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apx11.和解

「いい加減諦めたら?」


イルンスールは冷めた目でマリア・ルドヴィカを見下ろした。


ここは帝都近くの山中、地獄の女神の神器を封印した神殿近くの山道。

イルンスールや信者達がお清めの祈りに頻繁に訪れている。

ただ、エイラシルヴァ天となったイルンスールが頻繁に山歩きを楽しんでいる為、周囲の街道の警備を帝国騎士と近衛兵団が請け負うようになり不審者は排除されている。


マリアは地元の帝国貴族で身元がはっきりしてイルンスールからも好きにさせて良いと許しを得ている為、こうしてイルンスールを追いかけて鬼ごっこ状態になっているのだ。


「ま・・・・・・・まだ、平気です」


イルンスールの手から解き放たれる電撃を浴びると一瞬で体が崩れ落ちてしまう。

学院での魔導騎士過程の修行で魔術への抵抗術を学び、古く恵まれた魔力を持つマリアでも未だ対抗出来ていない。


「マリーはもう諦めたよ?わたしを利用して帝国騎士に成り上がりたいなんて邪な感情じゃ加護は得られないんだから」


マリアの幼馴染の友人の事だ。

共にイルンスールの騎士になり数少ない女性の帝国騎士になる事を夢見ていたが、彼女は諦めてしまった。


「彼女はが諦めたのは家の事情です。イルンスール様の課題を達成出来ないから諦めた訳ではありません」


マリーは私と違ってイルンスール様から嫌われていなかったのでもう少し扱いは優しかった。

諦めると告げに来た時も、別に私の様に厳しい対応を頂いたからではない。

彼女が婚約したので、もう帝国騎士を目指すわけにもイルンスール様についていくこともできないといった。


私のちりちり頭を見て笑いながら。


「陛下は皇室会議の圧力に耐えかねて退位して東方に帰るそうね。そうなるとエイラシルヴァ天も東方に帰ってしまうでしょう。残念だけど私は帝国本土から動けないの」

「皇帝を続ける条件として皇室から適当な女性を娶れと要求があったと噂されていたが、そこまで対立していたのか・・・」


帝位継承の混乱で皇室の権威は地に落ち、帝国騎士で声望が高く、帝都をまとめあげるのに尽力したエドヴァルド様が帝位について二年。

喉元過ぎればなんとやらで、各皇室は帝位奪還の為いやらしい手を打ってきていた。

婚約中で神の化身と名高いエイラシルヴァ天より皇室を優先すれば民衆の支持を失う。

かといって真向から断れば帝国本土で多くの領地を占め交易路を占有している各皇家が非協力的になり官僚の多くも各皇家の領地出身者が多い。

行政にも大きな影響がでる。

長期の在位が難しく思われたが、エドヴァルド様はあっさり帝位を手放すつもりらしい。


国難の際には帝国騎士や親衛隊、軍団長などが臨時で皇帝となる事は今までにもあったが、事が過ぎるとやはり皆皇室に取り込まれるか、こうして帝位を追われた。


「残念だ・・・。マリーはどうしてもエイラシルヴァ天にはついていけないのか?」

「ええ、貴女と共に帝国騎士を目指していたけど兄の病状が悪化してね。このままだと子供が出来ないまま近い内に亡くなってしまうでしょう。そうなると親族が一斉に領地を奪いに来る。私がここを離れるわけにはいかなくなったの」

「そうか・・・マリーの男兄弟は一人だったな」

「ええ、貴女の家は子だくさんでいいわね」


男兄弟がたくさんいても後継争いになることもあるだろうが、マリーの家デュシェンミン家のようにはならないだろう。


「それより、マリアは行ったこともない東方に付き従う事になってもエイラシルヴァ天の騎士になりたいの?」

「無論だ。一度決めたからには」

「でもありていに言って貴女嫌われてるわよ。まだ会った時の事根にもたれてるんじゃない?随分失礼な事言ったんでしょ?」

「・・・まあな。山猿女と罵ってしまったからな」


初対面の印象は最悪だった。


「ぷっ、それでそんな頭にされちゃったわけ?」

「うるさい。別にその事自体はそれほど怒ってはいらっしゃらないようだ。学院内でもどこでも私が兜や帽子を被って隠しても問題ないよう手配して下さった」

「ふうん、じゃあなんで?」

「わからない・・・いや、やはり立身出世のダシにしようとしていたと思われているのかもしれない」

「事実じゃない」


まあ、それはそうだがマリーより応対が手厳しいのは解せない。


「打てば響くような方だから、貴女は直線的過ぎるのよ。もう少し柔らかく接してみたら?」

「そうはいってもお前だって触れさせては貰えないじゃないか」

「でも、時々後宮に招かれてお茶をご一緒させて貰ったりしてるわよ」


ずるい。

マリーはイルンスールが気に入るようなものを賄賂で送ったりしているが、マリアは今更自分が同じことをやってもさらに嫌われそうな気がした。


シセルギーテ様に助言を求めたが、自分でも信頼を得るのには何年もかかったという。

卒業までに10秒抱きしめられれば取り立てて下さると約束してくださったのだ、あと数か月しかないが困難だからといって今更諦めるわけにもいかない。


そして挑戦し続けて冒頭の通り、また電撃を受けて倒れるという毎日。

シセルギーテ様でもあの力は魔導鎧と魔剣が無いと防ぐ事も出来ないし、意に反して抱きしめるなんて到底無理だとおっしゃった。今まで何度も攫われたり傷つけられたりしたこともあって警戒心が強い、とも。


やはり無理なのか。

学院の6年間は無駄だったのか・・・悔しい。


顔を上げるとイルンスール様の冷たいと思われた眼の奥に少し同情が見えた。

完全に嫌われている訳ではない、私に傷つける意図が無い事もわかってくださっている、だから諦めきれない。


「聞いてるでしょ?わたしはもう帝国から離れるの。貴女は地元の帝国貴族の出なんだから他に主人を探しなさい。新しい皇帝に睨まれるんだから」

「私の家の事は問題ありません。我が家はもともと遷都してきた現在の帝国に強制退去を言い渡された小貴族、帝国が問題視するような大きな家ではありませんし気にして頂かなくてもいいのです」


ふうん・・・とさして興味無さそうに聞いていたイルンスールだが、山道脇の茂みから出てきた蛇にびくっとする。

その蛇はどうやら道を横切ろうとしているようだったが、たまたまイルンスールの足元に這い出てきてしまった。地元のマリアにはその蛇が毒も持ってないしさして危険な蛇ではない事を知っていたが、イルンスールは知らなかったようだ。

怯えて後ずさるイルンスールに逆に蛇は興味を持ったのか近づいて来て脚に絡みついた。


「あっ駄目っ」


蛇くらいその気になれば追い払えるだろうし、自分はまだ痺れて身動きできないしと傍観していたマリアは自分の失策に青くなった。

イルンスールは怯えすぎて気絶してしまい、地面に倒れこもうとしている。

あのままでは倒れた時に頭を打って怪我をしてしまいかねない。


マリアは全身の魔力を活性化させて、その力を体に埋め込んだ魔力石に通し身体能力を増強して強引に痺れを払い飛び出して倒れる前に抱きかかえる事に成功した。


イルンスールはいつぞやの適当な貧民服ではなく、最近はまともな服で山歩きを楽しんでいた。

周囲が言っても止めないし、こそこそ出歩かれるくらいなら神殿の近くの警備を固めたうえであまり離れないのを条件に好きにしていただこうとシセルギーテ様やエドヴァルド様が許可を出したとマリアは聞いていた。


マリアは抱きかかえたまましばらく途方に暮れていた。

しばらくすると侍女がシセルギーテが追い付いてきてしまう。

グリセルダならいいが、彼女はいま産休中でもう一人の侍女はイルンスールに偏執的な愛を注いでいるのでこの状態を見つかると、とても不味い。

課題をこなす為に強引に気絶させてから抱いたと思われると殺されかねない。

何故かシセルギーテもその侍女には頭が上がらないらしい。


困っていると、自然にイルンスールは目覚めて自分の状況を理解した。

口を開く前にマリアから話しかけた。


「さ、どうぞ」


「?」


目覚めたイルンスールは何が何だかわからない。


「ケガしてない・・・?」

「倒れる前に抱き留めましたので大丈夫です。さぁどうぞ」

「どうぞって何?」


イルンスールは抱かれたまま首を傾げた。


「ですから課題の雷をどうぞ。このままでは10秒経ってしまいますよ」

「もう10秒経ってるんじゃない?」

「気絶していたのは数えませんので、さぁ」


マリアは重ねて促した。


「約束は約束だから、もういいよ」

「それでは公平ではありません、お守りするのが私の役目となるのですし蛇を近づけてしまったのは私の失敗でした」


はあ、とため息をついたイルンスールは手をマリアの顔へかざす。

この至近距離で浴びる電撃を覚悟してマリアは目をつむりまた体内の魔力を高めた。

が、いつまで経っても電撃は来ない。


うっすら目を開けたマリアの額をイルンスールは指で弾く。


「あいたっ」

「駄目みたい、出てこないや」


イルンスールは自分の手を見て不思議そうにしている。


「遠慮はご無用ですよ」

「ん。嫌な相手じゃないとアレ出てこないの。どうやらマリアの事はそんなに嫌いじゃなくなったみたい。約束守るし、気絶してる最中のは数にいれなかったから」

「では・・・その本当に?」


イルンスールは抱かれたまま器用に肩を竦めた。


「二度と帝国に戻れなくなるし、家族にも誰にも会えなくなっていいの?」

「我が家は数えきれないくらい家族がたくさんいるので家の事は心配ありません」

そういうことじゃないんだけどな、とイルンスールは小さく呟きそれから何かに気が付いたようにくんくんとマリアの匂いを嗅いだ。

くすぐったさにマリアは身もだえる。


「何か?」

「金属の匂いがしない・・・?」

「お嫌いだと伺いましたので」


マリアはお参りの時にはイルンスールに倣って枝に服をひっかけて割けない程度の硬い上着を着て、鎧も着用していないし帯剣もしていない。


「ふうん」


イルンスールは強張っていた体の力を抜いてマリアに体を預けた。

まだ立ち上がる気力は無いらしい。

いまだ騎士に取り立てられるという実感が無く、マリアは手持無沙汰なのでこのまま話を続ける事にした。


「ちなみに蛇は噛んでいませんし、あれには毒はありませんので心配いりません。蛇がお嫌いなのですか?」


ふるっと震えてイルンスールは答えた。


「蛇だけは駄目なの。蛇がわたしのこと噛んだからこんな所まで来てエイラシルヴァ天だなんだとか面倒な事になっちゃったんだから」

「その・・・お聞きしてもよろしいのでしょうか。何があったのですか。エイラシルヴァ天の出自は謎が多く、いまだに口さがないものが噂しております」

「そうだね、故郷捨ててでもどうしても着いてくるっていうなら、これから先の行動にも関係するから教えてあげる」


そしてマリアは知った。

世界で最も裕福で、数々の奇跡を成し遂げ皇帝に次ぐ人として最高の名誉であるエイラシルヴァ天爵家を与えられた彼女の苦難の始まりを。


蛇に噛まれて朦朧としている時に人買いに攫われて暴行を受け、奴隷商人に売られて、逃げ出した先では密航者としてまた酷い暴行を受けた。膝が砕かれ、満足に歩けなくなり、顔面も変形するほど殴られた。

ぼろぼろになると船から海に放り捨てられて瀕死の所を優しい家族に助けられ、その後はエドヴァルドが絡んでくるので世の中に知られているのとそれほど変わらないというが、やはりその先の話も悲惨だった。義理の兄弟に頭の骨を折られたり、先の皇位継承争いでも彼女はダシに使われ不名誉を受け争いの元になるくらいならと自殺を選んだ。


「まぁ、自分でもよく生きてるなあと思ってたけどね。どうやら故郷で姉達がかけてくれた神術のご加護あっての事だったみたい」


イルンスールは世の中を諦観しているかのように口にし、そんな彼女をマリアはぎゅっと抱きしめた。


「わっ、なに?」

「きっと私がお守りします」


マリアは固く制約したが、イルンスールの答えはそっけなかった。


「そう?じゃあ任せるよ」


自分の事でもあまり興味は無いらしい。

シセルギーテからもマリアは忠告されていた。

今までの経験から自分の事に関心が薄いと。


彼女を護るにはただ身体的に護るだけでは駄目らしい

そんなイルンスールを不憫に思ってマリアは守るようにしっかりと抱いてその体温を感じ彼女が生きている事に安堵した。

人肌の温もりが好きなイルンスールもされるがままになって二人は少しばかり優しい一時を過ごしていたのだが。


「あっ、ちょっと貴女!お嬢様に何してるんですか!!うらやましい!!!」


どうやら厄介な方の侍女がやってきたようだ。


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