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獣の狩人  作者: 朝陽乃柚子
居場所
14/32

第12話

 二人の男のうち一人が動いた。10メートルの距離を一瞬で詰め、右手の拳でヨルの右脇腹を狙う。それと同時に2人目の男は背後から何か術を唱えていた。


 ヨルは拳の軌道からわずか体をずらし回避する。その瞬間、2人目の男の術が発動し、ヨルの背後から圧倒的な圧力が襲いかかる。


 これをヨルは地面を思い切り蹴り上空へ飛ぶことで回避した。その直後、地面に無数の細かい傷が走る。


 「「かまいたちの一種か。片割れが殴ってきたと思ったらすぐ横に交わしたところを見ると、範囲はそれなりに広い。問題はその範囲と威力を調節できるかどうかだが......まずは一人削る」」


 ヨルの頭が相手を仕留めるための計算式を着々と立てていく。


 「ふ、上へ逃げるとか、ド素人かよ。落ちたところっ!?」


 突然男の頰に爆発的な威力の拳がヒットした。意識を一瞬で消しにかかる威力。最低でも10メートルはバウンドしながら飛ばされた短髪の男は消えかけた意識で考える。


 「今......やつは......たし......上......」


 実際、ヨルへ上空へは飛ばずに、男の反対側、つまり横へ飛んでいた。そして飛ぶ直前、操作術を用いて2人の男に幻覚を見せる。そのカラクリをもう一人の男は直感で理解した。幻覚は操作術の最上級技。これを防ぐには現実とそうでない光景を自分で体験し、自分で意図的に切り替えをする訓練が必要だ。


 「チッ、こいつは厄介だ」


 「ほざいてる暇はないよ?」


 その言葉に男が反応する前にヨルが首めがけて手刀を放つ。だが手が首に届くあと数センチのところから急に手が進まなくなった。


 ヨルは深追いはせず手刀を戻し、男の腹めがけて回し蹴りを食らわすも、また直前に抵抗を感じる。


 そこでヨルは攻撃を一旦やめ後方へ下がった。そして自分の体の状態を確認する。


 手刀を放った右手の指には細かな切り傷ができ、血がゆっくりと滴り落ちていた。蹴りを放った左足も指からふくらはぎにかけて細かな傷があった。



 「「面白いこと考えるね。かまいたちで体を覆いガードする。ということは空気を操る操作術者といったところかな。素手で殺りあうには分が悪い。それにもう一人を一撃で殺れなかったのは痛いな。本気で殴ったんだけど。まあ土産を置いてきたからいっか」」


 そう分析をしていたとき、パンチを食らった方の男はまだダメージが相当残っていたが、それでもフラフラと立ち上がる程度には回復していた。


 それを見たヨルは式に修正を加える。


 「「それなら、体に触れなければいいだけの話」」


 その結論を出したその瞬間、サングラスの男がヨルめがけて殴打を打つ。触れればかまいたちの威力も合わさってまずいことになる。ヨルはそれを頭に入れ、ピエロのように攻撃を避けていく。


 「「この野郎、すばしっこさが尋常じゃねえ......」


 サングラスの男はヨルから距離を取る。そして大きく深呼吸をした。


 わずかコンマ7秒ほどの時間で先ほどのかまいたちでヨルをめがけ打った。


 「「やっぱり、ちょこまか動かれるのは嫌いみたいだね。範囲ごと僕を細切れする作戦に変えたか。」」


 思考しながらもヨルの動きは止まらない。風の大波を間一髪で避け続ける。ビルの屋上はかまいたちの攻撃で床が少しづつ削られていた。


 そして、一瞬。ほんの一瞬、ヨルの体の反応が遅れた。


 「仕留めた!!」


 サングラスの男が今までで最大のかまいたちを放つ。それを正面から受けたヨルの体がみるみると切り刻まれていく。

 「多少は粘ったが、あっけなかったな。本物の楽園へ行きな。」


 サングラスの男がヨルの死亡を確認するため数歩歩いた時。


 「あんまり良い所じゃなかったよ。なんて」


 いるはずのない声が聞こえ、振り向いたとき、男はこの戦いで初めて恐怖した。短髪の男が吹っ飛ばされたはずの場所にヨルはいた。


 「お見事!!完全に仕留めたね!」


 ヨルは拍手を送る。サングラスの男が細切れにしたのは、ヨルではなく仲間の短髪の男だった。



 ヨルの得意系統は操作術。だが無機物ならともかく、生物は何でも自由に操作というわけにはいかない。その場合途方もない量の”トート”が必要になる。そこでヨルは”条件”を設定した。その条件は”操作対象にダメージを与え、そのダメージ量に応じた時間相手をコントロールできる。対象が死亡した場合はその体が動かなくなるまでコントロールできる”というもの。なので本来は暗殺し体のダメージを与えず操ることが理想とされる。この条件で術を殺害対象者に使ったみたところ、術の消費量が百分の一くらいに抑えられた。


 これを用いてヨルは短髪の男を殴りコントロールし、同士討ちをさせていた。一方で幻覚をサングラスの男に対し、短髪の男を殴った瞬間に発動させ、必死に自分がヨルを攻撃しているように見せかけた。



 「これ程長い間幻覚を見させたのは久しぶりだよ。おかげでトートが残り半分くらいになっちゃった。」


 ヨルの裏側が顔を覗かせていた。


 「いやー、楽しい。騙されて仲間どうしで戦ってるんだから。それに幻覚にまんまと引っかかり、気づきもしない。こっちは劇を見せてもらってる気分だったよ。」


 「てめえ......」


 サングラスの男が殺気を放ち、トートを限界まで引き出しカマイタチをヨルめがけ打つ。だが打った瞬間、カマイタチは消えていた。


 サングラスの男がカマイタチを打った時、夜も全く同じ技を同じ威力で打ち返していた。


 「な...... 」


 「自慢じゃないんだけどさ、君くらいの技だったらコピーできるんだよ。本当に感謝してもしきれないよ。技までプレゼントしてくれるなんて」


 「そんなはずはない。貴様に俺の技が使えるなど、そんな!」


 「じゃあ試してみようよ。それで納得がいくでしょ?」


 ヨルとサングラスの男は、ほぼ同時に同じ技を放った。だがヨルは少し技に改良を加える。そして唱えた。


 舞い踊る空の精霊(カマイタチ)



 ほぼ同時に放ったはずだったが、サングラスの男のカマイタチが、一瞬で削り取られて言った。そしてヨルのカマイタチがサングラスの男を切り刻む。男の絶叫が空に響いた。男の体は全身が切り刻まれ、ボロ雑巾と化していた。



 「ちょっと簡単に死なないでよ?そのためにとどめを刺さなかったんだから。さてと、君はどこの誰?どこに属してる?」


 「言うわけ......ねえだろ。バカが....ああああっ!!!」


 ヨルが男の頭を鷲掴みにし、直接幻覚を見せる。今男が見ている現実は、両手足全ての爪の間に同時に針を徐々に差し込まれるものだった。

 「言えば楽に死ねるよ?さあ、君は誰?」


 「 い......えな...... がああ!!」


 ヨルが幻覚を強め、両手足の爪を徐々に剥がしにかかる。


 「が......九つの...... 川......」


 「九つの川か。同業者だね。なぜ僕らを襲ったの?」


 「が...... き......」


 すでに男は精神崩壊し、出血多量で事切れていた。


 「あっ、やりすぎた。もっと話聞きたかったんだけどな」


 そう言いヨルは団長に電話をし、事情を説明する。


 「それでお前は情報源となりえる男を弄び、死なせてしまったと?」


 団長の声はそれだけで鼓膜を凍らせるほどの威圧感があった。


 「ちょっと待ってください団長さま!こいつ最後にガキって言ってたんだ。あと、九つの川のメンバーらしい。」


 「九つの川か。それと本当にガキと言ったんだな?」


 「もう死にかけだったけど、確かにそう言ったよ。」


 「ならガキというのはフランのことだろうな。」


 団長の話を聞いてヨルは疑問を感じた。


 「なんでこいつらはフランくんが僕らの所にいるって知ってたんだろ?」


 「どこに目があるか分からんからな。それより、なぜフランに用があったかの方が重要だ。」


 クラスターと関係ある、サンは先ほどサルガルドとした話した内容を思いだしながら、ヨルと話を続ける。


 「ヨル、お前は戻ってこい。」


 「え!?ユズハとフラン達はどうするの?」


 「ユズハだけならともかく、イズミも向かってるんだろ?それにフランだって過酷な訓練をしてきた。あいつらを信じろ。そもそもあちらへ着く頃にはすでに終わってるだろう。ユズハ達から連絡があったら戻るように伝えろ。後二人の死体と買い物で買ったやつ全部まとめて持って帰ってこい。」


 「重そうだな......わかった、すぐに戻るよ」


 フランは仲間を信じていたが、それでも向こうのことが心配だった。ただ今は浮かび上がった問題を探ることも重要だと頭を切り替え、ドームへ向かう。





 

 


 


 


 



幻覚

 

 操作術の最上位技。目や耳、体から脳に送られる信号を途中で書き換える。基本的に相手との距離が近いほど精度・質が上がる。

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