胃痛
「もし俺が学園で話し掛けたらどうする?」
「私のような者がハリス様に馴れ馴れしくするのはハリス様の威厳に関わります。」
「俺の威厳はそのような事で落ちると?」
「いえ、ただハリス様の崇高さに私が側にいる事が耐えられないのです。」
「その崇高な俺が認めてやったというだけで、お前に価値が生まれるとは思わんか?」
「勿体無いお言葉です。」
「つまりお前への評価は間違っていると?」
よっぽど無茶な圧政でもしない限り、王族に間違っているなんて言える人はいない。というかさっきからハリス様の言葉を否定しないように会話をするのが辛い。しかもハリス様は私の心中を見抜いて問い詰めているのだ。これは趣味が悪いと言わざるおえない。
「ハリス様が間違っている事など1つもございません。貴方様が私を認めると言うのならその評価は正当なものなのでしょう。」
「なら価値が生まれたお前と俺が馴れ合っても問題は無いだろう。」
この会話は私に縛りがある。ハリス様の言葉を否定してはいけない、無礼な事を言ってはいけない、それでもハリス様の言葉を肯定すれば、これから先確実に逃げられなくなる。
「他の貴族の方々は納得しないと思いますが。」
「リリアは俺より有象無象の貴族の同意が大事だと言うのか?」
「ハリス様には問題は無いでしょうが、私は他の貴族に睨まれてはこれから生きづらくなります。」
「まあ、それもそうだな。」
取り敢えずは納得して下さったようで、ハリス様は一つ頷いて紅茶を飲んだ。音もたてずにカップを置き、顎に手をやり思案する。そんな仕草も数瞬で、また直ぐにいつもの不敵さを取り戻した。
「成る程、まずは他の貴族を認めさせてから口説けと、そういうことだな?」
なんだその超解釈は。私をどんだけ傲慢な女だと思っているのだろう、このお方は。
「口説け…などそのような事は決して…。ただ私はハリス様の誤解を解き、今までの様に影ながら王家に仕える一貴族に戻りたいだけなのです。」
「だろうな。だが今はお前の願望など聞いていない。これは俺らの親睦を深める為の貴重な会話なのだから。」
これが将棋だったのなら私はこの時点で詰みを宣言していただろう。それくらい退路の無い会話なのだ。しかし現実ではどれ程会話に煮詰まったとしても、この場から立ち去る事など出来ない。
胃に鋭い痛みが走る。勿論ここで出された菓子に当たった訳では無く、この状況から生み出されたストレスによるものだ。
ハリス様は目に見えて顔色が悪くなったであろう私を見て立ち上がった。
「いじめ過ぎたか。リリアの心身に負担を掛けるまで追い詰めるつもりは無かったのだが、必死な様が可愛らしくてついやり過ぎた。」
そして私の額に触れ、脈をとる。
「いえ、今日は元より朝から体調が優れず、体調管理が行き届かずに醜態を…「そういうのはいい。」
私の言葉を遮りハリス様は私を立ち上がらせた。
「これから医務室に…嫌そうだな。今日は取り敢えず家に帰してやる。」
前に会った時よりも読心術の性能が上がってる様に感じる。それとも私が分かりやすいだけなのか。
ハリス様は従者に帰りの馬車を用意させ私を見送った。
「今日の事で味を占めて、次に会う時に仮病を使ったりするなよ。」
それはとても魅力的な手段だけど、この人相手に通用しないのは分かっているので
「その様な無礼は致しません。今日は申し訳ありませんでした。」
という返答に嘘偽りはなかった。