされたいの?」

兄の生死に頓着は無いようだった。先程の反応にカチンときたのか、妹が中学二年生にあるまじき目をしている。確実に人ひとりは殺っちゃってそうな目だ。断れば埋められる。そう理解させられる様な目。

あつあつのアスファルトに放置はこんがり焼かれちゃう。


「じゃあ、じゃあせめて一緒に来てくれ!日傘もってるだろ!?」

「へ?べ、別にいいけど…シャワー浴びて着替えて!あと傘には入れない」


妹は妹でブラコンだった。それを脱却しようとして兄から遠ざかろうとした結果、わかりやすいくらいのツンデレツインテ妹が爆誕したという訳だ。

傘には入れてくれないみたいだが。

こうして兄妹そろって近所の駄菓子屋に行くことになったのだった。




「なぁ、少しだけ入れさせてくれよ」

「そう言って全部入ってくるんでしょ?兄ぃの考えることは分かってるから!」


さきっちょだけ、と人によってはギリギリに聞こえるセリフを言い合っているのはカサネと妹だ。

ちなみに妹の名前は妹子という。正真正銘これ以上ないくらい妹だった。


かねてよりの異常気象、夏。

うだるような暑さは、生きたまま蒸される地獄の様相を呈している。

道程としては10分程度の道のりなのだが…地獄の行軍に変わりはなく。妹は日傘に肩先しか入れてくれない。

アイスを食って涼む幸福とこの距離を歩く苦しみ、プラマイマイナスなんじゃと2人して考えた頃。

やっと店先が見えて来たのだった。

文章書くのむじゅかちい

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