興味などない【旦那様視点】
馴れ合いは嫌いだ。
特に女はめんどくさい。
ずっとそんな風に思っていた。
妻を娶れよと言ってきたのは確か夜会に来ていたスターリンだ。
思わずウザいと隠しもせずに顔をしかめるが、長い付き合いのアイツにそんなものはなんてことはないらしく、にこにこと取り澄ました顔を崩さない。
「ジジイみたいなこと言いやがって…」
うぜえ、と言わずとも伝わるそれにスターリンは「わかってないなぁ」と続けた。
「まず第一に君の苦手な女性避けになる。そして後継を作れるし、わざわざ娼館から女の子を呼んでるのに毎度惚れられるっていう負のスパイラルからも脱却できるんだよ?」
「…めんどくせえ」
「全く君は貴族らしくないんだから…仕事が早くて正確だから君は貴族社会でそんな態度でも許されてるけど、社交性は持っておくにこしたことはないんだよ?女の子と触れ合うのも一種の授業さ。」
「やることやっときゃ文句ないだろ。それに妻だろうがなんだろうが周りにうろつかれるのはごめんだ。」
「じゃあ、こういうのはどうだい?」
それが全ての始まりだった。
スターリンから提案されたのは結婚は結婚でも契約結婚。俺の用意した条件を全てのみ、尚且つ遵守できる女なら結婚するということにした。
そんな女いるのか…?
探すのも面倒だからその辺の世話はジジイに任せた。
条件をのめて、女ならあとは正直なんの興味もない。
嫁探しを一任したジジイは最初こそ何故か不機嫌に怒っている様子だったが、三日後にはもう妻となる女を連れて来た。
(見た目で連れてきたのか)
そう思うほどにその女はそこそこ見れる女だった。少なくとも一番苦手とする香水がキツイようなタイプの女ではない。
女は最初こそ落ち込んで見えたのに、何故か契約書を読むにつれ嬉々とし、なんの疑問も無さそうにスラスラとサインした。
なんだこの女は。
牽制の言葉もさらりと交わされるどころか同意までする変な女。
報告書では女学院で万年主席というから頭は悪くないはずだというのに。
(すぐ嫌になるにきまってる)
とりあえず週一回報告を部下に命じた。
ずっと本を読んでいる。
ずっと本を読んでいる。
ずっと本を読んでいる。
あのちょっと報告が… 。
たった一月。
されど一月。
あの女は契約通り俺に一切まとわりつくことなくひたすら図書室に籠っている話だった。
なのだが…。
四週目にはもうとんでもない報告を受けた。
最近丁寧になったと思っていた書類が全て嫁作だと言うではないか。
ましてやその内容には一度としてなんの不備もなかった。
びくびくする部下をじとりと睨みつければヒィ、と小さく身を縮めて震えている。
お前の仕事だろうが、と喉まで出かかってやめた。
正直助かっていた。
ならやらせておけばいい。
そう伝えると部下は心底嬉しそうに部屋を去っていった。
アイツは事務仕事が苦手だからな。
ちょうどいい。
後からジジイに聞けばあの女は学院で元々職業婦人になるのが目標だったとか。
それなら尚のこと、ちょうどいい。
ジジイにあの女にも働いた分の給料をやるように言った。
勘違いするなという線引きのつもりだった。対価をやるのだから働くのは当然だと。信頼しきった訳ではない、というメッセージのつもりで。
様子見でさらに一月、さらに二月、三月と時が経った。
以前と違い最近じゃ堂々と俺の執務室にも出入りしている。
しかし無駄な話は一切ない。
それでいい。無駄話で俺につけ入ろうとしているのかとも勘ぐっていたが、それなら仕事は辞めさせるつもりでいた。
むしろ業務にしたって切り詰めすぎなほどの会話量だというのにあの女は中々優秀なサポートをしてくる。
(変わった女もいるもんだな)
俺に一切視線を投げない。見るのは書類と資料ばかり。
最近じゃ手紙の選別もまかせるようになった。
スターリンの言っていたように、夜会に連れて行ってみたら女除けに最適。 これは本当だった。
踊らせもせず腕を組ませて仕事仲間や挨拶回りと言う名の情報収集も何故だか嫁付きの方がスムーズだった。
珍しく緊張している様子の女だったが、俺の横で愛想笑いするだけの仕事だと理解するとそこからは業務的な笑顔を張り付けていた。
後は出ないと決めた夜会には丁寧な断りの返事を書いているらしい。
部下のうっかりもだいぶフォローしているとかいないとか。
言ってもいないのにその時その時で必要と思われる資料を図書室から事前に用意し、終わればいつの間にか片付いている。徹夜仕事をすればいつのまにか毛布をかけられていたのも恐らくあの女だろう。
あとは…なんとなくだが、屋敷の雰囲気が変わったようにも思う。
何を考えているかわかりゃしないが、
不思議な女だ。