間違い訂正してやるよ
最近、リクト・ロゼリー様が女遊びをやめたって噂があるのだけど、リリア、何か知っている?」
恒例になりつつある図書館での勉強会。私はもともと記憶力が良かったし、リーゼの教え方が上手いお陰で、学力はメキメキ上がっていった。
「ロゼリー様はもともと誤解されやすいだけで、女遊びをする様な人ではないと思うの。」
そうか、ロゼリー様はあの後、行動を改めたのか。それが10割、私が原因だとは思わないけど…。タイミング的に、あの時の会話が彼に影響を与えた事は事実だろう。
「心当たりがない訳じゃないけど…。詳しい事は分からないわ。」
「そう。あの方、リリアの事を積極的に調べている時期があったから、気になっていたのだけど。」
「大丈夫。きっともう関わる事は無いわ。」
彼の興味は満たせたみたいだし、別に少し話しただけで親しい訳でもない。その時、
「この最低男!」
バッチーン!
廊下から聞こえてきた怒鳴り声にリーゼと2人で顔を見合わせる。私はリーゼに座っていて、と言い置いてから、そっと図書館の扉を少し開けて様子を伺った。
走り去る女の子を、赤くなった頰を押さえて見送る青い髪の青年。勿論、リクト・ロゼリーだった。もう関わらないとか言った直後に会うとは。
私は図書館の扉を閉めてリーゼのもとに引き返したかったが、バッチリ目が合ってしまった。
「やぁ、リリア。」
「ごきげんよう。ロゼリー様。大丈夫ですか?」
彼は、たった今女子に引っ叩かれた事が嘘のような、晴れやかな笑顔で私に向かってヒラヒラと手を振った。
「いやぁ、今まで遊んでた女達に、実は僕、女って大嫌いなんだよね。もうこれからは馴れ馴れしく話し掛けないでよ。って言って回ってたんだけど…。」
私は最初、彼の言葉の意味が分からず唖然とした。何言ってんだ、この人。
「このザマだよ。」
叩かれた頰を指差して、笑顔を消す。
「僕は愚か者のままでいる気はないからね。嫌いな物を我慢して持て成して、何の得にもならない事を続けるのは、もう辞める。」
そして、頰を差していた手を私に向け
「これでも、気付かせてくれた事には、多少は感謝してるんだ。だから一つ君の間違いを正してやろう。」
この流れなら、ロゼリー様が誤解されやすい、優しい人だっていう私の考えを、間違っていると言われ、否定されるのだと、私は思った。しかし訂正されたのは、意外な事だった。
「僕は君に2回目に会った時、リクトと名乗った。君は元々僕の名前を知っていて、いきなりファーストネームを呼ぶ事に抵抗があり、ファミリーネームのロゼリーと読んだのかも知れないけれど、名乗られた名前を使わないのは、無礼と言われても仕方ない。」
このタイミングでその訂正はいるか?いや、知らずに上位貴族の機嫌を損ねるかも知れない種を取り除けたの嬉しいけれど…。
「申し訳ありません。ロ…リクト様。知らずに失礼な事を…。」
「貴族になったばかりの君には、他にも知らない事が沢山ありそうだね。仕方がないから分からない事はこのリクト・ロゼリー様が教えてやるよ。」
「え⁉︎」
じゃあ、またね。と言って歩き出すリクト・ロゼリーの背が見えなくなり、私はその場に座り込んでしまいたい気持ちになった。
「新米貴族だってバレてたのか…。」
ガックリと肩を落とし、私は癒しのもとに戻るべく、トボトボと図書館に引き返した。
ーーーー
リクト・ロゼリーはきっと、原作と同じ過去を辿ってここまで来ているのだろう。なら、私が言った事は、上位貴族に対しての暴言に他ならない。今回は彼が気にしていなさそうだから良かったけど…。
でも、ここはゲームの世界ではなく、現実なのだ。私がヒロインの時点で原作は歪んでいる。
ならキャラ達だって原作と同じとは限らない。
リクト・ロゼリーが原作のままの彼だからと言って、他も同じだと決め付けるのは早計だ。
「何があったの?」
リーゼが不安そうに首を傾げ、問いかける。
「リクト・ロゼリー様がいらっしゃったわ。」
そう言うとリーゼは目を見開いて
「大丈夫だったの⁉︎」
と、立ち上がった。
「えぇ、女子生徒と揉めていらしたけど、私が何かされた訳ではないから。」
それどころか、有難いご忠告をいただいたのだけど、まぁ、これは言わなくても良い事だろう。
「良かったわ。リリアは人を疑う事をしないから、危なっかしいんだもの。」
ホッと息を撫で下ろしているリーゼは、相変わらず女神の様な慈愛に満ちている。今日も私の天使が可愛い。
私達はそのまま勉強を再開させ、寮の門限が近づく頃まで、ペンを動かし続けた。