またの名をアップルパイ事件
「いやーまさか夕食後にホールを完食するだなんて思っても見ませんでしたな。」
お茶を優雅に啜りながら執事さんはご機嫌そうに言った。
「私たちの分残りませんでしたね…旦那様ってもっと食の細い方かと…」
向かいに座る私もカップに入った紅茶を一口飲む。
「いや、あんなにお食べにはならないんですがね!実に愉快でした…ふふ、奥様にもお見せしたかった!」
「私も見たかったですよ。」
私と旦那様は一緒に食事はとらない。
今までただの一度も。
そのせいで昨日のサプライズアップルパイも全て見逃してしまったのだ。
(喜ぶ顔とかするのかなぁ、見たかったなぁ…)
シュンとはするものの全て平らげたというのはとても嬉しかった。
それにプライベート不介入の約束があるために“私が作りました”なんてことも全て秘密である。
バレたら怖いからうかつに感想も聞けやしない。悔しい。
「旦那様の最後のセリフが…ふふふ、忘れられませんなぁ!“これはどこで買ったものだ”と言っておられたのですぞ!あーおかしい。まさか奥様がアップルパイをお作りになられているなんて夢にも思っておられんでしょうな!」
してやったりが余程可笑しかったのか執事さんの目尻にはうっすら涙まで見えるほど笑っていた。
執事さんの「余程お気に召したようです」という言葉に私もちょっとしてやったりだ。
(アップルパイ…授業で実技テストだったから必死に覚えていたけどこんな所で役に立つだなんて…)
「また旦那様が頑張っておられたらアップルパイを焼いて差し上げてください。」
「はい。またやりましょう。」
(また一月後か、二月後かな…。)
思えば後に結成される“旦那様を甘やかそうの会”の発端はこの日だったのかもしれない。