名誉の負傷なのでは?
私は前世、いろんなパターンの悪役令嬢モノのネット小説を読み漁った。結果分かった事がある。乙女ゲームのヒロインに成り代わったとしても、攻略キャラに好かれると思い込んで行動すると、周りから浮く事。悪役令嬢がいじめをしなかったとしても、冤罪を掛けるとざまぁされ、酷いしっぺ返しが来る事。悪役令嬢の婚約者を誑かし、婚約破棄させると後から問題になり、良くてボッチ、望まない結婚か、お一人様の老後、修道院行き。悪くて、国や人類が滅びる。
後、大事な事。乙女ゲームの知識を鵜呑みにして、偏見や思い込みで行動してはいけない。
あの貴族は悪役令嬢だから意地悪だ。
悪役令嬢の弟は姉を嫌っている。
悪役令嬢の従者は酷い仕打ちをされている。
あの攻略キャラはチャラ男だ。
あの王子は孤独を抱えている。
あの子はお助けキャラだから自分を助けてくれる。
私はヒロインだからチートだ。
そんな考えを持って調子に乗ると、人生真っ逆さま。私は悪役令嬢に悪のヒロインとして断罪され、読者はさぞスカッとした気持ちで小説を読み終える事だろう。
私は前世にやっていた乙女ゲームのヒロインに成り代わっていた。
いや、最初は悪役令嬢モノの小説が好きで読み込んでいたのだが、あるゲームにあからさまな王道ヒロインと悪役令嬢って感じのキャラが出ていて、なし崩しに沼にハマったのだ。
孤児だったヒロインがある日、父親を名乗る男爵に引き取られ、貴族の学園に入学する。マナーにも、社交にも、勉強にも付いて行けない主人公は、上位貴族しか入れない庭園に入り込み、そこで王子に出会う。
王子は悪役令嬢の婚約者で、王子としての自分しか見ない周りに孤独を抱えていた。
その孤独をヒロインが癒し、二人は惹かれ合う。ヒロインは他のイケメン攻略キャラの好感度も上げ、フラグを立てながら王子と結ばれ、王妃となるのだ。悪役令嬢は勿論、婚約破棄。
……ツッコミどころが多過ぎる!
まず、このヒロイン。勉強、マナー、社交に付いて行けないって悩みを序盤に呟いた後、キャラ攻略に忙しくて、成長したという記載も、努力をしたという記載も無い。そんな奴が王妃?なれる訳ないだろ。上位貴族しか入れない庭園ってのも、男爵の娘のヒロインは本当は入れない。しかもコイツ、知らずに入った訳じゃない。
身分の違いで花が愛でられないなんてひっど〜い。差別は良くないよ!
確信犯です。
悪役設定の令嬢だって、婚約者がいる殿方にベタベタと、はしたないって睨んで忠告して来るくらいなのに、このヒロイン、すぐに王子にチクった。
マリアンヌ様が王子と私の仲に嫉妬して、いじめて来るんです〜。私ぃ…怖い…。
マリアンヌがそんなに心が貧しい女だったとは…!なんて奴…許せん!婚約破棄だ!
鵜呑みにして、調べもせずに公衆の面前で婚約破棄。考え直すように説得するマリアンヌに、お前はもう、俺と対等に喋れる立場じゃない!連れて行け!と騎士に命令するバカ王子。
散々身分なんて関係ない‼︎そんなのを気にするのは心が貧しい証拠だ!とか言っておいて、ここで権力を振りかざす矛盾。
後、このヒロインゲームの形式上、攻略キャラを一通りデートに誘い、実際に腕組んで街を練り歩いている。皆貴族だから他に婚約者がいるのに、ヒロインと甘い雰囲気を作っていくのだ。
私はこのゲームを、ヒロインがざまぁされる妄想をしながら現実のヒロインのぶりっ子に爆笑するという楽しみ方をしていた。
そんなヒロイン、リリアに私は成り代わった。
……死にたい。いや、死にたくない洒落にならない生きる。異世界だから色んな髪の色の人がいる。私の地毛のピンクの髪も目立たない筈。ゲームのリリアみたいに幼稚園児みたいなツインテールじゃないし、下ろして後ろに髪を流しているし。
私は教室の前で立ち尽くす。聖ロベスチナ学園。乙女ゲームの舞台であるここに入らないように昔から頑張って来たのに、修正力とは恐ろしい。何が恐ろしいって、都合が悪い時は働くのに、どうせ私が修正力があるから〜と、頼りにした途端消えるんだろ?
修正力は成り代わりヒロインの敵なんだよぉぉ!
「じゃあ、入って来て下さい。」
「はい。」
「今日からこのクラスの一員になるリリア・リルーラさんです。」
「よろしくお願いします。」
貴族社会が不慣れだとか余計な事は言わない。それを言い訳にしたらきっと私は成長できないだろう。周りに理解して貰おうだなんて図々しい事は思わず、私が必死に周りに合わせられる様になる事がひとまずの目標だった。
ーーーー
この教室には悪役令嬢マリアンヌと、従者のケイディがいる。私は教室に入った瞬間、不自然にならない程度にこの二人の反応を確かめた。もしマリアンヌが転生者だったら、私に敵意を向けるか怯えるか、ヒロインの性格的に失笑されるかも知れないと思ったのだ。しかしマリアンヌは特に興味無さそうに私の自己紹介を聞き流している。ぱっと見は、特に原作と変わった所は無さそうだった。ケイディも、原作と同じく悪役令嬢が付けたとされる傷を頬に持っていた。
しかし私は分かってる。ゲームだとケイディも攻略対象に設定されているけど、原作ヒロインの様に、マリアンヌがその傷を付けたんでしょっ⁉︎ひどい!何て言おうものなら、なんだコイツと不審者を見る目で見られた後、お嬢様の名誉を傷付けるな‼︎と怒鳴られる筈だ。
きっと、原作は既に歪んでいて、おそらく、あの傷も誘拐されそうなマリアンヌを守った時に付いた名誉の負傷なのだろう。
ネット小説だとそうだった。
そこまで考えて、私はハッと我に帰る。いけない。前世の知識を鵜呑みにして行動するのは破滅への一歩だ。きっと、とかおそらく、とか曖昧な考察をするべきではない。
教師に指定された席に座り、隣の子に挨拶をする。
「宜しくお願い致します。」
学園に来るまでに男爵家で詰め込んで来た所作!出来てる?貴族感出せてる?
隣の女の子は気分を害した様子も無く、微笑んで返してくれた。
「えぇ、私はリーゼと申します。宜しくお願い致しますね。新しい環境で大変でしょうけれど、分からない事などありましたら遠慮せずに聞いて下さい。」
あ、あぁ〜。聞き覚えあるセリフ。あの屑ヒロインに攻略キャラの好感度を伝えたり、必要な情報を持って来てくれるサポートキャラ!しかもヒロインは何かお返しをするどころか、当たり前のようにお礼も言わない!なのに健気にヒロインに尽くす姿に私は画面の前で涙した‼︎
正直、私が尽くしたい。攻略キャラじゃなくて、この子に課金したかった。いや、出来る。だってリーゼは画面の中じゃなくて今、ここにいるのだから。
「ありがとうございます。仲良くしてくれると嬉しいわ。」
「勿論。」
原作のリーゼは甘い物が好きだったけど、前世の知識は鵜呑みに出来ないので、後で本人に聞いてみよう。今は授業に集中しなければ。私は孤児院から男爵家に入った後、すぐにこの学園に来たから、マナーを覚えるので時間がいっぱいいっぱいだったのだ。先生の言葉を聞き逃さないように、私はペンをノートに走らせた。
主人公真面目に考えている様に見えて、から回っています。