無謀な駆け引き
私は周りの人間には隠しているが、男爵である父を持ちながら孤児院で育った。まあ、リクト様には立ち振る舞いからか、それとも調べられたのか、知られていたけれど、これは例外だろう。
父さんはお母さんが身ごもっていた事を知らなかったし、お母さんは庶民の身で男爵家に嫁ぐ事を恐れて私を妊娠した時に逃げ、ひっそりと暮らしていた。
そんなお母さんは、私が10歳の時に病気になり、亡くなる前に、最後の力で私を孤児院に連れて行ってくれた。
そこは王都の隅にある孤児院だったので、慈善活動に勤しむ貴族などからの寄付がそこそこあり、食べる物には困らない程度には恵まれた場所だった。
といっても、孤児の身分は庶民より下。身分の最底辺は罪人なので、1番下な訳ではないし、孤児にキツくあたる人もあまりいないので問題は無かったけど。
そして、私が持っていたお母さんの形見を偶然見たお父さんが私を引き取り、学園に入れた。
まあ、孤児院で学園程の教育がされる訳もなく、学力に問題があるのではないかとさり気なく伝えたのだが、あれよあれよという間に入学が決まってしまった。
だから私は身分の高い人とあまりにも馴れ合って過去を探られるのが怖かった。原作のヒロインは隠さずに元孤児である事を公言していた結果、周りの人に引かれていた。リーゼや攻略キャラは別だが。
つまり何が言いたいのかというと、私は今来ているハリス様からのお茶会の招待をどうにか回避したいのだ。
いや、無理な事は分かっている。用事なんてあったとしてもこの招待の方が最優先だし、病欠なんて使ってバレたらそれこそ不敬罪だ。それでもなんとかできるアイデアがないかと模索するしかない。
「リリカ、王族の方に粗相のないようにね。気をつけて。」
だが、この招待状が家に来た時点必然的にでお父さんにも伝わっているのだ。テキパキと準備を進め、私を笑顔でお茶会に送り出すお父さんに出たくない、出れない、なんて言って困らせたくない。お父さんは私に甘いから願いを叶えたいと思ってくれるかもしれない。でも断れないのが分かっているから板挟みにさせてしまう。それは忍びないのだ。
「大丈夫よ、お父様。きっと楽しいお茶会になるわ。」
馬車に乗る私を見送るお父さんに私も笑顔で手を振る。向かう先は高級庭園。殿下と2人きりのお茶会だった。
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「よく来たな、取り敢えず座れ。」
「失礼致します。」
ハリス様は椅子に長い脚を組んで座っていた。私が座ると彼が手を上げ、侍女が紅茶を入れ、ケーキが真ん中の丸い段になっている皿に並べられる。これ名前なんだっけ。
「素直に来たな。何だかんだ理由を付けて断るかと思ったが。」
「そのような事は致しません。私達貴族は王族に従う者。もとより拒否権があるなどと思ってはいません。」
「そうだな。拒否権なんてなかった。断ったらどんな理由であろうと容赦はしなかったさ。」
何でもないように恐ろしい事を言う。彼は侍女が取ったケーキをフォークに刺し、
「王宮のパティシエの菓子だ。お前はなかなか食べる機会もないだろう。味わっておけ。」
と口に運んだ。
「ええ、いただきますね。」
私も小さい生クリームのケーキに手を伸ばす。
「…!美味しいですね。シンプルなケーキなのに質が違います。くどく無い甘さが上品で…。」
一見特別な事はないショートケーキだったが、口にした途端、今まで食べていたケーキは何だったのかと思う程の丁度良い甘さが広がった。スポンジ生地が絹のように滑らかで後味はさっぱりしている。本当に細工のない美味しさだった。
我ながら単純だとは思ったが、美味しいケーキに少し肩の力が抜けた。ハリス様は私をみて、少し複雑そうな顔になる。どうしたのかと、少し手を止めて彼を伺った。
「俺よりも菓子に靡くのか。」
「ハリス様より菓子を優先させる無礼は致しません。流石日頃ハリス様がお食べになる甘味を出すパティシエはレベルが高いですね。」
ハリス様はまた一口ケーキを食べる。彼からすると日頃食べているものを場所を変えて食べているだけなのだろう。淡々と表情に変化は無い。
「俺と深い仲になれば毎日食べられるぞ。」
「ご冗談を。それに特別な機会に食べてこそ美味しいと感じるのです。もう私のような者が口にする機会は来ないでしょう。」
「それを決めるのはお前じゃない。」
紅茶を飲むと、華やかな香りが口に広がった。菓子に合うお茶が選ばれているのだろう。口の中が洗い流されたような爽やかな香りだった。
「別に手段を選ばなければ今すぐにリリアを俺の物に出来るんだぞ。そうしない事を感謝して諦めろ。」
「何のことを仰っているのか分かりかねます。申し訳ありません。」
ハリス様はだんだん楽しそうな表情になってきた。私のこの無謀な駆け引きを見世物のように思っているのだろう。
この美味しいケーキとは別の場所で会いたかったな。