はいはい天使天使
リーゼはドライフルーツのクッキーを気に入ってくれた様だ。頰に手を当て、ほにゃんとした、とろけた表情でクッキーを味わっている。
「ん〜!美味しいわ!サクサクで、中のフルーツが甘酸っぱくて!口の中でフワって溶ける…。クッキーの黄金律!」
私が転校して来てから穏やかな貴族子女という外面を保っていたリーゼのテンションがおかしな事になっている。はいはい天使天使。こんなに喜んで貰えるのなら、父に飛び切り美味しいクッキーを頼んだ甲斐があった。
父は元孤児の私に対しても優しい。むしろ自分の子供なのに、気付かずにいた所為で私に苦労を掛けたと、罪悪感があるらしいのだ。
「喜んで貰えて良かったわ。この紅茶もとても良い香りね。美味しい。」
「でしょう?我が商会の自慢の品ですのよ。」
「流石ね。」
その自慢の品を転校して来たばかりの初対面の相手に振る舞う菩薩の様な優しさは流石だ。流石、見返りもないのにヒロインを卒業まで支え続けた実績は伊達じゃないらしい。
今は放課後。リクト・ロゼリーが出て行った後、入れ違う様にリーゼがやって来た。というか途中、すれ違ったらしい。
「ロゼリー様に貴方の名前を聞かれたのよ!君は物知りだから分かるでしょって。何かあったの?」
「少し、トラブルに立ち会ってしまって…。機嫌を損ねてしまったかも知れないわ。」
「そんな様子ではなかったけど…。」
リーゼは何か言いたげな顔をしたけれど、私は話題を切り替えて、テラスのテーブルにクッキーを並べた。
リーゼが籠に入れて持って来たティーポットの紅茶を入れ、楽しいティータイムを開始する。
「リクト・ロゼリー様については良い噂を聞かないの。リリアも注意した方が良いわ。」
クッキーを食べる手を止め、紅茶を一口飲んで、リーゼは言った。真剣な表情の中に私を心配する感情が透けて見える。
「心配してくれるの?大丈夫よ。今日は偶然お会いしただけですもの。」
「貴方がそう言うなら良いのだけど、気を付けてね。可愛いんだから自衛しなくてはダメよ。」
「ふふっ。私だってリーゼが心配よ。こんな美人さん、きっと誰だって放って置けないわ。でもありがとう。」
「もう、リリアったら。」
リーゼは困った様な、照れた様な顔をして目を背けた。本当心配だよ。私が男だったらこんな女神、あった瞬間に押し倒…んん!良からぬことを考えるのは止めよう。 もう、リーゼが尊すぎて、動悸がしてきた。
「リリアどうしたの?大丈夫?」
純粋な目で胸を押さえた私を気遣うリーゼに、自分の邪な考えが恥ずかしくなってくる。
「ええ、大丈夫。少し動悸がしただけだから。」
「動悸⁉︎大丈夫じゃないでしょう!辛い様なら保健室に案内するから…。」
「いえ!軽いものだったから…。もう治ったわ!」
「本当?」
「むしろ気のせいだったのかも。それより、今日の数学の……」
私は世間話を再開させ、話を逸らした。
ごめん、リーゼ。でも貴方が可愛い過ぎるのも悪いんだよ?
……責任転嫁ですね、すみません。
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寮に着き、寮監の案内で自分の部屋に向かう。基本寮は1人部屋で、表向き使用人の連れ込みは禁止されている。まぁ、身分が高い人は同い年の使用人を学生として入学させ、世話をさせる事もあるみたいだけど。
「うわぁ、広い…。」
ベッドにソファにテーブル。トイレとお風呂が完備されている。下に惹かれた絨毯がお洒落だ。この学園は生徒平等を謳っている為、身分が高い人の部屋だけをあからさまに豪華にする事はしない。その代わり、公爵や王族の令嬢、王女にヘタな部屋を当てがう事も出来ない為、全員に、ある程度のグレードの部屋が用意される。
「私はお零れで豪華な部屋を使えるって事なんだよね。高貴な方に感謝しなくては。」
リーゼに聞いた話だと、身分が高い人達の部屋は日当たりが良い方向に固まっているらしい。
私はその方向に手を合わせ、ありがとうございます!と拝み、ベッドに倒れ込んだ。