お布団事件
ここ最近、旦那様が執務室から出てこない。
そう訴えて来たのは執事さんだった。
まぁ、確かにお部屋から出られたのは見てないし夜も窓から灯りが漏れている。
でもまさか何日も仕事漬けってこと?書類を見る限りそんなに急な仕事はなさそうだったのにな…。
はて、と私は考えて見た。
確かに仕事は次から次へと舞い込むので終わらないっちゃ終わらないのだが…。
(なにかあったのかな…。)
今日仕上がった書類と手紙類を両手に抱えて私は執務室にノックをした。
返事はいつもない。
それがルール。
だから勝手に入った。
麗しの旦那様は書類に囲まれながら机に突っ伏していた。
「あらあらまぁまぁ…」
私は持って来たものをあいていた机の脇に置き、自分の部屋へと戻った。
そうしてすぐにまた執務室へ。
手には薄いけれどフワフワな軽い毛布。
私ので申し訳ないけどね…。
大事そうな書類をそっとどかし、起こさないようにと肩を覆う位置で毛布をかける。
集めた書類を種類別に整理をして旦那様が眠るのとは別のテーブルに並べた。
(いったい何時までお仕事なさってたのかしら…)
体調管理も仕事のうちですよ、なんて死んでも言えないが完璧無敵そうでも無茶をするんだな、と初めて旦那様の人間らしさを垣間見た気がした。
開いていたカーテンを閉め、部屋を出る。
(旦那様、がんばってるなぁ…)
しみじみ思った。
他人に興味ないのに仕事には熱心。
それって結局誰かのために頑張ってるってことになるんじゃないだろうか…。
旦那様の寝顔を見る。
目にはクマが出来ていて顔色もいいとは言えないが悔しいことに美丈夫さは微塵も変わらない。
(ほどほどになさってくださいね)
思いはするものの死んでも言えない言葉がまた一つ積み上がる。
なんだろう…頑張っている旦那様にご褒美を差し上げたいな…。
よし、と思い立った私は執事さんを探した。
「おや、奥様。私を探しておられたのですか?」
庭先を歩いていた執事さん。
普段仕事中である私の姿に少しばかり驚いた様子だ。
「旦那様が疲れて眠ってしまわれているのです。それで、その、頑張っている旦那様になにかご褒美をあげたくて…好きな食べ物とかご存知でしたら教えていただきたくて。」
古今東西、ご褒美と言えばスイーツ。
女学院的考え方だけれど、これはなかなかに鉄板なので安直とも言い難い。
そしてたまに旦那様が貰い物の茶請け菓子を摘むのは見ているため、甘いものが嫌い!というわけでないのも薄々ながらわかっていた。
「…旦那様…に…?ハハ、いやなんとも!旦那様にご褒美とは、ふふ、秀逸ですな。ハハ、いやおかしい、いいですな、私も便乗させていただこう。」
なにがツボだったのか執事さんは堪え切れていない笑いをこぼした。
まぁ、確かにあの冷徹貴公子に“ご褒美”だなんてへんてこな話だったかも知れない。
でもあんなに頑張っているのだから応援したくなるというものである。
「旦那様はアップルパイがお好きですな。」
「え?アップルパイ…?」
「そうです。夕食とアップルパイを並べたら恐らくアップルパイから食べてしまうほどお好きですぞ。」
「なるほど、しかしまぁ夕食後にサプライズしましょう。」
ご飯はちゃんと食べなきゃダメですからね、と私は足早にそこを去った。
今が昼過ぎだから旦那様が起きる頃には夕食の時間に違いない。
私は一目散にキッチンへと向かった。