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獣の狩人  作者: 朝陽乃柚子
居場所
31/32

第29話

 「クソっ、やっちまった!だがどこで引っかかったんだ!?」


 けたたましくサイレンが鳴る中、サルガルドは何もミスはしていないのに発見されたことに驚いていた。


 「もしかしたら、わたしが能力を強く発動させすぎたのかもしれない......」


 「まあ良いさ。どのみちこうなる予定で動いていたんだ。これからが始まりだよ」


 悲観にくれるアスカにヨルが発破をかける。


 「来るぞ!!」


 サルガルドが叫ぶと同時に、廊下の突き当たりから凄まじい銃声と弾丸が押し寄せた。それをヨルが操作術で弾道を歪める。しかし次から次に雨あられと銃弾が降り注ぐ。


 「サル、今だ!!」


 「おうよ!千年刀(サウザンドソード)!!」


 ヨルが操作術で弾丸の軌道を止め、サルガルドがアトゥムの砲撃を刀状にし突き当たり角に投げつけた。その一撃は壁もろとも切り裂き、一瞬で銃声が止み、そこにいた敵の上半身と下半身がずれ、血のシャワーを吹き出す。


 「今のはまだ序の口だぞ。これから術者が押し寄せて来る。アスカ、逃げるくらいはできるのか?」


 「動き回るだけだったら、あなた達に何とかついていけるわ」


 「それは良いことを聞いたね。これで僕もある程度攻撃できる」


 「次、来るぞ!!標的6、7......9人!」


 3人は敵を倒しながら少しずつ前進する。


 「今はまだ省エネモードでいこう。サル、うまく避けてね」


 そうヨルが呟いた後、床に落ちていた弾丸数100発が突然宙に浮く。そして秒速10キロはあろうかという速度で敵に向かい、全身を抉りながら命を削り取っていく。


 「良いねえ弾丸ていうのは。貫通させて血糊を落とせばまた使える。これぞリサイクルってやつだよ」


 ヨルの狂気めいた発言に、楽園を敵に回すとどれほど恐ろしい存在なのかをアスカは改めて思い知る。


 「アスカ、俺たちが敵を潰してる間に床をくり抜け!」


 「了解!」






 「ザック、対象の位置は掴めた?」


 「いや、アスカがわずかな痕跡を下層で探知してからは、進展がない」


 「そっか、私たちも急ごうねぇ。下の階へドア繋いで」


 悠長に会話しているイズミだったが、そこで起きている光景は地獄絵図の一言だった。イズミは身長2メートルほどのクマのぬいぐるみを2匹構成していた。1頭目が真っ黒、2頭目が真っ白。この2頭がイズミの指示に従い、敵を虐殺していた。白は敵の頭にかじりつき、パンチで上半身ごと体を吹き飛ばしている。黒は口を大きく開き、アトゥムを高温の熱戦にしてビームを吐き、それに触れた5、6人の敵が一瞬で灰となった。


 「よし、繋いだぞ、下りろ!」


 「オーケー」


 回し蹴りをして敵を吹き飛ばしていたイズミが一瞬でザックの元へ戻ってきた。殺戮の限りを尽くしていた黒と白を呼び寄せ、先に突入させる。そしてコンマ0.5秒経った頃、悲鳴と絶叫が聞こえてきた。


 「やっぱりねぇ。上の階でこれだからここの階も敵さんだらけだと思ったよ」


 2人が地下2階へ降りた時にはすでに敵はぬいぐるみ達によって一掃されていた。2人が走りながら廊下を進む。


 

 「ザック、少しは近づいた......」


 イズミが違和感を覚えながら角を曲がると、1人の女性がいた。見た目だけで言えば少女とも言える。


 「ヘクトの言う通りだった。やっぱりカンってやつは大事みたい」


 「ザック、下がってて......」


 彼女の力量をすぐさま測ったイズミがザックに指示を出す。刺し違える覚悟でないと倒せない。イズミは覚悟を決めた。







 イズミ達が地下2階へ降りた頃、サンとノインも同じ階層へ降りていた。他のグループと同じく、サン達にも大量の警備隊、術者が押し寄せていた。だがそこからが他とは違っていた。倒された敵の死体に激しい損傷は見られず、首筋に僅かな線があったり、胸に2ミリほどの穴が空いているだけだった。サンは敵の急所だけを砲撃によってピンポイントで突いているため、倒れた死体のそれは眠っているようにも見えた。お陰でサンは体力の消費を大幅に抑えながら捜索をすることを可能にしていた。


 その様子をノインは事件現場にいる野次馬のように見ていた。サンは独特の構えで腕を振っているだけ。ただそれだけで敵がバタバタと倒れていく。


 「サン、どうやったらそんなことが出来るようになるんだ?」


 「日頃の訓練をサボらずやればいつかは出来るようになる」


 「そうか......」


 聞く相手を完全に間違えたとノインは心底思った。そうこうしているうちに敵の第3派が沈黙した。


 「片付けたぞ。下へ降りれるか?」


 「ああ、いける。ちょっと......」


 そう言った直後、ノインの右頬から冷や汗がすっと滴り落ちた。


 「俺たちの丁度真下に厄介な奴がいる」


 「どう厄介なんだ?」


 「アテンの濃さが半端じゃない。俺たちが上にいることも知ってる。それであえて隠さないのは、誘っているのかもしれん」


 「なら、その誘いに乗らせてもらおう」


 サンがノインへドアを開けるよう指示を出す。それに応え地面に線が現れ、下の階への通路が開いた。


 「俺が先に行こう」


 そういいサンが地下2階へ降りた。続いてノインも後に続く。ノインがサンを見たとき、彼は前一点を見ていた。そこには、長身の男性が1人立っていた。


 「面白い術だな。教えてくれよ?」


 「あいにく体質上俺しか使えん。諦めてくれ。」


 ノインが俺たちではなく俺と言ったのはもしこの男が他のグループの存在を知らない場合、この術をザックとアスカが使えることを隠すためだ。


 「そりゃ残念だ。そんでそちらさんは」


 「とぼけるのはよせ。知ってるんだろ?」


 「なんとなくだがな。だが報告書で知るのと実際に会うのでは訳が違う」


 「それは褒め言葉ととっておこう」


 「余裕だな。まさか生きて帰るつもりか?それはちょっと見積もり甘いんじゃねえのか?」


 「生憎、計算は得意な方だ」







 イズミは白を突撃させた。半分くらいの距離まで来た時、モミジが右手で払うような仕草をした。その途端、白が右壁に吸い込まれるように激突した。だがコンマ0.5秒後にはイズミの元へと戻っていた。


 「「さっきの動きを見る限り、アイツの術は重力干渉系だねぇ。普段なら迂闊には近づけないけど。でもそれじゃ防戦一方になる」」


 そうイズミが考えていた直後、モミジが動き出す。右手をパーに開きながら前に出し、グーに閉じた。


 「ザック、逃げて!!」


 瞬時にザックを蹴り飛ばし、自分も3メートルほど後退した。かつてイズミとザックがいたところには床と天井にクレーターができていた。


 「「0.1秒でも遅かったら押しつぶされてた......」」


 イズミがそう感じた時にはすでにモミジが目の前に現れ、右手で掌底を放つ。


 「枯れ落ちる花(デス フラワー)


モミジが両手で掌底の連打を放ってくる。イズミはそれを神がかり的な反応で軌道をそらし、回避する。


 「「ただの掌底じゃないね。まともに受けるとどうなるか分からない」」


 掌底を回避しながら、イズミは体に違和感を覚えていた。急遽黒にビームを打たせ、それを避けるためにモミジが距離をとった。


 「「やっと効いて来たみたいね......」」


 モミジの思惑通り、イズミの右手に違和感が生じていた。


 「アテンが流れない......それに血も」


 イズミがモミジの掌底を回避する際、僅かでも掌に触れてしまったのが致命的だった。イズミの右手の手首から先はモミジの操作術によって重力を操作され、血液、エネルギーの流れが止められていた。これで右腕は使えなくなった。だがそれもイズミには大したことではなかった。何のために人間は手が2本あるのかを解説してやろうかと思えるほどに、彼女は冷静だった。


 「早くしないとその手腐るわよ」


 「......ご心配ありがとう」


 イズミに入っていたスイッチのレベルが1段階上がった。


 「混沌の泉(カオス スプリング)



 イズミがそう唱えた瞬間、白と黒がアトゥムの霧へと戻り混ざり合い、大きさ1.8メートルほどのグレーの熊のぬいぐるみが構成された。モミジは警戒し6メートルほど距離をとった時。グレーの左手にまともに見れば失明するほどの光が集まりだす。


 「おいおいおい、こんなとこでそれを......」


 ザックは味方であるイズミが敵を攻撃すると頭では分かっていたが、恐らく次に繰り出すであろう彼女の技に恐怖した。


 物理法則を覆さんとばかりの速度でグレーは突進し、ベアークローを振り下ろす。


 「無慈悲な虐殺(アトミックバズーカ)


 「えっ」


 モミジが思わず間抜けな声を出し反応が遅れたその瞬間、グレーの半径10メートル四方にあるありとあらゆる物体が消滅した。



 


 50センチ先も見えない煙が徐々に晴れていく。グレーの攻撃が直撃した床は下の階層まで底が抜けていた。左右の壁も完全に吹き飛ばされ、地上の平地のようになっていた。


 「「さっきのはほんとに危なかった......」」


 それほどの破壊力の攻撃をモミジは耐えた。反応が遅れた分を取り戻すため超高速でアテンを最大まで錬成し3重の結界へと変え防御した。そのお陰で端の壁に体がめり込むほどに吹き飛ばされながらも、、ダメージは全身に打身、軽い火傷と切り傷で済んだ。


 「まあ流石に死んではくれないよね」


 モミジの様子を見ていたユズハは呆れながら言った。傷を負わせ、心を動揺させたためモミジの操作術に乱れが生じ、そのお陰でイズミの右手に血流が僅かに戻った。


 「「これで少しデッドラインが伸びた。もうちょい戦えるね」」





 軽く20は超えるだろう砲撃を、ヘクトは体捌きだけで回避した。


 「「恐ろしく正確な砲撃だな。しかも掠っただけで瀕死の威力ときた。さすがは影だな」


 間合いを詰めたヘクトがアテンを込めた突きを連続で放つ。


「「相手は接近戦をご所望か」」


 呟いたサンはそれに応じ、突きを回避しつつ隙を探す。そして針の穴を通すようなヘクトの攻撃を中断させるため、動く。


 「速やかに敵を討て(エネミー キラー)


 サンが唱えたと同時にヘクトの背後にオレンジ色でバスケットボール大の熱球が2つ出現した。2つの熱球はヘクトへ向かって小さな炎の砲撃を自動で放つ。それに気づいたヘクトが攻撃の手僅かに緩め、回避する。回避された砲撃は壁や床に着弾し煙を上げる。


 「「この技だけで術を3系統使ってるのか。強化、操作、構成ってところか?なんて器用な野郎だ......」」


 敵へのある種尊敬の念はヘクトだけでなく、サンも同じだった。


 「「俺への攻撃をほとんど自分の攻撃練度を緩めず対処できるか。相当な腕だな。隠し球も2つや3つではきかないだろう。これほどの相手だ。丁重にもてなさないとバチが当たるな」」


 2人の戦闘は少しの間膠着状態へと陥る。お互い付け入る隙がなく、激しく攻守が入れ替わる。ヘクトは相変わらずサンと熱球の攻撃に対処できていた。少しくらい自分の攻撃が通ってもらわないと面白くないとサンは思い、少し細工をしてみることにした。


 「地獄からの荷物(ヘル パッケージ)


 サンが術を唱える。だが何も変化はない。ヘクトが怪訝に思っていたその直後、異変は起きた。ヘクトが回避した無数の砲弾が床や壁に衝突する前に空間上の1点に吸い込まれていく。そしてヘクトの腹元にゲートが出現しそこから先ほどの吸収した砲撃が雨あられと浴びせられた。


 「何っ!!」


 ヘクトは咄嗟にサンの後ろへワープしたが、砲撃のいくつかはヘクトに当たった。それでも直撃は避けられたため、一番上に着ていた戦闘用のコートが焼け落ちる程度で済んだ。


 「お前も転移術が使えるのか。流石だ」


 「四重術者(クアドラブル)だと......冗談も大概にしろよ......」


 「そういうお前もな」


 「掃き溜めのゴミ如きがほざくな」


 「戦いは言葉ではなく、身体でやろう」


  ヘクトの体が赤いオーラに包まれる。そしてサンの数百はあろうかという砲撃が赤いオーラに吸収され、ヘクトのアテン貯蔵量が爆発的に上昇した。


 「黙れ!!光の万華鏡(ミラーズ カレイド)!」


 ヘクトが両手をサンに向け、特大の砲撃を放った。



 クラスターの地下層は3層からなっている。浅く横に広い構造で、端から端まで約1キロ。各階層は4メートル程度の特殊な合金性の壁で防御されており、滅多なことでは崩れない。それが幸いしたのか、東ブロックの一部約200メートルが消し飛んだものの、崩落はなかった。


 ヘクトの光の万華鏡(ミラーズ カレイド)は、相手の放ってきた砲撃を自分のエネルギーとして吸収し、一時的に限界以上のアトゥムを体内からエネルギーとして放出する技だった。だがその代償として、自分の限界以上のアトゥムを貯蔵するためとてつもない負担が体にかかる。この技を使えるのは後1回が限界だなと感じながら、ヘクトは肩で息をしていた。


 土煙がなかなか消えない中、ヘクトはサンの気配を探る。手応えはあった。だがそれがサンにどの程度効いたかが問題だった。



 「大丈夫か、ノイン」


 「なっ......」



 ノインへの問いかけにも関わらず、先に反応したのはヘクトだった。


 「あんたがいなければ何回死んでるか分からん。助かった」


 「どうやって......」


 「1つ、教えておこう」


 煙が徐々に消え、男の輪郭が現れる。サンは全身に数カ所の軽い火傷程度のダメージで済んでいた。


 「意外と当たり前のことを知らないようだな。もしくは知ってはいたが動揺して忘れてしまったか?基本的にエネルギーというものは、一点に集中させるほど威力が増す。もちろん例外はあるがな。だからただ威力を上げても意味がない。分散してしまうからな。俺を倒せなかったのもそのせいだ」


 ヘクトはそれなりに長くこの仕事をしてきて、初めて恐怖した。アカデミーを首席で卒業し、地獄のように辛い訓練にも耐えてきた。自分より上がいないなどとは思わなかったが、腕には自信があった。その自信にヒビを入れた人間がまさか社会不適合者だったとは。ヘクトにはむしろそちらの方のダメージが大きかった。


「手本を、見せよう」







 「派手にやってやがるな」


 サルガルド達は地下3階へ到達していた。これまでの階層とは違い、通路の幅が広く、照明が暗かった。


 「アスカ、反応はどう?」


 ヨルがアスカに尋ねる。アスカはしばしの間を置いてから答えた。


 「2つあるけど、とても微弱なの。100メートルほど歩いてから廊下を左に曲がったところね」


 3人は歩みを進める。だが壮絶な戦闘を繰り広げた地下1、2階とは違い、まだ敵に遭遇していない。廊下を左に曲がり、アスカが言っていた場所へとたどり着いた。


 「アスカ、ここか?」


 「みたいね。少し待って。今繋げるから」


 少しの間の後、ドアが内部と繋がった。3人は中へ入る。そこには、常人では正気を保っていられない光景があった。


 「これはひでえな......」


 そこには人が入るくらいの大きさのアクリルでできた容器が無数にあり、そこに人体実験をされたであろうサンプルが腐敗防止液とともに収容されていた。まだ完全に人の形を保ったものもあれば、筋組織が露出したもの、手足と頭が欠損し、胴体だけ、肘から先の手だけ、ふくらはぎから先だけ、臓器だけなどといったサンプルが大量に収容されていた。


 「一体何の実験をしてたのよ......」


 「恐らくは治療師に関わることだとは思うけど、これだけじゃ分からないね」


 「おい、あそこにパソコンがあるぞ」


 3人はパソコンの元へと向かう。


 「ヨル、こいつの中のデータ吸い出せるか?」


 「うん。ちょっと待ってね」


 ヨルはフランの家族を救出することが主目的だと分かっていたが、なぜ拐われなければならなかったのか、その理由を知ることこそが必要だと考えていた。そこで2次目標として情報の収集を行えるよう、超小型のデータ吸い出し用の特殊な端末を持参していた。


 ヨルがコンピュータと端末をケーブルで接続する。情報のコピーが始まり、端末のランプが点灯を始める。その時、アスカが震える足取りであるサンプルの元へ向かっていた。


「......まさか......」


 


 




 



 

 


 


 

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