ちょっぴり大人なクリスマス
グループ小説企画 第二十一弾! 「無茶ぶり企画」です。お題提供は、紅月蒼空さんです。
街はすっかりクリスマスモード。あちこちからクリスマスソングが聞こえてきて、チカチカ光るイルミネーションが、夜の街を飾ってる。
あたし、鶴岡陽菜は、クリスマスのディスプレイで飾られたショーウィンドウの外から、じーっとクリスマスケーキを見つめていた。甘い物大好きなあたしは、デコレーションケーキ一個くらい軽く食べられちゃう。あのフワッとした生クリーム、トッピングのイチゴ、お菓子のサンタやハウス。見てるだけでヨダレが……!
でも、でも、今は我慢! クリスマス前なのに、あたしのお小遣いはゼロ円になっちゃった。お菓子が食べれないのは悲しいけど、あたしはその代わりにものすごく大切な物を手に入れた。
あたしはそっと手のひらを開いて、それを見つめる。十一才の女の子にとって、それはとっても大事な物なの!
『あなたの将来ピタッと当てます!』
表通りから小道に入って、ずっと奥に歩いて行った小さなビルの地下一階。
薄暗い廊下の突きあたりの部屋のドアに、描かれた手書きの看板。それには、とても上手いとは言えない真っ赤な大きな文字で、そう書かれていた。
そして、その文字の下には、読めないくらい小さな文字で、こう書かれていた。
『ただし、十年後』
「……はい?」
あたしは、そのいかがわしい看板に顔を近づけて、穴のあくほどじーっと見つめた。
十年後なんて、全然ダメじゃん! あたしが知りたいのは今! 未来って言っても一週間後とか、一ヶ月後とか、せめて、一年後のことよ!
お小遣いはたいて、二時間かけて電車に乗って来たのに! 甘い物大好きなあたしが、ケーキもチョコもアイスも我慢したのに! こんな子供だまし酷すぎる、あたしはまだ小学五年生で、れっきとした子供だけど、子供のあたしだっておかしいと思う。何、この占いの館……っていうか、館じゃなくてただのボロアパートの地下よね。
だいたい、美和のせいよ! お姉ちゃんの友達が、よく当たる占いの店があるって言ってたから、行ってみたら? って他人事みたいにあたしに勧めて……。あたしは、『アタール』っていう名前だけ聞いて、ネットで住所とか調べて、やっとここまで来たっていうのに!
『アタール』……。あたしは、ため息をつきながら、もう一度看板をよく見た。『アタール』って、どぎつい赤い文字で書いている。『アタール』……「当たる」? 「占いが当たる」ってこと?
オヤジギャグよりしょうもないネーミング。あたしは、顔をひきつらせながら笑った。もう、笑うしかない。
けど、笑った後で、どっと疲れて落ち込んだ。
まだ十一才のあたしの真剣な初恋の悩みを、聞いてくれる気あるの?
また、ため息が出た。ため息をつくたびに幸せは逃げて行くって、どこかの誰かが言ってたけど、最近のあたしは、ため息ばかりついている。あ〜あ、それなら今のあたしは不幸のどん底かも……って思うとまたため息。
このため息の原因は、滝口裕貴先生のせい……。はぁ、先生の顔を思い浮かべただけで、また、ため息が出ちゃう。でも、このため息は、がっかりした時のため息とは違う、何て言うんだろう、幸せのため息?
「フフフ」
あたしが滝口先生の顔を思い描きながら、バラ色の笑顔でうっとりとしていると、突然、目の前のドアが音もなくスッと開いた。
「……!?」
あたしの前に立つ人物の姿を見て、あたしは悲鳴を上げそうになった。真っ赤なドレスを着て、目の所だけ穴のあいたタイガーマスクを被っている。タイガーマスクっていうのは、トラの形をしたマスクのこと。プロレスで使ってるようなマスクかな?
悲鳴を上げそうになったのは、怖かったっていうより、あまりに突然で驚いたって言うか……!
「プッ、ハハハッ」
あたしは思わず吹き出していた。真っ赤なドレスとマスクの黄色が、ど派で目がチカチカするし、変過ぎ。初対面で失礼かもしれないけど、あたしはしばらく涙を流しながら大笑いしていた。
「……何の用かしら?」
突然、私の頭の上から声がした。ハスキーな女の人の声。あたしが笑いをこらえながら見上げると、タイガーマスクの人と目があった。結構背が高くて大柄。本物のトラに睨まれてるみたいで、ちょっと怖かった。
「あの、占って欲しくて」
「占う? ってことは、あなたはお客様?」
タイガーマスクは背を屈めて、あたしを見つめる。マスクの中の目にはブルーのアイシャドウが塗ってあって、長いまつげはマスカラで固められていた。きっと、マスク以上にお化粧も派手なんだろうな。
「は、はい! あの、でも、あたし、あまりお金持ってなくて……」
「フン、私も商売してるんだから、ボランティアで占うわけにはいかないわ」
「分かってます。タダで見てくださいっていうんじゃないです」
そう言いつつ、あたしは肝心なこと、占いの料金がいくらなのかを知らなかった。
「あのぉ……いくらですか?」
「一回一万円」
タイガーマスクはぶっきらぼうに言い放った。
「い、一万円!」
あたしのキティちゃんのお財布には、残り五千円しかない。帰りの電車賃の三千円は使う訳にはいかない。
「そんな、無理です。小学生に一万円はきついです」
「小学生ねぇ……じゃ、子供料金ってことで半額の五千円にしてあげる」
「もう少し、二千円にまけてもらえませんか?」
「ムリ、それじゃ赤字になってしまうわ。お帰んなさい」
タイガーマスクは、そう言うとドアを閉めようとした。
「待って!」
あたしは必死でドアに手をかけた。せっかくここまで来たのに、これじゃ電車で往復しただけになっちゃうじゃない!
「ローンで払わせてください! 残り三千円はこの次に払います!」
「三千円……?」
タイガーマスクは、マスクの下からくぐもった声で笑った。
「ローンにすると利子がつくのよ。残り四千円でいいわ」
「……!」
ひどい。小学生相手に、サラ金業者みたいなこと言って!
「……後で口座番号教えて下さい。振り込みます」
ガックリと肩を落として、あたしは言った。タイガーマスクはクスクスと笑う。もしかして、あたし、このタイガーマスク占い師に騙されてるのかも? 彼女、悪質なキャッチセールスとか振り込め詐欺とか、そんな感じの人なのかも? 電車代損しても、今すぐ帰った方がいいのかな?
「いらっしゃい」
不安になりかけたあたしの肩を、タイガーマスクはギュッと掴んだ。
「あなたはラッキーよ。私に占ってもらえるなんて、一万円でも安いくらいよ」
やばいかも、やばいかも! こんないかがわしい占いの店に、変なマスクした占い師に連れ込まれるなんて! あたし、殺される? 幼女殺人事件と大きく書かれた新聞記事が目に浮かぶ。
「あの……」
怯えきったあたしの後ろで、ドアがパタンと閉まった。暗い室内。部屋の所々にロウソクの灯りがともっている。
「あなたはここに座って」
部屋の中央にヒョウ柄の丸い絨毯が敷いてあって、タイガーマスクなのにヒョウ柄……ってことは置いといて、テーブルを挟んで二つの椅子が向かい合っている。あたしは、タイガーが勧める椅子に座ってタイガーと向き合った。
「あの……」
目の前一メートルに、タイガーマスクの度アップ。よーく見ると、マスクの髭がとれかかっていたり、黒い部分が色あせていたりした。
「何でトラのマスク被ってるんですか?」
怖さを忘れ、あたしは思わず関係ないことを聞いた。
「特に意味はないわ。そこにマスクがあったからかな?」
おかしくもないのに、タイガーは、フフッと笑った。
「この方が神秘的で占い師らしいでしょ?」
「はぁ……」
答えに詰まる。もう、彼女が兎のマスクだろうが、鼠のマスクだろうが、何を被っていようとどうでも良くなった。
「あの、あたしの悩み聞いてもらえますか?」
交通費プラス占い代六千円(四千円は後払いで)も払って、ここに来たのは、この変なタイガーマスクのお姉さんと遊ぶためじゃない! あたしのこと占ってもらって、相談にのってもらうためよ!
「フフフフ」
あたしが真剣な顔で言ってるのに、タイガーマスクは鼻で笑った。
「あなたのようなおチビちゃんでも、悩みがあるっていうの?」
「……!」
あたしはカチンときた。子供だと思って、あたしのこと思いっきりバカにしてる! あたしが小さな子供だから……。
「タイガーマスクさん!」
あたしは、声を荒げてタイガーを睨む。やだ! 瞳がうるうるしてきた。あたしの悩みって、結局、あたしが小さな子供だからなんだ……。滝口先生だって、あたしのことまるっきり子供扱いなんだもん。そりゃ、大人の滝口先生から見れば、あたしはチビの小学生。胸だってちっちゃくてまだブラもつけてないし……同じクラスの由里ちゃんと愛ちゃんは、もう生理が始まって巨乳で、ブラもつけてるけど……ううん! 今はそんな話じゃない! 今は!
「タイガーマスクさん! 十一才の女の子にだって、大人と同じような悩みがあるんです! あたしだって先生のことが真剣に好きで……!」
「ふ〜ん……」
タイガーは腕組みしてあたしを見つめた。
「あんたの悩みは恋の病って訳ね」
「えっ……あのっ」
タイガーにハッキリ言われて、あたしは急に恥ずかしくなった。ほっぺが熱くなってきて、もじもじしながら俯いた。
「かわいい〜やっぱ、まだ小学生だね」
「タイガーマスクさん!」
「あ、私、タイガーマスクって名前じゃないから」
タイガーはクククとくぐもった笑いで、ゆっくりとタイガーのマスクを脱いだ。
「商売用でいつもマスクをつけてるけど、私の名は、星河龍哉っていうの」
「星河龍哉? 龍哉……!?」
あたしの中に衝撃が走り、顔を上げて彼女、いや、彼を見上げた。そこには、カールした長い髪をたらし、厚化粧をした星河龍哉の顔があった。
「お、お、男だったんですか!?」
にこりと笑いながら、彼は頷いた。タイガーはニューハーフだった! あたしはガタッと椅子を下げて立ち上がった。
「あたし、帰ります! 占ってくれなくていいです」
「ちょっと待ちなさい!」
龍哉はさっきよりも低い声で、ガシッとあたしの腕を掴んだ。やっぱ、男だ! 力だって強い。あたしは怖くなって、悲鳴を上げた。
「ちょっと、脅かすつもりじゃないのよ。陽菜ちゃん、ここに座って」
龍哉はあたしの腕を放し、声を和らげて言った。あたしは怖くなって泣いちゃったけど、陽菜ちゃんって優しく呼んでくれて、少し安心した。
「確かに、私は見た目が普通じゃないかもしれないけど、悪い人間じゃないわよ」
「ごめんなさい」
あたしは素直に謝って、椅子に座りなおした。
「そうよね。私の初恋は幼稚園のころだったものね。相手は同じ幼稚園の男の子」
龍哉はクスクスと笑った。
「それで、陽菜ちゃんの心を悩ましてる相手は、学校の先生ってわけね?」
「は、はい……」
「年はいくつ?」
「二十三才です。名前は滝口裕貴って言って、あたし達の担任の先生なんです。すっごくカッコ良くて優しくて、スポーツも出来るし歌だって上手いんです。だから、学校中の女の子達からモテモテで」
あたしは先生のことを思い浮かべながら夢中で話した。
「ふ〜ん、かなりのイケメンってことね。それで、陽菜ちゃんは、先生とどうしたいわけ?」
「どうしたいって……」
「先生の彼女になりたいとか」
あたしの顔は、また急激に赤くなっていく。
「……そうだけど、でも、あたしはまだ小学生で、先生はあたしのことまるで子供扱いで……」
「そっか、でも、そんなイケメンの先生なら、彼女の一人や二人いるんじゃない?」
「えっ!?」
「普通に考えて二十三才ならいるでしょ。ま、先生がちょっと変わった人ならいないかもだけど」
龍哉は、意味深にクスクス笑う。あたしはちょっとムッとした。
「先生は変わってません!」
「じゃ、彼女いるかもね」
「でも、でも! そんな話聞いてないし……」
正直、先生の彼女の存在なんて考えたことなかった。先生の彼女なんて知らないし、知りたくもないし! あ、でも、普通に考えたらいるのかも……あたしは急に不安になる。
「まぁ、結婚してるってわけでもないから、彼女がいたとしても奪っちゃえば良いだけのことよ」
「え?」
龍哉の言うことは結構大胆だ。
「どうなの、陽菜ちゃん。あなた先生の彼女になりたいんでしょ?」
「そ、そりゃもちろん!」
あたしはキッパリと言った。だって、滝口先生が大好きだから! 毎日毎日先生のことばっか考えて、授業も塾もピアノの稽古も上の空。先生のためなら甘い物も我慢して、ダイエット出来るかも。スーパーモデルみたいに綺麗になれるよう努力する!
「でも、でも……先生はあたしのこと子供扱いする……」
「わかった。私があなたを大人にしてあげる」
「はい……?」
「何ハトが豆鉄砲喰らったような顔してんの」
龍哉はフフンと鼻で笑い。テーブルの隅に置いてあったノートパソコンを引き寄せ、電源を入れた。
「その前に、陽菜ちゃんの写真撮らせてね」
「写真……?」
あたしは何が何だか分からないまま、デジカメを向ける龍哉に写真を撮られた。暗い部屋に目が慣れていたせいで、カメラのフラッシュが眩しい。
「目は瞑ってないわよね。ちゃんとした写真じゃなきゃ正確に大人になれないから」
『よしよし』と言いながら、龍哉はデジカメの写真をパソコンに取り入れて印刷し始める。
「あの……あたしを大人にすることと写真を撮ることと何か関係があるんですか?」
そもそもどうやって大人にするわけ?
「大ありよ。十年後のあなたにするキャンディを作るには、あなたの写真が必要なの」
龍哉は鼻歌まじりに、印刷されたあたしの写真を持って席を立った。
「これから先は企業秘密。ちょっと待ってなさい」
龍哉はそのまま部屋の奥へと消えて行った。
何よ。思いっきり怪しい! あたしを大人にするキャンディって! あまりにうそ臭い! あたしが占いを取りやめてもらおうと決心して立ち上がった時、やっと龍哉が戻って来た。
「はい、お待ち遠様! これであなたは十年後のあなたになれるわよ」
あたしの目の前で、龍哉は片方の手のひらを開く。そこには七色の丸いキャンディがのっていた。
「ただし有効期限は一日。大人になりたい日の前の晩に食べたら、翌朝には十年後のあなた、つまり、二十一才の陽菜ちゃんになってるってわけよ」
龍哉はそう言って、あたしにウィンクした。
あたしの小さな手のひらの中の、小さな七色のキャンディ。龍哉はそれを食べたら、十年後のあたしになれるって言った。本当かな? こんなキャンディで大人になれるなんて……でも、もし、もし二十一才になれたら、滝口先生の本物の彼女になれるかもしれない。クリスマスに二人っきりでデートが出来るかもしれない! たった一日だけど、もしかしたら!
あたしはキャンディを握りしめ、うっとりと瞳を閉じた。
「鶴岡? 鶴岡じゃないか」
突然、あたしの耳に聞き慣れた優しい声が響いてきた。あたしはハッとして、後ろを振り返る。
「先生……!」
滝口先生だ! 先生に偶然会うなんて、超ラッキー!
「おっ、上手そうなクリスマスケーキだな」
先生は爽やかに笑う。先生の笑い声は一番好き。
「鶴岡も父さんに買ってもらうのか?」
「え、どうかな……」
ケーキもいいけど、それより、あたしは……。
「先生、あの」
「うん?」
「先生は、クリスマス彼女と過ごすんですか?」
「彼女? や、残念ながら今年もクリスマスは一人寂しくケーキでも食べて寝るよ」
「ホントに!」
先生には彼女がいない! 先生は嘘ついてるかもしれないけど、あたしは叫びたいくらい嬉しくなる。
「ほら、鶴岡、これやるよ」
滝口先生は、通りすがりにもらったらしいハート型の風船をあたしに手渡した。
「サンタさんからのプレゼントが楽しみだろ。今年は何をお願いしたんだ?」
先生は笑って言う。あたしのこと、まるで子供扱い……。でも、ショーウィンドウに写る風船を持ったあたしの姿は、思いっきり子供だった。隣りで笑ってる先生は、スラリと背の高いイケメン。
けど、このキャンディを食べたら、あたしも先生と釣り合うくらいの大人になって、もしかしたら先生とつき合えるかも。
決めた! あたし、クリスマスイブの日、このキャンディを食べる! 今年のサンタさんへのお願いは、『クリスマスの日に滝口先生とデートすること』。あたしは、七色キャンディを握った手をギュッと握りしめた。
そして、雪のちらつくクリスマスの日の朝。ベッドから飛び起きたあたしは、鏡の前にダッシュ! どんな大人になってるのかな? スーパーモデルみたいになってるとは思わないけど、二十一才の綺麗なお姉さんになってるかな? 期待で胸を膨らませながら、鏡の中に映るあたしを見つめた。そして、見つめたまま固まってしまった。
「嘘でしょ!? 信じらんない!」
ブチッ、ブチ、ブチ、ブチッ!
力んだ拍子に、パジャマのボタンが次々に飛んでいき、ビリビリビリッとズボンが破ける音がした。
「そんな! そんなぁー!」
あたしは鏡に映るあたしを見て悲鳴に近い叫び声を上げる。
「こんなんじゃ、滝口先生に会えない!」
鏡に映る二十一才のあたし。確かにあたしは成長して大人になっていた。背も伸びて子供用のパジャマじゃ合わない。それは、分かる。分かるけど……何なの! この太さ!
あたしは泣きそうになりながら、鏡に映るあたしに向かって叫ぶ。
「何で、こんなにデブなのよー!」
顔も身体もパンパンのあたし。顔には子供の頃のあたしの面影があるし、確かにあたしに違いない……。でも、何、このお肉は? 胸もそれなりに膨らんではいるけど、ハッキリ言って、ウエストのくびれがない。まるで大きなタルみたいな身体。あたしはガックリと床に崩れ落ちる。
それと同時にドシンと大きな音がして、床が振動した。
せっかく大人になって滝口先生とデーと出来ると思ったのに! 悔しくて涙が出てくる。こんなに太ってしまったのは、あたしの甘い物好きなせいなのかなぁ……。ダイエットしとけよー! 過去のあたしに叫びたい。
それでも、あたしは泣きながら外に飛び出した。滝口先生に会いたいから。先生は毎朝ジョギングしてる。休みの日も雨の日も雪の日も、クリスマスの日だって。あたしは、先生の通るコースはちゃんと知ってる。起きて大人になってたら、直行でジョギング中の先生に会いに行くつもりだった。
こんなんだったら、子供のままでいた方が良かった。ママのセーターとウエストゴムのズボンを、なんとか着れた。それでもパンパン。セーターは伸びるだけ伸びたって感じ。
あたしはタヨタ走りながら、公園へと向かった。太ってると走るのが大変。白い息を吐きながら、あたしは必死で早朝の公園へと急いだ。
クリスマスの日の早朝の公園には、誰もいなかった。
シンと静まりかえって、聞こえてくるのは起きたばかりの雀たちのさえずりだけ。あたしは、凍えそうなくらいの冷たい風に身震いしながら、ひたすら先生を待った。もしかしたら、先生は来ないかもしれない。もう学校は冬休みだし。先生、彼女いないって言ったけど、本当はちゃんといて、昨日はラブラブなイブを過ごしたのかも……。
あたしが諦めて帰ろうとした時、朝靄の中を軽やかな足音が響いてきた。
──滝口先生!
いつもの朝のように、滝口先生が走ってくる。白い息を吐きながら、段々あたしに近づいてくる。
「滝!」
思わず先生の名前を呼びそうになって、慌てて口を押さえた。今のあたしは小学生じゃない。二十一才の大人。しかも、スゴイデブ! あたしは、まわれ右して先生から姿を隠そうとした。
その時、先生の軽やかな足音がピタッと止まった。
やだ、見つかった! あたしだってばれた。それとも、先生あたしの姿見て驚いたんだ。
「おはようございます!」
心臓がドキドキして、顔をそむけたあたしに、爽やかな先生の声が聞こえてきた。
「……」
おそるおそる先生を見ると、滝口先生はニコリと笑ってあたしを見てた。
「クリスマスの朝でも、僕みたいにジョギングしてる人がいるんですね」
先生はあたしが陽菜だと気付いてない。
「この公園にはよく来るんですか?」
「……えっと、時々」
先生は太ったあたしに爽やかな笑顔で話してくれる。
「あの、でも、ジョギングはしてません。あの、あたし太ってるから走るの苦手で……」
こんなに太っちゃったら、先生と一緒にジョギングなんてできっこない。
「何でこんなに太っちゃったんだろ……」
「僕は嫌いじゃないですよ」
「え……?」
「いや、その、どちらかというと、痩せてる子よりは太っている子の方がタイプで。なんか、ふくよかな女性を見てると安心出来るんですよ」
あたしが驚いた顔して先生を見つめてると、先生は少し照れたみたいに頭をポリポリかいた。
「あ、すみません。女性に太ってるなんて言うのは失礼ですよね。でも、あなたみたいに可愛くてふくよかな女性って僕のまわりにはなかなか現れなくて……」
先生はほんのちょっと顔を赤くした。それは、ジョギングで走ってきたせいだけじゃなくて、あたしのこと見て……って思っていいのかな? あたしの心臓はもっとドキドキしてきた。
「あの、あのー!」
今日一日あたしは大人。チャンスは今日しかない! あたしは、百%の勇気で先生に言った。
「良かったら、これから一緒にお茶でも飲みに行きませんか?」
寒いのに手に汗を握って、あたしは言った。まるで、逆ナンパじゃん!
「いいですよ。一汗かいてお腹もすいてきたし、あなたみたいな可愛い子と食事が出来るなんて、こっちがお願いしたいくらいです」
緊張しきってるあたしに、先生は爽やかな笑顔で軽く言った。
「クリスマスに女性と食事をするなんて初めてです」
その言葉、信じていいですか!? クリスマスに滝口先生とデートが出来るなんて! しかも、先生はあたしのこと気に入ってくれてる!
「その前に一度家に帰って着替えて来ます。少しだけ、ここで待っていてください」
先生の言葉をあたしは上の空で聞いていた。
「えっと、あなたのお名前教えてもらえますか?」
「はい……? あ、えーと、陽菜・子です」
「陽菜子さん。どっかで会ったことありますかね?」
先生はもう一度あたしのことをマジマジと見つめた。
「いいえ、ないと思います」
あたしはキッパリと否定した。今日のあたしは子供の陽菜じゃなくて、大人の陽菜子だから!
ノートパソコンにメール着信の軽やかなメロディが流れた。
タイガーのマスクを被った龍哉は、パソコンの前に座りさっそくメールを開いて見る。
「鶴岡陽菜? あぁ、この前の小学生ね。あら、クリスマスにお目当ての先生とデート出来たって」
メールに添付されていた写真を開く。
「プッ、陽菜ちゃんかなりおデブちゃんになってる。でも、いい笑顔だわ。先生もイケメンだし」
幸せそうなツーショットの写真を見て、龍哉は満足そうに笑う。
「先生はおデブちゃん好みだった訳ね。めでたしめでたし……っと。将来この二人ホントのカップルになるかもよ。ついでに先生の十年後の姿も見てみようか」
龍哉は滝口の顔の部分だけを切り取って、パソコン内で操作する。
「魔法のパソコンと魔法のキャンディがあれば簡単なことよ。えっと、これで、クリック」
龍哉はマウスを操作し、画像が現れるのを待つ。
「えっ……!?」
現れた滝口の写真を見て、龍哉は目を丸くする。
「ホントにこれがイケメン先生? まぁ、でも、お似合いのカップルなのかもね」
龍哉はクスッと笑って、十年後の滝口の写真を十年後の陽菜の写真にくっつけてみる。
そこには、太った陽菜と太った滝口のツーショットが出来上がった。滝口先生の十年後は陽菜に負けないくらい太り、今のスリムなイケメン先生の面影はどこにもなかった。
「問題は、陽菜ちゃんがおデブ先生を好きかどうかってことね。ま、先のことは占い師の私にも分からない」
龍哉は、幸せにいっぱいにじんだ陽菜のメールをクリックして閉じた。
「私が分かるのは、十年後のことだけだから」
龍哉はフフンと笑った。 了
なんとかクリスマスまでに書き上げることが出来ました〜! どうまとめるか、かなり苦労しました。紅月さんのアイデアをぶち壊したかもしれませんが…結構楽しく書けました。ちょっと強引な展開になりましたが、ご了承下さい! 一人称で書きましたが、ストーリーの都合上最後の部分だけ三人称になってます。では、他の皆さんの作品も楽しみにしています。